【完結】元主人が決めた婚約者は、まさかの猫かぶり野郎でした。

オレンジペコ

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74.魔法契約

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ルシアンが学園に手続きに向かった後、俺はダニエル達に『良かったな』と言ってもらえて、久しぶりに父へも笑顔で甘えることができた。
なんだか凄く久しぶりにこうして甘えた気がする。

「カイ。折角だし今日は父さんの泊まっている宿に来ないか?積もる話もあるし沢山話したいな」
「え?」
「ダメか?」

ダメかと言われたらダメじゃない。
でもルシアンとも一緒に居たいから少し躊躇した。
そんな俺の心境を察したのか、クスリと笑われてしまう。

「カイは本当にルシアンが好きなんだな。心配しなくてもこれからは毎日会えるんだ。今日くらい父さんに時間をくれないか?」

確かに。父が言うようにこれからは毎日一緒に居られるし、不安に思うことは何もない。

「わかりました。じゃあ今夜は父様の泊まってる宿に行きます」
「ルシアン様には私から言っておくから大丈夫よ」
「ああ。任せておけ」
「ありがとう。アン姉さん。ダニー兄さん」

二人に感謝して俺は笑顔でお礼を言った。

「帰国日はまたルシアンと話し合って決めよう。手続きの関係ですぐに帰れないならルシアンだけ後追いで帰ることになると思うが、その時はちゃんと我慢するんだぞ?」

そう言われて俺はちゃんと素直に頷きを返す。
しっかりしようと決意したのだ。
これくらいなんてことはない。

「大丈夫です!俺だっていつまでも子供じゃありませんから」
「そうか」

優しい眼差しで見守ってくれる父に胸を張り、俺は力強く言い切った。


***


【Side.ユージィン】

無事にカイザーリードの説得に成功し、ルシアンへの釘刺しもすることができた。
あっと言う間に本心を隠されてしまったが、あの一瞬の鋭い眼差しは見間違いではない。
一瞬の隙が事態を逆転させてしまうという状況は戦場で何度も経験したが、ここ最近なかったことだから身が引き締まる思いだ。

バルトロメオ国の王弟、ルーシャン=バルトロメオ。
彼は良くも悪くも好敵手だった。
その戦略に幾度も追い込まれ、都度互いの動向を探り合っていたといっても過言ではない。
油断できない相手との駆け引きは神経を使うが、いつしか次はどう来るんだと挑むような思いで高揚していたものだ。
だから彼がカイザーリードを叩き折った時、油断していた自分を悔いた。
敵ではあったがこちらの戦力を削ぐ見事な最期。
男として素直にその死に敬意を払った。
だから彼の手にあった魔剣と共に丁重に遺体と共にバルトロメオに返したのだ。
晒し首にしろと言う声もなくはなかったが、戦争は終わった。
禍根を残さぬためにも扱いは丁重にと王にも進言させてもらい、その願いは聞き入れられた。
彼はこの国にとって、確かに英雄だった。

何故かルシアンを見ていると彼のことを思い出す。

彼はいつだって不敵な顔で戦略を立てこちらを追い詰めてきていたから似ているはずがないのに、どうしてだろう?
穏やかな仮面の下にあの本性が隠れていると言われても、なんとなくそうなのかと納得できそうな気がする。
そんな不思議な心境。

(まあもし仮にあの男が生まれ変わってカイザーリードと結婚したいと言ってきたら即断るが)

流石に仇敵だけはどれほど優秀な相手であってもお断りだ。
大事なカイザーリードが恨みで酷い目に合わされでもしたらたまったものではない。
その点ルシアンはカイザーリードに惚れこんでいるから大丈夫だと安心できる。
羽目を外し過ぎるところだけは難点だが、愛の深さだけは認めてやろう。

「義父上。寮の荷物はまとめておきました。明日以降いつでも出立は可能です」
「流石に早過ぎないか?手続き以外にも色々あるだろう?せめてクラスメートへの挨拶くらいしてきてもいいんだぞ?」
「そちらに関しては大丈夫です。各家の当主経由で既に挨拶済みなので」

よくわからないが学園長に頼んだということだろうか?
まあいい。
ルシアンはにこやかにカイザーリードを迎えに来てそう宣うくらいに仕事は早いし、いつだって完璧だから文句のつけようもない。
だが、ここでカイザーリードを大人しく引き渡す気はなかった。
襲われるのが分かっていて渡す親などどこにもいない。

「そうか。ご苦労だったな。明日に備えて今日はゆっくり休んでくれ」
「はい。ではカイを連れて行かせていただきますね?」
「残念だが今日は親子で積もる話をする予定なんだ」
「…それはカイも了承してのことでしょうか?」
「勿論だ。カイ、そうだな?」
「はい!父様」

嬉しそうに笑って答える息子が可愛い。
俺の魔剣は世界一だ。
だがそんな息子を見て苦々しい表情になるルシアン。
きっと暫くできなくなるから、カイザーリードを丸め込んでヤリ納めしたかったんだろう。
残念だったな。魂胆は丸わかりだ。

(俺の目の黒いうちは思い通りにはさせないぞ?)

そう思いながら目を向けると、挑むような眼差しを向けられ、間に火花が散った。
まあこの執着っぷりは本当に愛の深さが溢れていて、魔剣としてのカイザーリードが主人だと認めるのも納得がいく話ではあるのだが。

「カイ…ここ暫く夜はずっと一緒だったのに寂しいな。義父上と話すのは明日以降の馬車じゃダメかな?そっちの方が時間も長いし沢山話せると思うんだけど」
「え?」
「帰ったらもう日中しか会えなくなるし、今夜は一緒にいたい。ダメか?」

そしてこんなしおらしい態度でカイザーリードを籠絡しに来るから油断も隙もあったものじゃないと思う。

「ルシアン?早速条件を破る気か?結婚するまでダメだと言っただろう?卒業まで絶対にカイとするなよ?」
「勿論。そこはちゃんとお約束します」
「ならいい。カイもわかったな」
「…はい」

しょんぼりと肩を落とすカイザーリードを見ていると心が痛むが、ここは心を鬼にしてでも止めなければ。

「父様。約束は守るので、せめて手を繋いで一緒に寝たらダメですか?」
「それが確実に守られるとは限らないだろう?ダメだ。大人しく今夜はこちらで泊まりなさい」

そんな俺にルシアンが暫し思案した後、一つの提案をしてきた。

「義父上の心配はもっともだと思います。どうでしょう?ここは一つ魔法契約書にサインをするというのは」
「魔法契約書?」
「はい。それなら絶対に契約は守られますし、義父上も今後気を揉むこともなくなるでしょう?」

なるほど。それは確かに名案だ。
だが何か裏があるに違いないと思ってしまうのは間違っているだろうか?

そうして熟慮の結果、俺はその提案に乗ることにした。
裏があろうとなんだろうと契約条件を見極めれば済む話だと考えたからだ。

「確実な文言の方が安心できますか?例えば双方の結婚が王室に認められる、とか」

王室にか。
悪くはない。
ルシアンは王家に伝手はないはずだからこれは大丈夫なはず。

「そうだな」
「では『王室に婚姻を認めてもらうまで、肌を重ねることはできないものとする』という文面で互いにサインを入れましょう」

にこやかに同意を求めてくるルシアンに不信が湧く。
怪しい。
この短い文面の穴はどこだ?

じっくり考えて考えて考えて…ハッと思いついた。

(文面に名前が入っていない…!)

このままサインを入れればルシアンと俺の契約書として成立する。
つまり、ルシアンと俺が・・・・・・・王室に結婚を認められるまで肌を重ねられないという意味の契約書になってしまうのだ。
それでは魔法契約の意味がなくなってしまう。
きっとそれを狙ったんだろう。

(誤認させようとするとは流石だな、ルシアン。だが甘いぞ!)

「わかった。じゃあカイ。ここに自分でサインを入れなさい」

にこやかに促すとカイザーリードは少し思案した後、おずおずと追記してもいいかと訊いてきた。

「何をだ?」
「その…ルシィと肌を重ねてはダメだって書かれてあるので、手を繋ぐのもダメなのかなと思って…」

それはOKにしてほしいと言ってくるカイザーリードが可愛すぎる。

「わかった。そこは明確にsex禁止と書き換えよう。ルシアンもそれでいいな?」
「ふっ…はい。もちろんです」

ルシアンもツボに入ったのか、微笑ましい眼差しでカイザーリードを見ている。
その気持ちはよくわかるぞと頷きながら、俺は契約書の文面を書き直した。
ついでに明確に二人の名を足しておこう。
その方が確実だ。

『ルシアン=ジェレアクトとカイザーリード=ユグレシアの二人は、王室に婚姻を認めてもらうまでsexはできないものとする』

ここで間違っても子作り行為などと誤魔化して文面に書いてはいけない。
男女ではないから子作りはできないしと揚げ足を取られるからだ。
そして俺はそれを何度も見返し、問題はないと判断してからカイザーリードにサインを入れるよう促した。

カイザーリードは文面に目を走らせ、全く迷うことなくサラリとサインを入れる。
対してルシアンは少し固まった後、取り繕うように微笑み、渋々といった様子でサインを入れた。
と同時に魔法が発動し、契約書がその効力を発揮する。

「契約成立だな」

これでカイザーリードの操は結婚するまで守られることとなった。
万が一にでも契約を破れば、ルシアンとカイザーリードは確実にその代償を払わなければならない。
具体的に言うと、契約を破った途端罪人の証が額に浮かび上がるようになっている。
これがある者はどこの国に行こうと信用されないという明確な印でもある。
ルシアンも当然それを知っているからこそこの契約を持ち掛けたのだろうし、わざわざそんなリスクを払ってまで危ない橋は渡らないはずだ。
自分は兎も角としてカイザーリードを傷つけるような行為は絶対にしようとしないだろうから。

この駆け引きは俺の勝ちだなとつい頬が緩んでしまったが、この時、同じようにルシアンが心中でほくそ笑んでいたなんて全く思ってもみなかったのだった。

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