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111.気になるロキの過去 Side.カリン
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ロキが楽しそうにシャイナーの婚約者と盛り上がっている。
正直言ってとても妬ける。
でもそれよりも何よりも気になるのは先程言っていた事。
(後ろだけじゃなくて前も俺だったってどう言う事だ?!)
思わず驚き過ぎてポロリと言葉を溢してしまったじゃないか!
俺がブルーグレイから帰ってきた時、俺はだいぶ壊れていたからその時の記憶はない。
でも闇医者から処方された薬を投与され暫く経ってからの記憶は一応ある。
でもいくら思い返してみてもロキは最初からご主人様だったように思う。
知識も豊富だったし、とても童貞だったなんて思えない。
(いや、でも待てよ?)
逆に抱かれた際も二回目からは手慣れたように動いていた。
あれで二度目だったなんてとても信じられないほど。
(でも本当なんだよな)
ロキに浮気する時間なんて一切なかったのは俺が一番よく知っている。
つまりこいつの学習能力は凄く高いと言う事だ。
そう言えば勉強の方も飲み込みが早いとリヒターは言っていた。
ダンスだって女性パートとは言え凄く上手だったし、鞭だって割とすぐに使えるようになっていた。
剣技も体術も得意ではないようだけどリヒターに教えてもらっているうちにちゃんと身につけつつある。
特段劣っているなんてことはない。
(どうしてこれで無能なんて呼ばれてたんだ?!)
凄く今更なことに気づいて愕然となった。
虐待され、適切な教師をつけられていなかった事は既に知ってはいるが、そんな風になる前にロキが無能ではないと誰も気づかなかったのだろうか?
死者に鞭打つ気は無いが、指示を出していた父こそが無能だったのではと思えて仕方がない。
(これは…やっぱり知っておくべきか?)
気は乗らないが、なんとなくいつまでも過去に触れないのはダメなのではないだろうか?
とは言え、流石にロキに直接聞くのは心の傷を抉りそうで憚られる。
(シャイナー達が帰ったら一度リヒターに相談してみるか)
多分一番ロキが傷つかない提案をしてくれることだろう。
そうしてキャサリン嬢と盛り上がっているロキの背を見守った。
「ロキ陛下、このお茶本当に美味しいですわ。私も好みです」
一通り道具紹介を終えたところで部屋に戻ったらシャイナーがすっかりしょげ返っていた。いい気味だ。
そんなシャイナーを横目にロキとキャサリン嬢は仲良く茶を楽しんでいる。
「お口に合って良かったです。色々試飲したんですけど、これともう一つ美味しい茶葉があったので今度はそちらをお出ししますね」
「嬉しいですわ。ロキ陛下と話していたら楽しくて時間があっという間ですわね」
「そうですね。今度は是非お一人で気軽に遊びに来てください」
「よろしいんですか?」
「ええ。キャサリン嬢なら歓迎しますよ」
「嬉しいですわ」
「こちら直通のツンナガールをお渡ししておきますので、わざわざシャイナーに断らなくてもなんでも直接聞いてきてください」
「ありがとうございます。ご都合の合う時間帯をまた教えてくださいませ」
「そうですね。執務後なら大丈夫ですけど、昼休憩の時でも大丈夫ですよ?」
「では時間を見計らってお邪魔にならない常識的な時間帯に使わせて頂きますわ」
「ええ。そうしていただければありがたいです」
「ロキ!俺も…」
「シャイナーはダメですよ?寧ろキャサリン嬢と直接話すので朝の会話もやめにしてしまいましょうか。その方がいいかも────」
「嫌だ!!絶対にやめない!!」
「……そうですか。では朝に」
ロキは面倒臭いなと言う顔をするけど、そこはもう少し強く言ってやってもよかったのではないかと思えて仕方がない。
「ではロキ陛下。あまり長居してお仕事に影響が出ても申し訳ないので今日のところはこれくらいでお暇させて頂きます」
「ありがとうございます」
ちゃんと空気を読んで気遣いができるキャサリン嬢の心象は俺の中でも上々だ。
彼女ならまぁたまに来てくれても問題はないかもしれない。
(ちょっとロキと仲が良過ぎるのは気になるが…)
わかっていても妬けるものは妬けるのだ。
「も、もう少しだけでもロキと…!」
「はいはい。シャイナー陛下は本当にドMですわね。ロキ陛下に嫌われたくて仕方がないのかしら?」
「本当に」
二人から冷たい目で見られてシャイナーがタジタジとなっている。
馬鹿だろう。
さっさと帰れ。
そうして何とか粘ろうとしたシャイナーは、ロキが手渡した尻叩き用の鞭を手にしたキャサリン嬢に嬉々として尻を叩かれ半泣きで帰っていった。
平和が戻って何よりだ。
その後ロキから沢山の愛を伝える言葉をもらった後、二つほど不安げに質問が飛んできた。
『初めてが兄上ってもしかしてダメでしたか?』には「大好きなロキの初めてが俺で凄く嬉しかった」と笑顔で言ってやったら安心したようにホッとした顔をしていたから大丈夫なはず。
思ってもみなかった童貞発言に驚いただけだからとちゃんと言っておいたし、誤解はされないだろう。
でも『乱交パーティーってどう思います?』には本気で心臓が止まるかと思った。
その場合俺が総受けなのか?
怖すぎるし、絶対に嫌なんだが?!
取り敢えず深呼吸して落ち着いてから「どうして急にそんなことを聞いてきたんだ?」と恐る恐る返すと、ロキは自分のテクニックに自信がなくて言い出しただけらしく、「経験不足で兄上をがっかりさせてたんじゃないかと思って…」とか言っていた。
どうやら『人のふり見て我がふり直せ』的な事を思いついての発言だったらしい。
相変わらずズレ過ぎていて、俺には理解不能だ。
正直驚愕したけど「ロキにはいつもこれでもかと満足させてもらってる。今でも十分だと思うけど、心配ならその都度『二人で』また考えようか」と答えておいた。
ちゃんと納得はしてくれたように思う。
それにしても恐ろしい質問だった。
多分あのまま『絶対に死んでも嫌だ!』とでも返していたら『今は気分が乗らないけど”絶対”ってことは条件次第でありってことかも。また機会を見て聞いてみよう』と思われた可能性は高い。
でも『俺はロキと二人きりがいいから、特にしたいとは思わないな』とでも無難に返したら、きっと『兄上は優しいから気遣ってそうやって言ってくれたのかも。また機会を見て企画してみようかな』と明後日方向に考えてしまった可能性大だ。
ロキは変に俺を思って行動する癖があるから油断できない。
どちらに転んでも乱交パーティーのフラグが立っただろうし、以前のように軽く考えて答えていたら大変な事になるところだった。
(本当に回避できて良かった…)
突拍子もない質問が飛んで来たらこれからは全部理由を聞く!
それがきっと一番安全だと思う。
そうして無事に危機を乗り切ったところでロキは仕事に取り掛かり始めたので、隙を見てこっそりとリヒターにロキの過去について相談してみた所、闇医者に話を聞いてみるのが一番良いのではと言われた。
「ロキ陛下が幼い頃、何度もカウンセリングをして下さったようなので」
そう言えば随分前だが闇医者と話した時にロキが十かそこらの時に知り合って友人になったと言っていた気がする。
確かその時治療の一端でロキから色々話を聞いたと言っていたような……。
「会えるか?」
「聞いてきます」
「頼んだ」
裏稼業の者達から俺は敵視されているが、唯一接点がある闇医者なら会ってくれる可能性はなくもない。
ただロキに黙って会うのは難しいだろうから何か上手い言い訳でも考えた方がいい気はする。
そんな事を考えているところでチャンスがやってきた。
「闇医者に聞きに行ったら会ってもいいと返事がありました」
「そうか」
その返答にまずはホッとする。
「ちょうどブルーグレイのセドリック王子から頼まれていたマジックバッグと発信機をロキ陛下に預けようと思っていたところだそうで、近日中にこちらに来てくれるそうです」
「セドリック王子に?」
正直意外だと思った。
大国であるブルーグレイになら闇市場は普通にあるだろうし、当然こっちよりも色々な物がすぐに手に入るだろうに。
(まあ闇医者的に、ただロキが世話になった礼にとでも考えて融通したのかもしれないな)
何はともあれこちらにとって都合がいい事に違いはない。
そうしてこれまで以上にロキにしっかり向き合いつつ、俺は闇医者が来る日を今か今かと待った。
「ロキ陛下、カリン陛下、ご無沙汰しています」
「この間会ったじゃないか」
「ロキ陛下には割と会ってますがカリン陛下とは随分久しぶりですよ?こうして話すのはあの時の経過観察の時以来ですから」
闇医者のその言葉にロキは目を丸くして、「そうだったか?」と言っていた。
「ちょうどいいのでついでにその後のカウンセリングでもしようと思います。ロキ陛下はセドリック王子に手紙でも書いてこれを送っておいてください」
「わかった」
ロキは素直に闇医者から物を受け取ると執務室へと行ってしまう。
それは闇医者を信用しているからに他ならない。
そしてロキがいなくなったところで闇医者が口を開いた。
「それで?何が聞きたいと?」
腹の探り合いは御免だとばかりに直球でそう尋ねられ、俺は正直にロキの過去について教えて欲しいのだと口にした。
「セドリック王子が心を軽くしてくれたとロキは言っていたが、俺にはできないことをされて凄く悔しかった。また同じようなことにならないためにもロキの過去が知りたい。でも…」
「本人に聞いたら傷を抉るかもしれないから訊けない…と」
「そうだ」
「なるほど」
そういうことなら少しくらいは話してもいいと言って、闇医者はロキについて教えてくれる。
「そうですね…まず、あの人がいつから無能なんて呼ばれ始めたか、そこからいきましょうか」
ロキが無能と呼ばれ始めたのはいつかわかるかと聞かれて、俺は正直に知らないと答えた。
気づけばずっとロキはそう呼ばれていたから、いつから何がきっかけで呼ばれ始めたかなんて知るはずがない。
でも聞かされた事実に俺は愕然となってしまった。
「そう呼ばれ始めたのは、貴方が6才、ロキ陛下が5才の頃です」
ロキと俺は年が2才…と言うより1才半離れているから、俺が6才なら多分ロキが5才になったばかりくらいの話なのだろう。
「その頃の貴方はなんでもすぐにできるようになるとても利発な子供で、周囲からとても愛されていました。ロキ陛下も幼いながらに憧れていたそうです」
そんな幼い頃からそんな目で見てくれていたのかと、ちょっと嬉しい気持ちになった。
「最初は食事のマナー…でしたか。食事の席で貴方が上手にナイフとフォークを使って食べていて、それを褒められた時にこう言ったのだそうです。『これくらい簡単だ。一年前でもちゃんと教わったらできたと思う!』。どうだ凄いだろうと得意満面に子供らしい無邪気さで言っただけだということくらい普通はわかりますよね?ですがその時の周囲はそれを間に受けたのか、ふとロキ陛下の皿へと目をやったのですよ」
「え……」
「その日のディナーは白身魚の柔らかなソテー。ロキ陛下の皿にあったのは上手くナイフとフォークが使えなかったせいでグチャグチャになってしまっていた魚…」
もうわかりますよね?と言われて蒼白になった。
「貴方にはできるのに、この子はダメだという目が向けられてしまったんです」
その後もロキは俺を追いかけるように色々学ばされたけど、幼い内の一年半の差は当然そう簡単に埋まるはずもなく、何故か当時の俺と比べられ続けたらしい。
「そこからは悪循環。できないなら睡眠時間を削ってでもやれと言われて、そのせいで頭は常に寝不足でフラフラ状態。当然教えられることは半分も頭に入りません。するとこれくらいのこともできないのかと教師達による体罰が始まり、痛みから益々そちらに気を取られて覚えられなくなっていき、あっという間に無能と呼ばれる子供が出来上がりました」
どこにも味方がおらず、苦痛ばかり与えられる日々。
だから10才頃にはもう取り返しがつかないほどロキは壊れていたのだと闇医者は言った。
恐らくロキが最初の教育係と認識している教師の前にも誰かしらいたはずだが、詳細にその辺りを聞こうとするとケタケタ狂ったように笑いだすから、最低限の聞き取りだけで諦めたのだとか。
そこからはカウンセリングを行い、裏稼業のみんなで色々生きていく術を教え、安易に死を選ばないよう見守ってくれていたらしい。
「出会ってからどれくらい経った頃でしょうか。ある日あの人は『自分みたいな者でも買ってくれる娼館というところがあるらしいけど、そこで臓器が売れるのか?』と聞いてきました。みんな最初は笑い飛ばしましたけど、あの人が心底本気で尋ねていることに気づいた時はゾッとしたらしいです。私も驚きました」
その言葉だけで俺はロキにつけられた教師がロキに碌でもない対応をしているのを察することができた。
さっきからずっと動悸が治りそうにない。
「詳しく聞くと『能無しでも身売りができる場所だ。陛下に捨てられたら行ってみろ。手っ取り早く稼げるし、お前に似合いの場所だ』と嘲笑われたそうです」
「そんなこと……」
俺は知らなかった。
「他にも『無能でも媚びれば変態親父に可愛がってもらえるかもな』と言っていた騎士なんかもいたらしく、当時はみんな怒り心頭でしたね。どこかの変態貴族にでも売り飛ばす気かと」
だからこそそれを聞いた時点で彼らは『分からなくてもいいから絶対覚えとけ』と言って、ロキに色々教えたらしい。
子供好きな変態はどこにでもいるから、ペニスを触られたり尻穴に指を入れられそうになったら逃げろとか、キスもよく知りもしない奴にされたら要注意だとか、押し倒されたら急所を狙えとかそういった性的被害に合わないためのあれこれだ。
その時に大人の玩具についても一通り教えたらしい。
子供だからこそ『玩具』という言葉に安心して危ない目にあってしまうかもしれないと危惧してのこと。
全く知らないよりは知っていた方が安全だ。
他にも逃亡の仕方なども事細かに教えてくれたらしい。
「まあ実際の性経験は王族だしどうせちゃんと教育されるだろうと敢えて教えなかったんですがね……」
15才を迎えた頃、そっちも結局適当なことを教えられて、実践もなく終わってしまったらしい。
「期待外れもいいところです。だから結局そっちの知識も我々の仲間が教えたんですよ」
その話はロキからも少しだけ聞いたことがある。
確かレンバーとか言う男が教えてくれたと言っていた気がする。
でもまさか女性と未経験だったなんて思いもよらなかった。
「……最悪だ」
あり得ない。
本気でそう思った。
それはもうそんな状況だったなら、女性パートのダンスとは言えきっちり教えてくれたダンス教師はまだ無害に思えただろう。
どうして自分は気づいてやれなかったのだろう?
思い返せば小さな頃は泣きそうな顔でこちらを見ていたこともあった気がする。
もしかしたら俺なら助けてくれるかもと期待した日もあったのかもしれない。
そんなロキをどうして俺は平気で蔑めたのだろう?
酷い言葉を投げつけてしまったんだろう?
憎かったはずだ。
少なくとも俺とこんな関係になる前は完全に嫌っていたと思う。
当時は単純に皆に期待される俺に嫉妬しているだけだろうと思っていたけど、実際はそんな薄っぺらいものではなかったのだ。
そんな俺をロキが今こんなに愛してくれているのは本当に奇跡だと思った。
裏稼業の男達が俺を受け入れられないのは最もだし、寧ろ俺を受け入れてくれたロキの方がおかしいだろう。
「カリン陛下。過去を嘆く必要はありませんよ」
「…え?」
「過ぎたことは仕方がありません。そんなことより、今のあの人はとっても幸せそうでしょう?」
特に結婚以降ロキは良いように変わってきていると闇医者は言った。
だから裏稼業の男達は俺をある程度認めざるを得ないのだと言う。
「自分達が守ってきたあの人を貴方に任せるのは本当に業腹ではあったんですが、逆に貴方しかあの人を幸せにできないのならそれはそれで仕方ないと納得したんです」
ただ、これでロキを壊したり捨てたり殺したりしたら即殺し屋が自主的にやってくるぞと言われてしまった。
「なんだかんだと皆あの人のことを気に入ってますからね」
「…………ロキはお前達に愛情をもらっていたんだな」
「愛情と言うよりはほとんど単なる押しつけのお節介ですけど」
壊れすぎててどうにも皆放っておけなくてと闇医者が笑う。
それでもそれにロキが助けられていたのは明白だ。
「礼を言わせてほしい。ロキを助けてくれて、本当に感謝している。ありがとう」
昔の俺だったら多分貴族でもない相手にこんなに深々と頭なんて下げなかったと思う。
でも、ロキを助けてくれた相手に敬意を払わないのも礼を言わないのも違うと思った。
心からの感謝を表したかったのだ。
すると闇医者から『貴方も変わりましたね』と言われた。
「随分丸くなりました」
「……それは良いように取っても構わないのか?」
「もちろんです。そうでなくてはあの人を任せようなんて思いませんから」
そして最後にロキのことは頼むと言って帰っていった。
ロキの過去はとても信じられないほど苦しいものだったけど、責任の一端が自分にあることは変わらない。
ちゃんとこの手でロキを幸せにしてやりたい。
改めて強くそう思った。
正直言ってとても妬ける。
でもそれよりも何よりも気になるのは先程言っていた事。
(後ろだけじゃなくて前も俺だったってどう言う事だ?!)
思わず驚き過ぎてポロリと言葉を溢してしまったじゃないか!
俺がブルーグレイから帰ってきた時、俺はだいぶ壊れていたからその時の記憶はない。
でも闇医者から処方された薬を投与され暫く経ってからの記憶は一応ある。
でもいくら思い返してみてもロキは最初からご主人様だったように思う。
知識も豊富だったし、とても童貞だったなんて思えない。
(いや、でも待てよ?)
逆に抱かれた際も二回目からは手慣れたように動いていた。
あれで二度目だったなんてとても信じられないほど。
(でも本当なんだよな)
ロキに浮気する時間なんて一切なかったのは俺が一番よく知っている。
つまりこいつの学習能力は凄く高いと言う事だ。
そう言えば勉強の方も飲み込みが早いとリヒターは言っていた。
ダンスだって女性パートとは言え凄く上手だったし、鞭だって割とすぐに使えるようになっていた。
剣技も体術も得意ではないようだけどリヒターに教えてもらっているうちにちゃんと身につけつつある。
特段劣っているなんてことはない。
(どうしてこれで無能なんて呼ばれてたんだ?!)
凄く今更なことに気づいて愕然となった。
虐待され、適切な教師をつけられていなかった事は既に知ってはいるが、そんな風になる前にロキが無能ではないと誰も気づかなかったのだろうか?
死者に鞭打つ気は無いが、指示を出していた父こそが無能だったのではと思えて仕方がない。
(これは…やっぱり知っておくべきか?)
気は乗らないが、なんとなくいつまでも過去に触れないのはダメなのではないだろうか?
とは言え、流石にロキに直接聞くのは心の傷を抉りそうで憚られる。
(シャイナー達が帰ったら一度リヒターに相談してみるか)
多分一番ロキが傷つかない提案をしてくれることだろう。
そうしてキャサリン嬢と盛り上がっているロキの背を見守った。
「ロキ陛下、このお茶本当に美味しいですわ。私も好みです」
一通り道具紹介を終えたところで部屋に戻ったらシャイナーがすっかりしょげ返っていた。いい気味だ。
そんなシャイナーを横目にロキとキャサリン嬢は仲良く茶を楽しんでいる。
「お口に合って良かったです。色々試飲したんですけど、これともう一つ美味しい茶葉があったので今度はそちらをお出ししますね」
「嬉しいですわ。ロキ陛下と話していたら楽しくて時間があっという間ですわね」
「そうですね。今度は是非お一人で気軽に遊びに来てください」
「よろしいんですか?」
「ええ。キャサリン嬢なら歓迎しますよ」
「嬉しいですわ」
「こちら直通のツンナガールをお渡ししておきますので、わざわざシャイナーに断らなくてもなんでも直接聞いてきてください」
「ありがとうございます。ご都合の合う時間帯をまた教えてくださいませ」
「そうですね。執務後なら大丈夫ですけど、昼休憩の時でも大丈夫ですよ?」
「では時間を見計らってお邪魔にならない常識的な時間帯に使わせて頂きますわ」
「ええ。そうしていただければありがたいです」
「ロキ!俺も…」
「シャイナーはダメですよ?寧ろキャサリン嬢と直接話すので朝の会話もやめにしてしまいましょうか。その方がいいかも────」
「嫌だ!!絶対にやめない!!」
「……そうですか。では朝に」
ロキは面倒臭いなと言う顔をするけど、そこはもう少し強く言ってやってもよかったのではないかと思えて仕方がない。
「ではロキ陛下。あまり長居してお仕事に影響が出ても申し訳ないので今日のところはこれくらいでお暇させて頂きます」
「ありがとうございます」
ちゃんと空気を読んで気遣いができるキャサリン嬢の心象は俺の中でも上々だ。
彼女ならまぁたまに来てくれても問題はないかもしれない。
(ちょっとロキと仲が良過ぎるのは気になるが…)
わかっていても妬けるものは妬けるのだ。
「も、もう少しだけでもロキと…!」
「はいはい。シャイナー陛下は本当にドMですわね。ロキ陛下に嫌われたくて仕方がないのかしら?」
「本当に」
二人から冷たい目で見られてシャイナーがタジタジとなっている。
馬鹿だろう。
さっさと帰れ。
そうして何とか粘ろうとしたシャイナーは、ロキが手渡した尻叩き用の鞭を手にしたキャサリン嬢に嬉々として尻を叩かれ半泣きで帰っていった。
平和が戻って何よりだ。
その後ロキから沢山の愛を伝える言葉をもらった後、二つほど不安げに質問が飛んできた。
『初めてが兄上ってもしかしてダメでしたか?』には「大好きなロキの初めてが俺で凄く嬉しかった」と笑顔で言ってやったら安心したようにホッとした顔をしていたから大丈夫なはず。
思ってもみなかった童貞発言に驚いただけだからとちゃんと言っておいたし、誤解はされないだろう。
でも『乱交パーティーってどう思います?』には本気で心臓が止まるかと思った。
その場合俺が総受けなのか?
怖すぎるし、絶対に嫌なんだが?!
取り敢えず深呼吸して落ち着いてから「どうして急にそんなことを聞いてきたんだ?」と恐る恐る返すと、ロキは自分のテクニックに自信がなくて言い出しただけらしく、「経験不足で兄上をがっかりさせてたんじゃないかと思って…」とか言っていた。
どうやら『人のふり見て我がふり直せ』的な事を思いついての発言だったらしい。
相変わらずズレ過ぎていて、俺には理解不能だ。
正直驚愕したけど「ロキにはいつもこれでもかと満足させてもらってる。今でも十分だと思うけど、心配ならその都度『二人で』また考えようか」と答えておいた。
ちゃんと納得はしてくれたように思う。
それにしても恐ろしい質問だった。
多分あのまま『絶対に死んでも嫌だ!』とでも返していたら『今は気分が乗らないけど”絶対”ってことは条件次第でありってことかも。また機会を見て聞いてみよう』と思われた可能性は高い。
でも『俺はロキと二人きりがいいから、特にしたいとは思わないな』とでも無難に返したら、きっと『兄上は優しいから気遣ってそうやって言ってくれたのかも。また機会を見て企画してみようかな』と明後日方向に考えてしまった可能性大だ。
ロキは変に俺を思って行動する癖があるから油断できない。
どちらに転んでも乱交パーティーのフラグが立っただろうし、以前のように軽く考えて答えていたら大変な事になるところだった。
(本当に回避できて良かった…)
突拍子もない質問が飛んで来たらこれからは全部理由を聞く!
それがきっと一番安全だと思う。
そうして無事に危機を乗り切ったところでロキは仕事に取り掛かり始めたので、隙を見てこっそりとリヒターにロキの過去について相談してみた所、闇医者に話を聞いてみるのが一番良いのではと言われた。
「ロキ陛下が幼い頃、何度もカウンセリングをして下さったようなので」
そう言えば随分前だが闇医者と話した時にロキが十かそこらの時に知り合って友人になったと言っていた気がする。
確かその時治療の一端でロキから色々話を聞いたと言っていたような……。
「会えるか?」
「聞いてきます」
「頼んだ」
裏稼業の者達から俺は敵視されているが、唯一接点がある闇医者なら会ってくれる可能性はなくもない。
ただロキに黙って会うのは難しいだろうから何か上手い言い訳でも考えた方がいい気はする。
そんな事を考えているところでチャンスがやってきた。
「闇医者に聞きに行ったら会ってもいいと返事がありました」
「そうか」
その返答にまずはホッとする。
「ちょうどブルーグレイのセドリック王子から頼まれていたマジックバッグと発信機をロキ陛下に預けようと思っていたところだそうで、近日中にこちらに来てくれるそうです」
「セドリック王子に?」
正直意外だと思った。
大国であるブルーグレイになら闇市場は普通にあるだろうし、当然こっちよりも色々な物がすぐに手に入るだろうに。
(まあ闇医者的に、ただロキが世話になった礼にとでも考えて融通したのかもしれないな)
何はともあれこちらにとって都合がいい事に違いはない。
そうしてこれまで以上にロキにしっかり向き合いつつ、俺は闇医者が来る日を今か今かと待った。
「ロキ陛下、カリン陛下、ご無沙汰しています」
「この間会ったじゃないか」
「ロキ陛下には割と会ってますがカリン陛下とは随分久しぶりですよ?こうして話すのはあの時の経過観察の時以来ですから」
闇医者のその言葉にロキは目を丸くして、「そうだったか?」と言っていた。
「ちょうどいいのでついでにその後のカウンセリングでもしようと思います。ロキ陛下はセドリック王子に手紙でも書いてこれを送っておいてください」
「わかった」
ロキは素直に闇医者から物を受け取ると執務室へと行ってしまう。
それは闇医者を信用しているからに他ならない。
そしてロキがいなくなったところで闇医者が口を開いた。
「それで?何が聞きたいと?」
腹の探り合いは御免だとばかりに直球でそう尋ねられ、俺は正直にロキの過去について教えて欲しいのだと口にした。
「セドリック王子が心を軽くしてくれたとロキは言っていたが、俺にはできないことをされて凄く悔しかった。また同じようなことにならないためにもロキの過去が知りたい。でも…」
「本人に聞いたら傷を抉るかもしれないから訊けない…と」
「そうだ」
「なるほど」
そういうことなら少しくらいは話してもいいと言って、闇医者はロキについて教えてくれる。
「そうですね…まず、あの人がいつから無能なんて呼ばれ始めたか、そこからいきましょうか」
ロキが無能と呼ばれ始めたのはいつかわかるかと聞かれて、俺は正直に知らないと答えた。
気づけばずっとロキはそう呼ばれていたから、いつから何がきっかけで呼ばれ始めたかなんて知るはずがない。
でも聞かされた事実に俺は愕然となってしまった。
「そう呼ばれ始めたのは、貴方が6才、ロキ陛下が5才の頃です」
ロキと俺は年が2才…と言うより1才半離れているから、俺が6才なら多分ロキが5才になったばかりくらいの話なのだろう。
「その頃の貴方はなんでもすぐにできるようになるとても利発な子供で、周囲からとても愛されていました。ロキ陛下も幼いながらに憧れていたそうです」
そんな幼い頃からそんな目で見てくれていたのかと、ちょっと嬉しい気持ちになった。
「最初は食事のマナー…でしたか。食事の席で貴方が上手にナイフとフォークを使って食べていて、それを褒められた時にこう言ったのだそうです。『これくらい簡単だ。一年前でもちゃんと教わったらできたと思う!』。どうだ凄いだろうと得意満面に子供らしい無邪気さで言っただけだということくらい普通はわかりますよね?ですがその時の周囲はそれを間に受けたのか、ふとロキ陛下の皿へと目をやったのですよ」
「え……」
「その日のディナーは白身魚の柔らかなソテー。ロキ陛下の皿にあったのは上手くナイフとフォークが使えなかったせいでグチャグチャになってしまっていた魚…」
もうわかりますよね?と言われて蒼白になった。
「貴方にはできるのに、この子はダメだという目が向けられてしまったんです」
その後もロキは俺を追いかけるように色々学ばされたけど、幼い内の一年半の差は当然そう簡単に埋まるはずもなく、何故か当時の俺と比べられ続けたらしい。
「そこからは悪循環。できないなら睡眠時間を削ってでもやれと言われて、そのせいで頭は常に寝不足でフラフラ状態。当然教えられることは半分も頭に入りません。するとこれくらいのこともできないのかと教師達による体罰が始まり、痛みから益々そちらに気を取られて覚えられなくなっていき、あっという間に無能と呼ばれる子供が出来上がりました」
どこにも味方がおらず、苦痛ばかり与えられる日々。
だから10才頃にはもう取り返しがつかないほどロキは壊れていたのだと闇医者は言った。
恐らくロキが最初の教育係と認識している教師の前にも誰かしらいたはずだが、詳細にその辺りを聞こうとするとケタケタ狂ったように笑いだすから、最低限の聞き取りだけで諦めたのだとか。
そこからはカウンセリングを行い、裏稼業のみんなで色々生きていく術を教え、安易に死を選ばないよう見守ってくれていたらしい。
「出会ってからどれくらい経った頃でしょうか。ある日あの人は『自分みたいな者でも買ってくれる娼館というところがあるらしいけど、そこで臓器が売れるのか?』と聞いてきました。みんな最初は笑い飛ばしましたけど、あの人が心底本気で尋ねていることに気づいた時はゾッとしたらしいです。私も驚きました」
その言葉だけで俺はロキにつけられた教師がロキに碌でもない対応をしているのを察することができた。
さっきからずっと動悸が治りそうにない。
「詳しく聞くと『能無しでも身売りができる場所だ。陛下に捨てられたら行ってみろ。手っ取り早く稼げるし、お前に似合いの場所だ』と嘲笑われたそうです」
「そんなこと……」
俺は知らなかった。
「他にも『無能でも媚びれば変態親父に可愛がってもらえるかもな』と言っていた騎士なんかもいたらしく、当時はみんな怒り心頭でしたね。どこかの変態貴族にでも売り飛ばす気かと」
だからこそそれを聞いた時点で彼らは『分からなくてもいいから絶対覚えとけ』と言って、ロキに色々教えたらしい。
子供好きな変態はどこにでもいるから、ペニスを触られたり尻穴に指を入れられそうになったら逃げろとか、キスもよく知りもしない奴にされたら要注意だとか、押し倒されたら急所を狙えとかそういった性的被害に合わないためのあれこれだ。
その時に大人の玩具についても一通り教えたらしい。
子供だからこそ『玩具』という言葉に安心して危ない目にあってしまうかもしれないと危惧してのこと。
全く知らないよりは知っていた方が安全だ。
他にも逃亡の仕方なども事細かに教えてくれたらしい。
「まあ実際の性経験は王族だしどうせちゃんと教育されるだろうと敢えて教えなかったんですがね……」
15才を迎えた頃、そっちも結局適当なことを教えられて、実践もなく終わってしまったらしい。
「期待外れもいいところです。だから結局そっちの知識も我々の仲間が教えたんですよ」
その話はロキからも少しだけ聞いたことがある。
確かレンバーとか言う男が教えてくれたと言っていた気がする。
でもまさか女性と未経験だったなんて思いもよらなかった。
「……最悪だ」
あり得ない。
本気でそう思った。
それはもうそんな状況だったなら、女性パートのダンスとは言えきっちり教えてくれたダンス教師はまだ無害に思えただろう。
どうして自分は気づいてやれなかったのだろう?
思い返せば小さな頃は泣きそうな顔でこちらを見ていたこともあった気がする。
もしかしたら俺なら助けてくれるかもと期待した日もあったのかもしれない。
そんなロキをどうして俺は平気で蔑めたのだろう?
酷い言葉を投げつけてしまったんだろう?
憎かったはずだ。
少なくとも俺とこんな関係になる前は完全に嫌っていたと思う。
当時は単純に皆に期待される俺に嫉妬しているだけだろうと思っていたけど、実際はそんな薄っぺらいものではなかったのだ。
そんな俺をロキが今こんなに愛してくれているのは本当に奇跡だと思った。
裏稼業の男達が俺を受け入れられないのは最もだし、寧ろ俺を受け入れてくれたロキの方がおかしいだろう。
「カリン陛下。過去を嘆く必要はありませんよ」
「…え?」
「過ぎたことは仕方がありません。そんなことより、今のあの人はとっても幸せそうでしょう?」
特に結婚以降ロキは良いように変わってきていると闇医者は言った。
だから裏稼業の男達は俺をある程度認めざるを得ないのだと言う。
「自分達が守ってきたあの人を貴方に任せるのは本当に業腹ではあったんですが、逆に貴方しかあの人を幸せにできないのならそれはそれで仕方ないと納得したんです」
ただ、これでロキを壊したり捨てたり殺したりしたら即殺し屋が自主的にやってくるぞと言われてしまった。
「なんだかんだと皆あの人のことを気に入ってますからね」
「…………ロキはお前達に愛情をもらっていたんだな」
「愛情と言うよりはほとんど単なる押しつけのお節介ですけど」
壊れすぎててどうにも皆放っておけなくてと闇医者が笑う。
それでもそれにロキが助けられていたのは明白だ。
「礼を言わせてほしい。ロキを助けてくれて、本当に感謝している。ありがとう」
昔の俺だったら多分貴族でもない相手にこんなに深々と頭なんて下げなかったと思う。
でも、ロキを助けてくれた相手に敬意を払わないのも礼を言わないのも違うと思った。
心からの感謝を表したかったのだ。
すると闇医者から『貴方も変わりましたね』と言われた。
「随分丸くなりました」
「……それは良いように取っても構わないのか?」
「もちろんです。そうでなくてはあの人を任せようなんて思いませんから」
そして最後にロキのことは頼むと言って帰っていった。
ロキの過去はとても信じられないほど苦しいものだったけど、責任の一端が自分にあることは変わらない。
ちゃんとこの手でロキを幸せにしてやりたい。
改めて強くそう思った。
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