【完結】元主人が決めた婚約者は、まさかの猫かぶり野郎でした。

オレンジペコ

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53.欲張り

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ずっと会いたかった。
でも会えなかったルシアンがここにいる。
それがどうしようもなく嬉しくて、俺は俺を優しく包み込む温かな腕の中で泣き続けた。

「ルシィ…ルシアン…っ」
「カイ。怖かったな」
「うっ…うぅ…っ」

そうして一頻り落ち着くまで泣かせてもらった後で、びしょ濡れになってしまった服を脱いだルシアンと一緒に湯に浸かって温まることに。

「カイ。別荘から連れ帰られた後、何があった?ゆっくりでいいから話せる範囲で話してほしい」

膝の上に俺を乗せて、後ろから抱きしめながらルシアンが優しい声で聞いてくれる。
それだけで安心する自分がいて、俺はゆっくりとこれまでの話を聞いてもらった。

家に連れ帰られて父と喧嘩になったこと。
ルシアンが来ていたことを後から知らされたこと。
学園が始まったら会えると思っていたのに、急遽留学に行ったと聞かされてショックで寝込んだこと。
それを受けて母が実家であるリンガー伯爵家へと療養に行かせてくれたこと。
父には内緒で従兄妹達と一緒にここまでやってきたこと。
それから────手紙を届けてもらったけど、ルシアンに会えないと言われて悲しんでいたら、クラスメイトが街案内に連れ出してくれたこと。

「待て。俺は手紙を受け取っていないぞ?」

でもルシアンの口からそう言われて俺は目を丸くしてしまう。

「え…でも」
「受け取ってない。寧ろ受け取ったら即その足で会いに来ていた」

その言葉に乾いたはずの涙がまた零れ落ちてしまう。

「そんな……」
「泣くな。それで?その後は?」
「うっ…街に…出て、段々人が増えてきたところではぐれちゃって…」
「ああ、泣くな。怖かったら無理に話さなくていい」

その言葉にフルリと首を振り、何とか頑張って言葉を紡ぐ。

「ご、破落戸みたいな連中に口を塞がれ、てっ…連れ込み宿、にっ、ひっくっ…連れ込ま、れて…っ」
「カイ…」
「いっぱい…身体中、触られて、気持ち悪い、のに、やめ、やめてもらえなくて…っ」
「カイ、もういい。もういいから…」
「後ろに指、入れられてっ……」
「…………」
「その後、魔剣の力が発動してくれたから…大丈夫、だった…けど、殴られて、気を失ったから…その間に、おかっ、犯されたかも…しれなくって……」

言えば言うほど胸が押しつぶされそうになったけど、ルシアンは俺を抱きしめながら『大丈夫だ』と慰めてくれた。

「うぅ…ルシィ…。ごめっ、ゴメン…っ」

主人以外に好き放題されたなんて魔剣の風上にも置けないと嘆いていたら、ルシアンが何度も何度も優しくキスを落として宥めてこられた。

「カイ。大丈夫だ。お前は破落戸達には犯されていない」
「そ…んな保証、どこにも、ないっ…」
「…………あまり言いたくはないが、俺も無許可で寝ているお前に挿入しようとして失敗したことがあるんだ」
「…………え?」
「まだ主従契約を結ぶ前だったし、お前の許可がないとダメなんだとあの時初めて知った」

思いがけないその言葉に俺は驚き過ぎて目を見開いてしまう。

「だから、大丈夫。そこは俺が保証するから安心しろ。お前は俺以外に抱かれてはいない」

二ッと不敵に笑うルシアンに怒っていいのかどうなのかわからなくて、俺は頬を膨らませて思い切り抱き着いた。
ルシアンは性格は悪いけど、こういう時に絶対に嘘を言ったりはしないから、きっとその通りなんだろう。

「ルシィ…」
「それよりこの奴隷の首輪がいい加減腹立たしいな。外してもいいか?」

そう言ってルシアンがクビにつけられていた首輪へと手を伸ばす。

「あ…でもこれ、外せなくて」

騎士団長もこれはすぐに外せるものじゃないと言われてつけっぱなしにしていたのだ。
それなのにルシアンはこともなげに言い放った。

「大丈夫だ。見る限り正規の物じゃないし、こんなもの戦時中山というほど見てきたから解除方なんて熟知している」

そして一瞬だけピリッとしたと思ったらその忌々しい首輪はあっさりと音を立てて外れてしまった。
こんなに簡単に外れるなんて思わなかったから思わず呆けてしまったくらいだ。

「お前を着飾るのは俺がプレゼントした物だけにしたいから、もう油断してこんなものを嵌められたりするな」
「うん…うんっ!」

笑顔で言われたその言葉に嬉しい気持ちが込み上げてきて、俺はその気持ちのままルシアンに自分から唇を重ねてしまう。

「カイ。嫌なことは俺が全部忘れさせてやる」

ザバッと抱き上げられて、そのまま洗い場へと連れて行かれて、石鹸をたっぷりと泡立てたルシアンの手が俺の身体を優しく洗っていく。

「あ……」
「気持ち悪くないか?」

気遣うように尋ねられるけど、ルシアンの手はちっとも気持ち悪くなんてなかった。
寧ろ触れてもらえるのが嬉しくてたまらない。

「ここも…ちゃんと俺が洗ってやる」

そう言いながら後孔にも指を挿れて、グチュグチュとしっかり洗ってくれる。

「カイ。お前は俺の手だけをしっかり覚えておけばいい」
「んっ…ルシィ…っ」
「お前は愛しい俺の、俺だけの魔剣だ」

それは魔剣にとって最高の言葉だった。
もっともっと必要とされたい。
愛情を注いでもらいたい。
そんな思いを込めて、思わずポロリと言葉が零れ落ちる。

「俺…ずっとルシィの側に居たい。できるなら魔剣に戻りたい」

なのにそう言った途端ルシアンは手を止めてしまった。

「ルシィ?」
「それは困るな」
「…え?」

ダメ…なんだろうか?

「魔剣の俺は…いらない?」

不安になってそう尋ねたら、少し考えた後思いがけない言葉を言われてしまう。

「いや。魔剣のお前が欲しくて転生したが、人としてのお前も好きになったんだ。現状両方を手に入れている状態なのにどちらか一つになるなんて嫌だ」
「え?」
「俺は欲張りなんだ。お前の全部が欲しい。魔剣としてのお前も人としてのお前も愛してる。だから全部俺にくれ」

(魔剣としての自分だけじゃなく、人としての俺も…?)

「で、でも今回みたいにトラブルに巻き込まれたりするかもしれないし、魔剣の方がそういったことはないだろう?」
「カイ。わかってないな。お前を抱くのも俺は大好きなんだぞ?魔剣だとそれが叶わないだろう?」

それは確かに。でもそれって……。

「ああ、勘違いはするなよ?体目当てじゃないからな?」

頭を過った考えがすぐさま否定されて、瞠目する。

「魔剣だとカイの表情の変化が見られないだろう?」
「あ……」
「可愛いお前の顔が見れるのは人としての姿があってこそだ」
「う……」
「こうしてお前の方から抱き着いてきてくれるのもキスをしてもらえるのも嬉しい」
「そ……」

それは確かに人の身があってこそではある。

「もちろん魔剣としてのお前も大好きだが、俺は生来欲張りだからな。お前の全てが欲しいんだ」

堂々とそんな風に言い放つルシアンに魅了され、ジワジワと嬉しい気持ちが込み上げてきて叫び出したくなる。

(嬉しい、嬉しい、嬉しい!)

確かに欲張りな言い分かもしれない。
でもルシアンの本音がそこにあることを誰よりもわかるからこそ余計に嬉しく感じられた。
魔剣としても人としてもどっちも愛してもらえるなんて、それはとても贅沢なことではないだろうか?

「ルシィ…愛してる」

以前よりももっともっと気持ちを込めて想いを告げる。

「ああ。俺もだ」
「いっぱいいっぱい抱かれたい」

大好きなルシアンに愛して欲しかった。

「そうだな。三日三晩でも抱いてやる」
「それじゃ足りないくらいルシィに愛されたい」

三日と言わずずっとずっと繋がっていたい。
そう思ってルシアンを熱く見つめた。

「……っ!わかった。お前がもう限界だって言うくらい、抱き続けてやる」

ルシアンはそんな我儘を言う俺を嫌がることなく愛おしそうに見つめた後、泡を手早く流して俺をベッドへと攫ってくれた。



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