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163.毒耐性薬(後編) Side.カーライル&カリン

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【Side.カーライル】

今日、耐毒性をつけるための処置を闇医者にしてもらった。
俺は実はアンシャンテで一応その辺りの耐性はつけていたけど、追加でしても問題がないならやってみたいと言ってやってもらった。
リヒターはそういう下地がないけど、ロキ様の為にと自ら志願。
本当に忠誠心と愛情に溢れている。

そして実際にやってみたところ、俺は微熱と、少しだけ媚薬っぽい症状が出たくらいだった。
リヒターは媚薬っぽい症状は出なかったものの、少し高めの熱が出たらしい。
とは言え一晩で下がったらしいから、症状としては軽かった方だろう。
人によって症状は結構違うようだけど、ロキ様は大丈夫だろうか?
そう思いながらロキ様が毒耐性薬を試すのを見守った。

ロキ様にそれを使った後、俺達ロキ様付きの護衛達は闇医者から『注意して様子は見ておくように』と念押しされ、ロキ様も今日は部屋でおとなしく寝ているよう言われていた。

どんな副作用が出るかは本当に人それぞれで、極まれに過剰な防衛本能が出て恐慌状態に陥ったり、夢遊病状態になったりすることもあるし、特定の毒が強めに症状として現れる場合もあるらしいから、目を離さないよう強く言われてしまう。

それでずっと暗部の皆でロキ様の様子を見てはいたんだけど、ちょっと気怠そうな様子はあるものの一先ずは大丈夫そう。
媚薬効果が出たらカリン陛下を抱きつぶしそうだからと寝室を分けたのには驚いたけど、ロキ様なりの思いやりなんだろうとは思った。
後は夜さえ乗り切れればと思いながら交代で側で見守り続ける。
こういう時、暗部の人数が増えてよかったと本当に思った。

そして問題が起こったのは夜半過ぎ────。

「……っぶなっ!」

眠りについたロキ様は随分魘されていて、心配した俺はせめて汗を拭ってあげようとベッドへと近づいたのだけど、ふいに壊れたように笑い出したかと思うと暫くして枕の下に置いていた護身用の短剣を手にして、そのまま迷うことなく胸に突き刺そうとしたから慌ててその手を取って阻止したのだ。
他の皆のように離れたところから見守っていたら絶対に間に合わなかったと思う。
それくらい迷いのない行動だった。

(怖っ!)

まさか寝惚けて死のうとするなんて思っても見なかった。
本当にロキ様は心臓に悪い。

俺もカリン陛下と寝ていたら近づこうとは思わなかっただろうし、下手をしたら眠るカリン陛下の横で血まみれになって死んでいたかもしれないと思うとゾクッと寒気がした。

「おい!無事か?!」
「なんとか」

今は何よりも心配してくれる仲間の存在が心強い。
取り敢えず外からも助っ人を呼ぼう。
そう思い、ロキ様の手をしっかりと押さえたまま枕元にあったベルをすぐさま鳴らした。

即やってきたのはドアの前で護衛をしていたリヒターとブランドン。
そのすぐ後がカリン陛下だ。
きっと気になってずっと起きていたんだろう。
やってくるのが凄く早かった。

「……これは?」

三人揃って状況がわからず眉間に皺を寄せている。
そりゃそうだろう。
短剣を持ったロキ様を俺がしっかり押さえているんだから。

なので俺は手短かに状況を説明した。
夢で魘されていたこと。
急に笑い出したこと。
いきなり自害しようとしたこと。

ちなみにその間に暗部仲間のバンビ達が闇医者を呼びに行ってくれた。
今日は王宮内に泊まってくれているからすぐに駆けつけて来てくれるはず。
その間にリヒターがそっとこちらへとやってきて、ロキ様の手から短剣を取り上げてくれる。

「ロキ陛下…」

その表情は酷く痛ましげだ。

「ロキ…っ」

その後、目を閉じてまた眠ってしまったロキ様を抱きしめて、カリン陛下は泣いていた。
やっぱり傍についていたら良かったと後悔しているようだ。
どうしていいのか分からずそんな二人を見守っていると、闇医者がやってきた。
そしてカリン陛下に声を掛けてベッドに横たわらせると、すぐに診察を行ってくれる。

「熱が出ていますね」

高熱とは言わないけれど、そこそこ熱が出ているらしい。

「それで、状況は?」
「ああ、それが…」

聞かれるままに答えていくと、闇医者は小さく息を吐く。

「なるほど。魘されて…」

闇医者曰く、もしかしたら錯乱系の毒が作用したのかもしれないとのこと。
一時的なものだとは思うが、引き続き側で見守っておく方が安全とのこと。
それと、武器の類をそばに置かない方がいいと言われ、念のため窓から飛び出さないよう部屋の中に見張りも置くべきとも言われた。

「さて、一応起こしてみますか」

そうして皆が見守る中、闇医者がロキ様の身を揺すって起こしにかかる。

「ロキ陛下、起きてください。ロキ陛下」
「……ん」

暫く揺すっているとゆっくりとその目が開かれた。

「あ…れ?闇医者?」
「ええ。魘されていたそうですが、大丈夫ですか?」
「ん…」

どうもまだ寝惚けているのか、どこか焦点の合わない目で、ロキ様はぼんやりと言葉を紡ぐ。

「幸せな夢を見た」
「どんな夢ですか?」
「兄上が俺を愛してくれて、城の中に味方ができる夢」
「……そうですか」

どうやら夢と現実がごちゃ混ぜになっているらしい。
こっちが現実ですよと言ってあげたい。

「幸せで幸せで…こんな夢の中で死ねたら幸せだろうなって思って…」

その言葉に胸が詰まって、俺は気づけば泣いてしまっていた。
こんなロキ様を見ていられない。

「そうですか。じゃあこれからはずっとずっと、幸せな夢を見続けましょう?貴方を傷つける者は私が裏で排除してあげますから」
「ふふっ…モノグサな癖に」
「貴方といると退屈しないので、長生きしてもらいたいんですよ。なんでもいいので暇潰しに付き合ってください」
「…闇医者はいつもそればっかりだ」

そう言いながらもどこか満ち足りた顔で笑ってロキ様はそのまままた眠ってしまった。
もしかして闇医者は昔からこうやって幾度となく必要だと伝えて、ロキ様を生かしてくれていたんだろうか?

「これで一先ずは大丈夫でしょう」

そう言って闇医者がロキ様の頭をそっと撫でて、熱が引くまで冷やしてあげてくださいと言ってきた。
その言葉にカリン陛下がすぐさま反応して飛んでくる。
リヒターも俺もロキ様の面倒を見たい気持ちでいっぱいだったけど、ここはカリン陛下の出番だと思うから任せることにした。
ロキ様が次に目を覚ました時、大好きなカリン陛下が側にいる方が絶対にいいだろうから。


***


【Side.カリン】

ロキが短剣で死のうとした。
それを聞いてまさかと思った。
幸せ真っ只中の今、死ぬ理由がない。
でもその後闇医者が来てロキを揺すり起こし話を聞いたことで理由がわかった。

正直言って涙が止まらない。
でもここで逃げ出すわけにはいかないことくらいは分かった。
ロキを失うわけにはいかないから、俺は全力でロキを守ろうと心に誓う。

「ロキ…」

カーライルが止めてくれて本当に良かった。
温かい身体をそっと抱き寄せ、ギュッとその身の無事を確認する。

「俺を置いて勝手に死ぬな…」

そうして時折額を冷やす布を換えながら、一睡もせず目が覚めるのを待った。



「ん…」
「ロキ!」
「あ…れ?兄上?」
「ロキ!俺がわかるか?」
「わかりますよ?」
「じゃあ、リヒターとカーライルは?!」
「わかりますけど」

どうかしたのかと首を傾げるロキに安堵して、そのまま思い切り泣きながら抱きついた。

「うっ…ロキ、良かった…」

グスグスと泣く俺をロキが戸惑いながら抱きしめ返し、困ったように慰めてくれる。

「兄上。そんなに泣かないでください。ちょっと熱が出たくらいで大袈裟ですよ?」

どうやらロキは毒耐性薬の効果で熱が出たとしか認識していなさそうだ。
けれど事はそんな簡単なことではない。

「大袈裟じゃない!一歩間違ったら死ぬところだったんだぞ?!」

もうあんな思いは二度としたくはなかった。

「今度からお前の枕の下はミスリル製のチェーンにしておけ!」
「ええと…意味がわからないんですが?」
「それか殺傷力の低い尻叩き用の鞭にしろ!」
「兄上…」

訳がわからないと言わんばかりに困った顔をしてくるが、もう絶対にロキの側に短剣を置きたくはない。
俺の護身用の短剣も暗部に持たせてロキの側には置かないようにしよう。
代わりに芯の部分にアダマンタイトを仕込んだ杖を用意させよう。
それなら安心だ。
窓も夜は特殊な枠でも嵌め込めるよう仕様をすぐにでも変えさせよう。
ロキの命は俺が守る!

「ロキ。勝手に俺を置いて死なないでくれ」

頼むから約束してほしい。
そう言ったらよくわからないと言った顔ではあったが、ちゃんと約束してくれた。

「わかりました。兄上を置いて死なないよう努力します」
「ロキ…」

いつも通りの穏やかなロキ。
こんなロキをずっと大事にしたい。
過ぎ去った日々は取り返しはつかないけれど、もっともっと毎日ロキに愛を伝えよう。
自分を大事にするという基本的なことを教えて、意識改革もしてやろう。
後は何が必要だろう?
兎に角いっぱいドロドロに甘やかして、沢山生きたいと思わせてやりたかった。

「ロキ。俺にしてほしいことはないか?」
「兄上にしてほしいこと、ですか?」
「ああ」

真剣にそう言ってやったら、いつものように茶化すでもなく、ギュッと抱きつかれた。

「……こうして兄上が側に居てくれれば、十分ですよ?」

俺はその言葉にまた泣きそうになった。
多分今回の件がなければ俺は単に誤魔化されたと憤ったことだろう。
でも、その言葉はよくよく聞けば俺が思っているよりもずっとずっと切実で重い言葉だった。
ロキの願望が詰まったこの言葉にこそ、俺はちゃんと応えてやらないといけないのだと思う。

「ロキ。約束しただろう?これからは毎日ずっと幸せにしてやると。俺はお前と一緒に年を取って、仲良く年老いていきたい」
「兄…上?」
「ロキ。人生は刹那的じゃなく長く続くものだ。だからその長い人生を俺と一緒に長く長く歩いてほしい。死ぬ時は一緒だ。ずっとずっとお前だけを愛してる」

以前『一生』と言ってやったが、きっとそれじゃあダメだったんだ。
もっと具体的に言ってやらないといけなかった。
だからこの瞬間ではなく、この先もこの幸せは長く続くのだとイメージできるように精一杯考えて言葉を紡いだつもりだが、少しでも伝わっただろうか?

どうか伝わりますように────。

そう願いながら真摯に見つめていたら、俺の言葉を噛み砕くように反芻し、見る見るうちに真っ赤になって高熱を出された。

折角熱が下がってたのに、別件で寝込ませてしまった。
でもロキの幸福耐性が低かったのを俺はすっかり忘れていたのだ。許してほしい。

でもその一部始終を見ていたロキの暗部達に『スゲェ熱烈な告白だったな!』『あれは流石のロキ坊もドスッと刺さっただろ』『見直したぜ、カリン陛下!』と茶化された。
見直してもらえるのは嬉しいが、せめて俺の暗部並みに見ないふりをして欲しかった。
俺をイジるのはやめてくれ。

そんな彼らを横目に、俺はどこかホッとしながら睡魔に襲われ、ロキの隣で眠りについたのだった。

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