【完結】王子の本命~ガヴァム王国の王子達~

オレンジペコ

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120.薔薇の棘⑧ Side.カリン

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※今回はとっても胸糞な話となっています。
飛ばして読む場合は『元王妃がロキ虐待の元凶だった』とだけ認識していただければと思います。
宜しくお願いしますm(_ _)m

****************

俺がクリスティン嬢の言葉に頷いたばかりにロキが壊れた。
これまでもロキの顔から表情が消えたり抜け落ちた事は何度かあったが、さっきのあれは心を閉ざしたという表現が一番相応しい、そんな顔のように見えた。

「ロ、ロキ?」

そう声を掛けたけどロキは微動だにしない。

「ロキ!」

今度は強く呼びかけたけど反応がなくて、すぐに飛んできたリヒターが揺さぶっても反応がなかった。
その後リヒターが珍しく激昂し、ロキを労わるように丁寧に抱き上げる。

「こんな場所、来なければよかった。こんなにロキ陛下を追い詰めるなんて許せません!カリン陛下、必要であれば俺はロキ陛下を連れて国を出ます。どうかそれをお忘れなく」

そう言いながら俺を見遣るリヒターの目はどこまでも冷え切って見えた。
多分リヒターの中での俺の評価は底辺にまで落ちてしまったのだろう。
もっと必死になって守る気がないなら二度と触れるなとでも言わんばかりのその目に心が酷く抉られる。

「リヒ…ター?」
「ロキ陛下、大丈夫です。闇医者のところにすぐに行きましょう?きっと楽になりますから」

どの言葉が琴線に触れたのかはわからないが、ここにきてやっとロキが反応を示す。
そんなロキにリヒターが優しい目を向けてそう言ってやるとロキは力なくコクリと小さく頷き、そのままそっとリヒターへと身を預けた。

そんな姿に強いショックを受けてしまう。
俺のロキなのに、俺はあんなロキを助けてやれない。
ロキも頼ってはくれない。
ロキが頼るのはいつも俺よりリヒターだった。
俺はそんなに頼りにならないのだろうか?

けれどよく考えたらこれまで何か問題が起きても、全部ロキが解決してくれていたような気がする。
壊された俺を元に戻してくれたのも、ブルーグレイにガヴァムを潰されないようにしてくれたのもそうだ。
父から結婚相手の件を持ち出された時も、国際会議での暗殺者の件についても、アンシャンテのシャイナーへの対応も、役立たずだったガヴァムの騎士達の鍛え直しについても、全部全部ロキが何とかしてくれた。

これまで全部ロキが解決して自分でなんとかしていた。
『守ってやる』と口にする俺の方が、ずっと『大丈夫ですよ』と言ってくれるロキに守ってもらっていたんだ。
俺はそんなロキにいつの間にか甘えて、無意識のうちにロキは俺が庇護するべき相手ではなく、自分を庇護してくれる相手だと思い込んでいたのかもしれない。

(馬鹿だ…!)

そんな状況で頼ってもらえるはずがなかった。
ロキはいつも「嬉しいです」と幸せそうに笑ってくれたから、ただそれだけで満足していた。
守っていると勘違いしていた。
本当はちっとも守ってなんてやれていなかったのに────。

口先ばかりだと罵られてもいい。
ふざけるなと殴られたっていい。
それでも俺はロキを失いたくはなかった。
なんとしてでもロキを助けてやらないといけない。
今のロキに必要なのは早急な心のケアだ。
だからリヒターが闇医者を頼るのは当然だった。
ここでおかしな方向に間違ってはいけない。
暴走してもいけない。
今の俺に出来ることはロキに誠心誠意謝って、傍についていてやることくらいだろう。
だから俺は去って行くリヒターの後をすぐにでも追おうと思ったのに────。

「カリン。どうしたの?お座りなさいな」
「母上…」
「クリスティン嬢はアンシャンテの公爵令嬢よ。貴方の花嫁に相応しいわ」

(こんな状況なのに……この人はこんなことを言うのか)

「俺は妻を迎える気はありません」
「まあ!そんな無責任なことを言うものではなくてよ?あんな時間に寝室に入って何もないなんて通じないわ。責任はちゃんと取らないと」
「責任を取るようなことは何もありませんでした。すぐに部屋だって出ましたし、俺は別の部屋で休んだので問題ありません」
「……そう。じゃあ他の令嬢にしてくれてもいいのよ?ここにいるのは貴方の花嫁に相応しい素敵な令嬢ばかりなのだから」
「俺は王ではなく王配です。側室は持てません」
「あら。ロキがあの様なら退位は確実よ?」

母親であるはずの…この人が────それを言うのか。
王位を望んでもいないのに、あれほど健気に頑張ってくれているロキを、否定すると言うのか。

「だから…俺に王になれと?」
「ええ」

『だって王族の血を引くのはもう貴方だけですもの』と母は華やかに笑った。
その表情に激しく怒りが込み上げてくる。

(どうしてこの人は…!)

「母上!どうしてそんなにロキに辛く当たるのですか?!」

気づけば俺は叫ぶように母へとその問いをぶつけていた。

ずっとずっと、俺には優しい母だった。
尊敬すべき人だった。
いつだって王族らしくあれ。貴方は自慢の息子だと言ってくれていた。
振る舞いも考え方も色々教えてもらった。
俺にとっては理想の母親そのものだったのだ。

だからこそわからなかった。
何故そんな母にロキは嫌われているのか。

そんな俺に、母は優美に笑って穏やかに答えを返す。

「だってあの子はあまりにも不出来なんですもの」
「それは幼いロキに無理難題を押し付け、適切な教師をつけなかったからでしょう?!」

それが全ての原因だと、わからない母ではないはずだと必死に言葉を紡いだ。
それなのに────。

「そんなことはないわ。だってあの子に最初色々教えてあげたのは私ですもの」
「……え?」

その言葉に俺は固まってしまう。

「字の読み書きから計算、歴史、食事のマナーまで、私が全部手ずから教えてあげたのよ?」
「そ…れは、本当ですか?」

(母…が?)

「ええ。覚えるまで寝る間も惜しんで朝早くから夜遅くまで付き合ってあげたのよ?親の鏡でしょう?なのにあの子ったら全然覚えなくて…しかも居眠りまでしてきたのよ?信じられないわ。腹立たしくて何度叩き起こしてやったことか」
「…………もしかして、ロキの頬を…ぶったのですか?」

(頼むから…違うと言って欲しい)

けれど母は笑顔でそれを肯定してしまう。

「そうよ。ちゃんと私の愛が伝わるように『愛の鞭よ』と言って優しく微笑みながら何度もぶってあげたわ。頬をぶつ度に泣きながら謝ってちゃんと起きて机に向かうから、しっかり覚え込むように何度も躾けてあげたのよ?」

『感謝してほしいほどよ』と母は言うけれど、闇医者が言っていた最初の教師の前────聞き出せなかった相手と言うのが母だったと言うのは今の言葉だけで十分理解することができた。

それと共に俺の中の優しい母親像が木っ端微塵に砕け散る。

(全てが、まやかしだったのか……)

俺はただただ綺麗な世界しか知らないただの子供だったのだ。
今────それが痛いほどよくわかった。

(何が…感謝だ…!)

ロキを傷つけておいてどの口がそんなことを言うのだろう?
母親が笑顔で何度もぶってくる。
それは幼心にどれだけ怖くて悲しいことだっただろう?

(何が、愛の鞭だ…っ)

そんなもの、躾でも何でもない。
ただの虐待だ。

「でも私が頬をぶつだけじゃ全然できるようにならないし、段々おかしくなってきたから、正気に戻してもっと厳しく躾けようと私付きの近衛に殴らせたのよ。そうしたらあの子ったら正気に戻るどころか狂ったように笑い出してそのまま高熱を出してね。死にかけたのよ。本当にダメな子って思ったからもう見切りをつけて、そこからは陛下に頼んで適当な教師をつけてもらうことにしたの」

親の期待に応えられないなんて本当に不出来よねと母が笑う。
全く罪の意識など抱くことなく、まるで自分は何一つ悪くはないとでも言わんばかりに。

そんな母に────俺はやり場のない殺意を抱いた。
ロキの代わりに思い切り殴ってやりたい衝動が込み上げ、血が滲むほど強く拳を握りしめる。

「母上。俺は貴女を心の底から軽蔑します」

これほど誰かを憎いと思ったことはない。
父にも腹立たしく思ったものだが、母はその比ではなかった。
今ここで一度でも手を上げたら歯止めが利かなくなって殴り殺してしまいそうだ。

もしかしたらロキが自分の武器として鞭を選んでいなかったのは、無意識に母が言っていた『愛の鞭』に怯えていたからではなかったのだろうか?
そうでなければもっと早くに鞭を手に取っていたのではないかとつい穿った考えに囚われてしまう。

(ロキを抱きしめてやりたい)

余計なことなどうじうじ考えず、今は兎に角沢山沢山愛してやりたかった。
ロキを誰よりも幸せにしてやりたい。
俺一人の愛で足りないならリヒターでもカーライルでもいくらでも許すから、あいつを溢れる愛で包んでやりたかった。

「俺も帰ります」

ギリギリのところで感情を押し殺し、踵を返してロキを追いかけようと扉へと足を向ける。
けれどそんな俺に今度は令嬢達が困った顔で声を掛けてきた。

「カリン陛下。王太后様に辛くあたってはお可哀想ですわ」
「そうですわ。王太后様はカリン陛下をとても大切に思っていますのに…」
「それに、それほどお気にかけずとももうすぐ問題はなくなりますわ」
「確かに。カリン陛下!もう暫くここでお寛ぎになっては?」
「そうしてくださいませ。そのうち事故の一報が入ると思いますし」
「なに…を?」

令嬢達の弾み出した声音に、嫌な予感を覚える。

「さあ?馬車が運悪く故障するか、野盗に襲われるか…。あくまでも不幸な事故ですわ。なんて可哀想なロキ陛下」

身も心もボロボロになって最後には事故に合うなんてツイていませんわねと悪魔達が笑う。
唯一そわそわと落ち着かないのはクリスティン嬢だけだった。
彼女だけはそんなことをきっと知らされてはいなかったのだろう。
心配そうに入口の方をチラチラと見遣っている。
けれどそれがやけに現実味を覚えさせた。

「朗報…いいえ、訃報が入るのを待つ間、私達と楽しくお話し致しましょう?」
「そうですわ。私、今後のことを是非お話ししたいと思っていますの」
「不愉快だ!失礼する!」

(ロキ…!)

勢いよく扉を開け、ロキ達の後を追うように走り出す。
令嬢達の言葉が頭の中で渦を巻き、言いようのない不安に襲われる。

まさかとは思うが本当にそうなっていたらどうしよう?

そんな不安を拭いたくて、外に出てすぐ急ぎ暗部を放った。
そして野盗達が待ち伏せをしていたという報告を受けて血の気が引いた。

「そんな…」

ロキの身に何かあったとしたら俺は生きてはいけない。

「ロキ…ロキは?!」
「落ち着いてください、カリン様。ロキ様はあそこを通らなかったらしく、男達はいつ来るんだとしびれを切らしていました」

だから大丈夫だと言われる。

「一先ずツンナガールで連絡を取ってみられては?」

その言葉にハッと我に返る。
そうだ。以前と違い、今は便利な道具があったのだ。

「頼む…出てくれ」

けれどロキはツンナガールに出てはくれない。
怖くて怖くて仕方がなくて、今度はカーライルに掛けてみた。
リヒターはどんな状況でもロキを抱きかかえているかもしれないと思ったからだ。
すると何度目かのコール音の後、やっと出てもらうことができた。

『カリン陛下?』
「カーライル!今どこにいる?!」
『今はワイバーンの上です』
「ワイバーンだと?」
『はい。ロキ様が心配なので闇医者の所に大至急連れて行くところなんです』
「そ…そんなに危険な状態なのか?」
『今は気を失っているのでなんとも』
「……そうか」
『取り敢えずロキ様は預かりますので、カリン陛下はそっちのふざけた連中に報復する手段でも考えていてください』

そう言い放ちカーライルはこちらの返事も待たずに通話を切ってしまった。
けれど確かにそれはその通りだ。
俺は残って彼女達に報復した方がいい気がする。

(ロキ…待っていろ)

令嬢達への報復もそうだが、あの母親だけは絶対に何があろうと最大級の苦しみを与えてから殺してやりたい。

今度は間違えない────そう思いながら、俺は中へと引き返したのだった。


****************

※ちなみに壊れていたカリンが部屋に軟禁されて男達だけあてがわれて医師にも診せられていなかったことからお察しですが、ロキが壊れた時も医師にはそちら関係で診てもらっていません。
高熱が出たという点でだけ医師に診せて、後のケアはせず仕舞い。
闇医者の元で初のカウンセリングが行われたという感じです。
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