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115.薔薇の棘③

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夕食前のひと時。
俺は兄がトイレに立った隙にカーライルにそっと声を掛けた。

「カーク」
「ロキ様。お呼びですか?」
「ああ。さっきのお茶の席で俺にだけ媚薬が盛られているようだった。飲まなかったが気になる。調べてくれないか?」
「え?!」

カーライルは驚いたようだったけど、すぐに表情を引き締め一つ頷きを落とすとすぐさま調査へと向かってくれた。

「リヒター。そんなわけで油断はできそうにない。兄上に害がないよう気を付けて欲しい」
「御意」

そうは言いつつリヒターは俺に気を付けるよう追加で言ってくるのも忘れない。

「盛られたのが媚薬ならカリン陛下にもきちんとお伝えしておいては?あの令嬢達は明らかにカリン陛下狙いです。ロキ陛下がお一人で気を付けるよりはその方が…」
「兄上にはこれ以上心配をかけたくなくて…」

仮に兄に媚薬が盛られたとしても、自分が発散させてあげれば済む話だからとリヒターには言っておく。

「その気遣いより、素直に話してもらった方がカリン陛下は喜ぶと思いますが?」

言われていることはわかるけど、心配をかけたくないと思う気持ちは大きいので許してほしい。

「いいんだ」
「……わかりました。その代わり十分に気をつけてください」
「わかってる」

そう答えたものの……。

(今度は下剤か…)

夕餉のスープに混ぜるなんてやってくれる。
まさかメインが来る前に席を立つ羽目になるとは思わなかった。

「ロキ?」

急に顔色が悪くなった俺に兄が怪訝そうに声を掛けてくるが、今はとても答えられそうにない。

「ロキ陛下。顔色がとても悪いです。立てますか?どうぞこちらへ」

リヒターがすぐにそうやって席を立たせてくれたけど、他の面々からは冷たい目を向けられた。
間を置かずこうして仕掛けてくるなんて、一体どれだけ俺に恨みがあるんだろう?

「全く…。私達と食事をしたくないからと言って仮病を使うなんて」
「まあまあ。よろしいではありませんか。ロキ陛下、どうぞお大事に」

クスクスと笑われるが悔しいという気持ちは湧いてこない。
この程度ならまだ可愛いものだ。

(まだ…大丈夫)

グッと堪えてやり過ごせばいい。
俺はリヒターに支えてもらいながらトイレへと急いだ。

「……許せません」

リヒターはそうやって憤るけど、昔はよくあったし、そんなに気にしなくてもいいと思う。
一番怖いのは媚薬でも下剤でもない。毒だ。

(俺は慣らし毒は飲んでいないからな…)

一応緊急時には出来るだけ吐けと裏の皆から聞かされているし、簡易的な解毒剤は持ってはいるけど、何にでも有効というわけではない。

(母上達がいる間は食事は自分で作った方がいいのかな…)

また文句を言われるとは思うが、命には代えられない。
そう思っていたら、リヒターが一緒の物を食べませんかと言ってくれた。

「俺が毒味をします」

そもそもこの別荘にも毒味役がいるからと、他に毒味役を連れてこなかったのが間違いだったと辛そうに言われてしまう。

「毒味後に盛られたのか、毒味をしたふりをされたのかは後でカーライルに見ていなかったか確認しますが、貴方が害されたことに変わりはありませんし、心配なので俺を使ってください」
「リヒター…」
「陛下を護るのが俺の役目です」

自分なら買収されたりもしないし、確実に安全を確認できるからとリヒターは言ってくれるけど、俺なんかの為に本来の役割以外のことをさせたくはなかった。
リヒターはあくまでも近衛騎士であり、その剣で俺を守る者なのだから。

「やっぱり何かしらの理由を作って帰ろうか」
「それが一番安全だと思います」

今夜にでもちゃんとカリン陛下に言ってくださいねと言われ、今度は素直に頷いた。


***


【Side.カリン】

ロキが食事の席を立った。
顔色がすごく悪くて明らかに具合が悪そうなのに、母を始めガヴァムの令嬢達はこれっぽっちも気にした様子はない。
辛うじてアンシャンテのクリスティン嬢が心配そうにしてくれていたくらいだろうか?

「大丈夫でしょうか?随分具合が悪そうでしたけれど…」
「まあ!クリスティン嬢。ロキのあれは仮病ですわ。幼少期にもよくあった事ですのよ」

母はロキは気分が乗らないとこうやってすぐに逃げ出すのだと言うが、嘘だろうと言ってやりたかった。
あれはどう見ても仮病なんかじゃない。

そもそもロキは基本的に面倒臭がりなんだ。
迫真の演技なんてやろうとすら思った事はないだろう。
やるとしたら心を殺して我慢するか、にっこり笑って『失礼します』のどちらかだ。
母は全くわかってなさそうだが、今の俺にはよくわかる。
流石にメインも来ていない席で俺まで退席するわけにはいかなかったが、食事が終わったらすぐに様子は見に行きたいと思った。
落ち着かないが、今はリヒターに任せるしかない。

「カリン。貴方が王配として政治手腕を振るっているのはわかっているし、忙しいのは知っているけれど、無理はしていないかしら?」
「ロキが頑張ってくれているので」
「そう」

母はあからさまに俺の言葉を流した。
確かに経験不足でロキが戴冠した為、最初でこそ俺や周囲がこれでもかと支えることにはなったけど、ロキが頑張ってくれているお陰で少しずつ形になってきているし、今はだいぶロキ自身仕事内容を理解できるようになっている。
教えた分だけちゃんと成長しているのだ。

それよりも何よりもロキはロキなりに功績を積み上げているし、母達が俺だけを持ち上げるのは見当違いだろう。
俺だけではレオナルド皇子をあれほど動かす事は出来なかっただろうし、三カ国事業なんてできなかったと思う。
セドリック王子の陰に怯えて生きていくしかなかったはずの俺を助けてくれたのもロキだ。
あれだけ王にも王子にも気に入られたなら、最早ガヴァムは安泰だと思う。
いつ滅ぼされるかと戦々恐々としなくて済んだのはロキのお陰だ。
これには宰相や大臣達も深く感謝していた。
そう言った根本的なロキの功績を彼女達が何一つ理解していないのがただただ悔しくて仕方がない。

「ロキはロキできちんと素晴らしい功績をあげて国に貢献しています。きちんと認めてやってください」
「ちゃんとわかっていますよ(貴方が功績を譲って、あの無能を王らしく見えるよう体裁を整えてあげているのはね)」
「それなら…いいのですが」
「ええ。貴方は何も気にせずこれまで通り仕事に励みなさい。(足手まといの始末は私がしてあげるわ)」

なんだか噛み合っていない気がしないでもないが、大丈夫だろうか?
そもそも母達は何が目的でここに来たんだろう?
そう思っていると、母の口から考えたくもない言葉が飛び出してきた。

「カリン。そろそろあの無の…コホン、ロキとの関係にも飽きてきたでしょう?国も落ち着いてきた事だし、国の将来の為にも花嫁を娶ってはと思うのよ」
「必要ありません」

もしかしたらと薄々感じていた提案をされたので、俺はサクッとその場で断りを入れる。
俺達の間に花嫁なんて必要ない。

「でもね?これは必要な事なのよ」
「お断りします」
「そう。残念だわ。(やっぱりあの無能のせいね。可哀想なカリン。この母が早めに始末してあげますからね)」

一瞬不穏な空気を感じたが、やはり気を悪くさせてしまったせいだろうか?
でも俺達は本気で愛し合っているし、変な横槍は入れないで欲しかった。

そうして微妙な空気の中食事を終え、ロキの元へと向かうと今休んだところだとリヒターから言われてしまう。

「カリン陛下。俺とカーライルからお話が」
「聞こうか」

ロキに忠誠を誓っている二人が揃って話があると言うならロキの件に決まっている。
ここで聞かないという選択肢はないだろう。

そう思って別室に場を移す。
ロキをゆっくり休ませてやりたいと思ったからだ。
けれどこの時の判断が間違っていたと気づくのはこのすぐ後のことだった。

せめて俺の暗部を一人、残しておけばよかった────。

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