186 / 234
162.毒耐性薬(前編)
しおりを挟む
裏の者達が護衛について暫く経った頃、元暗殺者であるニコラスから一つの提案がされた。
曰く、裏仕様の大人向け毒耐性薬を使ってみないかと。
聞けば他の国にも似たような物はあって、主に王の妃になった者に使われることが多いらしい。
「そういう奴らは別に子供の頃から慣らし毒を飲んでるわけじゃねぇからな」
言われてみればその通りだ。
「じゃあ?」
「そ。でもそういう薬は大体ひと月以上服用し続けるのが普通だ」
でも裏の薬はそうじゃないらしい。
細い針に弱毒化した毒を塗って、数種類一気にグサッと刺すのだとか。
主に熱が出たり媚薬を盛られたような症状が出るようだけど、症状さえ治まればそれでおしまい。
耐毒性に加えて少しだけ媚薬耐性もつくようだ。
俺も大人になったし、結婚もしたからそろそろ使っても大丈夫だと判断して提案してくれたようだった。
まあ実際には俺が危なっかしいっていうのが勧めた大きな理由っぽかったけど。
折角勧めてもらえたし、じゃあ早速と手配してもらったのはいいけれど、ついでとばかりにリヒターとカークも試すと言い出した。
どうも母の一件での危機感が尾を引いていたらしい。
いざという時毒味でも何でも積極的にしたいし、たとえ毒を盛られようと少しでも動けた方が俺を守れるからと真摯な目で言われたら断れるはずがない。
そんなに二人から想われるなんて、ちょっと感動してしまう。
やっぱり信用できる二人だと改めて思った。
「と言うわけで、毒耐性をつけることになりました」
その日の夜、兄に報告するとなんだか物凄く複雑そうな顔をされて、どうしたのかと不思議に思う。
「……それは、本当に大丈夫なのか?」
「え?大丈夫だと思いますけど?」
「万が一にでもお前が死にかけでもしたら俺は…」
キュッと服を掴まれ、苦悩に満ちた顔で言われてしまう。
どうやら兄は俺を凄く心配してくれているらしい。
そこまで心配しなくても大丈夫なのに。
「大丈夫ですよ。既に裏では何度も使われている実績のある方法のようですし」
それでも兄は凄く心配していたから、仕方がないと思ってリヒターとカークもすると言ってくれたと口にしたら、じゃあその二人が無事だったのを確認してからしてくれと言われた。
本当に心配症だ。
でもそれだけ愛してくれているというのが伝わってきたからつい頬が緩んでしまう。
「兄上。ありがとうございます」
俺は笑顔でそう言って、愛しい兄にキスをした。
それから一週間後の仕事上がりに、俺はリヒター達の無事を確認した兄の前でそれを試すことになった。
やってくれるのは勿論闇医者だ。
「……カリン陛下。そこでそわそわしながら歩き回られるのは気が散るので、出ていていただけませんか?」
「なっ?!ロキが心配だから俺はここにいるぞ?!」
「では大人しくしていて下さい」
ぴしゃりとそう言われて兄が渋々息をひそめるようにおとなしくなる。
それからリスク説明をしてもらって、極まれにこういった症状も出ますよと言うものをあれこれと伝えられたけれど、まあ大丈夫だろう。
毒殺リスクと天秤にかけたらこちらの方がずっと安全で、兄の不安を払拭できるはず。
「何か質問は?」
「特にはない」
「ではロキ陛下。腕を」
ソファに座りながら素直に腕を差し出すと闇医者はそこを消毒して、細い針が沢山ついたスタンプ状のものを両方の二の腕にグサッと刺した。
思っていたほど痛みはない。
「これで後は様子を見るだけです」
「そうか」
思っていた以上にすんなり終わることができた。
リヒターとカークはちょっとだけ熱が出た程度で済んだようだし、俺も大丈夫だろうと思っていたのだけど…。
「思っていた以上にきたかも…」
その日は安静にしておくようにと言われたから、夜は随分久しぶりに一人寝をした。
兄が傍についていると言ってくれていたけど、手を出さない自信がなかったから敢えて一人にしてもらったのだ。
その代わり何かあればすぐにベルを鳴らすように言われて。
気怠いのは多分熱が出てきたせいだろう。
これは予想の範疇。
でも媚薬的効果も一緒に出たから少し辛い。
ある意味兄と共寝していなくて良かったかもしれない。
流石に熱のある中で兄を抱いて満足させてあげられる自信はなかったから。
「はぁ…さっさと寝よう」
夢の中に旅立てばこの辛さも少しはマシになるはず。
そう思って無理やり寝たのが悪かったのか、物凄く夢見が悪かった。
夢に出てきたのは昔の幼い自分。
奇しくも熱で寝込んだ時の夢だ。
熱くて苦しくて誰か助けてと手を伸ばし、誰も助けてくれないことに絶望して涙を流す。
全部壊れてしまえばいいのにと思いながら止めどなく泣き続け、段々とそんな自分が惨めに思えて、だけど認めたくなくて、乾いた笑いを口にした。
こんな自分に価値なんてあるのかと自問し、スペアだからいるんだよと自分で答えを返す。
じゃあどうして誰も傍にいないのかと問いかけ、無能だからだとまた答えを返した。
じゃあやっぱりいらないんじゃないか?
もしもの時にいるんだよ。
もしもっていつ?
兄上に何かあった時じゃないかな?
そうか。じゃあずっといらないよね?
だって兄上は俺とは違って優秀で、何かあるなんて絶対にないはずだから。
ハハッ…ハハハハッ……!
誰かが嗤っている。
いや、自分?
壊れてる。
そうだ。とうに自分は壊れていた。
そんな自分が幸せになんてなれるはずがなかったのに…。
あっちが夢でこっちが現実?
あんなに俺を疎んでいた兄が俺を愛してくれて、誰も信用できない城の中で味方ができて、俺を冷たく見つめる父も母もいなくなって、周囲が好意的に変わっていく夢のような世界。
なんて都合のいい夢なんだろう?
(そうだ。あれが現実なんてあり得ない)
夢と現実が混じって溶けて、過去も現在もグチャグチャになっていく。
つらい、苦しい、痛い、眠い、怖い、また叩かれる────。
心を殺して、身体的苦痛から解離する。
そうだ。それが本来の自分だった。
どうして忘れていたんだろう?
そう思った矢先に幸せな時間がキラキラ、キラキラ輝いて、まるで宝物のように心を幸せで満たしてくる。
優しい目を向けられて、温かな愛情が与えられる幸せ。
愛してると言ってくれる兄の存在。
大事ですよと言ってくれる騎士と影。
生きていいんだと何度も自分に言ってくる裏の者達。
ゆらゆら、ゆらゆら天秤が揺れる。
暗い過去と幸せな記憶を行ったり来たり。
辛いよりも幸せな方がずっといい。
そう言えば昔誰かが言っていた。
生きていたらいいことだってあるもんだ。それで笑顔で死ねたら幸せだって…そう言っていたはず。
それなら────今この時がそうなんじゃないだろうか?
(この幸せな気持ちのまま死ねたら……きっと幸せ…)
夢の中でそう思って────俺は笑顔で短剣を手に己の胸へとそれを突き刺した。
曰く、裏仕様の大人向け毒耐性薬を使ってみないかと。
聞けば他の国にも似たような物はあって、主に王の妃になった者に使われることが多いらしい。
「そういう奴らは別に子供の頃から慣らし毒を飲んでるわけじゃねぇからな」
言われてみればその通りだ。
「じゃあ?」
「そ。でもそういう薬は大体ひと月以上服用し続けるのが普通だ」
でも裏の薬はそうじゃないらしい。
細い針に弱毒化した毒を塗って、数種類一気にグサッと刺すのだとか。
主に熱が出たり媚薬を盛られたような症状が出るようだけど、症状さえ治まればそれでおしまい。
耐毒性に加えて少しだけ媚薬耐性もつくようだ。
俺も大人になったし、結婚もしたからそろそろ使っても大丈夫だと判断して提案してくれたようだった。
まあ実際には俺が危なっかしいっていうのが勧めた大きな理由っぽかったけど。
折角勧めてもらえたし、じゃあ早速と手配してもらったのはいいけれど、ついでとばかりにリヒターとカークも試すと言い出した。
どうも母の一件での危機感が尾を引いていたらしい。
いざという時毒味でも何でも積極的にしたいし、たとえ毒を盛られようと少しでも動けた方が俺を守れるからと真摯な目で言われたら断れるはずがない。
そんなに二人から想われるなんて、ちょっと感動してしまう。
やっぱり信用できる二人だと改めて思った。
「と言うわけで、毒耐性をつけることになりました」
その日の夜、兄に報告するとなんだか物凄く複雑そうな顔をされて、どうしたのかと不思議に思う。
「……それは、本当に大丈夫なのか?」
「え?大丈夫だと思いますけど?」
「万が一にでもお前が死にかけでもしたら俺は…」
キュッと服を掴まれ、苦悩に満ちた顔で言われてしまう。
どうやら兄は俺を凄く心配してくれているらしい。
そこまで心配しなくても大丈夫なのに。
「大丈夫ですよ。既に裏では何度も使われている実績のある方法のようですし」
それでも兄は凄く心配していたから、仕方がないと思ってリヒターとカークもすると言ってくれたと口にしたら、じゃあその二人が無事だったのを確認してからしてくれと言われた。
本当に心配症だ。
でもそれだけ愛してくれているというのが伝わってきたからつい頬が緩んでしまう。
「兄上。ありがとうございます」
俺は笑顔でそう言って、愛しい兄にキスをした。
それから一週間後の仕事上がりに、俺はリヒター達の無事を確認した兄の前でそれを試すことになった。
やってくれるのは勿論闇医者だ。
「……カリン陛下。そこでそわそわしながら歩き回られるのは気が散るので、出ていていただけませんか?」
「なっ?!ロキが心配だから俺はここにいるぞ?!」
「では大人しくしていて下さい」
ぴしゃりとそう言われて兄が渋々息をひそめるようにおとなしくなる。
それからリスク説明をしてもらって、極まれにこういった症状も出ますよと言うものをあれこれと伝えられたけれど、まあ大丈夫だろう。
毒殺リスクと天秤にかけたらこちらの方がずっと安全で、兄の不安を払拭できるはず。
「何か質問は?」
「特にはない」
「ではロキ陛下。腕を」
ソファに座りながら素直に腕を差し出すと闇医者はそこを消毒して、細い針が沢山ついたスタンプ状のものを両方の二の腕にグサッと刺した。
思っていたほど痛みはない。
「これで後は様子を見るだけです」
「そうか」
思っていた以上にすんなり終わることができた。
リヒターとカークはちょっとだけ熱が出た程度で済んだようだし、俺も大丈夫だろうと思っていたのだけど…。
「思っていた以上にきたかも…」
その日は安静にしておくようにと言われたから、夜は随分久しぶりに一人寝をした。
兄が傍についていると言ってくれていたけど、手を出さない自信がなかったから敢えて一人にしてもらったのだ。
その代わり何かあればすぐにベルを鳴らすように言われて。
気怠いのは多分熱が出てきたせいだろう。
これは予想の範疇。
でも媚薬的効果も一緒に出たから少し辛い。
ある意味兄と共寝していなくて良かったかもしれない。
流石に熱のある中で兄を抱いて満足させてあげられる自信はなかったから。
「はぁ…さっさと寝よう」
夢の中に旅立てばこの辛さも少しはマシになるはず。
そう思って無理やり寝たのが悪かったのか、物凄く夢見が悪かった。
夢に出てきたのは昔の幼い自分。
奇しくも熱で寝込んだ時の夢だ。
熱くて苦しくて誰か助けてと手を伸ばし、誰も助けてくれないことに絶望して涙を流す。
全部壊れてしまえばいいのにと思いながら止めどなく泣き続け、段々とそんな自分が惨めに思えて、だけど認めたくなくて、乾いた笑いを口にした。
こんな自分に価値なんてあるのかと自問し、スペアだからいるんだよと自分で答えを返す。
じゃあどうして誰も傍にいないのかと問いかけ、無能だからだとまた答えを返した。
じゃあやっぱりいらないんじゃないか?
もしもの時にいるんだよ。
もしもっていつ?
兄上に何かあった時じゃないかな?
そうか。じゃあずっといらないよね?
だって兄上は俺とは違って優秀で、何かあるなんて絶対にないはずだから。
ハハッ…ハハハハッ……!
誰かが嗤っている。
いや、自分?
壊れてる。
そうだ。とうに自分は壊れていた。
そんな自分が幸せになんてなれるはずがなかったのに…。
あっちが夢でこっちが現実?
あんなに俺を疎んでいた兄が俺を愛してくれて、誰も信用できない城の中で味方ができて、俺を冷たく見つめる父も母もいなくなって、周囲が好意的に変わっていく夢のような世界。
なんて都合のいい夢なんだろう?
(そうだ。あれが現実なんてあり得ない)
夢と現実が混じって溶けて、過去も現在もグチャグチャになっていく。
つらい、苦しい、痛い、眠い、怖い、また叩かれる────。
心を殺して、身体的苦痛から解離する。
そうだ。それが本来の自分だった。
どうして忘れていたんだろう?
そう思った矢先に幸せな時間がキラキラ、キラキラ輝いて、まるで宝物のように心を幸せで満たしてくる。
優しい目を向けられて、温かな愛情が与えられる幸せ。
愛してると言ってくれる兄の存在。
大事ですよと言ってくれる騎士と影。
生きていいんだと何度も自分に言ってくる裏の者達。
ゆらゆら、ゆらゆら天秤が揺れる。
暗い過去と幸せな記憶を行ったり来たり。
辛いよりも幸せな方がずっといい。
そう言えば昔誰かが言っていた。
生きていたらいいことだってあるもんだ。それで笑顔で死ねたら幸せだって…そう言っていたはず。
それなら────今この時がそうなんじゃないだろうか?
(この幸せな気持ちのまま死ねたら……きっと幸せ…)
夢の中でそう思って────俺は笑顔で短剣を手に己の胸へとそれを突き刺した。
8
お気に入りに追加
1,086
あなたにおすすめの小説

王道学園のモブ
四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。
私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。
そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)
ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。
僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。
隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。
僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。
でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪




ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる