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閑話24.報告を受けて Side.闇医者

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【Side.闇医者】

仕事上がりに酒場でトーシャスと酒を飲んでいると、ロキ陛下がふらっとやってきた。
この人は本当に昔から自由だ。
それは国王になってからも変わらない。
変わったことと言えば、護衛にリヒターやカークを連れてくるようになったことくらいか。

「おぅ!ぶっ壊れ野郎!」

そう声を掛けたトーシャスに薄く微笑んで軽く手を上げた後、こちらへと目を向け声を掛けてくる。
どうやら用があるのは自分にらしい。

「闇医者」
「どうかしましたか?」
「ユーツヴァルトに会った」

その言葉に思わず固まってしまう。
ロロイアに行って大変だったという話は他の者達から聞いた。
でもそれについては何も聞いていない。

(ニコラスめ。意図的に隠したな?)

もしくはロキ陛下と直接話せという意図だったんだろうか?
それでも一言くらいは欲しかった。
あの男は、それだけロキ陛下と相性が悪い相手なのだから。

「何もされませんでしたか?」

前の席を勧めながらそう尋ねると、案の定と言うかなんと言うか、毒薬を手渡されたとサラッと言われた。
途端場の空気がピリッとし始めたから、席を移そうと口にして、隅の席へと移動することに。
まあ移動しても皆が聞き耳を立てていることに違いはないんだが…。

「最初はすっかり忘れてたんだけど、闇医者の知り合いだって言ってきたから思い出したんだ。ユーツヴァルトって昔闇医者が言ってた『死神ヴァルト』だって」
「覚えていてくれただけでも凄いです。貴方はどうでもいいことはすぐに忘れるので」
「あの時はやけに真剣に釘を刺してきてたから、印象に残ってたんだ」

それならちゃんと伝えておいてよかったとホッと息を吐く。
この人は本当にいつも話半分だったから。

「それで?実際に会ってみてどうでしたか?」
「う~ん…なんだろう?闇医者が俺と合わないって言ってたのが分かった気がした」
「と言うと?」
「目の前で毒を捨てながら、毒で死ぬ気はないってはっきり言ったんだけど…」
「貴方が?」
「俺が」
「そうですか」

それは非常にいい傾向だ。
これまでいくら言っても刹那的に生きていたから心配していたのだ。
少しは生への執着も出てきてくれたのだろう。
それは偏にカリン陛下やリヒター達周囲の者達の努力の賜物だ。

「そう。それで、はっきりいらないって言ったのに、微笑を浮かべながら『おとなしく死んだ方が楽だぞ』みたいな目で諭すように見つめられて、なんだか話が通じない感じだった」
「…………とても分かります。あの男は昔からそう言う奴なんです」

自分の信念に基づいて行動するところは医者としては正しいのかもしれないが、間違った認識の元動くこともあって、非常に厄介なのだ。
言っても聞く気はないし、考えを変える柔軟さも足りない。
自分がこうと決めたことに対して良くも悪くも真っすぐで、他者の都合などはお構いなしだ。
彼は『患者のためにベストな選択をしているだけ』という意識が強すぎる。
一般的な患者になら歓迎されるその信念も、ロキ陛下のように壊れながらも頑張って生きている者の側からしてみれば迷惑極まりないものでしかない。

自ら死を願っている者ならまだしも、生きようと足掻く者にまで死を与えるのは間違っていると何度も言っているが、どうしても理解してもらえないのだ。
治る見込みがあろうがなかろうが、本人が生に執着していることに変わりはないだろうに。
誰にだって弱さはある。
そこに付け込んで勝手に殺すなと言ってやりたい。

そんな男だからこそ、ロキ陛下には会わせたくはなかった。
一度でも会ってしまったら執着心が増すと思ったからだ。
だからここ何年も、手紙でさり気なく様子をうかがってこられても、のらりくらりと躱し続けていたというのに…。

「できればもう絶対に近づかないように」
「わかってる」

そう釘を刺すとすぐさま望む答えを返してはくれたけれど、ロキ陛下は困ったような顔をしていた。
何か難しい事情でもあるのかと尋ねたら、なんとアルフレッドの知り合いでセドリック王子とも顔見知りだったようだからと返ってくる。
それは確かに厄介だ。
その立ち位置だと、また何かしらの接点を作ってくるような気がする。

「…………念には念を入れておくか」
「…?闇医者?」

不思議そうに首を傾げるロキ陛下に、改めてユーツヴァルトの件を話して、安全確保のためカリン陛下にも毒耐性薬を試した方がいいかもしれないと口にした。

当然だが、王族として慣らし毒を飲んでいたからと言ってすべての毒に耐性があるわけではない。
その証拠に前王はセドリック王子に毒で暗殺されている。
いくらでも抜け道はあるのだ。

ないとは信じたいが、どうしてもロキ陛下が死を受け入れないとなった時、ユーツヴァルトが最終手段に出る可能性もなくはない。
ロキ陛下が大切にしているカリン陛下に毒を使い、解毒剤と引き換えにロキ陛下に自ら毒を飲ませる方法だ。
もし万が一にでもそんな状況になったなら、この人は喜んで自ら毒を煽るだろう。
カリン陛下あっての幸せな人生と考えているのは明らかだからだ。
そうなってくると、カリン陛下にはより強固な毒耐性を付けておいてもらいたい。
裏の薬なら武器に塗布されるような毒にも対応してあるから、より安全は確保される。
だからこその提案だ。
その言葉をロキ陛下はちゃんと真剣に聞いてくれて、一度話してみると言ってもらえた。




それからすぐ、カリン陛下に毒耐性薬を施すため王宮へと招かれた。
丁寧に説明をすると軽く頷き、本人の了承もしっかり得ることができた。

「リヒター。ロキを連れてちょっとだけ外に出ていてくれないか?」

そんな言葉と共に人払いがされて部屋に二人きりになる。
そしてカリン陛下が口にしたのはユーツヴァルトのことで────。

「闇医者。あの男は積極的にロキを狙ってくると思うか?」

それは偶然会った時だけ気を付けるのではなく、常に監視でも置いた方がいいのかと言う確認の言葉だった。

「……そうですね。何とも言えませんが、執着しているのは確かなようですし、狙っては来るかと」
「……殺したらマズいか?」
「気持ちはわかりますが、リスクは高いです。確かアルフレッドの知り合いだと言ってましたよね?」
「ああ。恐らくゴッドハルトで世話になったとかそういう類だろうと思う」
「なら尚更安易に処分するのはやめた方が賢明です。まずはセドリック王子に話しておくことをお勧めします」
「……そうか」

変に逆恨みされて、そちらから攻撃されては元も子もない。
だからこその提案だ。

「じゃあ、一先ず一思いにサクッとやってくれ」
「わかりました」

そうしてカリン陛下の両腕に弱毒化させた毒を付着させた針の束をグサッと刺した。
その種類は実は50数種類にも及ぶ。
それは厳選した毒を独自の観点で量を調整した特別なもの。
それは飲む毒だけではなく武器にもよく塗布される毒も含まれるし、致死毒以外の錯乱系のものや、我を忘れるような強力な媚薬なども含まれている。
これさえ使ってしっかりと耐性をつけておけば、カリン陛下もまず死ぬことはないだろう。
それこそ前王が殺された毒を飲んでも一週間寝込むくらいで済むはずだ。
ロキ陛下も同じくらい耐性はついているはず。

それ故にユーツヴァルトがこの二人を毒殺しようとする場合、もっと強力な毒、つまりは臓腑を直接爛れさせるような強力なものを用意せざるを得ない。
もしくは睡眠薬でも盛って、眠りに落としてから物理で殺すかのどちらかとなるだろう。
流石にそこまでして殺そうとするとは思えないし、そうなる前に護衛が助けるべきだと思う。

(まあ…これがあいつの耳にでも入ったら、また残酷だのなんだのと言ってくるんだろうが)

カリン陛下は兎も角として『ロキ陛下から楽に死ねる手段を奪うなんて可哀想だ!この悪魔め!』とでも言われるのが落ちだろう。
けれど俺はロキ陛下を生かしてやりたい。ただそれだけなのだ。
少しでも幸せを感じさせ、生きてて良かったと思わせてやりたい。
それを奪う権利などあの男にはない。

「さて、あいつはどうするかな?」




そんなことを考え、ひと月ほどが経過した頃のこと。
仕事の手を止め一息ついていたところで、徐ろに手元のツンナガールが鳴った。

「はい」
『俺だ』
「…セドリック王子。どうかなさいましたか?」

掛けてきた相手が思いがけない人物だったため、慎重に言葉を紡ぐ。

『ロキから毒耐性の薬について聞いた』
「ああ、そうですか」

(となると、それがユーツヴァルトに漏れる可能性は出てくるな)

カリン陛下は恐らくユーツヴァルトの件はまだセドリック王子に話してはいないはず。
何故なら自分から連絡を入れる勇気は出ないはずだから。
それだけ彼はこの王子を恐れているのだ。

『アルフレッドが飲み薬を毎年飲むのは嫌だと言ってな。ロキが試したものをやってみたいと言ってきた』
「なるほど。ですがあれは私のオリジナルなので、他国にはお持ちできませんよ?」
『…そうか』
「ちなみに何に対する耐性がつくかなどについても詳細は一切お知らせできません」
『それは何故だ?』
「企業秘密だから…と言いたいところですが、実質は違います」
『ロキへの暗殺防止とでも言いたいのか?』
「そうです」

はっきりと言い切ったこちらの言葉にセドリック王子は気を悪くしたようだが、ここを譲る気はない。

「ロキ陛下はユーツヴァルトに命を狙われているので、知り合いである貴方方には絶対にお教えできませんのであしからず」
『…俺ではなくユーツヴァルトを警戒しているのか?』
「そうです。あいつは壊れた者には安らかな死をというおかしな主張を昔から持っていて、実際に毒薬をロキ陛下に直接手渡したらしいので」
『……あれか』
「ええ。なので、こちらの薬は諦めていただきたいです」
『なるほど。では俺が指定する毒に耐性があるかどうかだけ聞くというのではどうだ?もちろんユーツヴァルトには情報は漏らさないと誓おう』

流石はセドリック王子。
妥協点を探ってきた。

「聞きたいことは、王妃向けに出回っているメジャーな耐毒薬と同等の耐性がつくか否かということですよね?」
『そうだ』
「それなら確実にそれ以上に耐性がつくとだけお伝えしておきます」
『そうか。なら問題はない。詳細は語らなくていい。一年以内にお前の手で先に俺に試してはくれないか?』
「恐れ多いのでお断りさせていただきます」
『ククッ。俺に対してそんなことを言えるところは流石だな。わかった。ロキに許可を取ってから再度交渉するとしよう』
「では縁がありましたら」
『そうあることを願おう』

そうして通話は切られた。
本当に食えない王子だ。
とは言え味方につければこれほど心強い相手も他にはいない。
恐らくアルフレッドを味方につけるよりもセドリック王子を味方につける方がやりやすいだろう。

そんなことを考えながら、俺は今後の展開へと思いを馳せたのだった。



****************

※そんなわけで、一応セドにはユーツヴァルトがロキを狙っているという話だけは通ったという補足のお話でした。


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