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108.ブルーグレイ再訪⑲

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※ロキ視点での話し合い時の話です。
キリはいいですが、元々書く気のなかった話なので飛ばして読んでも全然OKです。
お好みでどうぞ(^^)

****************

ブルーグレイを発ち、行きと違って大好きな兄をしっかり抱きしめながらの移動は幸せそのものだった。
腕の中の温もりに凄く安心する。
だって兄は空の上なら絶対に俺から離れられないとわかっているから。
怖いと言う感情は早々消えたりしない。
だから兄は今俺に縋り付く以外の選択肢はない。
可愛い焼きもちまで妬いてくれているし、俺が好きって伝わってくるのも凄く嬉しかった。
こうやってずっと兄が俺を頼ってくれればいいのに…。
そうしたら何の不安も抱かずにいられるような気がする。
でもそれだと兄らしい兄を尊重することができないし、ダメだということもちゃんとわかっている。

俺は俺で兄は兄。

そこはきっちり分けて考えて、俺の気持ちを押し付けないように気をつけないといけない。
いつどんなことがあっても兄の意思を尊重できるように明確な線引きをしよう。
大丈夫。
俺は兄が大好きなんだから兄のためならなんだってできるはず。
俺の兄への愛情は深まるばかりだし、負担にならないようそうするのが一番いいのだ。
そんなことを考えていた。

「ロキ陛下、疲れていませんか?」
「大丈夫だ。問題ない」

休憩時にリヒターがそうやって気遣ってくれたのは多分俺がずっと兄を抱きしめていたからだろう。
疲れていたら代わってくれるつもりだったはず。
でも俺の顔を見てどこか安堵した顔をしたのは俺に疲れが見えなかったのと、俺が幸せそうにしていたからだと思う。

リヒターは本当に俺のことをよくわかってくれていて、言葉がなくても気持ちが凄く伝わってくるのだ。
まるで俺の幸せが自分の幸せとでも言わんばかり。
その態度はいつもとてもわかりやすくて安心する。
だからつい甘えてしまうのだろうと思う。

「空の上だとなかなか水分補給もできないでしょうし、今ちゃんととっておいてくださいね」
「ありがとう」

そうやってにこやかにいつも通りの距離感で話していたら、兄が急に俺の名を呼んだ。

「ロキ!」
「はい?」

何だろうと思って兄を見たら、何故かジッと顔を見て観察された。
大好きな兄にそんなに見つめられたら嬉しすぎて胸が弾んでしまう。

(やっぱり大好き過ぎて困る)

でもここで気持ちを押し付けちゃダメだと理性を総動員してちゃんと笑顔で取り繕った。

「どうかしましたか?」
「……なんでもない」

フイッと視線を逸らされそのまま離れられてちょっとだけ胸が痛んだ。

「ロキ陛下」
「リヒター…」
「大丈夫です。カリン陛下はロキ陛下一筋ですよ」
「そう…かな」
「そうです。ちゃんと信じてあげてください」

信じたい。
でも今みたいに何も言ってもらえないのは地味に辛い。
暗に俺なんかに言っても無駄と言われたようで落ち込んでしまう。
期待するたびに精神的に削られるならそもそも何一つ期待しなければいいのではないかとさえ思ってしまった。
でもここで昨日のようにならなかったのは偏にセドリック王子の言葉が俺を支えてくれていたからだ。

(大丈夫。揺らがない)

深呼吸をして気持ちを立て直す。
そうやって自分をしっかり取り戻したら、リヒターが優しく頭を撫でてくれた。

「不敬だと思うなら言ってください」
「大丈夫だ」

だって凄く安心したから。

(俺は恵まれてるな)

なんだかんだとこうして支えてくれる人がいる。
だから壊れなくて済むのだと思う。

「代わらなくて大丈夫ですか?」

それは『辛かったら代わるけど、頑張れますよね?』という確認。
だから笑顔で大丈夫だとちゃんと返した。




その日の夜、部屋で二人きりになったところで兄から思い切ったように話を切り出された。

「ロキ。正直に言ってほしい。お前は俺が信じられないか?」

その言葉は真っ直ぐに俺を貫いてきたように思う。
信じられないかと聞かれたら信じられないと答える以外にない。
でも信じられないからこそ信じたくて悩むのだと────そう言ってもいいのだろうか?

(いや…ダメだ)

ここで信じられないと正直に口にしてしまったらこの関係が終わってしまうような気がして、どうしても言えなかった。
だから代わりに『何も気にしなくていいですよ』と無理に笑いながら告げる。

「兄上は兄上らしくいてください」

兄は変わらなくていい。
これは自分の心の問題なのだ。
だから────心をかき乱さないでほしい。
捨てられるのが怖いから。

ある意味心を守るための線引きをする。
問題の先送りかもしれないけど、いつも通りの兄からならきっとこれで逃げられるはず。
でも兄はそんな俺に苦々しい顔で言葉を吐き出してきた。

「お前をブルーグレイに送り出さなければよかった」
「兄上?」

(いつもと……違う?)

「俺が…お前の信頼を取り戻すにはどうしたらいい?何が悪かった?何がお前をそうさせた?俺に…何かできることはないのか?!」

その姿はまるで俺にちゃんと向き合おうとしてくれているように見えて、期待が込み上げてきそうになる。

(ダメだ)

期待してはいけない。
心を落ち着けて深呼吸をしよう。
ここで下手に期待してまたがっかりしたくはないし、これ以上傷つきたくはない。

だから気持ちを静めて落ち着いて兄に向き合うことにした。
今話すのはあくまでも今の自分の気持ちだけでいい。
それならきっと大丈夫。

「取り敢えず座りましょうか」

そう言って自分の手でお茶を淹れ、兄がその茶に口をつけたところでゆっくりと口を開いた。

「昨日も少し話しましたけど、ちょっと色々重なって勝手にグルグル一人で悩んでいただけなんです」

そしてそんな中でセドリック王子がああ言ってくれたから『まあいいか』と思えたのだと口にする。
それは間違いなく俺の心を軽くしてくれたのだ。嘘ではない。

「俺は俺、兄上は兄上ってちゃんと思えるようになったので、兄上はこれまで通り気にせずいてください」

これはあくまでも自分の問題だったからとその気持ちのままに笑みを浮かべる。
これできっと兄も安心してくれるはずだし、これ以上突っ込んで聞いてこられたりはしないはず。
さっさと話を変えてしまおう。
そう思ったところで、そう言えば聞きそびれていたことがあったなと思い出す。
兄の憂いはできれば拭ってあげたいし、何かあったのならできるだけ話してほしい。

「それより俺も聞きそびれていたことがあったんです。兄上の方こそ昨日から俺に負けず劣らず結構情緒不安定になってますよね?昨日レオと何かありましたか?」
「レオナルド皇子と?別に何もないが?」
「そうですか」

けれど思った通り兄は俺には話してくれなかった。

(無理か…)

絶対に何かあったはずなのにこうして口を閉ざされるのは別に今に始まった話ではない。
兄はこういう時絶対に俺には話してはくれない。
いつもリヒターや周りには話しても俺には言ってくれないのだ。
仕方がないとはいえ、落ち込むなという方が無理だった。
だからまた一歩、心の距離をあける。

今日はもう寝てしまおう。
これ以上は辛すぎる。
そう思って気持ちを固めようと思ったところでいつもと違うことが起こった。

「ロキ。ちなみに聞くが、どうしてレオナルド皇子の名前が出てきた?」
「え?」
「また浮気でも疑ったのか?」
「いえ、俺の処女の件でレオと話してたんでしょう?」
「話してないぞ?!」

何故か物凄く驚いたような顔でそんなことを言われた。

「ロキ?何が原因でそう思ったんだ?」
「ええと…いらないって言った翌日にいきなり貰うって言われたからですね」

そう言ったら思いっきり脱力されてしまった。

「聞けば良かったのに」
「言ってくれれば良かったのに」

兄の様子を見る限り嘘をついているようには全く見えないし、きっと本当にただの誤解だったのだろう。

(杞憂…だったってこと、なのかな?)

そのことに心底ホッとしてしまう。

(なんだ…聞いてよかったんだ)

ちょっとしたことなのかもしれないけれど、兄がそう言ってくれたのが凄く嬉しかった。
歩み寄ってもらえた。そんな気がする。
そんな俺に兄は更に言葉をくれた。

「よしわかった。一旦落ち着こう」

そう言って場の空気を改めて、真摯に俺に向き合ってくれる。

「ロキ」
「はい?」
「まず間違いなく言えることがある」
「はい」
「お前が俺しか好きになれないのと同じくらい、俺はお前を想ってる」

その言葉は俺の心を温めるのに十分だった。
でも────。

「だから俺はこれから先、絶対にお前とは離縁しない」

続くこの言葉に心がまた揺れた。

「絶対…ですか」

最初の言葉だけなら素直に舞い上がれたのに、兄はどこまでも残酷だ。
離縁しないのは期限付きと言われたようなものだからだ。
でも今日の兄はいつもと違って、少し考え、思いがけない言葉を投げかけてきた。

「ロキ。もしかして俺の『絶対』が信じられないのか?」
「いえ…」
「ちゃんと言ってほしい」

その瞳は『逃がさないぞ』と言わんばかりにひたと俺を見つめてくる。
こうなっては渋々でもちゃんと話すほかはない。

「兄上が…昔俺に言っていたでしょう?」
「何を?」
「兄上が…俺を認めることは万に一つもない。何があろうと絶対にだと…」
「…………っ!」
「もちろんそれを兄上がなかったことにしてくれたからこそ今があるのだとわかってはいるので責める気はありませんし、良かったとも思っています。でも…だからこそ『絶対』とは言ってほしくなかったというか…」

もうこれ以上の追及はやめてほしい。
ここで責められたら泣いてしまいそうだ。
でも兄から返ってきた言葉は思っていたものとは全然違っていて────。

「わかった。じゃあお前に信じてもらえるよう誠意を見せる。俺がお前だけだともっともっと態度で示すから、少しずつでもわかってほしい」
「兄上」

兄の瞳は怒るでもなく優しさを伴いながら真っ直ぐに俺へと向けられていて、俺の心に希望の光を灯してくれた。

「ロキ、俺の『愛してる』は信じられるか?」

その言葉に俺は素直に頷きを返す。
兄からの愛情は素直に嬉しいから。

「それなら良かった」

そう言って笑った兄が愛しすぎて胸がいっぱいになってしまう。
好きで好きでどうしようもなくて、やっぱり気持ちを押し付けてしまいそうになる。
ダメだと止めに入る気持ちと沢山伝えたいと願う気持ちが心の内でせめぎ合い、複雑な心境のままポロリと言葉がこぼれた。

「兄上…。兄上がずっと俺を好きで居てくれなくても、俺だけはずっと好きで居てもいいですか?」

迷惑かもしれない。
でも、どうしてもこれだけは許して欲しかった。
俺は許可さえもらえれば良かったのだけど、兄からはまた別の言葉が返ってきて、ダメだったのかと落ち込んでしまう。

「ロキ…もしかして『ずっと』も信じてもらえない…のか?」
「そう言うわけじゃ…」

そういうわけではない。
ただ、つい先日のことが抜けない棘のように心に残ってしまっているだけの話だ。
でも兄はそこから必死に俺に話し掛けて来て、どんなことを聞いても俺を嫌いになったりしないからこの際だから全部吐き出してしまえと言ってくれた。
だから一応思い切って口にしてみた所、兄は「え?!返事はしたつもりだったんだがしてなかったか?」と言ってきた。

「お前の言葉が嬉しくて舞い上がってたからもしかしたら忘れてたかも…」

そう言われたけどちょっと俄かには信じ難くて、「あんなに難しい顔をしてたのに嬉しかったんですか?よくわからないです」と言ったらもっと驚かれた。
どうやら本当に無意識だったらしい。

「ロキ、俺が悪かった」

兄はそうやって俺に謝ってくれて、他にも色々後悔していたんだと話してくれる。
それから俺の処女の件についても。

「お前を放置したくせに勝手にセドリック王子に嫉妬して暴走してしまったんだ。どうしてもお前を誰かに奪われたくなくて、あんな風に勢いで処女を奪ってしまって本当にすまなかった」

本当に心から反省しているのだとこれでもかと態度で示されて慌ててそこまでしなくていいと止めに入った。
でもその姿にかなり心揺さぶられたのは確かだった。
それはこんな面倒臭い俺のことを本当に想っていないと絶対にできないだろうと思ったからだ。
いつも問題が生じたらリヒター任せだった兄が自分の考えでこうして向き合ってくれたのかと考えるだけで、兄の愛情が俺にだけ向けられていると素直に信じることができた。

それと同時に、誰かに何かを言われたとかそういうわけではなく、俺を誰にも取られたくなかったんだと不器用ながらも思い詰めたように言ってくる兄がどうしようもなく可愛く思えて仕方がなかった。

「兄上…今日は優しく抱いていいですか?」
「許してくれるのか?」
「ええ。俺も勝手に兄上を疑ってすみませんでした」

誤解からのすれ違いだった自分達。
兄は自分が終始悪いと言っているけど、悪いのは俺も同じだった。
お互いに言葉が足りなさ過ぎたのだ。
だから仲直りという意味合いの優しい睦み合いは今の自分達にぴったりだと思う。

唇を重ねてお互いに想いを伝えあおう。
微笑み合って、ゴメンと伝えて、好きだと伝えよう。

「ロキ…ずっとお前だけだから、それだけは忘れないでくれ」
「兄上。俺もずっとずっと兄上だけ愛してます」

そう言い合って幸せな時間を過ごした。

その後も兄の俺への歩み寄りは止まるところを知らなくて、俺は兄の愛情に沢山包まれてまた兄を信じることができるようになっていた。

凄く凄く幸せで兄の愛情に溺れてしまいそう。
大好きな兄にもう一度抱いてもいいですかと尋ねたらちゃんと返事をもらうことができて、それもまた嬉しかった。
『盲目的だと思われたっていいから、これからもずっと兄上に溺れたいです』と言ったら叱られるだろうか?

それでも俺はずっとずっと兄に囚われたいと思う。

「愛してます。兄上」

心から────永遠に。
そう思いながら俺は幸せいっぱいに微笑んだ。


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