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129.薔薇の棘⑰
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兄にクッキーを届けてもらったら兄直筆のメッセージカードが戻ってきた。
凄く凄く嬉しくて何度も字を指で辿る。
『俺もお前が恋しい。早く会いたい。必ず迎えに行くから、不安にならずにリヒターの言うことをよく聞いて待っていて欲しい。謝罪もちゃんとしたいから、その際は好きなだけ責めて欲しい。愛している。 カリン』
「兄上…」
(嬉しい)
待っていたら兄が迎えに来てくれるとちゃんと言ってくれた。
それだけで凄く安心する。
「ロキ陛下。そんなに何度もメッセージを見て…。そんなに嬉しいですか?」
「闇医者か。ああ。だってこれには兄上の愛情が沢山詰まってるんだ」
俺を想ってくれている気持ちがこの短い文の中にギュッと込められているのだ。
それを嬉しく思わないはずがない。
だから幸せいっぱいにそう答えたのに、闇医者からは溜息を吐かれてしまった。
「はぁ…やはり貴方の幸せはそこにしかないんですね」
「いつだってそこにしかないけど?」
何を今更なことを言っているんだろうと首を傾げていると、相変わらずだと言われてしまった。
「もちろんわかってますが…いっそリヒターに乗り換えられれば貴方も楽になれるのにと思いまして」
「…リヒターはそういう相手じゃないし」
「あんなに健気に貴方に尽くしてくれているのに、全く心は揺れないと?」
「そこは感謝している。でも俺は兄上しか好きになれないんだからしょうがない」
多分普通ならとっくにリヒターを選んでるし、それはおかしなことではないと闇医者は言いたいのだろう。
でも俺の幸せは兄の傍にあるんだからそこは放っておいてほしい。
まあ…心配をかけたからこそ言ってくれてるんだとわかってはいるんだけど…。
「兄上とのすれ違いは前は結構あったけど最近はちゃんと解消できてるし、今回の件があるまでは毎日沢山愛情をもらって幸せだった。今回の件はどう考えても押しかけてきた母上達が悪い」
今思い返しても、兄は最初から俺を守ろうと動いてくれてたし、態度でも示してくれていた。
母にも注意してくれていたし、あの夜の件も兄からしたらショックだったかなと反省はしている。
俺だって夜に兄の部屋に行って自分が与り知らない相手に兄が抱かれてたらショックを受けると思うし、兄の性格から言ってもわざわざ凝視してまで確認はしないだろう。
勘違いして飛び出していくのも予想範囲内だし、それを責める気もない。
まあ傍に居て欲しかったとは思ったけど、あれも多分嵌められたか何かで戻ってこれなかった可能性が高い。
兄は変なところでうっかりしてるから。
「皆に心配をかけた事は悪かったと思ってるけど、母上のことが重なって俺が過剰にショックを受けすぎただけだし、悪いのは俺自身だからあまり兄上の行動を悪いようにはとらないでほしい」
「はぁ…全く。ある意味感心しますよ。まあ貴方の中でのカリン陛下の評価が底辺にまで落ちることはないので、しょうがないと言えばしょうがないですけどね」
それはそうだ。
俺の中での兄の最低評価を言うならそれは昔の兄なのだから。
今の愛情溢れる兄とは全く結び付かない。
ちょっと早とちりしたりうっかりなところは可愛いし、泣きつかれると嬉しいし、守ってあげたいと思う。
だから俺はしっかりしないといけないのに、こんなことになって申し訳なさすぎる。
「そもそもいつも仕事で負担をかけているから、いざという時こそ俺が積極的に動いて解決してあげないといけないのに…失敗した」
「なるほど。貴方の中ではそれでバランスがとれていたわけですか」
「ああ」
持ちつ持たれつでちょうどいいと思っていたけれど、やっぱりもっと頑張らないとダメなんだろうか?
今度リヒターに相談してみようか。
「それよりほら。だいぶ上手に縫えるようになった!」
「思った以上に手先が器用ですね」
「そうかな?」
「ええ。これならマジックバッグも大丈夫そうです」
そう言って闇医者がこれまでの練習用の布ではなく別の布を俺の前に置き、糸も特別製だというものを用意してきた。
上手に縫えたらこれがマジックバッグになるらしい。
魔物の胃袋とか言っていたけど本当だろうか?
加工の方法も教えてもらっていざ挑戦。
スイスイと手を動かして集中して縫っている間は余計な事を考えなくて済むからなかなか趣味としてもいいかも知れない。
上手くできたら兄にあげよう。
あんな風に別れてしまったからきっと心配してるし不安になっているはず。
再会したらいっぱい謝って、俺の為に頑張ってくれてありがとうと感謝を伝えたい。
ちなみにリヒターとカーライルと闇医者にも沢山御礼は伝えておいた。
何か御礼をと言ったら闇医者はいつもの金貨でいいと言ったので、また後で届けようと思っている。
カーライルはここぞとばかりに一度でいいから俺に抱かれたいと言ってきたので、考えておくと答えておいた。
どうもダメ元で言っただけだったらしく、凄く驚かれて無理はしなくていいと言われたけど、御礼だし構わないだろう。
ちなみにリヒターについてはどうしようか考え中だ。
何故なら言われたのが『レイプされて暴力を受けたロキ陛下の悲しみを、優しく上書きしてあげたいです』だったからだ。
それはつまり俺を抱きたいと言うことかと訊いたら、そうとってくれて構わないと言われた。
多分普通に『抱きたい』とだけ言われたなら、『じゃあ今度兄上と三人でした時にでも』と言えたと思う。
でもこの言われ方だったから、それはつまり一対一という意味かなと思ったのだ。
流石にこれは兄の許可がいるだろう。
そもそも俺は基本的に兄のいない閨事には興味がないし、カーライルの件も3Pでいいかと思っていたくらいなのに。
(どうしよう…)
取り敢えず即答は避けて、全部解決してから答えさせてほしいと言っておいた。
(大体リヒターは優しすぎるんだ)
御礼なんだからこっちのことは気にせずに、自分の望みを言ってくれればいいのに。
どうしてそんなに俺に寄り添おうとしてくれるんだろう?
闇医者から『無償の愛とは本来そういうものですよ』と言われたけれど、よくわからない。
俺と兄の間にある愛情とはまた違うんだろうか?
そんな事を考えながら俺の療養期間は過ぎ、ある日兄が俺を迎えに来てくれたのだった。
***
【Side.闇医者】
今回の件でカウンセリングをして思ったことがある。
(回復が早い……)
あそこまでショックを受けていたら昔ならきっともっと時間をかけなければいけなかっただろう。
なのに今回の件に限って言えば非常に回復が早かった。
それは偏にリヒターとカーライルの存在が大きかったように思う。
特にリヒターの献身ぶりは顕著だ。
言葉巧みにロキ陛下の心を支え、大丈夫だと言う安心感を与えていて、医師である自分も感心する程。
あとはロキ陛下自身があの王配、カリン陛下を愛していると言うのが大きかったのかもしれない。
でなければリヒターがいくら言葉を尽くそうとここまで回復は早まらなかったと思う。
二人がまだ王子だった頃、二人の関係を後押ししたのは自分だ。
孤独なあの人に愛をと思ったからだったが…どうやらそれはかなり深まっているらしい。
愛する相手の存在と信頼し支えてくれる相手の存在が回復を早めた。
大事に至らなくて良かったと安堵したのは自分だけではない。
酒場の皆もどこかホッとしていた。
リヒターとカーライルの評価はかなり上がった気がする。
とは言えリヒターは今回の件で怒りを暴走させている節があったから少し心配はしていた。
彼はロキ陛下を大切にし過ぎている。
本人は鉄の意志で想いを口にしないようにしているようだが、押し込め続けた想いが今回の件で怒りと共に噴出しかけているようにも見えた。
だからロキ陛下がクッキー作りに精を出している隙に少し話して、認めた方が楽になるぞと言ってみた。
まあ…頑なに認めようとはしなかったが、きっとそれも時間の問題だろう。
何故ならこれまで一線を守っていたにもかかわらず、自分からロキ陛下を抱きたいと口にしたのだから。
たとえどんな理由をつけようとも、愛する者を癒してやりたいという強い思いには抗えない。
だから一度でも抱いてしまえばもう認めざるを得なくなるはずだ。
(そのまま認めて受け入れてしまえ)
本音を言えばそのまま上手くやってロキ陛下がリヒターを好きになるのがベストだ。
その方がサクッとカリン陛下を始末できると喜ぶ輩は沢山いるし、ロキ陛下も普通の幸せを得られるとは思う。
でも、問題はあの人がカリン陛下しか好きになれないという点にあった。
難儀なことだが、強い思いが心に焼き付いてあの人の心を不動のものにしてしまっている。
手の届かなかった存在が自分の手元に落ちて来て、自分だけを頼り、自分にだけ甘えてくれた。
それはあの人にとって初めてと言っていいほどの強い喜びを、心の充足感を与えたのだ。
そしてこれまで何も持たなかったあの人に、他の何よりも欲しかったもの────愛を返した。
一度壊れてまた一から築き直した二人の関係だからこそより強固で、得難いものであるとわかっているのだ。
(そんなもの…手放せるはずがない)
それを失ってしまったら、今度こそあの人は完全に壊れて二度と戻りはしないだろうことは明白だった。
だからこそ────カリン陛下は生きてロキ陛下の側にいてくれないと困るのだ。
そこだけは変えられない。
それを踏まえた上で、リヒターには『この先気持ちを自覚することがあれば考えろ』と言っておいた。
ロキ陛下を独り占めしたいなら諦めるしかないが、想いを返してもらえなくても構わないから愛を与えて慈しみたいと思うなら、カリン陛下と共有してしまえと。
現時点で共依存が混在しているような状態だし、上手くやれば可能だろうと思う。
ロキ陛下は多人数でする事自体はアリという性癖持ちだし、気持ちを返して欲しいと願わなければ受け入れてもらえるはず。
どう納得して結論を出すのかはリヒターの心ひとつだ。
(リヒターも…どこか変わった奴だからな)
カーライルはアンシャンテ出身だからまだロキ陛下に尽くしていても然程おかしくは思わないのだが、ガヴァムの貴族達は皆前王の影響でロキ陛下を嫌悪しているのに、どうしてリヒターはそうなっていないのかが不思議だった。
だから一度聞いてみたことがある。
そんな中で返ってきた答えは酷く端的だった。
『俺は自分が見て自分が感じたことがすべてだと思っているので、当時会ったこともなかった王子の噂に踊らされなかっただけですよ』
『本当に?』
『ええ。それに、実際に会って思いましたから。やはり貴族の噂話など何も信用できないなと』
『…………』
『誰も信用できないロキ陛下の気持ちは痛いほどにわかるので、これからも支えてあげたいです』
その一言で何となく察した。
きっとリヒターの実家も何かしらの問題を抱えていたのだろうと────。
(さて…どうなることやら)
一般論を口にするならリヒターも他に相手を作った方がいいとは思うが、それこそ人の幸せなどそれぞれだ。
結局なるようにしかならないのだから、後悔だけはしない行動をと願ってやまない。
願わくば誰も傷つかない答えを見つけられるといいのだけれど…。
そんな事を思いながら今日も笑顔のロキ陛下を見守った。
****************
※そんなわけでこのお話も後三話となりました。
いよいよカリンがお迎えにやってきます。
元王妃達の末路もそこで触れていますので、よろしくお願いしますm(_ _)m
凄く凄く嬉しくて何度も字を指で辿る。
『俺もお前が恋しい。早く会いたい。必ず迎えに行くから、不安にならずにリヒターの言うことをよく聞いて待っていて欲しい。謝罪もちゃんとしたいから、その際は好きなだけ責めて欲しい。愛している。 カリン』
「兄上…」
(嬉しい)
待っていたら兄が迎えに来てくれるとちゃんと言ってくれた。
それだけで凄く安心する。
「ロキ陛下。そんなに何度もメッセージを見て…。そんなに嬉しいですか?」
「闇医者か。ああ。だってこれには兄上の愛情が沢山詰まってるんだ」
俺を想ってくれている気持ちがこの短い文の中にギュッと込められているのだ。
それを嬉しく思わないはずがない。
だから幸せいっぱいにそう答えたのに、闇医者からは溜息を吐かれてしまった。
「はぁ…やはり貴方の幸せはそこにしかないんですね」
「いつだってそこにしかないけど?」
何を今更なことを言っているんだろうと首を傾げていると、相変わらずだと言われてしまった。
「もちろんわかってますが…いっそリヒターに乗り換えられれば貴方も楽になれるのにと思いまして」
「…リヒターはそういう相手じゃないし」
「あんなに健気に貴方に尽くしてくれているのに、全く心は揺れないと?」
「そこは感謝している。でも俺は兄上しか好きになれないんだからしょうがない」
多分普通ならとっくにリヒターを選んでるし、それはおかしなことではないと闇医者は言いたいのだろう。
でも俺の幸せは兄の傍にあるんだからそこは放っておいてほしい。
まあ…心配をかけたからこそ言ってくれてるんだとわかってはいるんだけど…。
「兄上とのすれ違いは前は結構あったけど最近はちゃんと解消できてるし、今回の件があるまでは毎日沢山愛情をもらって幸せだった。今回の件はどう考えても押しかけてきた母上達が悪い」
今思い返しても、兄は最初から俺を守ろうと動いてくれてたし、態度でも示してくれていた。
母にも注意してくれていたし、あの夜の件も兄からしたらショックだったかなと反省はしている。
俺だって夜に兄の部屋に行って自分が与り知らない相手に兄が抱かれてたらショックを受けると思うし、兄の性格から言ってもわざわざ凝視してまで確認はしないだろう。
勘違いして飛び出していくのも予想範囲内だし、それを責める気もない。
まあ傍に居て欲しかったとは思ったけど、あれも多分嵌められたか何かで戻ってこれなかった可能性が高い。
兄は変なところでうっかりしてるから。
「皆に心配をかけた事は悪かったと思ってるけど、母上のことが重なって俺が過剰にショックを受けすぎただけだし、悪いのは俺自身だからあまり兄上の行動を悪いようにはとらないでほしい」
「はぁ…全く。ある意味感心しますよ。まあ貴方の中でのカリン陛下の評価が底辺にまで落ちることはないので、しょうがないと言えばしょうがないですけどね」
それはそうだ。
俺の中での兄の最低評価を言うならそれは昔の兄なのだから。
今の愛情溢れる兄とは全く結び付かない。
ちょっと早とちりしたりうっかりなところは可愛いし、泣きつかれると嬉しいし、守ってあげたいと思う。
だから俺はしっかりしないといけないのに、こんなことになって申し訳なさすぎる。
「そもそもいつも仕事で負担をかけているから、いざという時こそ俺が積極的に動いて解決してあげないといけないのに…失敗した」
「なるほど。貴方の中ではそれでバランスがとれていたわけですか」
「ああ」
持ちつ持たれつでちょうどいいと思っていたけれど、やっぱりもっと頑張らないとダメなんだろうか?
今度リヒターに相談してみようか。
「それよりほら。だいぶ上手に縫えるようになった!」
「思った以上に手先が器用ですね」
「そうかな?」
「ええ。これならマジックバッグも大丈夫そうです」
そう言って闇医者がこれまでの練習用の布ではなく別の布を俺の前に置き、糸も特別製だというものを用意してきた。
上手に縫えたらこれがマジックバッグになるらしい。
魔物の胃袋とか言っていたけど本当だろうか?
加工の方法も教えてもらっていざ挑戦。
スイスイと手を動かして集中して縫っている間は余計な事を考えなくて済むからなかなか趣味としてもいいかも知れない。
上手くできたら兄にあげよう。
あんな風に別れてしまったからきっと心配してるし不安になっているはず。
再会したらいっぱい謝って、俺の為に頑張ってくれてありがとうと感謝を伝えたい。
ちなみにリヒターとカーライルと闇医者にも沢山御礼は伝えておいた。
何か御礼をと言ったら闇医者はいつもの金貨でいいと言ったので、また後で届けようと思っている。
カーライルはここぞとばかりに一度でいいから俺に抱かれたいと言ってきたので、考えておくと答えておいた。
どうもダメ元で言っただけだったらしく、凄く驚かれて無理はしなくていいと言われたけど、御礼だし構わないだろう。
ちなみにリヒターについてはどうしようか考え中だ。
何故なら言われたのが『レイプされて暴力を受けたロキ陛下の悲しみを、優しく上書きしてあげたいです』だったからだ。
それはつまり俺を抱きたいと言うことかと訊いたら、そうとってくれて構わないと言われた。
多分普通に『抱きたい』とだけ言われたなら、『じゃあ今度兄上と三人でした時にでも』と言えたと思う。
でもこの言われ方だったから、それはつまり一対一という意味かなと思ったのだ。
流石にこれは兄の許可がいるだろう。
そもそも俺は基本的に兄のいない閨事には興味がないし、カーライルの件も3Pでいいかと思っていたくらいなのに。
(どうしよう…)
取り敢えず即答は避けて、全部解決してから答えさせてほしいと言っておいた。
(大体リヒターは優しすぎるんだ)
御礼なんだからこっちのことは気にせずに、自分の望みを言ってくれればいいのに。
どうしてそんなに俺に寄り添おうとしてくれるんだろう?
闇医者から『無償の愛とは本来そういうものですよ』と言われたけれど、よくわからない。
俺と兄の間にある愛情とはまた違うんだろうか?
そんな事を考えながら俺の療養期間は過ぎ、ある日兄が俺を迎えに来てくれたのだった。
***
【Side.闇医者】
今回の件でカウンセリングをして思ったことがある。
(回復が早い……)
あそこまでショックを受けていたら昔ならきっともっと時間をかけなければいけなかっただろう。
なのに今回の件に限って言えば非常に回復が早かった。
それは偏にリヒターとカーライルの存在が大きかったように思う。
特にリヒターの献身ぶりは顕著だ。
言葉巧みにロキ陛下の心を支え、大丈夫だと言う安心感を与えていて、医師である自分も感心する程。
あとはロキ陛下自身があの王配、カリン陛下を愛していると言うのが大きかったのかもしれない。
でなければリヒターがいくら言葉を尽くそうとここまで回復は早まらなかったと思う。
二人がまだ王子だった頃、二人の関係を後押ししたのは自分だ。
孤独なあの人に愛をと思ったからだったが…どうやらそれはかなり深まっているらしい。
愛する相手の存在と信頼し支えてくれる相手の存在が回復を早めた。
大事に至らなくて良かったと安堵したのは自分だけではない。
酒場の皆もどこかホッとしていた。
リヒターとカーライルの評価はかなり上がった気がする。
とは言えリヒターは今回の件で怒りを暴走させている節があったから少し心配はしていた。
彼はロキ陛下を大切にし過ぎている。
本人は鉄の意志で想いを口にしないようにしているようだが、押し込め続けた想いが今回の件で怒りと共に噴出しかけているようにも見えた。
だからロキ陛下がクッキー作りに精を出している隙に少し話して、認めた方が楽になるぞと言ってみた。
まあ…頑なに認めようとはしなかったが、きっとそれも時間の問題だろう。
何故ならこれまで一線を守っていたにもかかわらず、自分からロキ陛下を抱きたいと口にしたのだから。
たとえどんな理由をつけようとも、愛する者を癒してやりたいという強い思いには抗えない。
だから一度でも抱いてしまえばもう認めざるを得なくなるはずだ。
(そのまま認めて受け入れてしまえ)
本音を言えばそのまま上手くやってロキ陛下がリヒターを好きになるのがベストだ。
その方がサクッとカリン陛下を始末できると喜ぶ輩は沢山いるし、ロキ陛下も普通の幸せを得られるとは思う。
でも、問題はあの人がカリン陛下しか好きになれないという点にあった。
難儀なことだが、強い思いが心に焼き付いてあの人の心を不動のものにしてしまっている。
手の届かなかった存在が自分の手元に落ちて来て、自分だけを頼り、自分にだけ甘えてくれた。
それはあの人にとって初めてと言っていいほどの強い喜びを、心の充足感を与えたのだ。
そしてこれまで何も持たなかったあの人に、他の何よりも欲しかったもの────愛を返した。
一度壊れてまた一から築き直した二人の関係だからこそより強固で、得難いものであるとわかっているのだ。
(そんなもの…手放せるはずがない)
それを失ってしまったら、今度こそあの人は完全に壊れて二度と戻りはしないだろうことは明白だった。
だからこそ────カリン陛下は生きてロキ陛下の側にいてくれないと困るのだ。
そこだけは変えられない。
それを踏まえた上で、リヒターには『この先気持ちを自覚することがあれば考えろ』と言っておいた。
ロキ陛下を独り占めしたいなら諦めるしかないが、想いを返してもらえなくても構わないから愛を与えて慈しみたいと思うなら、カリン陛下と共有してしまえと。
現時点で共依存が混在しているような状態だし、上手くやれば可能だろうと思う。
ロキ陛下は多人数でする事自体はアリという性癖持ちだし、気持ちを返して欲しいと願わなければ受け入れてもらえるはず。
どう納得して結論を出すのかはリヒターの心ひとつだ。
(リヒターも…どこか変わった奴だからな)
カーライルはアンシャンテ出身だからまだロキ陛下に尽くしていても然程おかしくは思わないのだが、ガヴァムの貴族達は皆前王の影響でロキ陛下を嫌悪しているのに、どうしてリヒターはそうなっていないのかが不思議だった。
だから一度聞いてみたことがある。
そんな中で返ってきた答えは酷く端的だった。
『俺は自分が見て自分が感じたことがすべてだと思っているので、当時会ったこともなかった王子の噂に踊らされなかっただけですよ』
『本当に?』
『ええ。それに、実際に会って思いましたから。やはり貴族の噂話など何も信用できないなと』
『…………』
『誰も信用できないロキ陛下の気持ちは痛いほどにわかるので、これからも支えてあげたいです』
その一言で何となく察した。
きっとリヒターの実家も何かしらの問題を抱えていたのだろうと────。
(さて…どうなることやら)
一般論を口にするならリヒターも他に相手を作った方がいいとは思うが、それこそ人の幸せなどそれぞれだ。
結局なるようにしかならないのだから、後悔だけはしない行動をと願ってやまない。
願わくば誰も傷つかない答えを見つけられるといいのだけれど…。
そんな事を思いながら今日も笑顔のロキ陛下を見守った。
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※そんなわけでこのお話も後三話となりました。
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