37 / 81
34.離れ離れ①
しおりを挟む
父に無理矢理連れ帰られて、俺の気分はどん底だった。
主人と認めた相手から引き離されたのだから当然と言えば当然だ。
でもそれをしたのが前世での自分の愛する主人だから文句も言えない。
好感度が高かった分余計に逆らう気力がわかないのだ。
それでも希望はあった。
ルシアンは別れ際、確かに『迎えに行く』と伝えてくれたんだ。
俺をあんなに愛してくれているんだから絶対に会いに来てくれるだろう。
そう思って待っていたのに、それを俺が知らない間に父が何度も追い返していたと知った。
執事長がこっそり教えてくれたのだけど、ルシアンは何度も俺に会わせてほしいと父に頭を下げてくれていたらしい。
(ルシアン……)
本当は仇敵でもある父に頭なんて下げたくないだろうに、ルシアンは俺のために何度も頭を下げてくれたのだ。
それを嬉しく感じると共に切なくなった。
どうして父はルシアンに会わせてくれないんだろう?
こんなに会いたくて仕方がないのに。
婚約はそのままでいいって言ってくれたんだから、会うのを禁止されるのはどう考えてもおかしい。
そう思い、父に直談判に行ってみた。
かなり覚悟がいったけど、せめて理由が知りたかったんだ。
それなのに父はその話はしたくないと言って一切答えてはくれなかった。
そうは言っても学園が始まればまた会えるようになると思っていたのに、休みが明けて学園に行ったらルシアンはいなかった。
先生に尋ねたら、家の意向で急遽他国に留学してしまったらしい。
「そんな……」
それを聞いて俺はその場に崩れ落ちた。
他国になんて行かれたら会いたくても会えないじゃないか。
「嫌…嫌だ…。ルシアン……」
涙が次から次に溢れて止められない。
きっと父が手を回してそうしてしまったんだとわかるだけに、立ち直れそうになかった。
ルシアンなら父から『婚約を解消せず結婚したいなら数年くらい我慢しろ』と言われればきっと従うだろう。
目的が明確に決まっているのなら時間をかけてでもそれを成し遂げるのがルシアンだと思うから、この予想はそう間違ってはいないと思う。
けれどそんなに何年もルシアンと離れるなんて俺には耐えられなかった。
そこからの俺は完全に食欲がなくなり、ベッドで寝込むようになった。
「カイ。ちゃんと食べないと」
愛する父からそう言われても食欲が一切湧かない。
以前なら心配させないようにとせめて笑顔くらいは浮かべられたはずなのに、今は感情をどこかへと置き忘れたようにそれさえできなくなっていた。
「ほら。食べさせてあげるから食べなさい」
父はそう言いながら気遣って食べさせてくれるけど、食べては吐くの繰り返し。
そんな俺を見てどう思ったのか、父は俺を諭すようにこう言った。
「カイ。ルシアンはお前を騙してたんだ」
騙す?そんなはずがない。
なのに父はどこか憐れむような顔で繰り返す。
「彼は純粋なお前を騙して、自分の欲を優先したに過ぎないんだよ?」
「っ!違います!ルシアンはっ…!」
本当に俺を愛してくれている。
それこそ前世から追いかけてくるくらい。
なのにそれを言ってもきっと父には伝わらないとわかるから、歯痒くてしょうがなかった。
「お前が信じたい気持ちもわかるが、忘れなさい」
その言葉に目を見開く。
「どういう…意味ですか?」
「お前の悲しみは一過性のものだ。このまま会わずに距離を置けばきっとすぐに目が覚める。それから改めて婚約解消の話を進めよう」
父の言葉はそれがもう決定事項と言わんばかりで、最早それ以外の選択肢などあり得ないかのように見えた。
「どうして……今それを言うんです?」
こんなに好きになる前だったら、主従契約を結び主人として認める前だったなら、そういった選択肢もあったかもしれない。
でももう今更────手遅れだ。
俺に人の心が簡単にはわからないように、きっと父にも元魔剣である俺の気持ちなんて分かるはずがない。
いくら生まれ変わって人としての生を生きていても、俺の魂が元々魔剣として作られたものであることに変わりはないのだ。
魔剣にとっての主人とは何よりも特別なもので、主人の為に生きる事だけが生き甲斐と言えた。
そんな主人と引き離されれば存在意義を失ったも同然なのに……。
「出て行って…出て行ってください!」
初めて大好きな父に逆らい、涙を流しながら睨みつけた。
「カイザーリード…」
そんな俺を父が呆然としながら見つめてくる。
────元とは言え、主人を悲しませてしまった。
それがまたどうしようもない自責の念を募らせ、心がぐちゃぐちゃになる。
元主人と現主人の間に立たされ心が板挟みになって、どうしようもなく辛くて心が悲鳴を上げるが、どうしたらいいかがわからなくて、俺はただただ泣き続けることしかできなかった。
それからどれくらいそんな日々を過ごしただろう?
ある日母が部屋へとやってきて、俺の気持ちをじっくりと聞いてくれた。
「父様は誤解してるんだ。ルシアンは俺を揶揄うことも多いけど、凄く優しくて、いつだって俺を愛してくれてたのに……」
「そうなの。あの人も困ったものね」
「ルシアンに会いたい。側に居たい。でも…それをして父様に嫌われたくない」
「カイザーリード…」
「母様。俺はそんなに悪いことをしたんでしょうか?父様はルシアンから俺を引き離すほど怒っていました。でも…婚約者同士愛し合うことは罪ではないのでしょう?」
グスグスと泣きながら尋ねると、母は俺をそっと抱きしめて慰めてくれる。
「そうね。でもお父様の言うように、早かったのは確かよ。そういったことは自分で責任が取れるようになってからするものだと言われているの。だからこそ婚姻したその日の夜に初めてそういった行為をする人が殆どなのよ」
その言葉に本の中との齟齬を感じ、貴族とはそういうものなのだと知った。
「ねえ、カイ。ここに居て辛いなら、私の兄…貴方の伯父様のところに暫く行ってみない?おじい様も孫の顔を見れてきっと喜んでくれると思うの。心を休ませるためにも一度お父様から離れてみるのもいいかもしれないわ。どうかしら?」
俺を想いそう提案してくれる優しい母。
確かに一度父から離れてみるのもいいのかもしれない。
「……わかりました」
そして祖父と伯父へと連絡を取ってもらい、俺は暫く母の実家であるリンガー伯爵家に滞在することになった。
主人と認めた相手から引き離されたのだから当然と言えば当然だ。
でもそれをしたのが前世での自分の愛する主人だから文句も言えない。
好感度が高かった分余計に逆らう気力がわかないのだ。
それでも希望はあった。
ルシアンは別れ際、確かに『迎えに行く』と伝えてくれたんだ。
俺をあんなに愛してくれているんだから絶対に会いに来てくれるだろう。
そう思って待っていたのに、それを俺が知らない間に父が何度も追い返していたと知った。
執事長がこっそり教えてくれたのだけど、ルシアンは何度も俺に会わせてほしいと父に頭を下げてくれていたらしい。
(ルシアン……)
本当は仇敵でもある父に頭なんて下げたくないだろうに、ルシアンは俺のために何度も頭を下げてくれたのだ。
それを嬉しく感じると共に切なくなった。
どうして父はルシアンに会わせてくれないんだろう?
こんなに会いたくて仕方がないのに。
婚約はそのままでいいって言ってくれたんだから、会うのを禁止されるのはどう考えてもおかしい。
そう思い、父に直談判に行ってみた。
かなり覚悟がいったけど、せめて理由が知りたかったんだ。
それなのに父はその話はしたくないと言って一切答えてはくれなかった。
そうは言っても学園が始まればまた会えるようになると思っていたのに、休みが明けて学園に行ったらルシアンはいなかった。
先生に尋ねたら、家の意向で急遽他国に留学してしまったらしい。
「そんな……」
それを聞いて俺はその場に崩れ落ちた。
他国になんて行かれたら会いたくても会えないじゃないか。
「嫌…嫌だ…。ルシアン……」
涙が次から次に溢れて止められない。
きっと父が手を回してそうしてしまったんだとわかるだけに、立ち直れそうになかった。
ルシアンなら父から『婚約を解消せず結婚したいなら数年くらい我慢しろ』と言われればきっと従うだろう。
目的が明確に決まっているのなら時間をかけてでもそれを成し遂げるのがルシアンだと思うから、この予想はそう間違ってはいないと思う。
けれどそんなに何年もルシアンと離れるなんて俺には耐えられなかった。
そこからの俺は完全に食欲がなくなり、ベッドで寝込むようになった。
「カイ。ちゃんと食べないと」
愛する父からそう言われても食欲が一切湧かない。
以前なら心配させないようにとせめて笑顔くらいは浮かべられたはずなのに、今は感情をどこかへと置き忘れたようにそれさえできなくなっていた。
「ほら。食べさせてあげるから食べなさい」
父はそう言いながら気遣って食べさせてくれるけど、食べては吐くの繰り返し。
そんな俺を見てどう思ったのか、父は俺を諭すようにこう言った。
「カイ。ルシアンはお前を騙してたんだ」
騙す?そんなはずがない。
なのに父はどこか憐れむような顔で繰り返す。
「彼は純粋なお前を騙して、自分の欲を優先したに過ぎないんだよ?」
「っ!違います!ルシアンはっ…!」
本当に俺を愛してくれている。
それこそ前世から追いかけてくるくらい。
なのにそれを言ってもきっと父には伝わらないとわかるから、歯痒くてしょうがなかった。
「お前が信じたい気持ちもわかるが、忘れなさい」
その言葉に目を見開く。
「どういう…意味ですか?」
「お前の悲しみは一過性のものだ。このまま会わずに距離を置けばきっとすぐに目が覚める。それから改めて婚約解消の話を進めよう」
父の言葉はそれがもう決定事項と言わんばかりで、最早それ以外の選択肢などあり得ないかのように見えた。
「どうして……今それを言うんです?」
こんなに好きになる前だったら、主従契約を結び主人として認める前だったなら、そういった選択肢もあったかもしれない。
でももう今更────手遅れだ。
俺に人の心が簡単にはわからないように、きっと父にも元魔剣である俺の気持ちなんて分かるはずがない。
いくら生まれ変わって人としての生を生きていても、俺の魂が元々魔剣として作られたものであることに変わりはないのだ。
魔剣にとっての主人とは何よりも特別なもので、主人の為に生きる事だけが生き甲斐と言えた。
そんな主人と引き離されれば存在意義を失ったも同然なのに……。
「出て行って…出て行ってください!」
初めて大好きな父に逆らい、涙を流しながら睨みつけた。
「カイザーリード…」
そんな俺を父が呆然としながら見つめてくる。
────元とは言え、主人を悲しませてしまった。
それがまたどうしようもない自責の念を募らせ、心がぐちゃぐちゃになる。
元主人と現主人の間に立たされ心が板挟みになって、どうしようもなく辛くて心が悲鳴を上げるが、どうしたらいいかがわからなくて、俺はただただ泣き続けることしかできなかった。
それからどれくらいそんな日々を過ごしただろう?
ある日母が部屋へとやってきて、俺の気持ちをじっくりと聞いてくれた。
「父様は誤解してるんだ。ルシアンは俺を揶揄うことも多いけど、凄く優しくて、いつだって俺を愛してくれてたのに……」
「そうなの。あの人も困ったものね」
「ルシアンに会いたい。側に居たい。でも…それをして父様に嫌われたくない」
「カイザーリード…」
「母様。俺はそんなに悪いことをしたんでしょうか?父様はルシアンから俺を引き離すほど怒っていました。でも…婚約者同士愛し合うことは罪ではないのでしょう?」
グスグスと泣きながら尋ねると、母は俺をそっと抱きしめて慰めてくれる。
「そうね。でもお父様の言うように、早かったのは確かよ。そういったことは自分で責任が取れるようになってからするものだと言われているの。だからこそ婚姻したその日の夜に初めてそういった行為をする人が殆どなのよ」
その言葉に本の中との齟齬を感じ、貴族とはそういうものなのだと知った。
「ねえ、カイ。ここに居て辛いなら、私の兄…貴方の伯父様のところに暫く行ってみない?おじい様も孫の顔を見れてきっと喜んでくれると思うの。心を休ませるためにも一度お父様から離れてみるのもいいかもしれないわ。どうかしら?」
俺を想いそう提案してくれる優しい母。
確かに一度父から離れてみるのもいいのかもしれない。
「……わかりました」
そして祖父と伯父へと連絡を取ってもらい、俺は暫く母の実家であるリンガー伯爵家に滞在することになった。
29
お気に入りに追加
766
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

耳が聞こえない公爵令息と子爵令息の幸せな結婚
竜鳴躍
BL
マナ=クレイソンは公爵家の末っ子だが、耳が聞こえない。幼い頃、自分に文字を教え、絵の道を開いてくれた、母の友達の子爵令息のことを、ずっと大好きだ。
だが、自分は母親が乱暴されたときに出来た子どもで……。
耳が聞こえない、体も弱い。
そんな僕。
爵位が低いから、結婚を断れないだけなの?
結婚式を前に、マナは疑心暗鬼になっていた。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる