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【本編】

7.竜王を探して Side.ディオン

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領地を離れ王都にやってきてから早13年。
5才から探し始めた竜王陛下は未だ見つからない。

もしかしてこのグラシアス皇国にはいないのだろうか?
皇族も高位貴族も下位貴族も全部調べた。
もしかして庶子に生まれ落ちてしまったのかと思いそちらの線でも探ってみた。
もしかして女性に生まれ変わってしまったのかもしれないと思い、似た容姿の者がいないかも探った。
なのにどこを探しても竜王陛下の姿は見つけられなかった。
いつでも竜王陛下の役に立てるようにと貴族達との間に信頼関係は万全に築いておいたが、このままでは無意味に終わってしまいそうだ。
こうなったらもう他国に探しに行くしかないかもしれない。

そう考えたところで領地からまた手紙が届いた。
どうせ学園も卒業したのだし、一度戻ってきなさいという手紙だろう。
こんなもの無視だ!
帰ったらどうせどこかの令嬢と婚約して結婚しろと言われるのが関の山だ。
こっちの屋敷にも沢山の求婚状が届いているし、母にまで運命の相手探しなんてそろそろやめたらどうかと言われる始末。
こんなに竜王が恋しいのに酷いではないか。

「ねえディオン。折角求婚してくれる方も沢山いるのだし、見た目だけで選り好みせず、せめてどなたかと会ってゆっくりお話ししてみない?私はね、結婚は相手の中身を見るべきだと思うの。見た目だけじゃ何もわからないわよ?」

それは確かにそうだろう。
でも竜王陛下は見た目が麗しいだけではなく、中身も素晴らしい人なのだ。
彼に敵う者などどこにもいない。

「勿論、わかっています」

そんな俺に母は言う。
まるで理想の相手に恋しているようだ、と。

まあその言葉もあながち間違ってはいない。
彼の方は、一度自分から身を引き近づくのを諦めたほどの素晴らしい方だったんだから。
でもそれが間違っていたとわかった今、今度こそ自分の手で幸せにしてあげたい。
本人に幸せになる気がないと女神から聞いたからこそ、尚更譲れない想いがある。

そんな俺に母は困った顔で尋ねてきた。

「ディオン。もし違っていたらごめんなさい。もしかして貴方が好きなお相手はヴォルフガング殿下、だったりするのかしら?」
「皇太子殿下ですか?全く違いますが」

彼とは学園で親しくしていたが、特に恋愛感情を抱いたことはない。
単に仲良く学生生活を送っていただけなのにそんな目で見られるのは御免だ。
変な噂になっていざ竜王陛下が見つかった時に誤解されたらたまったものではない。
冗談でもやめてほしかった。

「母上。いっそ旅に出てもいいですか?」

竜王陛下さえ見つかればそんなくだらない噂はされなくなる。
そう思い旅に出たいと口にしたら、慌てたようにダメだと言われてしまった。

「ダメよダメよ?!安易に送り出して一生旅に出られたまま戻ってこなかったらたまったものではないわ!」
「別に良いではないですか。跡取りなら従兄弟だっていますし」
「ダメです!いいわね?勝手に家を出たりしたら許しませんからね?!」

行く時は従者を連れて行かないと絶対に許可はしないと強めに釘を刺され、俺は大きく溜息を吐く。
そんな俺に母が『そうだわ!』と明るい声を出した。

「実は昨日旦那様から手紙が届いてね、とても有能な人を採用したんですって!興味はないかしら?」

どうやら父は将来的にその相手を俺の補佐に入れたいらしい。

「女性じゃないから乗り気はしないかもしれないけど、将来貴方のお仕事を手伝ってくれる人みたいだし、一度顔合わせに帰ってみない?」
「…………その彼は貴族ですか?」
「いいえ。庶民だと聞いているわ。でもとても優秀な人みたいでね、旦那様が寝込んだ時に────」
「そうですか。じゃあいいです。縁があったらその時で構わないでしょう」

女性かそうでないかは関係ないのだ。
そこにいるのが竜王陛下じゃないなら帰る気はない。
ただそれだけ。
父や母があの手この手で領地に帰したい気持ちもわからなくはないが、今ここから離れたら竜王の生まれ変わりに一生会えなくなってしまう気がするし、素直に帰る気にはなれない。

「はぁ…いっそ迎えに来てくださればいいのに」

そんなあり得ないことを口にするくらいには参っていて、恋心をこじらせたまま日々は過ぎていく。
そんな俺にある日皇太子からの手紙が届き、遊学に一緒に行かないかと誘われた。
これは最早運命だろう。
俺はすぐさまその話に飛びついて、周辺諸国を皇太子と共に巡ることに。

「ディオン!」

船着き場で合流した皇太子ヴォルフガング殿下は、特に仲の良い学友向けの笑みで手を振ってくれる。

「元気そうだな」
「はい。この度はお誘いいただきありがとうございます」
「いや。お前なら受けてくれると思っていた」
「他にも護衛はいるでしょうが、誠心誠意お仕えさせていただきます」

にこやかにそう告げると嬉しそうに『もっと学園の時と同じように気安く話してもいいんだぞ』と言われるが、これ以上は遠慮させてもらいたい。
線引きはきちんとしておくに越したことはないからだ。
下手に外でまで気安い距離感だと、いざ竜王陛下に遭遇した時に恋人と勘違いされてしまうかもしれないから気を付けておかないと。

「お前は相変わらず固いな」
「分を弁えているだけです。ご存じでしょう?」
「そうか。だが…昔からの親しい仲なんだし、少しくらいはいいだろう?」

どこか照れたようにそう言われるが、そのセリフは他の者に言ってあげて欲しい。

「殿下のお言葉は有り難いですが、周囲の目もありますし、念には念を入れさせてください」

笑顔でサラリとそう告げると、何故か深々と溜息を吐かれてしまう。

「はぁ…分を弁えすぎだろう。やはり俺から言うしかないな」

その言葉に首を傾げてしまうが、皇太子は思い切ったように真っ直ぐに俺を見つめ、その口を開いた。

「ディオン!俺に生涯をささげ、その剣を預けてほしい!」

その言葉に俺は目を丸くする。
これは暗に自分付きの近衛騎士になれと言っているのだろうか?

「殿下。俺の腕を認め近衛騎士として傍に置きたいと思ってくださっているのかもしれませんが、俺はこれでも嫡男なので難しいかと」
「お前…確かいつだったか運命の人を探したいから爵位は従兄弟に継いでもらいたいと溢していなかったか?」

それは……確かに何かの折に言ってしまったかもしれない。

「それに近衛騎士になればいずれ王となる俺について色々な国を回ることができるぞ?お前が理想とする相手探しにも一役買うのではないか?」

ここに来てそんな魅力的な提案をしてくる皇太子。
これには凄く考えさせられる。

「ふっ…どうやら受けてもらえる可能性はゼロではなさそうだな?」

俺の気持ちを見透かすように不敵に笑ってくる皇太子に、さてどう答えようか?

「俺は懐は深いつもりだ。互いに将来別々の相手と結婚して子をなす事くらい承知しているし、俺と付き合いながら心の広い結婚相手を探すことくらい容認できるぞ?」

どうしよう?
言われている意味がさっぱりわからない。
この場合の『付き合い』は友達付き合いという意味ではない気がする。
それに俺が探している相手をどうして結婚相手と勘違いしているのか甚だ疑問だ。

この人族の世界は同性同士での恋愛は割と認められているが、結婚に関しては子供を産み育てる制度としてあるようで、同性同士の結婚は特に認められていない。
別に必要ないだろうと言った感じだ。
人族は寿命だって短いし、ツガイという概念はないのだからそうなるのもまあわからなくはなかった。
だからそれに関しては正直どうでもいい。
俺は単純に竜王陛下を探しているだけだし、自分には関係ないと思っていたから。

「殿下。俺の探している相手は唯一無二の愛しい方です。女性でない可能性も極めて高いので恐らく結婚はできないでしょう。それでも必ず見つけ出して側に居たいのです」
「……そ、それは俺ではない、のか?」
「はい。殿下とは友人関係だと思っていたのですが違っていましたか?」

俺はずっとそう思っていた。
だから何故皇太子がそんなにやりきれない表情をしているのかが全く分からなかった。

「そ、それなら…これから、俺のことを意識してほしい」
「意識、ですか?」
「そうだ!なんなら遊学中俺を抱いたっていいぞ?お前の相手は男の可能性が高いのだろう?」

(つまり疑似的に恋愛関係にならないかというお誘いか?)

それは流石にマズくはないだろうか?
一国の皇太子相手に不敬すぎるだろう。

「殿下。もっと御身を大切にしてください。いくら何でも俺なんかに…勿体ないですよ?」
「勿体なくはない!俺はお前だから言ったんだ!」

運命の相手と出会った時にスムーズに事が運べるようになるし、悪くはない提案だろうとも言われるが、それこそ大きなお世話だ。

「申し訳ありません。俺は運命の相手しか抱く気はありませんので」

サラッと笑顔で躱す俺。
当然だが竜王陛下を傷つけることなく抱くために俺はありとあらゆる本を読んで勉強している。
最初から気持ちよくなって欲しいから丁寧に優しく抱いてあげたい。そんな思いで学んだのだ。
実地は竜王陛下とすればいい。そう思っている。

「…………ディオン。俺が相手では不服か?」
「とんでもない。俺が運命の相手に操立てしているだけなので、どうぞお気になさらず」
「素直に頷かないならば、遊学に連れて行かないぞ?」
「それならそれで個人的に船のチケットを取るだけなので問題ありません。幸い荷造りは終わっているので、一人旅でも何ら困ることはありませんので」

旅立ちの理由付けさえ何とかなれば後はどうとでもなる。
俺の目的はただ一つ。竜王を探しに行くことだけなのだから。

「…………わかった。俺の負けだ。ついてこい」
「よろしいのですか?」
「仕方がないだろう?俺の一世一代の告白を無にし、なけなしの勇気さえ粉々にされたのだから、せめて同行して俺の身を守れ」

もしかして殿下は俺に好意を抱いてくれていたんだろうか?
知らなかったとは言え、なんだか申し訳ないことをしてしまった。

「殿下。想いは返せませんが、殿下の幸せを心より祈っております」

フッと笑んでそう告げたら『そう言うところが罪作りなんだ、お前は!!』と怒鳴られて、『だがまあ…頼りにしてる』と返された。

相変わらず不器用な方だが、こういったところは可愛いらしい。
早く俺よりもずっといい人を見つけてほしいと思う。

こうして俺は皇太子一行と共に旅立ったのだけど、そこでもやっぱり竜王の姿を見つけることは叶わず、仕方がないから国に戻ってから皇太子の誘いを受けて結局近衛騎士として働くことにした。

運命の相手と出会うか爵位を継ぐまでという期限付きで、だが。

そんな俺の元へ、ある日突然運命は訪れる。
けれど、あんなに気を付けてきたのに────まさか皇太子殿下と恋仲だと思われるだなんて、俺は思ってもみなかったのだった。



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