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68.宿屋にて②

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ダイアンとルシアンを見送って、そっとダニエルの元へと歩み寄る。
スヤスヤと眠っているが、身体にまかれた包帯が痛々しい。

「ダニー兄さん…ちゃんとジガールには罪を償ってもらうからね」

ポツリとそう口にすると、ダニエルの瞼が震えゆっくりとその瞳が開いた。

「う…」
「ダニー兄さん!」
「…カイ?」
「うん!俺だよ!」
「そっか…良かった……」

心から安堵したような笑みに涙が止まらなくなる。
きっとすごく心配してくれていたんだろう。

「ゴメン…心配かけて」

涙ながらにそう言った俺の頭をポンと撫でて、気にするなと言ってくれるダニエル。
そんなダニエルに水を飲ませて、一応ちゃんと包み隠さずこれまでの経緯を伝えておいた。
ダイアンが知っていたということは当然ダニエルも知っていると思ったからだ。
ここで隠しても意味がない。
とは言え生まれ変わりの件など、言えないこともあるのだけど…。

「そうか。騎士団長様が…」
「たまたまルシアンと知り合いだったみたいで」
「でも良かったよ。そこから更に酷い目に合う可能性だってあったんだから」
「うん。それは本当に運が良かったんだと思う」

ここまではドキドキしながらでもなんとか言うことができた。
でもこの先を考えると、不安が込み上げてきてどうしようもなかった。

「それで…実はこっちに父様が向かっているって聞いたんだ」
「……!!」

ダニエルが驚いたように目を見開く。

「お、俺…どうしたらいいかな?ルシアンに勝手に会いに行くから襲われたんだって…責められる?もう会うなって、婚約解消されたらどうしよう?」

全部俺の行動が裏目に出て、どうしていいのかわからない。

「ル、ルシアンは大丈夫だって、絶対手離さないって言ってくれたけど、俺…父様にどう言えば説得できるか全然わからなくて…っ」
「カイ…」
「ゴメン…ダニー兄さん…。本当はこれ以上頼ったらダメだって…わかってるのに…」

大怪我を負って大変な時にこんな話をすべきじゃないとは思う。
でも他に相談できる相手も居なくて、つい弱音を吐いてしまった。

「馬鹿だなカイ。気にせずいくらでも頼ればいいだろう?俺もダイアンもお前を助けるためについてきたんだから」
「でも…っ」
「そうだな…じゃあ。こうして話してる方が気が紛れて傷の痛みも忘れられるから、俺に付き合って話してくれないか?」

従兄妹の優しい気遣いにまた涙が出そうになる。

「……うん。うん。ダニー兄さん」

この恩はいつか返そう。
ついでにダニエル達の結婚が決まったら心を尽くしてお祝いしよう。
それが俺にできる精一杯の恩返しだと思うから。


***


【Side.ダニエル】

大怪我を負って気を失って、目が覚めたら目の前にカイザーリードがいた。
そのことに安堵し、心から良かったと息を吐く。
見たところ怪我らしい怪我もしていないようだし、憔悴した様子も見られない。
泣いているのはきっと俺が大怪我をしたせいだろう。
そう思って、安心させるように重たい腕を持ち上げてなんとかカイザーリードの頭に乗せた。
これで少しでも安心してもらえるといいのだけど……。

それからカイザーリードは俺に一連の話をしてくれた。
ジガールと街に出た後人込みに流されはぐれてしまったこと。
その後破落戸に攫われて連れ込み宿でレイプされそうになったこと。
それ自体はカイザーリードが抵抗したことで未遂に終わったものの、手に余った破落戸達に奴隷商へ売られたこと。
奴隷商がこの国の騎士団長の屋敷に売り込みに行き、騎士団長は購入に見せかけ保護してくれ、すぐに婚約者であるルシアンに連絡をとってくれたこと。

「そうか。騎士団長様が…」
「たまたまルシアンと知り合いだったみたいで」
「でも良かったよ。そこから更に酷い目に合う可能性だってあったんだから」
「うん。それは本当に運が良かったんだと思う」

本当に幸運だった。
きっと他の相手だったならそう上手く助かりはしなかっただろう。
元敵国であるジュリエンヌ国側に好意的に接してくれる相手がいるなんて思いもしなかった。
騎士団長には心から感謝したいところだ。

(いずれにせよカイが無事でよかった)

本当にそう思う。
とは言え未遂だろうとなんだろうと少なからずカイザーリードの心の傷にはなっているだろうし、その辺りのケアは重要だ。
そう思案していたところで、当の本人から爆弾が投げ込まれた。

「それで…実はこっちに父様が向かっているって聞いたんだ」
「……!!」

これはマズい。
ユージィン卿が事の次第を聞いたら激怒するのは目に見えている。

「お、俺…どうしたらいいかな?ルシアンに勝手に会いに行くから襲われたんだって…責められる?もう会うなって、婚約解消されたらどうしよう?」

だからカイザーリードがこうして不安になる気持ちもよくわかる。

「ル、ルシアンは大丈夫だって、絶対手離さないって言ってくれたけど、俺…父様にどう言えば説得できるか全然わからなくて…っ」
「カイ…」
「ゴメン…ダニー兄さん…。本当はこれ以上頼ったらダメだって…わかってるのに…」

泣きながら謝るカイザーリードはやっぱりまだまだ子供だ。
もっとしたたかにこちらを利用してくれたっていいのに。

だから一先ず安心させるように言葉を選び落ち着かせ、今後の事へと思考を向ける。
幸い婚約者の方はカイザーリードを手放す気はなさそうだが、これも一応本人に会ってから見極めよう。
最悪カイザーリードを騙す可能性だってあるし、ギリギリで逃げられでもしたら目も当てられない。
ここは慎重にいかなければ。

馬鹿な子ほど可愛いとはよく言ったもので、俺はカイザーリードが可愛くてしょうがないのだ。
そんなカイザーリードには幸せになってもらいたい。
果たして婚約者はユージィン卿に責められてもカイザーリードを守ってくれるだろうか?
そんなことを考えながら、俺は目の前の従弟の頭を再度優しく撫でたのだった。


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