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番外編

番外編Ⅱ ナナシェにて⑦ Side.エヴァンジェリン

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リオネスと共に母の仕事場である飲み屋?へとやってきた。
店はまだ開店前で準備中の札が掛かっていたけど、リオネスはそんなもの関係ないとばかりに店の扉を勢いよく開け放つ。

バァンッ!

「きゃぁっ!」
「何?!まだ開店前よ?!」

中にいた酌婦らしい女性達が悲鳴を上げるけれど、リオネスはそのままずんずん中へと進み、店主らしい女性の前まで行くと厳しい口調で言い放った。

「第二兵長のリオネス=アイアンだ。売春斡旋詐欺罪で聴取を行いに来た。メリーナ=アルバーニはいるか?」
「なんですって?!メリーナ、あの女っ…やるならもっと上手くやりなさいよ…!」
「どうやら店ぐるみの可能性もありそうだな?」
「ち、違うわ!私達は無関係よ?!確かにあの女が客とそんな話をしていたのは確かだけど、店としては何も関与はしていないもの!本当よ?!」

リオネスの言葉で母以外にも罪が着せられる可能性が出てきたと店主が慌てだす。
そこへ応援にやってきた兵達が次々とやってきて、一気に物々しい雰囲気になり、店主は悲鳴を上げて早く母を連れて来いと他の女性達へ叫んだ。

「早くあのクズ女を呼んできなさい!今すぐよ!絶対に逃がさないで!下手したら店が潰れるわよ?!」

巻き添えを食らって職を失ったら困るとばかりに酌婦達は駆け出し、母を急いで呼びに行く。
暫く待つとギャアギャア叫びながら母が両側から腕を抱えられこちらへと連れてこられた。
どうやらまだ支度中だったようで、化粧が凄く中途半端になってしまっている。

「離しなさい!私が何をしたって言うの?!何も悪いことなんてしてないのに、どうして兵に突き出されないといけないのよ?!」

そんな母を酌婦達が冷たい目で見遣り、リオネスの足元へと突き飛ばした。

「煩いわよ、この犯罪者!さっさと牢屋に行ってきなさい!」
「何ですって?!」

ドタッと床に倒れ込んだ母は顔を上げ、キッと酌婦達を睨みつける。

「我が子を身売りさせるからこうなったんでしょ?!どうせ売るなら今度は自分の身を売りなさい!誰にも迷惑かけないようにね!」
「は?!どうしてこの私が身を売らないといけないのよ?!ここはこれまで面倒見てきた子供達が率先して私を養うべきでしょう?!」

そんな全く反省の色が見えない母へとリオネスが『ドクズが…!』と舌打ちして近づき、冷たい目で見下ろしたかと思うと、スッと手を持ち上げ、次の瞬間その額へと痛烈なデコピンを炸裂させた。

「いい加減黙れ、クソ女!」

ズビシッ!ゴスッ!

ちなみに最初の音がデコピンの音で、その後の音は悲鳴を上げる間もなく気絶した母がのけぞって床に倒れ後頭部をぶつけた音だ。
痛そうではあるものの同情の余地はない。
さっきの言葉は流石に傷ついた。
自分がやりたくないからって子供に身売りさせようとしないでほしい。

「騒がせたな。この女はこのまま詰め所に連れて行く。だが…犯罪の見逃しを許容してやるのは今回一回っきりだ。よく覚えとけ」

しっかり覚えとくからなと釘を刺され、店に目をつけられた店主は真っ青になりながら震えている。
きっとこれからは気を付けてくれることだろう。

それからリオネスは部下に母を担がさせ、私を励ますようにポンと背を叩いて手を差し伸べてくれた。
悔しいが頼りにしてしまいそうになる。

その後店を出て、兵舎へと向かう途中で兄を連れた兵士と遭遇した。
手が恋人繋ぎだったから思わず二度見してしまう。
兄が頬を染めて恥ずかしそうにしているし、もしかして彼がミラン兵長なんだろうか?と思った。
きっと颯爽と兄を助けてくれたに違いない。
それによく見ると彼は私を食堂に紹介してくれた人だ。
確かに年の差はあるけれど、良い人なのはまず間違いないだろう。

「どうやら無事に身柄を確保できたようだな」
「ええ。本っ当、この女全く自分のやらかしたことをわかってないみたいで。腹が立ったから思いっきりデコピンしてやりました」
「ハハハッ!お前のデコピンは兵士達も泣きが入るらしいな。女性なら一撃で沈んだだろ」

リオネスと気さくに話す姿にも好感が湧く。

「それで、この女どうしてやります?」

リオネスがミラン兵長らしき人物へと言葉を投げる。

「そうだな。正直牢に入れて長々と無駄飯食わせてやるほど余裕もないしな」

どうやらここでは軽微な犯罪はしょっちゅうらしく、そんな輩を一々牢に入れていたら食費という名のムダ金ばかりが飛んでいくから長期で収監したりはしないらしい。

「とは言えこの街から追い出したら追い出したで生きていけないだろうし…」

この街はまだこの国の中では平和な方で、ここを出て王都に近づけば近づくほど危険なんだそうだ。
具体的に言うと、王制支持派の貴族達と豪商などを中心とした改革派の平民達があちこちでぶつかっているらしい。
そのせいで人の命は非常に軽く扱われるのだとか。
怖い。

そんな中、ここの領主様は中立を保っているらしく、戦いを仕掛けられたら兵を出して撃退すると言った感じのようだ。
思ったより平和だと思っていたけれど、話を聞いてこの平穏な生活は領主様が頑張ってくれているから成り立っていたんだと改めて知った。
絶対にこの街から出ないようにしよう。

それはさておき母の処遇だ。
釈放して野放しにしたらまた問題を起こしそうだし、かと言って街を追い出すほどの重罪を犯したわけでもないしということで非常に扱いが難しいらしい。

そんな話を兵長二人で話し合っていたところで、領主様から連絡を受けて来たんだと言うミラン兵長よりも更に年嵩の男性が現れた。
何故か一緒に父の姿もあって驚いてしまう。
もしかしてこの人が父を更生させたという前領主様なんだろうか?

年は40前後で、そのまま戦いに出て陣頭指揮を取れそうな人だった。
凛々しい顔立ちもさることながら、兵長達にも劣ることのないしっかりと鍛えられた体躯に圧倒される。

そんな彼が徐ろに口を開いた。

「どうやら女の処遇に悩んでいるようだな」
「そうなんです、ガナッシュ様。街から追い出すほどの事はやってないんですが、このまま放置しても問題を何度も起こしそうで…」

ミラン兵長が困ったように報告する。
すると彼は朗らかに笑って、一つの提案をした。

「今うちの屋敷にはその女の夫であるラヴィアンがいる。どうだろう?一週間牢で反省を促した後うちで引き取って更生させると言うのは?」

それは実に名案だと一気に場が明るくなる。
私もあの父を更生させた人のところなら母も同じように更生させられるのではと思ったのだけど────。

真っ青になって立ち尽くす父の姿を見て、手放しに賛成すべきではないのかと不安がよぎる。
父からすれば平穏な生活が母によって崩されてしまうのではないかと不安になってしまったのかもしれない。

「お兄様…」

そっと近づき不安を訴えるが、兄は困り顔だ。
私も兄もこれ以上良い案もなさそうだということくらいはわかるから、任せるほかはない。
そしてまだ一波乱ありそうな不安から目を逸らし、私達は黙って母をその前領主様へと託したのだった。


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