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6.直談判
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婚約者がとんだ猫かぶり野郎で、俺と因縁の仲だったことが分かったから、俺は即父の元へと走り婚約を解消してもらいに行った。
それなのに────。
「どうしてです?!」
「カイザーリード。ルシアンは非の打ちどころのない男だぞ?」
非の打ち所がない男?
(どこがだ!!)
あの男は会ったその日に婚約者になった相手を押し倒す奴ですけど?
なんなら一回殺していいですか?と言ってやりたい。
(前世の復讐にもなるしな!!)
あんなに主人と共にあることを願っていた俺をよくも叩き折りやがってと憎い気持ちが込み上げてきてどうにもならない。
できることなら本当に殺してやりたいくらいだ。
それを婚約解消だけで許してやろうというんだから、あいつには礼を言ってほしいくらいだった。
「普段猫を被ってて、俺の前でだけ豹変するんですよ?!性格だって悪いし、婚約を即刻解消したいです!」
これ以上ないほど激昂している俺を前に、父が困惑したように言葉を紡ぐ。
「そうは言ってもな…。お前は昔から言っていただろう?『父様のように賢くて強くて誰にも負けないような素晴らしい人となら結婚してもいいですけど、それ以外の相手はお断りです』と」
「うっ…」
確かに言った。
それが俺が出した条件だったのは確かだ。
でもそれが前世の仇敵だったら話は別だろう?
とは言えそんなことを何も知らない父に言えるはずもない。
「だから父さんは吟味に吟味を重ねてルシアンを選んだんだ。彼は若いのに剣の腕も魔法の腕も一級品。加えて頭も良いし、数か国語を自在に話す。人当たりも文句なしに素晴らしいし、交渉上手だ。これ以上にお前に相応しい相手はいないとさえ思って婚約者に決めたのに…」
「うぅぅ……」
俺に『お前見る目ないな』って言われたとでも思ったのか、俺の目の前で、いつも堂々としている父があからさまに肩を落としてしまっている。
ずっと尊敬してきた愛すべき主人がこんな風に落ち込む姿は見たくない。
(いっそ言えたら楽なのに…っ!)
そうは思うものの結局言うことなんてできるはずもなく、俺は折れるしかなかった。
「父様…すみません。もう少しだけ頑張ってみます」
「そうしてくれるか?」
「はい。すみませんでした」
なんだかんだで俺は元主人である父に弱いのだ。
仕方がない。
こうなったら向こうから別れたいと言わせてやるしかない。
精々振り回してやるとしよう。
そもそもなんで向こうは俺に近づいてきたんだ?
父と俺は言ってみれば前世の自分を殺した相手だろう?
(やっぱり復讐か?)
自分を死に追いやった俺達への復讐────。
その理由が最もしっくりくる。
だとしたら見張る意味でも側にいた方がいいかもしれない。
親しくなったところでグサッと殺しに来る可能性だってなくはないはず。
油断はできない。
(まずは絶対に父様に近寄らせないようにしておかないとな)
そう心に決めて俺はルシアンを監視することにした。
***
「カイ。おはよう」
馬車から降り、穏やかに可愛らしく、忌々しい男が俺に手を振ってくる。
なんで迎えに来た?!
(明日からは早い時間に出よう)
まさか迎えに来るとは思わなかったと思いながら渋々返事を返す。
「…………おはよう」
「今日もいい天気で良かったね」
「そうだな」
仇敵だとわかっているだけに全くにこやかにできない俺に対し、笑顔を絶やさず話しかけてくるルシアン。
その被ってる猫をさっさと脱げと言ってやりたいが、脱いだら脱いだで厄介だから非常に困る。
その猫を逃がせないまま振り回してやるにはどうするのが一番いいんだろう?
(……そうだ!俺も猫を被ればいいんだ!)
ルシアンに負けず劣らず優等生の仮面を被ってみよう。
そうすれば周囲からの信頼度はグッと上がってプラスに働くはずだ。
(そうだそうしよう)
そう思い直し、ひくつく頬でなんとか笑顔を作り、ルシアンへと向き直る。
「ルシアン」
「できればルシィって呼んで欲しいな」
「ルシアン」
「呼んでくれないの?」
無垢を装い悲しそうな目で訴えてくるあざとい婚約者にぞわっとする。
(誰が呼ぶか!!)
いつもここで感情的になるからダメなんだ。
だから内心で毒づきながらも俺は笑顔で言いたいことを言うことにした。
「ルシアン。今日は仕方がないけど、明日からは迎えに来なくていいから」
「そんな遠慮しなくてもいいのに」
「遠慮じゃない」
「婚約者だし、行き帰りの馬車での時間は、仲良くなるためにも大切だと思うけど?」
「いらない。どうしてもと言うなら帰りだけでいいだろ?」
「帰りだけ…か。寂しいな。そんな風に言われるなんて」
「……っ!」
「こんなにカイと親しくなりたいと思ってるのに…」
そう言いながら俺の手を取り、そっと自分の胸に導くルシアン。
ここだけ切り取ると本当に健気に俺を想う婚約者そのものだ。
「どうしてもダメ…かな?」
その言葉に周囲の目が一斉に俺へと向けられる。
(くそっ!ここで断ったらただの嫌な奴じゃないか!)
どうやら俺はまたしてもルシアンにしてやられたらしい。
あっと言う間に逃げ道を塞がれて、俺は仕方なく了承の言葉を口にする羽目になってしまう。
「た、たまになら?」
「本当に?!ありがとう!嬉しい」
パァッと顔を輝かせるルシアン。
「じゃあカイ。行こうか」
そう言いながらスッと自然にエスコートしてこられ、あまりにも自然なその姿を前に思わずその手を借りてしまう俺。
そして気づけば馬車の中で並んで座っていた。
(なんでだよ?!)
それなのに────。
「どうしてです?!」
「カイザーリード。ルシアンは非の打ちどころのない男だぞ?」
非の打ち所がない男?
(どこがだ!!)
あの男は会ったその日に婚約者になった相手を押し倒す奴ですけど?
なんなら一回殺していいですか?と言ってやりたい。
(前世の復讐にもなるしな!!)
あんなに主人と共にあることを願っていた俺をよくも叩き折りやがってと憎い気持ちが込み上げてきてどうにもならない。
できることなら本当に殺してやりたいくらいだ。
それを婚約解消だけで許してやろうというんだから、あいつには礼を言ってほしいくらいだった。
「普段猫を被ってて、俺の前でだけ豹変するんですよ?!性格だって悪いし、婚約を即刻解消したいです!」
これ以上ないほど激昂している俺を前に、父が困惑したように言葉を紡ぐ。
「そうは言ってもな…。お前は昔から言っていただろう?『父様のように賢くて強くて誰にも負けないような素晴らしい人となら結婚してもいいですけど、それ以外の相手はお断りです』と」
「うっ…」
確かに言った。
それが俺が出した条件だったのは確かだ。
でもそれが前世の仇敵だったら話は別だろう?
とは言えそんなことを何も知らない父に言えるはずもない。
「だから父さんは吟味に吟味を重ねてルシアンを選んだんだ。彼は若いのに剣の腕も魔法の腕も一級品。加えて頭も良いし、数か国語を自在に話す。人当たりも文句なしに素晴らしいし、交渉上手だ。これ以上にお前に相応しい相手はいないとさえ思って婚約者に決めたのに…」
「うぅぅ……」
俺に『お前見る目ないな』って言われたとでも思ったのか、俺の目の前で、いつも堂々としている父があからさまに肩を落としてしまっている。
ずっと尊敬してきた愛すべき主人がこんな風に落ち込む姿は見たくない。
(いっそ言えたら楽なのに…っ!)
そうは思うものの結局言うことなんてできるはずもなく、俺は折れるしかなかった。
「父様…すみません。もう少しだけ頑張ってみます」
「そうしてくれるか?」
「はい。すみませんでした」
なんだかんだで俺は元主人である父に弱いのだ。
仕方がない。
こうなったら向こうから別れたいと言わせてやるしかない。
精々振り回してやるとしよう。
そもそもなんで向こうは俺に近づいてきたんだ?
父と俺は言ってみれば前世の自分を殺した相手だろう?
(やっぱり復讐か?)
自分を死に追いやった俺達への復讐────。
その理由が最もしっくりくる。
だとしたら見張る意味でも側にいた方がいいかもしれない。
親しくなったところでグサッと殺しに来る可能性だってなくはないはず。
油断はできない。
(まずは絶対に父様に近寄らせないようにしておかないとな)
そう心に決めて俺はルシアンを監視することにした。
***
「カイ。おはよう」
馬車から降り、穏やかに可愛らしく、忌々しい男が俺に手を振ってくる。
なんで迎えに来た?!
(明日からは早い時間に出よう)
まさか迎えに来るとは思わなかったと思いながら渋々返事を返す。
「…………おはよう」
「今日もいい天気で良かったね」
「そうだな」
仇敵だとわかっているだけに全くにこやかにできない俺に対し、笑顔を絶やさず話しかけてくるルシアン。
その被ってる猫をさっさと脱げと言ってやりたいが、脱いだら脱いだで厄介だから非常に困る。
その猫を逃がせないまま振り回してやるにはどうするのが一番いいんだろう?
(……そうだ!俺も猫を被ればいいんだ!)
ルシアンに負けず劣らず優等生の仮面を被ってみよう。
そうすれば周囲からの信頼度はグッと上がってプラスに働くはずだ。
(そうだそうしよう)
そう思い直し、ひくつく頬でなんとか笑顔を作り、ルシアンへと向き直る。
「ルシアン」
「できればルシィって呼んで欲しいな」
「ルシアン」
「呼んでくれないの?」
無垢を装い悲しそうな目で訴えてくるあざとい婚約者にぞわっとする。
(誰が呼ぶか!!)
いつもここで感情的になるからダメなんだ。
だから内心で毒づきながらも俺は笑顔で言いたいことを言うことにした。
「ルシアン。今日は仕方がないけど、明日からは迎えに来なくていいから」
「そんな遠慮しなくてもいいのに」
「遠慮じゃない」
「婚約者だし、行き帰りの馬車での時間は、仲良くなるためにも大切だと思うけど?」
「いらない。どうしてもと言うなら帰りだけでいいだろ?」
「帰りだけ…か。寂しいな。そんな風に言われるなんて」
「……っ!」
「こんなにカイと親しくなりたいと思ってるのに…」
そう言いながら俺の手を取り、そっと自分の胸に導くルシアン。
ここだけ切り取ると本当に健気に俺を想う婚約者そのものだ。
「どうしてもダメ…かな?」
その言葉に周囲の目が一斉に俺へと向けられる。
(くそっ!ここで断ったらただの嫌な奴じゃないか!)
どうやら俺はまたしてもルシアンにしてやられたらしい。
あっと言う間に逃げ道を塞がれて、俺は仕方なく了承の言葉を口にする羽目になってしまう。
「た、たまになら?」
「本当に?!ありがとう!嬉しい」
パァッと顔を輝かせるルシアン。
「じゃあカイ。行こうか」
そう言いながらスッと自然にエスコートしてこられ、あまりにも自然なその姿を前に思わずその手を借りてしまう俺。
そして気づけば馬車の中で並んで座っていた。
(なんでだよ?!)
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