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お城生活編

53.逃走する者と助勢する者

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【Side.クロヴィス】

「あ……」

知らず、身が震えてしまう。
だってここにはジークがいないんだ。
ついさっきまであんなにもすぐ傍に居たのに、今はあり得ないほど遠くに感じられて、崩れ落ちそうになった。
今俺を抱きしめているのはジークじゃなくて、ラナキスで……。
蒼白になって震える俺に、ラナキスが嬉しそうにしながら髪へとキスを落としてくる。

「やっと自由になれたな。クロード」

けれど俺はそれに答えることができない。
これから一体どうしたらいいんだろう?
俺は一生こんな奴から逃げられないのか?
それを思うと怖くて身動きが取れなくなってしまった。

「すみませんが、こちらの契約書にサインを頂けますか?」

そこへそんな風に声を掛けてくる者がいた。
転移魔法で俺達をここまで連れてきたあの男だ。

「ああ。悪かったな」
「いいえ。これも仕事なので」

そう言いながら書類を差し出してくる男。
そして説明があるのでと男が口にしたところでラナキスが一時的に俺から離れた。

「こことここにサインが頂きたいんですよ」
「わかった」
「それと成功報酬なんですが……」
「ああ。それはここに預かっている。ほら、これでいいか?」

そんなやり取りをする二人を傍で見ていた俺だけど、ふと男の手が今のうちに逃げろと言わんばかりにフリフリと振られていることに気が付いた。

(助けて…くれるのか?)

そう思ったから、すぐに認識阻害の魔法を発動させて、俺はラナキスの死角を狙い速やかに逃走を図った。

急げ急げと気ばかりが急くが、このチャンスを逃せば後がない。
だから適当なところで屋根の上へと上がってそのまま遠くまで駆けることに。

(ジーク…絶対帰るから…!)

そう思いながら俺は懸命にストーカーから距離を取ったのだった。


***


【Side.シャルル】

今日はツイてない日だと思う。
俺と同じく転移魔法が使える冒険者の先輩が、全く悪びれることなく笑顔で俺に言ってきたせいだ。

「おう、シャルル!悪ぃけど仕事が被っちまったんだ。代理で行ってくんねぇか?」
「……どんなの?」
「なんか駆け落ちしたい奴をあっちの大陸に転移で送り届けるだけの仕事だってよ」
「それならパパッともう一つの仕事を済ませてやってやったらいいだけの話だろ?」
「いやぁ…それはそうなんだけどな?なんだかこう…物凄く嫌な予感がすんだよ」
「そんな仕事回さないでくれよ」
「そう言うなって。お貴族様の依頼だから断れねぇんだよ。お前なら貴族に伝手があるからちょっとくらいトラブっても大丈夫だろ?なあ、頼むよ」

そんなやり取りを経て引き受けた仕事。
指定された場所はとある貴族の別宅。
そこで相手が来るのを待っていたら、なんか正装の上着だけ脱いだ奴が簡素な服を着た男を姫抱っこで連れてきた。
どうやらこの二人が駆け落ちしたい二人らしい。
話を聞くと、追われているから急いであっちの大陸へと連れて行ってほしいとのこと。
でも正装なのに全く見覚えのない男だ。
貴族じゃないのかと、まずそう思った。
俺は子爵家の次男として生まれたが、それ故にこの国の貴族の顔は全部覚えている。
その俺が知らないということは他国の貴族の者か、もしくは平民で功績を上げた者かのいずれかだと思われる。

とは言え仕事は仕事だ。
ここでは相手が貴族であるかないかなんて関係ない。
契約に基づき淡々と依頼をこなさないといけない。

そしてラナキスと名乗る男と打ち合わせが大体済んだところで相手の男が目を覚ました。
すぐさま声を掛けるラナキス。
けれど話しかけられた相手の男の様子がなんだかおかしい。
首筋にはくっきりとしたキスマークが三つ。
普通に考えたらそれは当然ラナキスがつけたものに間違いはないだろうが、なんだか嫌な予感がする。

(試してみるか?)

そう思って様子のおかしい男の方にその件を告げてみると、顔色を変えていきなり風魔法を発動してこられた。
これは絶対におかしい。
本当に駆け落ちするほど愛し合ってる者ならまず羞恥で頬を染めるだろう。
いきなり攻撃なんてしてくるはずがない。
しかもその後に飛び交う言葉の数々から、『あ、これマズいやつ』というのが嫌でも伝わってきた。
どう考えてもストーカーに攫われたといった感じだ。
こんなものに巻き込まれてはたまったものではない。
だからいつでも逃げられるようにそっと距離を取って様子を窺うことに。

けれど話が進めば進むほどに暗雲が垂れ込めてくる。
できれば聞きたくなかった『王子』と言う言葉に『ジーク』という名。
もしかしてもしかしなくても、この男は今噂のジークフリート王子の愛してやまない王子妃、クロヴィス殿下では?
ラナキスの方は頑なにクロードと呼んでいるが、何となくそんな気がしてならなかった。
もしその仮説が正しければ自分は王子妃誘拐の犯人ということになってしまう。
これはマズい。
お尋ね者になるのは死んでも御免だ。
そうなったら実家の子爵家もきっとただでは済まないだろう。
折角色んなご令嬢と親しくなって貢物をもらったり情報をもらったりして実家にそれを納め、自由をもらい冒険者活動に勤しみながら楽しい日々を謳歌していたのに、全部が台無しになってしまう。

そうこうしているうちにクロヴィス殿下と思われる男が窓から飛び出していった。
すぐにラナキスも後を追っていったので窓へと駆け寄り下へと目をやると、そこには既にジークフリート王子の姿が。
これはもう確定だろう。

(マズいマズいマズい…!)

そして当然のように始まる双方の魔法対決。
どう見てもジークフリート王子が優勢だ。
あの腕前なら俺なんてあっという間に殺されるだろう。
できればこのまま逃げてしまいたいが、それだけではダメだ。
依頼を辿られればそれでおしまいだ。
ならどうする?

恩を売ればいい・・・・・・・

一瞬でそう考えを纏め、ついでにラナキスから成功報酬も受け取ろうと思い、すぐさま実行へと移した。
今にもやられそうなラナキスが俺の名を呼びながら超短距離の転移魔法でクロヴィス殿下の元へと移動したのを確認し、その二人を拾って一気にフォルクナーへと転移する。

そしてサインと報酬の話をしている間にさり気なくクロヴィス殿下に逃げろと合図を送った。
これならラナキスの方の依頼は達成できているし、クロヴィス殿下を逃がすことにも一役買えている。
後はこの後ジークフリート王子を迎えに行って、なんとか合流させてやればいい。
合流さえできれば後はその二人を連れてローナ帝国に戻れば万事解決。
ストーカー男を大陸違いのフォルクナー帝国に置き去りにすればそう簡単には戻ってこれないし、ジークフリート王子に恩は売れるはずだ。

フォルクナー帝国とローナ帝国はかなり距離があるから転移魔法に使う魔力も膨大だ。
熟練度も高くないとこの距離は到底飛べない。
ラナキスが例えこの先転移魔法を習得してもそう簡単には飛べないし、誰か雇って転移してもらうにしてもここからローナ帝国に飛べる者はそうはいないだろう。
それほど両国に関わりがないからだ。
他の国経由で飛んで飛んで飛んでやっと戻って来れる。
それくらい交流が一切ない国。
そのため、逆を言えば置き去りにするにはもってこいの場所と言える。
なんとかそれで今回のことは水に流してもらえないだろうか?
我ながら悪くはない案だと思うし、交渉の余地はあると思うのだが…。
これでダメならどこかよその国で暮らそう。

そう思っていたらラナキスがクロヴィス殿下がいないことに気づいて騒ぎ始めた。

「クロード?どこに行った?!クロード!!」
「手洗いでは?」

少しでも引き留めるべく、のんびりした口調でそう言ってやる。
けれどラナキスの方はそうもいかない。

「トイレにしても黙ってどこかへ行くのはどう考えてもおかしいだろう?!すぐに探さないと!」
「いやいやいや。急に行きたくなったんでしょう。もういい大人ですし、たかがトイレ。そのうち戻ってきますよ」
「でもっ…!」
「それとも何ですか?逃げたとでも?もしそうなら貴方の傍に居るのが嫌で逃げたってことですよね?」

(まあその通りだろうけど)

「俺の傍に居るのが嫌?そんなこと、有るはずがない!俺達は相思相愛なんだぞ?!」
「それならそんなに焦らず、戻ってくるのをドンと構えて待っていたらいいんですよ」
「うっ…」

どこからどう見ても、全力で嫌がってたのになぁ。クロヴィス殿下。
どうしてあれで相思相愛と思えるのか不思議でならない。
何とか逃げ切ってくれるといいけど。

そうして待つこと十数分。
当然だがクロヴィス殿下は戻ってこない。
段々イライラしてきたラナキスにチラリと目を向ける。
ここで放逐したらきっとすぐさま後を追い始めるだろう。
それはこちらとしても嬉しくない展開だ。
さりげなく会話で繋ごう。

「戻ってきませんね。これは…やはり貴方が嫌で逃げ出したのでは?」
「クロードが俺を嫌うはずがない!クロードはツンデレだから一見そう見えるだけだ!絶対戻ってくる!」
「ツンデレね…。本当にツンデレならこういう時こそ真っ先にデレるもんでしょう?寧ろシチュエーション的にデレない方がおかしいですよ?ちょっと服の裾を引っ張って『ラナキス…ありがとう』とかはにかみながら言うもんじゃないですか?そんな展開にならず、一目散に逃げたってことは単純に貴方が嫌われてるってことなのでは?」
「そんなはずない!」
「でもツンデレがデレてない時点でおかしいでしょう?」

この男はかなり危ない奴のようだし、クロヴィス殿下が完全に逃げ切れるようにもう少し時間稼ぎをしておこうか。
ついでにこう言う輩は全く関係のない第三者の言葉には多少耳を傾ける傾向があるし、ちょっと話した限り疑問形にも弱そうだ。
このままできれば諦める方向に上手く誘導してやろうか。

「そもそもの話、相手のことが好きならあんな風に攻撃魔法は使わないでしょう?どこに相思相愛の要素が?」
「あれは照れ隠しで…っ」
「照れ隠しで相手が怪我をするような魔法を使うと思いますか?照れ隠しなら魔法は使わず、可愛らしく軽く抵抗するくらいでしょう?好きな相手にあんな場所で魔法はぶっ放しません」
「いや。クロードはいつもはそんな感じで抵抗するんだ!」
「じゃあ今日、本格的に嫌われたんでしょうね」

ここでしみじみ残念そうな声と表情でそう言ってやる。

「……え?」
「話は聞いてくれない、勝手にキスマークをつける、問答無用で連れ去る、嫌われる要素ばかりじゃないですか。だから窓から逃げようとしたんでしょう?普通なら扉から出ますし、追ってほしかったら寧ろそちらを選びますよね?窓からなんて絶対に逃げませんよ。つまり、あの時はなにがなんでも逃げたかったんですよ。貴方から」
「え?…いや、話はちゃんと聞いてたし、キスマークは好きだからつけたんだ。連れ去ったのは王子から逃がすためだろう?何もおかしくは…」

(ああ、いい具合に動揺し始めた。もうちょっと揺さぶるか)

「は~…本気で恋愛をわかってないですね。先程のやり取りを聞く限り、彼は全力で貴方を拒絶していましたよ?」
「だからそれはあの王子が魔道具か魅了魔法を使ったからであって、クロードの本心じゃなかったんだ!」

本当に面倒臭い男だ。
こんな男に付き纏われてクロヴィス殿下も可哀想に。
ちょっと本気出してわからせてやろうか。

「ひとつ。魔道具は耳に付けられたピアスだけでした。そしてあれは命の危険があった時に身代わりとして砕け散る魔法アイテムです。それ以上でもそれ以下でもない、ありふれた魔道具ですよ」
「じゃあ魅了魔法だろ?」

それが正しいとばかりに告げられる言葉。
けれどそれは大きな間違いだ。

「魅了もないですね。ローナ帝国の先代国王が迎えた妃は恋愛至上主義の国レイクウッド出身で、魅了魔法など邪道中の邪道だと言い捨て、真実の愛を穢す行為であるとはっきりと明言したのは有名な話です。これは法律にもきちんと反映されていて、ローナ帝国で魅了の魔法を悪用した場合は、鎖に繋がれて魔物が蔓延はびこるオルトロスの森の奥深くに連れて行かれ放置されるという死罪にも等しい罪になるんです。ジークフリート王子がそれを知らないはずはありませんし、彼が魅了魔法を使えるという話も聞いたことがないので、まずあり得ないでしょう」

ここまで懇切丁寧に言ってやってもラナキスは納得しない。
でも…あと少しでコイツは納得するだろう。
俺のこれまでの経験がそう言っている。

「じゃあ脅されてるんだ!元々敵国の王子なんだし、あり得なくはない!」
「いやぁ…それはないでしょう。本当に脅されていたならあんなに必死にジークフリート王子の名を口にしたりしないでしょうし、これ幸いとサッサと逃げてますよ。それこそ今みたいに誰にも告げずにね」
「そ、そんな…こと……」
「ま、端的に結論を言うと、普通に嫌われてただけってことですね。貴方が。でないと説明がつかないでしょう?好きな相手に追われたいなら姿が見える位置で様子を伺っていてもおかしくはないのに、そんな様子もない。ほら、見回してみてください。どこにも居ないでしょう?」

その言葉にラナキスが必死に周囲を見回すが、当然そこにクロヴィス殿下の姿はない。
そこへ満面の笑みで俺は改めて結論を言ってやった。

「ほらね?ここまできたらもう嫌われてる以外考えられません!すっぱり潔く諦めた方が男らしくてカッコいいですよ。そもそもが身分違いですしね。期待するだけ無駄です。ご愁傷様でした」

バッサリとそう言い切ってやると、物凄く愕然とした表情をされてしまった。
その分今度こそちゃんと言葉が届いたのが伝わってくる。

(手間をかけさせず、もっと早く理解しろよ)

あんなにわかりやすく拒否されてたんだから、すぐ分かれよと言ってやりたい。
何はともあれ、これでクロヴィス殿下に付き纏わなくなってくれればいいのだけど。

(さて、そろそろ行こうか)

そうして俺は踵を返し、すっかり遅くなってしまったがジークフリート王子の元へと転移したのだった。

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