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173.ロロイア国へ⑩ Side.ロキ&カリン

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セドリック王子はそれから間もなく駆けつけてくれた。
ついでに、呼びに行かせた暗部を街に遣いに行かせたと言われる。
どうやらアルフレッドの知り合いの医者がちょうど街に滞在していたらしい。
確かにこんな場所の王宮医師なんて信用できるはずもないし、適切な判断だと思う。

「悪いな」
「いえ。無事でよかったです」
「すぐ帰るのか?」
「そのつもりですが」

セドリック王子が来てくれたのならこっちはもう帰ってもいいだろうと思いそう言ったのだけど、一応医者が来るまでいてくれないかと言われた。
確かに暗部達が全員昏倒してしまったからわからなくはない。
彼らが目覚めるまでもう暫くかかるはずだ。
セドリック王子はとても強いけど、今襲撃をされたら困るだろうし、きっと少しでもアルフレッドを守ってくれる者が欲しいのだろう。

(まあいいか)

毒の件を知らせてくれたのもセドリック王子だし、アルフレッドもこちらのとばっちりでこうなっているのだから、恩を仇で返す気はない。
だから素直にその医者が来るまでいることにした。




それから暫くしてアルフレッドの知り合いという医者がやってきた。
見たところ闇医者と年が近そうだ。
30前後といった感じの優男で、青銀色の髪をした碧眼の男だった。

「ユーツヴァルト」

セドリック王子が彼の名を呼ぶ。
どこかで聞いたような名前だ。
どこだっただろう?

「アルフレッドが倒れたと聞いて飛んできた」
「悪いが診てほしい。毒を盛られた後休んでいたらおかしな香を焚かれたようでな」
「毒?」
「ああ。アルフレッド曰く錯乱系の毒と言っていたが…」
「錯乱系の毒か。種類は?」
「そこまではわからん。ただすぐに気づいて吐き出したから、そちらは問題ないはずだ」
「そうか」

そんなやり取りが行われた後、焚かれていた香の残骸を確認し、アルフレッドの脈をとったり口の中を確認したり目を確認したりと色々診察が行われて、一先ず問題はなさそうだと判断された。
セドリック王子はその診断にホッとしたように息を吐き、ついでに暗部達が倒れた原因についても尋ねていた。

このユーツヴァルトがやってくる前に、今回の件が兄が襲われた時の状況が酷似していたという話をリヒターがしたため、詳細を話してもらったところ、暗部はこの香を嗅いだ瞬間昏倒したということが分かった。
でもそれだと兄が意識を失わず逆に眠りから覚め、体の自由が奪われた状況の説明がつかない。
別の薬なのか、何か他に要因があるのか。

「この香自体は覚醒を促しつつ身体の自由を一定時間奪う類のものだと思う。ただ、暗部が昏倒した原因は、この香とライリーの毒が反応して起こった可能性が高い」

ユーツヴァルトは何やら暫く考えた後、そんな風に予想を口にした。
ライリーの毒というのはメジャーな毒で、大抵どこの暗部も持ち歩いている毒なんだとか。
少量なら気付け薬に。大量なら致死毒になる優れもの。
ただ液体ではなく粉末状にした毒で、薬包紙に包んで持ち歩くのが定番。
その毒に香が作用することによって双方が反応し合い、その反応した空気を間近で吸い込むと昏倒するということだったらしい。
なかなか奥が深い。
流石、薬に特化した国。
色々知らないことがあって面白いと思った。

「薬の勉強もやってみようかな…」

魔道具もいいけど薬も色々楽しそうだ。
ついそんな風にこぼしたら、兄から薬はいいけど毒はダメだぞとすかさず言われてしまった。
その二つは表裏一体なのになと思いつつ、笑顔でわかってますよとだけ答えておく。
変に心配をかけて過保護に輪がかかったら大変だ。

そんなやり取りをしていたところで、話が終わったからかその医者が俺の方へとやってきた。

「失礼だが、ロキ陛下だろうか?」
「え?はい。そうですが」
「ふむ…」

なんだかよくわからないけど、やけにジロジロと観察されてしまう。
なんだろうと首を傾げていたら、俺を庇うように兄とリヒターが前へと出た。
カーク達もいつでも戦える態勢をとっている。
敵意はなさそうだし、そんなに身構えなくても大丈夫なのに。
ピリピリする皆にセドリック王子がクスリと笑った。

「随分周囲の護衛が充実したな。ロキ」
「ええ。皆過保護で困っています」
「お前はふらふらしているからな。それくらいの方がいいだろう」

セドリック王子からそう言われたけれど、俺としてはもう少し気楽な方がありがたい。

「あ~…ロンギスの知り合いと言えば、警戒は解けるか?」

ユーツヴァルトが困ったようにそう言ってきたので少しだけ空気が変わる。

(ユーツヴァルト、ユーツヴァルト……)

「ああ!そう言えば昔その名を聞いたような気が」

その言葉で兄達の警戒が完全に解けた。

確か闇医者が『死神ヴァルト』と呼んでいた人がそんな名前だったような気がする。

子供の頃から闇医者の所に出入りしている俺だけど、偶々手紙を受け取って舌打ちする闇医者を見たことがあった。
物凄く忌々し気に『クソ。死神め。勝手なことばかり言うな』と言っていたのだ。
ちょっと興味を惹かれて『誰のこと?』と尋ねた俺に、古い知り合いだと教えてくれた。
なんでも治る見込みのない患者や『死にたい』と口にする患者の悉くを安楽死させる医者なんだとか。
俺とは相性が悪そうだから絶対に紹介しないとも言われた気がする。
確かに昔の俺が会っていたら、即死神に魂を持っていかれていたかもしれない。
『ユーツヴァルトという名を聞いたら、絶対に近づかないように』とその時割と本気で釘を刺されたなと今更ながら思い出した。
うっかり会ってしまったが大丈夫だろうか?

目の前に立つユーツヴァルトは優美に笑っている。
敵意はないし、友好的な態度だ。
普段の俺なら全く警戒しない類の人物。
でも、自分の勘が叫んでいる。
この人は────確実に要注意人物だと。

「ロンからは壊れ切った王子だと聞いていたが…辛くはないか?」

『壊れ切った王子』。
この言葉だけで今の俺の現状がこの男に一切伝わっていないのがよくわかる。
きっと闇医者が危険と判断し、いつからか意図的に俺の事を知らせないようにしたんだろう。
何も知らぬままここで『辛い』と言えば多分きっとすぐに毒薬か何かをくれたんだと思う。
死にたい者にとってみれば、楽と言えば楽だ。
でも────。

「ご心配ありがとうございます。お陰様で周囲に恵まれまして、今は幸せ一色です」
「……そうか。まあ嘘ではなさそうだ。でも……」

徐ろにスッと顔を近づけ耳元で囁かれた言葉に、一瞬笑顔が固まってしまう。

『治る見込みがないほど壊れ切っているのに変わりはないだろう?』

確かに壊れている自覚はある。
こればかりは闇医者の腕をもってしても治らないと言われているから仕方がない。
そんな俺にユーツヴァルトがクスリと笑い、『辛くなった時に使うといい』と言って小瓶をそっと渡してきた。

「きっとよく眠れますよ」

そこだけやたらと丁寧ににこりと笑って言われたけれど、それ故に確信してしまう。

コレはきっと眠るように死ねる毒なんだと。

流石医者。患者と判断した相手への伝え方を心得ている。
昔の俺ならそれに気づいても気にする事なく素直に受け取って、『取り敢えずもらっとこう』と軽く考えたはず。
でも、今の俺にこれは必要ない。

「ありがとうございます。でも……残念ながら、俺は闇医者からしか薬はもらわない主義でして」

そう言いながら笑顔で封を切り、その場で中身を全部床へと捨ててやった。

「あと言い忘れていましたが、俺は両親のことが本当に嫌いなんです」
「…?」

いきなり何をと首を傾げられたが、俺にとっては大事なことなのでここできちんと言っておく。

「なので第三者に毒でも盛られない限り、両親と同じ死に方は絶対にしたくありません」
「…………」
「自分で死ぬ時は短剣で胸を一突きと決めているので、今後こんなものは不要です」
「…………!」

大嫌いな親と同じ死に方は可能な限り遠慮したい。
そう思いながら笑顔でそう口にしたら、なるほどと納得はしてもらえた。

「それが貴方の出した答えなら仕方がないな」
「ええ。壊れているからと言って意思がないわけではありませんので、ご理解いただければありがたいです」

双方笑顔ではあるけれど、間に火花が散っているのは否めなかった。
折角きっぱりストレートに伝えたのに、全く引いてくれる気配が感じられない。
『おとなしく死んだ方が楽だぞ』と押しつけがましく視線で語るこの医者はちょっと面倒だ。
こういうのをお節介とはまた違う、親切の押し売りと言うのかもしれない。
まさか親切で毒薬を勧められる日が来るとは…。
闇医者が俺と相性が悪そうだと言ったのもわかる気がする。

取り敢えずそのやり取りでユーツヴァルトが俺に毒を手渡したのがバレバレだったから、兄やリヒター達が殺気立っていてちょっと怖い。
ここはさっさと退散した方がよさそうだ。

「ではセドリック王子。俺達はこの辺で」
「そうか。気を付けて帰れ」
「ありがとうございます」

そうして笑顔でその場を辞した。


***


【Side.カリン】

セドリック王子がアルフレッドの知り合いだという医者を連れてきたのはよかったが、その医者がまさかロキに毒薬を手渡すなんて思ってもみなかった。
敵意も殺意も感じられず、親切そのものという態度だったから完全に油断してしまった。
闇医者の知り合いらしいが、本当かと疑いたくなるほどの危険人物だ。

(闇医者はなんだかんだでロキを生かす方向で傍にいるしな)

俺に殺してやれと言ってきたことはあるがあんなものは口先だけだった。
それに対してユーツヴァルトという医者は真逆だ。
親切な顔をして毒薬を手渡し、『よく眠れますよ』と言ってくるなんてあり得ない!!

ロキは危険な物に関してはやたらと勘が働く。
ロキがその場で捨てたという事はつまりはそういう事だ。

(俺のロキによくも…!)

いくらアルフレッドの知り合いでも絶対に許せない。
今すぐ王を殺そうとした現行犯で捕らえさせ罪人としてガヴァムまで連行したかったが、ロキが毒薬を捨ててしまった上、この医者をここに連れて来させたセドリック王子もいるため、手の出しようがないのが悔しい。
恐らく俺以外の護衛達も同じ心境だっただろう。
俺は怒りを露わに『二度とロキに近づくな』と思いながら思い切り睨みつけていたが、他の者達もピリピリ警戒しながら睨みつけていた。
この男は敵だ!

ロキはその空気を察してその後すぐにセドリック王子へと挨拶して部屋を出たから、きっと大事にする気は一切ないのだろう。

(闇医者の知り合いだからか?)

それはそれで納得がいかなかった。
護衛達は改めて先程の件で油断して申し訳なかったと一斉にロキへと謝罪をし、好きに罰して欲しいと言っていたが、ロキはこれをあっさりと許した。

「闇医者の知り合いだって言っていたし油断してもしょうがない」

そう言って笑っていた。
「もっと怒れ!」と俺が言ってやったら「でも闇医者から死神ヴァルトって呼ばれていた人ですしね」と返ってきて、皆がざわついていた。

(死神って何だ?!)

物騒にも程がある。

その後、護衛達は俺をキュリアス王子から守れなかった件についても深く頭を下げて改めて謝罪していたが、それについても既に罰は下したからとロキは不問にしていた。
ただロキの中では自分より俺が大事というのがあるようで、俺の護衛ミスは今後許されないと思えと釘を刺していた。

────大事に想ってくれるのはありがたいが、そこはもっと自分を大事にして欲しい。
そう思いながら俺は大きく溜息を吐いた。



それからガヴァムへ帰るため、ワイバーンのいる乗り場へと皆で急いで移動する。
そこでワイバーンを預かる者達から『王の許可がないと』とか何とか言われたが、そんなものを待っていたらいつまで経っても帰れないから、無理やり帰らせてもらった。
どうせセドリック王子達も同じようにすぐに帰るだろうし、早いか遅いかだけの話だ。
これ以上ここにいてロキに何かある方が困る。

「はぁ…」

空の上、ロキの腕の中で甘えながらギュッと抱き着いてちょっとだけ幸せを満喫する。
誰かにロキを奪われるのも嫌だが、死なれるのはもっと困るんだ。
だから一番安全な場所で沢山愛情を注ぎながら独り占めして、しっかり自分の手で守ってやろう。
そんなことを考えながら、俺はロロイアを後にしたのだった。


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