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127.薔薇の棘⑮ Side.キャサリン

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その一報が入ったのは私がたまたまシャイナー陛下とお茶をしていて一緒に居る時だった。

「バイザー公爵が至急の目通りを?」

予め面会の予約を入れてくるでもなく、公爵は余程慌てたのか息を切らしてやって来て大至急の目通りをと何度も何度も頭を下げたのだとか。
これはただ事ではないと判断し、シャイナー陛下は速やかにバイザー公爵の元へ。
私も何となく成り行きでついて行ったのだけれど、正直血の気が引くかと思った。

「も、申し上げます!我が娘、クリスティンが隣国ガヴァムのロキ陛下を暗殺しようと致しました!」

その言葉にその場にいた全員が息を呑んだ。
それを聞いてシャイナー陛下の顔が蒼白になり、次いでどういうことだと公爵に問い詰めにかかった。
周囲の者達も情報を速やかに収集するため急いで動き始める。

「わ、私も詳細は本人から聞いたわけではなく、商人達から聞き、独自に調べ、裏稼業の者達から恨まれている点を踏まえてその疑いが濃厚と考えこうして急ぎご報告にまかり越しました…!」

大変申し訳ございませんと公爵は床に身を投げうつようにシャイナー陛下に謝罪をしていて、とても嘘だとは思えないほど必死に謝罪を行っていた。

それから商人経由で徐々に情報が集まり始め、ロキ陛下がカリン陛下ととある場所へ避暑に出掛けていたことが分かった。
そこにバイザー公爵の娘クリスティンがガヴァムの令嬢達とロキ陛下の母親である元王妃と共に突撃し、色々な手段で追い詰め、死に追いやろうとしたと────。

「何ということだ……」

商人達の中ではすでにその情報はほぼ共有されているらしく、これほど早く情報が回っていることから裏の者達が周知させたのは確実とのこと。
ロキ陛下は裏稼業の者達と親しいと聞くし、恐らく彼らなりの報復を込めてのことだろう。
他国の経済に干渉するのはNGではあるが、国としての報復ではなくあくまでも商人達や裏の者達が各個人で判断して動いているのであれば、こちらからガヴァムに文句を言うことはできないし、そもそもの原因がこちらの貴族であると言うのなら甘んじて受け入れるしかない。
最早彼らの本気の行動を見るだけでロキ陛下の命が脅かされたのは確実だと思われた。

そしてこの件に関して我が国の公爵令嬢が加担したなど前代未聞の不祥事だ。
こちらとしては早急に動かざるを得ない。

「ロキ…ロキが……」

因みにシャイナー陛下は生死不明の一報を聞いただけで最悪の事態を想定してしまって使いものにならなくなってしまっている。
そう言えば先程お茶をしている時にここ数日ロキ陛下がツンナガールに出てくれないんだと愚痴を溢していたところだった。
また放置プレイなのかと嘆いていたけれど、こういう訳だったのかと合点がいったように思う。

(仕方がないわね)

ここはひとつ自分も動くかとそっとその場を離れて自室へと戻った。

ダメ元でロキ陛下から頂いたツンナガールを鳴らしてみる。
死にかけていたとしたら絶対に相手は出てくれないはずだけど、一応の確認だ。
側についている誰かが代わりに出てくれれば少なくとも状況はわかる。
けれど意外なことに数度のコール音後にピッという音と共に本人と通話が繋がった。

『キャサリン嬢?』

落ち着いたその声に安堵が込み上げてくる。
思わず泣いてしまいそうになったけれど、グッと堪えて努めて何でもないように装ってみせた。

「ロキ陛下。ご無沙汰しております」
『いえ。何かありましたか?』
「その…我が国の公爵令嬢がロキ陛下に害をなそうとしたようなので、一先ず安否の確認と謝罪をと思いまして」
『ああ、そのことですか』

耳が早いですねと言われるがそういう問題ではない。

「お体は大丈夫でしょうか?お怪我などは?」
『大丈夫ですよ。ちょっとレイプされた時に頬をぶたれたくらいで、怪我は特にありませんし』

(レイプ?!)

それだけで相当酷い状況に置かれたことがよくわかり、血の気が引いた。

「そ…れは大丈夫とは言いません!え?お、お医者様は?!」
『心配しなくても今は知り合いの医者のところにいるので大丈夫ですよ。ああ、そうだ。キャサリン嬢にお願いが』
「何でしょう?」

できることがあるなら何でも言ってほしい。

『機会があればでいいんですが、そちらの公爵令嬢であるクリスティン嬢の尻を以前渡した尻叩き用の鞭で叩いておいていただけないですか?ちょっと俺的にショックなことをされたので、せめてそれくらいはと思って。お願いできませんか?』

その言葉にまた思わず泣きそうになった。
殺しておいてくれとでも言ってくれればいいのに尻叩き程度で済ませようなんて、この方はどこまで優しいのだろう?
ドSなくせにこういう時ばかり優しいのは反則だと思う。
だからこそ、当然だがその言葉に甘えるつもりはない。

(どうせ彼女の死罪は確定したも同然ですもの)

このまま自分が少しの間口を噤んで刑が確定後にロキ陛下の生存報告を入れれば横槍など入らないだろう。
どうせ誰もが極刑をと言うはずだ。
牢に引き立てられ死を待つクリスティン嬢に自分が鞭打つくらい許されると思う。
そして彼女の行く末をこの優しい人に伝える必要はない。
この人はきっと極刑など望んではいないだろうから。
心の負荷を配慮し、後で事故死したとでも伝えれば十分だ。
この辺りはこちらとカリン陛下とで話し合えればと思う。

「わかりましたわ。彼女が泣き叫んでごめんなさいとロキ陛下に何度も謝るほどしっかりお仕置きしておきますわね」
『ハハッ。キャサリン嬢ならきっちりやってくれそうなので安心です』
「ええ。どうぞご期待くださいませ」
『ではまた』
「はい。またご連絡致しますので、今はどうぞご自愛ください」

失礼しますと通話を切って、私は一頻り泣いた。

それから暫くしてクリスティン嬢が兵に引き立てられてシャイナー陛下の元へと連れてこられた。
彼女はよりにもよってシャイナー陛下の為などと言う妄言を吐き、ただでさえ嘆き悲しんで激怒していたシャイナー陛下を更に怒らせていた。
本当に愚かにも程がある。
ショックで気を失ったようだが、自業自得だ。
結局のところ罪の意識がなかったと言うことなのだろう。

「何て恐ろしい……」

彼女が王妃にならなくてある意味良かったのかもしれない。




コツン…と音を響かせロキ陛下との約束を守ろうと牢へとたどり着くと、何やらコソコソと囁き合う兵達の姿が。

「何事です?」
「あ!キャサリン様!」

そして話を聞くと、彼女の首筋にキスマークがあったのだと報告を受けた。

「つまり、あれだけシャイナー陛下のためと言っていたのは口先だけで、自らの健気さをアピールして罪の軽減を狙った可能性が高いと?」
「はい。ロキ陛下を死に追いやりながら、自分達は色に耽りながら高みの見物を楽しんでいたのではないかと」

ただの想像だが、高みの見物をしていた可能性はなくはないのではと兵達は言う。
それが本当なら大変なことだ。

「あらためます」

そして牢に入りそのキスマークが確かにある事を確認して私は怒りに震えた。

(あんなに優しいロキ陛下をレイプしておいて、自分は嬉々として男遊びですって…?)

もしかしてその男をロキ陛下にけしかけたのだろうか?
だとしたらとても許せるものではない。

「本格的な拷問前の取り調べは私が行います。シャイナー陛下の許可を念のため貰ってくるのでお待ちいただけるかしら?」

凶悪なほどの怒りが溢れ出て、私から優しさという感情を奪い去る。

「きっちり全部吐かせてやりますわ」

それからシャイナー陛下の元へ急ぎ赴き、訳を話した上で許可をもぎ取り牢へと戻った。

さて、お仕置きの時間だ。

(許可も取れた事ですし、存分に自分の罪を思い知らせた上で地獄に送って差し上げますわ)

ヒュンッと鞭を振りながら、私は怒りに燃えた目を彼女へと向けた。



***


【Side.ロキ】

別荘から闇医者のところに移って三日。
俺は療養という言葉に甘えてのんびり過ごさせてもらっている。
その間ぼんやりしてるだけなのもよくないと言われて、兎に角楽しいと思うことに挑戦してくれと言われ、闇医者から怪我の縫い方の練習と言ってまずは裁縫を教わり、毒殺予防と言って料理を教わり、気に入らない令嬢への嫌がらせに使えるからとお菓子作りを教わった。
なんでもここに下剤などを入れたらいいらしいけど、俺としては大好きな兄やいつも尽くしてくれるリヒター達への御礼として普通に美味しいお菓子を作ってあげたいと思った。
後は隠れ家に一人で住むことになった時の練習と言われて掃除やら洗濯やらまで一通り教わり直すことに。

リヒターは真面目に付き合って丁寧に教えてくれて、合間合間にカーライルが「ほ~ら泡泡~!」とか言ってふざけながら笑いを取りリヒターを怒らせる姿に俺は随分笑わせてもらったように思う。
なんだかそんな事を繰り返しているうちにカーライルともすごく仲良くなった気がするし、また前向きに物事を考えられるようになってきた。
もういっそこの二人で結婚してずっと側に居てくれたらいいのにと言ったら、揃って顔を見合わせて「確かに」と笑っていた。

そんな中、キャサリン嬢から連絡が入った。
シャイナーからのものは今話す気力が湧かないから無視していたのだけど、キャサリン嬢なら話してもいいかなと思って出てみた。
するとどうやら今回の件を聞きつけての心配の連絡だったことが判明した。
随分耳が早い。
でもはっきり言って関係のない彼女に心配をかけるのは申し訳ないので、簡単に現状を説明して関係者であるクリスティン嬢の尻でも俺の代わりに叩いておいてくれないかと頼んでおいた。
他国の令嬢だが、それくらいの報復は許して欲しいものだ。
兄に傍に居てもらったなんて聞きたくもないことを聞かされたんだから。

今回の件は主に彼女達を連れてきた母が悪いし、母をずっと放置してきた自分にも原因がある。
王宮から出て接点がないからと放っておいたのがきっと悪かったのだ。
きっとセドリック王子にでも言ったらまた王として未熟だと笑われることだろう。
できたら退位したいとか、そんな風に消極的だったから対応がおざなりになってしまったんだと思う。

「本当に…俺はとことん王に向いてないな」

だからポツリとそう呟いたのだけど、リヒターから意外な事を言われてしまった。

「ロキ陛下。ご興味がなさそうなので言ってませんでしたが、ロキ陛下の国民の支持率は凄く高いですよ?」
「そんなまさか」

俺は支持を受けるようなことは何もしていないし、煽てなくてもいいからと言ったけど、リヒターは至極真面目な顔で、詳細を聞きますか?と訊いてきた。
どうやら根拠はちゃんとあるらしい。

「ロキ陛下が即位した当初はまあ国民の支持率はそれほど高くはなく、諸々のことはカリン陛下の功績と捉えられていました」

それは凄くわかる。
だって俺は兄に仕事を教えてもらってばかりだったからだ。

「ですがロキ陛下が即位してまず活気づいたのは裏市場です。これまで圧迫されていた者達が活発に動きだし、今や周辺諸国一の品揃えを誇る一大マーケットになりました」
「まだ即位からそれ程経ってないのに?」
「だから凄いのですよ」
「ふ~ん?」

よくわからないけど、お世話になった裏稼業の皆に少しでも恩返しができたと思えば悪くはない。

「そしてそれに伴い闇商人がより一層素晴らしいものをと各国に散っては戻ってくるという事を繰り返して、経済が活発化。裏だけではなく表の商人達も動いたお陰でその恩恵を多々受け始め、民の生活が徐々に豊かになっていったのです」

便利な物が沢山出回り始めましたからとリヒターは言うけれど、本当だろうか?

「たまたまじゃないかな?」

俄かには信じがたいので一応そう言ってみたものの、そこに加えて三カ国事業や他国との良好な関係などがプラスに働いて良い品をより安く仕入れることが可能になったんだと言われた。

「ロキ陛下のそれらの功績は商人達を通して各地に伝わっています。それ故の支持率の高さなんですよ」

どうやらいつの間にか商人達から認められていたらしい。
貴族には嫌われている俺だけど、こうやって聞かされるとちょっとはこの国も好きになれそうな気がした。


****************

※次回はロキが寂しがったり、とある事をするお話&カリンサイドのお話です。
宜しくお願いします。

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