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【本編】

30.前世の夢

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夢を見た。
これはラスターではなく竜王ランドルフの時の夢だ。

(ああ…世界にツガイの存在を感じる)

幸せな感情が身体に満ちて、なのに会えない切なさが身を焦がす。
会いたいのに会えないもどかしい気持ち。

それはラスターである今だって同じはずなのに、ツガイの存在を感じられるランドルフの時の方がずっと幸せだった気がする。

久方ぶりに竜の姿に変化して空を飛ぶ。
愛しいツガイの姿を求め、探す。
なのにやっぱり君はどこにもいない。
そんなに俺に会いたくないんだろうか?
できればそれはないと信じたい。
他の可能性で言うと、極たまにツガイの存在を感じ取ることができずに、普通に恋をしてツガイ以外の相手と結婚する場合があると聞く。
もしくは政略結婚でツガイ以外の相手と結婚する場合もなくはないから、それかもしれない。
俺も『ツガイが見つからないなら他の相手を』と勧められたりしてきたから、その可能性があることも承知の上だけど、もしそうなら悲しい。

そうして暫く空を飛んだところで城へと戻る。

「ランドルフ」

声を掛けてきたのは親友のリューンだ。
懐かしい。
隣には彼のツガイであるシャーリーが立っている。

「俺達、結婚することにしたんだ」
「やっとか!」

身体が弱いシャーリーを親友はずっと大事にしていて、早く結婚したいと言っていたものの、身内の反対を受けていたのだ。
子を望めないなら反対だと。
でもやっと認めてもらうことができたらしい。
本当に良かった。

「結婚式には来てくれよな!」

満面の笑みでそう報告してくる親友。
幸せそうな彼のツガイ。
そこから平和は続いたけど────。

場面がまた変わり、血生臭い光景が目の前へと広がっている。
話しているのは俺ではない。
あの悪魔だ。

「あーあ。つまんねぇなぁ。竜王のお情けを貰えるんだから、ちょっとくれぇ相手してくれりゃあ良かったのによぉ」

激しく抵抗するシャーリーが面倒になったらしい悪魔が彼女に手をかける。
懸命に『やめろ!やめてくれ!』と叫ぶのにその声は誰にも届かなくて、彼女はあっという間に殺されてしまった。

『うわぁああああっ!!』

俺が、殺した。
これがこの手で殺したんだ。

そして気晴らしと称し嬉々として戦場に出掛ける悪魔。
そこでも悪魔は沢山の者達を次々とその手に掛けていった。

心が疲弊していく。
誰も守れない。
誰も救えない。
悪魔を止めることができない。

(俺は────無力だ)

だから悪魔が親友を殺す時さえ何もできることがなかった。
俺は呪われても仕方のない存在だった。

そしてやってくる終わりの時。
懐かしい光景。
でもそれは待ち望んだ解放の瞬間だった。
黒い鎧を着こんだ竜人。
悲痛に顔を歪め、剣を手に俺の命を終わらせてくれた救世主。

「竜王陛下。貴方の治世は素晴らしかった」

その声は悲哀に満ちていて、でも…どこかで聞いたような声で────。

剣を手に持つその姿には確かな決意が漲っていて、彼なら間違いなく一撃で殺してくれると思った。

そしてそれは現実となって悪魔を殺してくれた。

ああ…彼の慟哭が聞こえる。
慰めてあげたい。

彼の綺麗な藍色の髪を掻き上げて、涙に濡れたその瞳を見つめながらありがとうと笑顔でお礼を伝えたかった。




「……────ター」
「ん……」
「ラス…ー……」

誰かが身体を揺さぶっている。

「起きて!起きてください!ラスター!」

夢の中の彼の姿と俺を揺り起こす相手の姿が一瞬重なった気がして慌ててバッと身を起こす。

「……え?」

そこにいたのはどこかホッとしたような顔をしたディオン様で、どうやら俺は珍しく寝坊したようだった。

「よかった。ちっとも朝食の席に来ないから様子を見に来たら、随分魘されていて心配したんだ」
「す、すみません」

優しく微笑むディオン様に不思議な既視感を覚える。
そう言えば確か初めて会った時にもこんな既視感を覚えたような気がする。
どうしてだろう?

「体調は大丈夫…か?」

だいぶ普通に話すのに慣れてきたディオン様が気遣いながらそう尋ねてくる。
特に体調不良ということはなさそうだし、ここはちゃんと安心させてあげよう。

「体調は大丈夫です。心配かけてすみませんでした。すぐに用意をして下に向かうので、先に食べておいてください」

でもそんな俺にディオン様は笑顔で『待ってるから一緒に行こう?』と言ってきた。

「でも…」
「俺が一緒に行きたいんだ」
「…………そうですか」

男前だ。
こういう優しさは嫌いじゃない。


***


【Side.ディオン】

朝食の時間になっても食堂に来ないラスターが気になって、様子を見に部屋へと向かった。
ノックをするけど返事がない。
そっと扉を開くとどうやらまで寝ている様子。

「ラスター?」

そう声を掛けながら近づくと、随分魘されていた。

「うぅ…ゴメン…リューン……」

リューンというのは確か彼の側近兼親友だった竜人の名だったはずだ。

「止められなくて…ゴメン……」

ポロリと涙が零れ落ちる。
もしかして前世の夢を見ているんだろうか?

「殺したく…ない……。嫌だ…助けて……」

涙を流しながらポロポロと零れ落ちる言葉。

「陛下……」

憑依病の件は女神から聞きはしたけど、まさかそれが今でもこれほど心の傷になっているなんて思わなかった。

「うぅ…死にたい……早く誰か、俺を殺して……」

悲痛な願い。
心が痛い。

「ラスター…ラスター、起きて、起きてください」

その悪夢から助けてあげたくてそっと体を揺すって起こしにかかる。

「ラスター!」

一際大きく声を掛けると魘されていたラスターが静かになった。
起きてくれたのかと一瞬思ったけど────。
次の瞬間ふわりとどこか幸せそうに笑った。

「ああ、やっと…死ねる」

その言葉にドクンと心臓が嫌な音を立てる。
これはまさか、俺に殺される瞬間を見てる?

(やめてくれ…っ)

折角ここ数日良い感じに距離が近づいてきたのに、夢で思い出されでもしたら怖がられてしまうかもしれない。
距離を置かれてしまうかもしれない。
そんな恐怖に襲われて、必死に声を掛けて起こしにかかった。

「起きて!起きてください!ラスター!」

頼むからそこだけは忘れていて欲しい。
そんな願いを込めて必死に揺さぶったのが功を奏したのか、目覚めたラスターはいつも通りのラスターで、特に怯えた様子もなくこれまで通りだった。

(良かった…)

そんな思いでこちらも動揺を綺麗に隠していつも通りに振舞う。
ちゃんとできているかドキドキしたけど、どうやらバレてはいなさそうだ。
珍しく寝坊したため体調面の心配もしたけど、それに関しても大丈夫そうだったからホッと胸を撫で下ろす。

「体調は大丈夫です。心配かけてすみませんでした。すぐに用意をして下に向かうので、先に食べておいてください」

でもその言葉に対する答えはノーだ。
下手に一人にして夢を振り返られたらたまったものじゃない。

「待ってるから一緒に行こう?」
「でも…」
「俺が一緒に行きたいんだ」
「…………そうですか」

笑顔で促し準備ができるのを待ってから一緒に食堂へと向かう。

今のところ思い出した様子もなさそうだし、きっと大丈夫だ。

一抹の不安を抱えながら、俺はラスターにバレないようそっと息を吐き出した。




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