【完結】お役御免?なら好きにしてやる!

オレンジペコ

文字の大きさ
上 下
29 / 48
番外編

番外編Ⅱ ナナシェにて④ Side.エヴァンジェリン

しおりを挟む
母が食堂での仕事をクビになり一週間。
少しだけその後のことが心配になり、兄のところへ行ってみた。
母が転がり込んで迷惑をかけていないか聞くためだ。
でもそこに母はおらず、顔も見ていないと兄は言った。

「忙しいのにごめんなさいね。お兄様」
「いや。俺の方こそ母上の事をお前一人に任せきりにしてすまなかった」

本当に申し訳なさそうに謝ってくれる兄ラウルの姿に、変わったなと思う。
自分が変わったように兄も変わったのだろう。きっと。

「俺、兵長に相談してみるよ。きっと探してもらえると思うし」

その言葉にぴくりと反応してしまう。

「兵長って、もしかしてリオネス?」
「いや。リオネス兵長は第二部隊の兵長だ。俺は第一所属だから上長はミラン兵長になる。凄く頼りになるカッコいい人だから安心してくれ」

そう口にする兄の顔はまるで恋するような表情で、愕然とした。

「え…お兄様?もしかしてその兵長と…?」

驚き過ぎて思わず付き合ってるのかと尋ねたら、兄は慌てて否定してくる。

「そんなまさか!兵長は俺より一回りも上だし、魅力的でカッコいい人だから俺なんか歯牙にもかけないさ!ただの一方的な片思いだし、見てるだけで十分だってちゃんと弁えてるからっ!」

つまり兄はその兵長が好き、と言う事らしい。

(ランスロットだけじゃなくてお兄様まで男に走るなんて…!)

女の立場がないじゃないのと思ってしまうけど、ここに女性が少ないのもまた事実だ。
リオネスは『こんな掃き溜めにエヴァみたいな美人が飛び込んできたら当然みんな狙うだろ!でも俺が絶対落とすから、予約な!絶対他の男に靡くなよ!』なんて口説いてきたっけ。
そう考えるとまあ仕方のない事なのかもと思わなくもない。
その兵長のことは知らないけど、兄には幸せになってほしいし、こっそり上手くいくよう祈っておこう。

「わかったわ。じゃあお兄様はその兵長に相談してみて。私は一応お父様の方にも転がり込んでいないか確認してくるから」
「そうだな。頼んだ」

そして今度は父のところへと向かうことに。

父は今領主のところではなく、前領主が住む屋敷の方にいるらしい。
母とは違って特に悪い噂も聞かないし、それなりに上手くやっているのだろう。
そう思いながら人づてに聞いた屋敷へとやってきた。

コンコンコンとドアノッカーを叩き、ごめんくださいと中へと呼び掛けると使用人が出てきて用件を聞かれたため、父に会いに来たと伝える。
すると中へと招き入れられ応接間へと案内された。

暫く待っていると執事服のようなお仕着せに身を包み、ピシッと背筋を伸ばして見違えるほど立派な振る舞いをする父がやってきて驚いた。

「エヴァンジェリン。よく来たな」

このセリフだって以前なら偉そうに言っていただろう。
でも今の父の物腰も声も柔らかで、一瞬別人かと思ってしまうほど変わってしまっていた。

「お、お父様?なんだか凄く変わりましたわね」
「そうか?そう言ってもらえたら頑張った甲斐もあったと言うものだ。ガナッシュ様に感謝しなければ」

ガナッシュ様というのは前領主の名だろう。
まさか半年も経たず父を更生させてしまったんだろうか?

(凄すぎるのだけど?!)

しかも腰を落ち着けたところで父が淹れてくれたお茶はものすごく美味しかった。

(私より上手いってどう言う事?!)

しかも動きが洗練されていて侯爵時代とは大違いだ。

(お父様はあんな器用さは一切持ち合わせていなかったのに!)

一体何があったのかが凄く気になる。

「それで今日はどうしたんだ?」
「え?」
「お前やラウルが頑張っているという話はガナッシュ様からも聞いていた。だから安心していたんだが…」

そこまで言われてやっと本来の目的を思い出した。

「あっ!その、お母様のことで迷惑が掛かっていないかを確認したくてっ」

そして一連の話をすると父はここには来ていないという事を告げ、疲れたように溜め息を吐き出した。

「はぁ…まさか盗みを働くとは。金の大切さが全くわかっていないな。窓ガラスが割れても修理費が貯まるまで隙間風に耐える辛さを知らんからそうなるのだ。皿を割れば新たに買うまでその分食べる量が必然的に減るし、他人の物を壊せば頭を下げて弁償しなければならん。その苦労はとても大事なことだ。そう言う小さな積み重ねで色々気づき真っ当な人間になっていけると言うのに、そういう経験を厭い浅はかな行動に出て、挙句エヴァンジェリンにこんなに心配を掛けるなんて」

どうやら父はここで色々な経験をしてきたらしい。
そうは言うものの自分の妻の事だからか真剣に考えてくれて、見つかったら連絡すると約束してくれた。

「苦労をかけてすまないな、エヴァンジェリン。お前も大変だろうが…もし一緒になりたい相手ができたら、幸せになってもいいんだからな?ラウルにも会うことがあれば伝えておいて欲しい。これまで不出来な親ですまなかった」

その上で頭を下げて謝られ、その場で固まってしまう。

(誰よ、この人?!怖いんですけど?!やっぱりお父様の皮を被った別人じゃない?!洗脳?!洗脳されてしまったの?!)

背後にキラキラしたものが見えた気がして、私はヨロヨロと立ち上がり、早々にここから逃げ出すことにした。
今目の前にいる父が別人にしか見えなくて怖い。

「え、ええと…お父様。どうか頭を上げてくださいませ。別に恨んではおりませんし、どうしてもと言うならランスロットにでも手紙を書かれてみては?きっとその方がいいと思いますわ」

申し訳ないけれど、今回だけはランスロットに押しつけたい気分よ!
謝罪だし、きっと大丈夫よね?!

「私…ちょっと体調もすぐれないようなので、今日はこの辺で失礼させてもらいますわ」
「ああ。また連絡する。身体を大事にな」

にこやかに送り出され、げっそりしながらいつものマイホーム、食堂へと帰り着く。

「エヴァンジェリン!お帰り!」
「家族には会えたか?」

見知った面々の温かい声にホッと息を吐き、いつの間にか私には私の居場所がちゃんとできていたのだと実感する。

(あぁ。安心するわ)

やっぱりここが一番いい。

「さあ、今日も頑張るわよ!」

気持ちを切り替えて今日も一日頑張ろう。
そう思いながら私は笑顔で仕事に取り掛かったのだった。


***


【Side.母メリーナ】

(どうして私が追い出されなくちゃいけないのよ!)

正当な主張をしたはずなのに、何故かそれを聞き入れてもらうことはできず、呆気なく仕事をクビにされ住んでいた場所からも荷物と一緒に放り出されてしまった。
悔しい。

「別にいいわよ。こんな不当な扱いをしてくる職場、こちらからやめてあげるわ!」

そう言って一人街へと足を踏み出す。
でもどこへ行けばいいのかさっぱりわからない。
仕方がないから比較的身形の良さそうな年の近い男の後をつけてみることにした。
こういう男ならきっと酒を呑む店に行くだろう。
そこでさり気なく近づいて食事を奢ってもらい、ついでに職を紹介してもらえばいい。
そう思ったのだけど……。

「どうして私が酌婦になんてならないといけないのよ!」

不遇な身の上を話し途中までは良い感じで話は進んでいたのに、最終的に紹介された職は何故か酌婦の仕事だった。
行くところがないから住み込みで仕事がしたい。
でも不特定多数の男達に身体は売りたくない。
できれば着飾れる職がいい。
お金はもらえるだけもらいたい。
なんとか養ってもらえないかと思いそう話したのに、完全に当てが外れてしまった。
見目の良い自分なら、裕福な平民は当然のように傅いてくれて、何もしなくても貢いでもらえると思ったのに。

確かに酌婦はそこそこ良い服は着れるけど、胸元が大きく開いていたり、スカート脇にスリットが深く入っていたりと非常に下品な装いだ。
そこが不服だった。
でも客としてやってくる男達は食堂とは違ってお金を持っていそうな男ばかりだし、酌をするだけだから食堂の仕事よりはずっとマシだった。
それにこれなら誰かを落としさえすれば良い暮らしができるようになるかもしれない。
そう思って精一杯男達へと媚びを売った。

(そうよ。あんな小娘には出せない色気が私にはあるもの)

エヴァンジェリンは男も知らない処女だし、色気なんて皆無だ。
自分の方が男達の目には絶対に魅力的に映るはず。
そう思って積極的に男達へとしな垂れかかる。
案の定男達は皆喜んで私の酌を受けてくれた。
店の売上だって上がったはずだ。
なのに思った程は給料は手に入らないし、ちっとも良い男は釣れなかった。
お金が欲しいなら客に媚びてもらえと言われてしまった。
だから嫌々ではあったものの男達にねだってみた。

でも胸の間に紙幣を差し込まれたから、腹が立って平手で頬を打ったら激怒された。
他の男にも気持ち悪い手つきで太ももを撫でられたから思い切りその不埒な手を叩き落して、『気持ち悪い事をしないでちょうだい!』と言ったら怒って席を立たれてしまった。
でもそれって男達が悪いんであって、私が悪いわけじゃないわよね?
私は高貴な女性なのよ?
自分から触るなら兎も角、そう簡単に男に身体を触らせる気はないわ。
エヴァンジェリンじゃあるまいし。
男は黙ってお金だけ差し出してくれればいいのよ。

だから下品な男達がいて困ると他の男に笑い話として話した。
でもそれ以来触ってくる男は激減したものの、同時に金払いの良い客はめっきり私を呼んでくれなくなった。
どうしてかしら?

(困ったわ)

もっと良い生活を送りたいのにちっとも上手くいかない。
店の酌婦達は『黙って触らせてやってたら沢山稼げたのに、馬鹿ね~』と言ってクスクス笑うけど、私はそんな安い女じゃないのよ。
失礼しちゃうわ。

そんな生活が三週間ほど続いたところで名案が浮かんだ。
いっそのことエヴァンジェリンに身売りさせればいいのだ、と。
エヴァンジェリンは若いし男受けする容姿をしているからきっと引く手数多に違いない。
元々はあの子のせいでこんなことになったのだから、あの子に責任を取らせればいいのだ。

(あの子に稼がせて、私がお金を受け取ればいいのよね。私って天才だわ)

前払いで受け取ってしまえばエヴァンジェリンに金を持ち逃げされることもない。
なんて名案なんだろう?
最初からそうしていればよかった。
そうと決まれば早速男達へ話を持ち掛けよう。

「ねえ…。若くて美人で初々しい女を抱きたくない?」

そんな甘い言葉に男が反応を示してくる。

「幾つだ?」
「19才よ。若いでしょう?」
「へぇ…いいな。処女か?」
「そうよ。男を知らないまっさらな、ね?」

男がニヤリと笑う。
どうやら乗り気になってくれたようだ。

「料金は前払いよ。愛娘の初めてをあげるんだからお金は沢山貰いたいわ」
「いくらだ?」
「そうね。金貨10枚でどう?」
「いくらなんでも高過ぎだろう」
「元貴族の令嬢なのよ?それも高位のね。これでも安いくらいだわ」

男は値段を聞いて渋り出し、そこから散々値切られてしまった。
最終的に金貨三枚で落ち着いてしまったけれど、まあいい。
その代わりいっぱい気持ちよくさせてやってくれと頼んでおいた。
初めてが苦痛だったら今後客を取らせるのが難しくなってしまうし、この条件は絶対だと言っておいた。
エヴァンジェリンには沢山の客を取ってもらってしっかり稼がせたい。
そう考えながら、私はエヴァンジェリンの仕事終わりの時間と場所、そして容姿を伝えた。
お金は受け取ったし、後は男の方で上手くやってくれればそれでいい。

私は他の男達にも話を持ち掛け、次々と酒を注いでいったのだけど、話を聞くと案外男も女もイケる男が多いみたい。
それならラウルにも客を取らせようかしら?

(お金は沢山もらえる方が嬉しいものね)

単純計算で二倍だ。
やらない手はない。

私はこれから入るであろう沢山の収入を思い、上機嫌で心を弾ませた。


しおりを挟む
感想 135

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...