【完結】お役御免?なら好きにしてやる!

オレンジペコ

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番外編

番外編Ⅱ ナナシェにて③ Side.エヴァンジェリン

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ナナシェにやってきて早5か月。
思っていたほど危ない事もないし、ここでの生活にもやっと馴染んできた。
慣れない生活に最初は戸惑うことも多かったものの、人とは慣れるものなのだと改めて実感した。
今では洗濯や掃除なんかもできるようになっている。
まあ多少口は悪くなってしまったけれど、それもまた仕方のないことだろう。

「よぉ!エヴァンジェリン!」

食堂でしょっちゅうセクハラしてくるこの男も、最初はイライラしたものだけど、この男のお陰で他の男にちょっかいをかけられることもないとわかってからはまあいいかと割り切ることができるようになった。
まあ…見た目も悪くはないし、粗野ではあるものの凛々しく見えなくもない。
私よりも6つも年が上らしいけれど、馬鹿なことばかりしてくるから全然年上っぽく思えないし、何だったら足を踏んづけたって笑って流してくれるような大らかな男だ。
一応それなりに上の立場にいるようだし、気さくな感じが慕われるのかなとなんとなく思った。

「リオネス。こんな時間に珍しいわね」

いつもより早い時間に食堂へとやってきたリオネスにそう言ってやると、性懲りもなく『デートに誘いに来た』なんて言い出した。
暇なのかしら?
いつも冗談か本気かよくわからない口説き文句を言ってくるから相手をするだけ無駄だとあしらってきたのだけど、腕は確かなようだし街案内を兼ねて一度その手を取ってみるのもありかもしれないななんて最近では思うようになっていた。

「まあ…一回くらいなら付き合ってあげてもいいわよ」

だからそう言ったのに、鳩が豆鉄砲を食ったように目をまん丸にして驚くから、やっぱり冗談だったのかと思ってしまう。

「本気じゃないなら最初から言わないでちょうだい。シッシッ!」
「待て待て待て!行く!行くから追い払おうとすんな!」
「ふん。最初から素直にそう言えばいいじゃない。わからない男ね」
「いや。お前だってわからん女だろ?!俺はてっきりいつも通り断られるって思ってたから、予想外で驚いてただけだぞ?!」
「バッカみたい。予想外の事態に余裕を見せるのが男ってものでしょう?」
「くっそ可愛げがない女だな!乳揉むぞ?!」
「やれるもんならやってみなさいよ。足を思い切り踏んづけてやるわ!」

そんないつもとあまり変わらない言い合いをしていたら、食堂の調理場の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると母が調理場の人達から睨まれている。

「メリーナ!あんた売上金を盗もうとするなんてどういうつもりだい?!」

その言葉にドキッと胸が弾み、嫌な予感に襲われてしまう。
まさかとは思うが、盗みでも働いたんだろうか?

「まあ!酷い言い掛かりだわ。私は正当な報酬をもらっただけよ!」
「なんだって?!」

そこからの母の主張は酷かった。

不慣れながらも精一杯働いているんだからもっと給料をもらって然るべき。
どう考えても給料が安すぎる。
自分は働きに対する正当な報酬をもらっただけに過ぎない。
そもそもたかが金貨数枚で騒ぐなんてどうかしている。大袈裟だ。
そんなことを喚き散らしていた。

全くもって正当性のない主張に頭が痛くなる。
給与が安くて不服だと言うけれど、制服貸与含め衣食住が保証されているんだから手取りが減るのは当然だろう。
そこをわかっていなさすぎる。
恵まれている職場なのに、どうしてそれが分からないのか。
ここに来てすぐの時ならわからなかったかもしれないけれど、今なら私にだってそれくらいの事はわかると言うのに。

(私まで一緒に追い出されたらどうしてくれるのよ?!)

折角慣れて落ち着いてきたところなのに、ここを追い出されたらたまらない。
そう思いながら静観していると、誰かが『本当にどうしようもない女ね!本当に元貴族なの?もっと真面目に頑張ってる娘を見習ったらどうなのよ?!』と口にした。
すると母はこちらを睨みつけ、私に敵意をぶつけてきた。

「あの子は若いから身体を使って男を誑かしているだけじゃない!やってることはその辺の娼婦と変わらないわ!誰があんなふしだらな娘を見習うものですか!あー気持ち悪い!皆だって見てたでしょう?さっきもそこで男と下品なやり取りをしていたのを!私だってもう少し若ければもっと素敵なお金持ちの男性と仲良くなって、こんなところ出て行ってあげたわよ!私は生粋の貴族だし、あの子より遥かに上品ですもの。イイ男だって捕まえられるわ!こんな場所、最初から私には場違いだったのよ!良かったわね、エヴァンジェリン?ここで平民の男達にチヤホヤされて。貴女にはここがお似合いよ!そもそもが罪人ですもの。ここでも上等なくらいだわ!精々男達にしっぽを振って可愛がってもらうといいわ。娼婦のようにね!」

嘲るように母から言われ、泣きたくなる。
確かに罪を犯したのは私だ。
今は十分過ぎるほど反省しているし、巻き込んだのも悪かったと思っている。
だから母には私を責める権利があるし、私はそれを甘んじて受け止めるべきなんだろう。
それでもその言葉は胸にグサグサ刺さって辛かった。

それにこれまでの頑張りが全部否定されたようで、凄く悔しかった。
私は私にできることを精一杯頑張ってきたつもりだし、娼婦のように振舞ったつもりなんて一度もない。
できることならそう反論したかった。
でも何も言い返せなかった。
口を開いたら涙が零れてしまいそうだったから。

(泣くな、泣くなっ!)

グッと奥歯を噛み締め思い切り手を握り込み必死に耐える。
ここで泣いたら負けだと思った。

なのにそっと気遣うように重ねられたリオネスの手の温もりに心が挫けそうになる。
涙が滲み甘えの気持ちが込み上げてきて、思わず頼りたくなってしまった。
でも────それは絶対にしてはいけないことだ。
それくらいわかる。
ここでそれをしてしまうとダメ人間まっしぐらになってしまう気がして、負けるものかとグッと腹に力を入れた。

私は、自分の罪を償うためにここに来た。
だから誰かに甘えたらダメだ。
一度でも甘えたら二度と一人で立てない気がするし、たとえ責められようと頑張らないといけない。

耐えろ、耐えろと自分へと必死に言い聞かせる。
そうして耐え切り、喚きながら従業員達に食堂を追い出される母の姿を見送ってから踵を返した。

「エヴァ!」

思わずと言うようにリオネスが手首を掴んでくるけれど、私はそれを振り払い、振り向くことなく一言告げる。

「一人にしてちょうだい」

今リオネスの顔を見たら絶対に泣いてしまう気がしたから、絶対に振り返りたくはなかった。
それでも少しだけ声は震えてしまったかもしれない。
いい加減限界だったのだ。
だから私は速足でその場から逃げ出し、裏庭でしゃがみこんで声を押し殺しながら誰にも知られることなく思い切り泣いた。


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