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159.他国からの客人㉕ Side.カリン

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「偉大なるガヴァムの王、ロキ陛下に拝謁賜り恐悦至極に存じます」

メルケ国の宰相が膝をつき、頭を下げながら震えるような声で書状を捧げ持った。

「どうぞそんなにかしこまらず楽になさってください」

ロキの声はそんな宰相を見て柔らかくその場に響いたが、ブルブル震える宰相は顔を上げようとしなかった。
それだけ怯えていると言っても過言ではないだろう。

「困りましたね。何があったのかは知りませんが、取り敢えず書状を見せて頂いても?」

その言葉を受けてその場にいた外務大臣が手ずからその書状を受け取りロキの元へと持ってくる。

「ええと…」
「ロキ、貸してみろ」

サッと目を滑らせたロキからそれを受け取り、自分の目で書かれている内容を確認する。

「…………」

そこにはネブリス国に攻め入りメルケ国に吸収した旨と、腐り切ったネブリス国の王家は全員晒し首にしたからメルケ国側の命は助けてほしい旨が書かれてあった。
本当に何があったのかと問いたい気持ちでいっぱいだ。

「それで?何故この書状をこちらに?」
「そ、それは……」
「こちらは先日まで来客で忙しくて。そちらのお国とは関わったつもりはありませんし…不思議ですね?」
「ひっ…」
「でもまあ双国間にあった紛争が落ち着いて一つにまとまるというのなら暫くは大変でしょう。こちらとしては難民の受け入れは考慮するつもりですし、アンシャンテ側にも友好国として協力を依頼しておきますので、どうぞご安心を」
「あ…ありがとうございます」
「ちなみにこの書状はメルケ国の国王からではないようですが、もしやご病気か何かで代筆を?」
「……っ!」
「それとも…他の理由が?」
「…………」

メルケ側の王族にも何かあったのだろうか?
明確な答えが得られないから何とも言い難い。

「その……今回の件を受けて、我が国をガヴァムの属国に…などお考えでは…?」
「特に考えていませんけど?」

恐る恐る問われた言葉にロキが全くそんな事は思ってもいないとばかりに答えを返す。
それはそうだ。
ロキは基本的に面倒臭がり屋で、国なんてほぼどうでもいいと考えているんだから、他国が欲しいなんて一切考えたりしていないだろう。
けれどその返答に納得がいかなかったのか、メルケの宰相は堪り兼ねたかのように声を荒げた。

「ロキ陛下!我が国を混乱に陥れて、何をお望みですか?!」
「ですからこちらとしては全く関係ないのにそんなことを言われても困ります」

ロキは心底面倒臭そうだ。
どこの王もが領土を広げたがっていると考えるのは大間違いだぞと俺はメルケの宰相に言ってやりたい。

「嘘です!ロキ陛下はガヴァムの裏の者達のトップでございましょう?!ネブリスの裏市場を叩き潰し軍事資金を断たせ国を潰したではありませんかっ」
「そんな事実はどこにもありません。ネブリス国に攻め入って潰したのはメルケ国の方ですよね?うちではありませんが?」
「うっ…で、ですが、その後我が国の主だった将軍達を皆殺しになさったのは貴方でしょう?!」
「おかしなことを仰いますね?どこにそんな証拠が?」
「ガヴァムに攻め入ろうと魔馬を準備し、士気を挙げていたところで一夜で将軍達が皆殺しにされたのですよ?!それだけではなく王を筆頭に賛同していた者達がいつの間にかほぼ全員殺されていました!無関係とは言わせません!」
「…………へぇ?こちらに攻め入る気満々だったと?」

ロキのその言葉と共に部屋の空気が一変する。
メルケ国の宰相はヒヤッとしたその声にしまったとばかりに蒼白になりながら口を噤んだが、もう遅い。
これはかなり怒っている時のロキだ。

「随分聞き捨てならないことを仰いますね?」
「あ…ロ、ロキ陛下……」
「知ってます?調子に乗ると痛い目を見るものなんですよ?まあ誰とは言いませんけど」

それはその通りだ。

(ロキもこの間痛い目を見たところだしな)

うんうんと心の中で頷いていると、ロキがスタスタとメルケの宰相の元へと歩を進めた。
いくら武器を持たない相手とは言え、そんなに簡単に近づいたら危ない!
そう思ってすぐに後を追う。

ちなみにこの時ロキの護衛達は見事に全員しっかり動いていた。
それに比べ、全く動かず、目を輝かせてご主人様の行動を予想してワクワクしている他の役立たず達は後で締めておかないといけない。

ロキの護衛達はサッと退路を断ち、いつでもロキを守れる位置に陣取ったから、これなら安心して任せられると思い、俺が一番ベストな位置をキープしておいた。
たまには良いところを見せよう。

メルケの宰相は余程切羽詰まっていたのだろう。
ロキが近づくと、勢いよくロキへ掴みかかろうと身を乗り出して来た。

ダンッ!!

だからすぐさま危なげなく取り押さえて床へとねじ伏せたが、何故か俺の方がロキに『兄上、危ないことはしないでください』と叱られてしまった。
何故だ。
武器も持っていない相手だし、別にいいじゃないか。
折角カッコよくロキを守ったつもりだったのに。

「いつも言っているでしょう?兄上に何かあったら俺は全部壊してしまいますよと」

どこか危うげな笑みで告げられたその言葉に、慌てたように近衛が数人飛んできて、俺との場所を交代してきた。

「「カリン陛下!危険です!どうぞ絶対安全な場所に居てください!」」

しかも必死な様子でそんな風に言われてしまう。
何故ロキよりも強い俺が姫扱いをされないといけないんだ?解せん。
ちなみにこういう時はロキの護衛達は動かないというのも確認できた。
辛うじてリヒターは動こうとしてくれていたが、他の者に止められたようだ。
裏の奴らは俺よりロキ本人の安全優先のようだと確信する。
これならより一層安心できるというものだ。

そして取り押さえられたメルケ国の宰相を見下ろして、ロキが冷たい声で言葉を紡ぐ。

「俺はね?正直国そのものについては兄上の為にあればいいかなと思ってるんです。だから兄上の為に動くことはあっても、国の為に積極的に動く気はあまりありませんし、領土を増やしたいだなんてこれっぽっちも考えたことはありません。でも……俺の為に怒ってくれる奇特な民達を傷つけようとするなら話は別です」

そう言いながらロキは酷薄な笑みを浮かべてメルケ国の宰相を踏みつけ、ゆっくりと体重をかけていく。

「災いの種は大きくなる前にサッサと取り除くに限りますよね?」
「ひぃっ?!」
「知ってます?ガヴァムの裏のネットワークは意外なほど各国に広がっているんです。商人達に手を回してメルケ国と取引ゼロにすることもやってやれないことはないんですよ?武力行使だけが国を滅ぼすと思っているなら大間違いです。反省する気がないなら容赦する気はありませんので、そのおつもりで」
「お、お許しを!どうかお許しを!ロキ陛下!!」
「自給自足でどれだけ国を存続させられるか…見ものですね?」
「陛下!どうかご慈悲を!!私が悪かったのです!申し訳ございません!」
「精々ご自慢の魔馬を売り飛ばすなりなんなりで何とかなさってください」

(こ、怖いな…)

穏やかで優しい声なのに、言ってる内容は恐ろしいの一言だ。
魔馬は確かに戦時中なら軍馬の役割を担うし役に立つ。
けれど周辺国では『ヴァレトミュラ』が稼働し、彼らの国よりも豊かに発展していく様相を呈してきている。
ガヴァムの裏の者達を敵に回した彼らから魔馬を購入し、それを利に変えようとする商人がいるようには到底思えない。
結局買い叩かれて二束三文にさせられるのが関の山だろう。
その上入って来る物がないとなると────後は考えるのも恐ろしい。

はっきり言って裏の者達がそこまで力を持っているとは思いたくはない。
いや。母の件で貴族達に対して商人達が動いたのはもちろん知っているが、それを国単位でやらかすなんてどう考えても無理だろう。
無理…だよな?無理だと信じたい。
だってそんなことが可能なら、一つの国として経済制裁をするよりずっと恐ろしい罰を与えることができるということだろう?
ガヴァム以外の商人達にまでそっぽを向かれたら、国そのものが成り立たないではないか。

と言うよりも、その前に国の主だった将軍達を一夜で全部暗殺したり、王族まで手にかけるってどれだけ腕の立つ暗殺者がいるんだ?
普通に暗部を沢山抱えているより余程怖いんだが?
そう言えばスパイも各地に散っているんだったな?
本人が無防備な上に普段からマイペースで『あくまでも依頼です』と言ったスタイルを崩さないから考えもしなかったが、もしもロキが野心家だったならと考えたら、ゾクッと背筋が凍るような気がした。




それからメルケの宰相は結局ロキに脅され、深く深く反省させられ国へと帰っていった。
俺の予想だが、多分シャイナーあたりに泣きついて、間に入ってもらって和解というオチになると思う。

「さて。厄介なことを言う人も帰ったことですし、ちょっと出掛けてきますね」
「どこに?」
「外に」

どうやらこれで一段落と踏んで裏の連中のところに顔を出しに行くらしい。

「兄上。国としての対応は任せてもいいですか?」
「ああ、勿論だ。それよりもちゃんとリヒターとカーライルを連れて行けよ」
「ええ。他の皆も全員一緒なので大丈夫ですよ」

どうやらブランドン達も全員連れて行くようだ。
護衛三人、暗部三人。全部で六人。
それだけいたら大丈夫だろう。
やっとロキの周辺が安心できる環境になったと安堵する。

「じゃあ兄上。報酬を渡しに行ってきます」
「ああ、行ってこい」

あくまでもギブアンドテイクと言わんばかりに報酬を持っていく律儀な弟。
でも闇医者がそれを元手に増やしてはロキの個人口座に金を増やしているというのはカーライルから聞いて知っている。
ロキの個人資産は増えていく一方だ。
本当に王位を退いてもロキはどこででも一生遊んで暮らせるだろう。
そんなロキをここに引き留めている俺は罪深いのかもしれないけれど、放し飼いにした方が怖いと思いますというカーライルの言葉もその通りだと思うし、リヒターに教育してもらいながらこれからも幸せに一緒に暮らしていけたらいいなと思う。


****************

※これにて『他国からの客人』はおしまいですが、補足として数話アップ後セドも出てくるロロイア編に突入。
今回はカリンがロキの代理でロロイアに行くお話です。
そちらもお付き合いいただける方はよろしくお願いしますm(_ _)m

『敵国の王子』の方は申し訳ないですがお盆が終わってから書かせてください(>_<)
数話は書いたんですが、先を決めかねている関係で書き直す可能性が出てきてしまったので…。
暑い日が続いていますが、皆様どうかご自愛くださいね。

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