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【本編】

9.最悪の出会い Side.ディオン

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近衛騎士になって早一年半。
20才をとうに過ぎたのにも関わらず領地に全く見向きもしない息子にとうとう業を煮やしたのか、父が俺の様子を見てくるようにと言って人を送り込んできた、らしい。
『らしい』というのは母から話を聞いたばかりだからだ。

休日に近衛騎士専用の自室で寛いでいると、母から至急帰れという手紙が来てそこに書かれてあった詳しい内容がそれだった。
確かに嫡男なのに王都に来てから一度も帰省していないのは俺が悪いとは思う。
でもしょうがないじゃないか。
竜王陛下を見つけられないのだから。

(こんなに探しても一向に見つからないなんて…。まさか亡くなった、なんてことはないよな?)

最近では病気で亡くなったのではないかという心配までしてしまう始末。
探しても探しても見つからない焦燥感など両親にはわかりはしないだろう。
そんな少々の怒りの感情を抱えながら屋敷へと帰り、母と言い合いながらその父が様子を見るためと称して送り込んできた相手が待つ応接室へと足を向ける。

「確かにいつまでも帰らない俺も悪かったかもしれないですが、何もわざわざ人を送り込んでくる必要はないじゃありませんか!そんなに俺は信用なりませんか?!」
「でも、近衛騎士になったのだっていきなりだったでしょう?旦那様も心配しているのよ?このまま貴方が領地に戻ってこないんじゃないかって。だから信頼している人に貴方の様子を見てくるように言ったのだと思うわ」
「信頼している人?それっていつだったか母上が言っていた平民でしょう?それならそれで適当に言い包めて帰せばよかったではありませんか!わざわざ俺を呼び出してまで会わせる必要なんて……っ」

扉の外に控えていた執事が俺達がやってきたのを見て扉をノックし、返事と共に大きく扉を開いて中へと招き入れたのを横目に見ながら部屋へと踏み込むと、そこには一人の男が窓辺に立っていてゆっくりとこちらへと振り返った。

キラキラと室内に注ぎ込む陽光に照らされた彼の白金の髪は美しく光輝き、容赦なく俺の目をくぎ付けにしてくる。
眼鏡で誤魔化しているようだがその白皙の美貌は隠し切れていなくて、穏やかに微笑む姿はまるで絵画のよう。
瞳の色は蜂蜜を溶かしたような黄金色で、小さな口は赤く色づいてどこか色っぽい。
それはまさに前世で見た自分のツガイその人で────。

あまりにもあり得ない出会いに言葉をなくし呆けるように見惚れる自分。
そんな俺にやっと出会えた竜王陛下がニコリと麗しく微笑んだ。

「お初にお目にかかります。ウィルラン辺境伯様からご子息である貴方様の様子を窺ってくるよう申し付かりました、ラスター=ルクスと申します。以後お見知りおきを」
「えっ…、あ…ディオン=ウィルラン、です。よろしく」

なんとか自己紹介だけはしたものの、あまりの急展開で頭がついて行かない。
これは夢なんだろうか?それとも幻覚?
そんな思いが抜けきらない。
だってずっと探し続けてきた相手が、今まさに目の前にいるのだ。
しかも父からの使いとして。

(あり得ないだろう?!)

「ようこそ、ラスター。私はシアナ=ウィルランよ。貴方のことは主人からも聞いているわ。とても優秀なのですって?」

母が『どうぞ座って』と竜王陛下を席へと促し、にこやかにそう口にする。
ラスターと名乗った竜王陛下はそれに笑顔で応えて、静かにソファへと腰を下ろし、和やかに話し始めた。

「優秀だなんて、恐れ多いです。領主様には過度の評価を頂くばかりで、勿体ない限りです」

落ち着いた心地よい声。
穏やかな態度。
それにスッと伸びた背筋が綺麗な姿勢を保っていてとても美しい。
どれをとっても目を奪われてしまうその人を前に、俺は緊張し過ぎて声すらまともに出せそうにない。

「二年前、だったかしら?主人からの手紙に貴方のことが書かれてあったから、この子にも一度領地に帰ったらと言ったのだけど、どうしても帰らないと言って…」

その言葉にドキッと胸が弾む。

「そうなんですね」
「そうなのよ。しかもその後皇太子殿下と遊学に出てしまったでしょう?」
「そう言えばそうでしたね。一年ほど行かれていたんでしたか?」
「ええ。恋仲の噂があった皇太子殿下と一緒に遊学だなんて心配だったのだけど、本人も乗り気だし、皇太子殿下からの直々のお誘いだったから断ることもできないしと見送ったのだけど、それが失敗だったのかしら?帰ってきたら今度は勝手に近衛騎士になると言いだして……」
「なるほど。それほど殿下と離れがたかったのですね」

その言葉にハッと我に返る。

「ち、違う!」

必死さがにじみ出たのか思ったよりもその声は部屋へと響き、驚いた二人の視線がこちらへ注がれたが、ここで誤解されるわけにはいかない。

「お、俺と皇太子殿下は本当にそんな仲ではないんです!ただの友人同士で…っ」
「周りはそうは思っていないわよ?まあでも、お互いに跡継ぎを残す必要がある立場ですもの。本人の口からはとても大っぴらに恋人同士だなんて言えないわよね」
「お相手がお相手ですし、仕方がありませんよね」

二人から浴びせられるそんな言葉の数々に冷や汗が出る。

(誤解だ!早く訂正しないとっ…!)

「ち、違っ…!」
「そんなことより貴方はどうなの?ラスター。それだけ綺麗ならきっとモテるでしょう?恋人は?もう結婚はしているの?」

母の興味津々と言った様子に言葉を続けることができず、俺も気になったからその話の答えを待つ。

「いえ。色々お声掛けはしていただけるんですが、どうも俺はそう言ったことに興味が出なくて。丁重にお断りさせていただいています」

どうやら竜王陛下は本気で幸せになる気がないらしい。
恋愛自体に興味がないとはっきり言いきる姿に胸が痛む。

やっぱりこの年になるまで俺が見つけられなかったからか?
早く出会えなかったせいでそうなってしまったんだろうか?
もっと早く見つけ出して愛情をいっぱい注ぎながら側にいれば何かが変わったかもしれないのに……。
でもまさか思わないだろう?貴族じゃなくて平民に生まれ変わってるだなんて。
不敬かもしれないが『あのポンコツ女神め!』と思わず恨みたくなる。

(最初から領地にいるとわかっていたら、絶対に離れなかったのに…!)

どうして女神はこの高貴な人を平民なんかに生まれ変わらせたんだろう?
こんなに綺麗な平民、犯罪者に狙われ放題じゃないか。
普通に考えてあり得ない。
神の考えは意味不明だ。

「そう。もしかして恋愛に興味がないのは何かトラウマでも?」

心配そうに尋ねる母。
その言葉に一瞬嫌な予感が頭を過るが、返ってきた答えは穏やかなものだった。

「いいえ。特にトラウマなんてありませんよ?うちの親は根っからの領地民でして、父は冒険者ギルドの魔物の解体の仕事、母は薬師の助手をしているんですが、そういうこともあって小さな頃から冒険者達とも顔見知りなんですけど、彼らが口にする女性達とのあれこれがどうも苦手で。俺には恋愛は向いていないなと思ったんです」
「ああ、そうなのね。でも学校では女の子達の話を聞いたりしたんじゃないかしら?」
「そっちはそっちで真逆と言いますか…相手を見るというより理想を押し付けている印象が強くて」
「ふふふ。わかるわぁ。実はこの子もそうなのよ。昔から理想ばかり相手に追い求めてちっとも現実を見ないの」
「母上?!」

いきなり何を言い出すんだと焦りに焦る。

「一度付き合ってみないと相手のことは何もわからないわよって言ったのだけど、全く聞く耳を持ってもらえなくて」
「そうなんですね」

頼むから今すぐその口を閉じてほしい。
俺の運命の相手に皇太子と恋仲だとか、俺が夢見がちな奴みたいに言うなんて酷すぎる。
それで嫌われたらどうしてくれるんだろう?
これじゃあとてもじゃないが恋愛対象として見てもらえないじゃないか。

「母上。俺、すぐにでも領地に帰ります」

もうこうなったらすぐにでも帰ろう。
真面目に仕事をこなして誠実で頼れる自分をアピールしつつ、一途な想いを態度で示したい。
折角出会えたのだから、ここでまた離れ離れになりたくはない。

「どうしたの?急に」
「急にではありません!元々皇太子殿下には『運命の相手と出会うか領主の仕事を継ぐとなった場合は近衛騎士の職を辞してよい』とお約束頂いていますので!」
「でも貴方、さっきまで一切帰る気なんてなかったでしょう?折角来てくれたラスターに会うのも消極的で、平民なんだから適当に言い包めて帰せばいいじゃないかと言っていたじゃないの」

その言葉に『俺はなんてことを言っていたんだ』と激しく後悔する。

「へ、へい…いえ、ラスター。すみません。情けないことに母や貴方に八つ当たりをしてしまいました。未熟者で申し訳ありません」

泣きたい。
穴があったら入りたいと、俺は心の底から思ったのだった。



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