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107.ブルーグレイ再訪⑱ Side.カリン
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ブルーグレイを出立し、宿で二人きりになってから俺はロキに思い切って聞いてみた。
結局今日一日を一緒に過ごして、いつまでも後回しにするより早いうちに対処した方がいいと感じたからだ。
休憩時にリヒターに接するロキの表情はこれまでと何も変わらなかったのに、俺に向ける表情は前までと少し変わっていた。
どこがどう違うとは言い難いけど、なんだか一線引かれたような、そんな感じだったのだ。
気にならない方がおかしい。
「ロキ。正直に言ってほしい。お前は俺が信じられないか?」
この間まで信じてると言ってくれていたのにと思いながら聞いてみたら、何も気にしなくていいと言われた。
「兄上は兄上らしくいてください」
ニコッと笑いながら言っているのに、そこにあるのはやっぱり明確な線引きだった。
ロキからの変わらぬ愛情は感じるのに、俺からの愛情は返ってこなくても仕方ないというような…そんな空気を感じる。
諦めでもなく、突き放した感じでもない。
ただありのままを受け入れているように思えるのに、ロキが凄く遠く感じられた。
(嫌だ…)
こんなロキは嫌だった。
もっと盲目的なまでに俺だけに依存していたじゃないか。
どうして?
何が悪かった?
セドリック王子のせいか?
あの王子のせいでロキは変わってしまった?
(どうして…!)
誰かを自分の色に染めたいなんてこれまで思ったことはなかったし、そんな事をしなくてもロキは俺色に染まってた。
(ブルーグレイになんて送りだすんじゃなかった)
そもそもそこから間違っていたんだ。
「お前をブルーグレイに送り出さなければよかった」
そうしたらロキはずっと俺だけを見て、俺だけを盲目的に愛し続けてくれたはずだ。
「兄上?」
「俺が…お前の信頼を取り戻すにはどうしたらいい?何が悪かった?何がお前をそうさせた?俺に…何かできることはないのか?!」
そうやって叫ぶように問うと、ロキはどこか困ったように笑って俺に席を勧めてきた。
「取り敢えず座りましょうか」
そう言われてソファに座り、勧められたお茶に口をつけたところでロキが静かに口を開く。
「昨日も少し話しましたけど、ちょっと色々重なって勝手にグルグル一人で悩んでいただけなんです」
そんな中セドリック王子がああ言ってくれたことでロキ的に『まあいいか』と割り切れるようになったらしい。
「俺は俺、兄上は兄上ってちゃんと思えるようになったので、兄上はこれまで通り気にせずいてください」
あくまでも自分の問題だったからとスッキリした顔でロキはそう言うけど、俺は逆に不安しか残らないのだが?
そもそもその役割は本来俺の役割だったのではと思えて仕方がなかった。
やっぱり放置した自分に全て責任があるのだろうか?
これでは後手に回り過ぎて取り返しがつかないではないか。
「それより俺も聞きそびれていたことがあったんです。兄上の方こそ昨日から俺に負けず劣らず結構情緒不安定になってますよね?昨日レオと何かありましたか?」
「レオナルド皇子と?別に何もないが?」
「そうですか」
何が『そうですか』なんだろう?
これまでは全く気にしたことはなかったが、よく見たらちょっと寂しそう?いや違うな。しょんぼりしてる?
まるで『自分なんかに言ってくれるはずがないか』とでも思ってそうな…そんな表情に見えなくもない。
(気のせい…か?)
今は細かいことまで全部すれ違いに繋がってそうで気になって仕方がない。
こんな話をしてきた時点でまた何か誤解されている気がしてならないんだが、大丈夫だろうか?
(ここは聞くべきか?)
多分いつもこういう時に聞き流すからダメなんだと思う。
ロキからの信用がなくなりつつある今、念には念を入れた方がいい気がする。
(よし!聞こう)
そう思ってロキに聞いてみると、脱力するような答えが返ってきた。
「いえ、俺の処女の件でレオと話してたんでしょう?」
「話してないぞ?!」
どうしてそんな考えになったのかさっぱりわからない。
「ロキ?何が原因でそう思ったんだ?」
「ええと…いらないって言った翌日にいきなり貰うって言われたからですね」
どうやら唐突過ぎたせいで勘違いが発生してしまったらしい。
思わず『聞けば良かったのに』と言ったら『言ってくれれば良かったのに』と返された。
似た者同士かと思わずツッコミを入れてしまう。
変なところで本当に兄弟そっくりだと痛感してしまい、すれ違いの要因はこれが大きいのではないかというのが嫌でもわかってしまった。
(このままじゃダメだ)
「よしわかった。一旦落ち着こう」
こういう時は落ち着いて情報を整理するのが一番だ。
このままじゃ埒があかない。
きっと俺がロキに振り回されているからダメなんだ。
それと、一方的にロキの話だけ聞いていてもダメなんだと思う。
ここはやはり俺の気持ちも伝えながらロキとちゃんと話し合おう。
そう思いながら今度こそ間違えないよう深呼吸をした。
「ロキ」
「はい?」
「まず間違いなく言えることがある」
「はい」
「お前が俺しか好きになれないのと同じくらい、俺はお前を想ってる」
ここだけは忘れるなと言っておく。
これさえ信じてもらえなければ俺達の関係が成り立たなくなってしまう。
「だから俺はこれから先、絶対にお前とは離縁しない」
ここまできっぱり言い切れば信じてもらえるはず。
そう思ったけど、ロキの目が何故か揺れた。
「絶対…ですか」
その反応にロキ的に離縁の可能性があるのかと責めたい気持ちが湧いたが、いや待てと思い直す。
ロキに対してこれまで散々思い込みで失敗してきたのだ。
ここはちゃんと確認だ。
絶対に一方的に責めてはいけない。
ロキは俺の事が凄く好きだ。
これは自惚れでもなんでもない事実だ。
だからロキから離縁を言い出すのはまずない。
それについては昨日も言っていたし間違いない。
だからロキがこんな顔をするのは俺のせいに違いない。
それを踏まえた上で今のロキの言葉から考えると……。
「ロキ。もしかして俺の『絶対』が信じられないのか?」
「いえ…」
「ちゃんと言ってほしい」
そう促すとロキは渋々ではあったが、昔俺が言った言葉を思い出して俺の言う『絶対』は絶対ではないとわかっているからと言ってきた。
まあその時の絶対が反故になって今の自分達があるからいいのだけど、それ故に俺の絶対という言葉は信じられないとロキから言われてしまった。
(信頼度がゼロじゃないか!過去の自分を殴りたい)
そりゃあ裏稼業の男達に過去のツケはちゃんと払えと言われるはずだ。
「わかった。じゃあお前に信じてもらえるよう誠意を見せる。俺がお前だけだともっともっと態度で示すから、少しずつでもわかってほしい」
「兄上」
ここでやっとロキの目に少しだけ信頼と言うか仄かな期待の光が戻ってきてくれた気がする。
良かった。
初心は大事だ。
ここは一歩ずつ行こう。
「ロキ、俺の『愛してる』は信じられるか?」
それに対しては素直に頷いてもらえてホッとする。
これはこれまでの積み重ねでちゃんと信じてもらえるらしい。
「それなら良かった」
けれどそれも束の間。
油断も隙もあったものじゃないのがロキだ。
「兄上…。兄上がずっと俺を好きで居てくれなくても、俺だけはずっと好きで居てもいいですか?」
どこか切なげに言われて固まってしまった。
(もしかして『ずっと』もか?!)
いや待て。これも要確認だ。
「ロキ…もしかして『ずっと』も信じてもらえない…のか?」
「そう言うわけじゃ…」
あからさまに落ち込んでるのにそれはない。
そう思ってなんとか頑張って聞き出したら、一昨日の自分がやらかしていたことが判明した。
『ずっと好きでいてくれるでしょう?』と聞かれて返事もせず難しい顔をしてたらそりゃあ誤解されてもしょうがないだろう。
でも自分なりにあの時は嬉しかったし、返事をしたつもりになっていたんだ。
まさか返事をしてなかったなんて思ってなかった。
そんな状況なのにその翌日にあんな風に貞操観念云々を持ち出してロキに追い討ちをかけてどうする俺…!
ただでさえ国を捨てると言い切っていたほどおかしかったロキに言ったのが間違いだった。
挙句に約束を反故にして放置した上、暴走して処女を勢いで奪うなんて鬼畜もいいところだ。
それこそ信頼度もなくなって心を叩き折られても仕方がない。
離れていかれなかったのは奇跡じゃないだろうか?
「ロキ、俺が悪かった」
なんだか凄くロキに申し訳なくて、俺は正直に昨日の心情を話しておいた。
主に後悔したことを。
ロキと二人で過ごす予定を安易に反故してしまったこと。
アルフレッドとの鍛錬を優先させてロキを放置してしまったこと。
ロキの話を聞いた後では本当に悪手としか言いようがないなと反省しきりだ。
俺は一体何をやっているんだろう?
こうやって落ち着いて考えたら馬鹿としか言いようがない。
「お前を放置したくせに勝手にセドリック王子に嫉妬して暴走してしまったんだ。どうしてもお前を誰かに奪われたくなくて、あんな風に勢いで処女を奪ってしまって本当にすまなかった」
ちゃんと頭を下げて真摯に謝罪すると、ロキは慌てたようにそこまでしなくていいと言ってきた。
でもその姿にちゃんと伝わったと思えて俺的には満足することができたと思う。
またサラリと流されるよりはずっといい。
「兄上…今日は優しく抱いていいですか?」
「許してくれるのか?」
「ええ。俺も勝手に兄上を疑ってすみませんでした」
仲直りをさせてほしい────。
そう言ってロキは甘えるようにキスをしてきて、俺も同じようにキスを返した。
(そうだ。今の俺達にはこれがあった)
気持ちを伝え合う優しい交わり。
お互いの愛情を伝え合えるこれは今の自分達にぴったりと言えた。
その後ベッドで心も体も満たされて凄く幸せだと思って寄り添っていたら、不意にロキがポツリと言葉をこぼしてきた。
「兄上。その…理由は兎も角として、俺を抱いたこと自体は後悔していませんか?」
心を折るようなことを言ってしまって本当に嫌われても仕方がなかったし、凄く反省しているのだとロキは心底申し訳なさそうに言ってくる。
それもロキなりにあの時の状況をよくわからないなりに何とか理解しようとして、新手のプレイかなと受け入れたものの結局勘違いだったから出てしまった言葉らしい。
これも理由も話さず襲いかかった俺が悪い。
悪いからこそここで黙るのは違うなと思った。
「ロキ。あんな形で初めてを奪って悪かった」
今思えば雰囲気も何もあったものじゃない。
ロキが感じなくてもしょうがないシチュエーションで、最初から満足させてやれるはずがなかったのだ。
でもそれを口にするとロキは単に向き不向きの問題だと思うと返してきた。
ロキなりに自分の性癖がおかしいと言う自覚はあるらしく、何かしらのプレイでなければ早々乱れなかったのではないかと言ってくる。
言われてみれば前日の監禁プレイの方が感じていたような気がしないでもない。
「わかった。じゃあ帰ったら仕切り直させてほしい」
「え?」
「もう処女じゃないのにみたいな顔だが、そうだな、お前の価値観に合わせて言い直そう。お前が満足した時が俺達の『初めて』だ」
これでどうだと言ってやったら何故か物凄く笑われてしまった。
俺でもそんなこと言うんだと言われたけど、別にいいじゃないか。
「ロキは普通の枠に収まるのが好きじゃないし、いいだろう?」
ロキの好きなプレイでやろうと言ってやったら凄く嬉しそうにしながら抱きついてきて、俺が大好きと言わんばかりに沢山キスしてきて、もう一度いいですかと言ってきて、頷いたらそのまま滅茶苦茶愛された。
そこにはちゃんと前と変わらぬ姿があって、安堵から涙が出そうになった。
蟠りはちゃんと解けたし、これからはこうしてちゃんと自分でロキに向き合おう。
ロキの伴侶は俺なんだから、俺がしっかりしておくべきだった。
どこか恋人感覚の延長線上に考えていたのがきっとダメだったんだろう。
リヒターに頼ればなんとかなると言う甘い考えはもう捨てよう。
俺の信頼度が下がってリヒターの信頼度が上がるだけだし、どうしてそこに気づかなかったのか…。
(せめてセドリック王子には負けないぞ!)
そう心を奮い立たせたところで、いつの間にか俺の中でセドリック王子への怯えが消えたような気がする。
こうして何だかんだと俺にとっては成長の小旅行になったのだった。
****************
※ロキ的にカリンが不器用ながら一生懸命自分に向き合おうとしてくれているのが凄く伝わってきて、かなり心揺さぶられた感じです。
いつも何かあったらリヒター任せだったのに…と実は凄く感動していました。
結局今日一日を一緒に過ごして、いつまでも後回しにするより早いうちに対処した方がいいと感じたからだ。
休憩時にリヒターに接するロキの表情はこれまでと何も変わらなかったのに、俺に向ける表情は前までと少し変わっていた。
どこがどう違うとは言い難いけど、なんだか一線引かれたような、そんな感じだったのだ。
気にならない方がおかしい。
「ロキ。正直に言ってほしい。お前は俺が信じられないか?」
この間まで信じてると言ってくれていたのにと思いながら聞いてみたら、何も気にしなくていいと言われた。
「兄上は兄上らしくいてください」
ニコッと笑いながら言っているのに、そこにあるのはやっぱり明確な線引きだった。
ロキからの変わらぬ愛情は感じるのに、俺からの愛情は返ってこなくても仕方ないというような…そんな空気を感じる。
諦めでもなく、突き放した感じでもない。
ただありのままを受け入れているように思えるのに、ロキが凄く遠く感じられた。
(嫌だ…)
こんなロキは嫌だった。
もっと盲目的なまでに俺だけに依存していたじゃないか。
どうして?
何が悪かった?
セドリック王子のせいか?
あの王子のせいでロキは変わってしまった?
(どうして…!)
誰かを自分の色に染めたいなんてこれまで思ったことはなかったし、そんな事をしなくてもロキは俺色に染まってた。
(ブルーグレイになんて送りだすんじゃなかった)
そもそもそこから間違っていたんだ。
「お前をブルーグレイに送り出さなければよかった」
そうしたらロキはずっと俺だけを見て、俺だけを盲目的に愛し続けてくれたはずだ。
「兄上?」
「俺が…お前の信頼を取り戻すにはどうしたらいい?何が悪かった?何がお前をそうさせた?俺に…何かできることはないのか?!」
そうやって叫ぶように問うと、ロキはどこか困ったように笑って俺に席を勧めてきた。
「取り敢えず座りましょうか」
そう言われてソファに座り、勧められたお茶に口をつけたところでロキが静かに口を開く。
「昨日も少し話しましたけど、ちょっと色々重なって勝手にグルグル一人で悩んでいただけなんです」
そんな中セドリック王子がああ言ってくれたことでロキ的に『まあいいか』と割り切れるようになったらしい。
「俺は俺、兄上は兄上ってちゃんと思えるようになったので、兄上はこれまで通り気にせずいてください」
あくまでも自分の問題だったからとスッキリした顔でロキはそう言うけど、俺は逆に不安しか残らないのだが?
そもそもその役割は本来俺の役割だったのではと思えて仕方がなかった。
やっぱり放置した自分に全て責任があるのだろうか?
これでは後手に回り過ぎて取り返しがつかないではないか。
「それより俺も聞きそびれていたことがあったんです。兄上の方こそ昨日から俺に負けず劣らず結構情緒不安定になってますよね?昨日レオと何かありましたか?」
「レオナルド皇子と?別に何もないが?」
「そうですか」
何が『そうですか』なんだろう?
これまでは全く気にしたことはなかったが、よく見たらちょっと寂しそう?いや違うな。しょんぼりしてる?
まるで『自分なんかに言ってくれるはずがないか』とでも思ってそうな…そんな表情に見えなくもない。
(気のせい…か?)
今は細かいことまで全部すれ違いに繋がってそうで気になって仕方がない。
こんな話をしてきた時点でまた何か誤解されている気がしてならないんだが、大丈夫だろうか?
(ここは聞くべきか?)
多分いつもこういう時に聞き流すからダメなんだと思う。
ロキからの信用がなくなりつつある今、念には念を入れた方がいい気がする。
(よし!聞こう)
そう思ってロキに聞いてみると、脱力するような答えが返ってきた。
「いえ、俺の処女の件でレオと話してたんでしょう?」
「話してないぞ?!」
どうしてそんな考えになったのかさっぱりわからない。
「ロキ?何が原因でそう思ったんだ?」
「ええと…いらないって言った翌日にいきなり貰うって言われたからですね」
どうやら唐突過ぎたせいで勘違いが発生してしまったらしい。
思わず『聞けば良かったのに』と言ったら『言ってくれれば良かったのに』と返された。
似た者同士かと思わずツッコミを入れてしまう。
変なところで本当に兄弟そっくりだと痛感してしまい、すれ違いの要因はこれが大きいのではないかというのが嫌でもわかってしまった。
(このままじゃダメだ)
「よしわかった。一旦落ち着こう」
こういう時は落ち着いて情報を整理するのが一番だ。
このままじゃ埒があかない。
きっと俺がロキに振り回されているからダメなんだ。
それと、一方的にロキの話だけ聞いていてもダメなんだと思う。
ここはやはり俺の気持ちも伝えながらロキとちゃんと話し合おう。
そう思いながら今度こそ間違えないよう深呼吸をした。
「ロキ」
「はい?」
「まず間違いなく言えることがある」
「はい」
「お前が俺しか好きになれないのと同じくらい、俺はお前を想ってる」
ここだけは忘れるなと言っておく。
これさえ信じてもらえなければ俺達の関係が成り立たなくなってしまう。
「だから俺はこれから先、絶対にお前とは離縁しない」
ここまできっぱり言い切れば信じてもらえるはず。
そう思ったけど、ロキの目が何故か揺れた。
「絶対…ですか」
その反応にロキ的に離縁の可能性があるのかと責めたい気持ちが湧いたが、いや待てと思い直す。
ロキに対してこれまで散々思い込みで失敗してきたのだ。
ここはちゃんと確認だ。
絶対に一方的に責めてはいけない。
ロキは俺の事が凄く好きだ。
これは自惚れでもなんでもない事実だ。
だからロキから離縁を言い出すのはまずない。
それについては昨日も言っていたし間違いない。
だからロキがこんな顔をするのは俺のせいに違いない。
それを踏まえた上で今のロキの言葉から考えると……。
「ロキ。もしかして俺の『絶対』が信じられないのか?」
「いえ…」
「ちゃんと言ってほしい」
そう促すとロキは渋々ではあったが、昔俺が言った言葉を思い出して俺の言う『絶対』は絶対ではないとわかっているからと言ってきた。
まあその時の絶対が反故になって今の自分達があるからいいのだけど、それ故に俺の絶対という言葉は信じられないとロキから言われてしまった。
(信頼度がゼロじゃないか!過去の自分を殴りたい)
そりゃあ裏稼業の男達に過去のツケはちゃんと払えと言われるはずだ。
「わかった。じゃあお前に信じてもらえるよう誠意を見せる。俺がお前だけだともっともっと態度で示すから、少しずつでもわかってほしい」
「兄上」
ここでやっとロキの目に少しだけ信頼と言うか仄かな期待の光が戻ってきてくれた気がする。
良かった。
初心は大事だ。
ここは一歩ずつ行こう。
「ロキ、俺の『愛してる』は信じられるか?」
それに対しては素直に頷いてもらえてホッとする。
これはこれまでの積み重ねでちゃんと信じてもらえるらしい。
「それなら良かった」
けれどそれも束の間。
油断も隙もあったものじゃないのがロキだ。
「兄上…。兄上がずっと俺を好きで居てくれなくても、俺だけはずっと好きで居てもいいですか?」
どこか切なげに言われて固まってしまった。
(もしかして『ずっと』もか?!)
いや待て。これも要確認だ。
「ロキ…もしかして『ずっと』も信じてもらえない…のか?」
「そう言うわけじゃ…」
あからさまに落ち込んでるのにそれはない。
そう思ってなんとか頑張って聞き出したら、一昨日の自分がやらかしていたことが判明した。
『ずっと好きでいてくれるでしょう?』と聞かれて返事もせず難しい顔をしてたらそりゃあ誤解されてもしょうがないだろう。
でも自分なりにあの時は嬉しかったし、返事をしたつもりになっていたんだ。
まさか返事をしてなかったなんて思ってなかった。
そんな状況なのにその翌日にあんな風に貞操観念云々を持ち出してロキに追い討ちをかけてどうする俺…!
ただでさえ国を捨てると言い切っていたほどおかしかったロキに言ったのが間違いだった。
挙句に約束を反故にして放置した上、暴走して処女を勢いで奪うなんて鬼畜もいいところだ。
それこそ信頼度もなくなって心を叩き折られても仕方がない。
離れていかれなかったのは奇跡じゃないだろうか?
「ロキ、俺が悪かった」
なんだか凄くロキに申し訳なくて、俺は正直に昨日の心情を話しておいた。
主に後悔したことを。
ロキと二人で過ごす予定を安易に反故してしまったこと。
アルフレッドとの鍛錬を優先させてロキを放置してしまったこと。
ロキの話を聞いた後では本当に悪手としか言いようがないなと反省しきりだ。
俺は一体何をやっているんだろう?
こうやって落ち着いて考えたら馬鹿としか言いようがない。
「お前を放置したくせに勝手にセドリック王子に嫉妬して暴走してしまったんだ。どうしてもお前を誰かに奪われたくなくて、あんな風に勢いで処女を奪ってしまって本当にすまなかった」
ちゃんと頭を下げて真摯に謝罪すると、ロキは慌てたようにそこまでしなくていいと言ってきた。
でもその姿にちゃんと伝わったと思えて俺的には満足することができたと思う。
またサラリと流されるよりはずっといい。
「兄上…今日は優しく抱いていいですか?」
「許してくれるのか?」
「ええ。俺も勝手に兄上を疑ってすみませんでした」
仲直りをさせてほしい────。
そう言ってロキは甘えるようにキスをしてきて、俺も同じようにキスを返した。
(そうだ。今の俺達にはこれがあった)
気持ちを伝え合う優しい交わり。
お互いの愛情を伝え合えるこれは今の自分達にぴったりと言えた。
その後ベッドで心も体も満たされて凄く幸せだと思って寄り添っていたら、不意にロキがポツリと言葉をこぼしてきた。
「兄上。その…理由は兎も角として、俺を抱いたこと自体は後悔していませんか?」
心を折るようなことを言ってしまって本当に嫌われても仕方がなかったし、凄く反省しているのだとロキは心底申し訳なさそうに言ってくる。
それもロキなりにあの時の状況をよくわからないなりに何とか理解しようとして、新手のプレイかなと受け入れたものの結局勘違いだったから出てしまった言葉らしい。
これも理由も話さず襲いかかった俺が悪い。
悪いからこそここで黙るのは違うなと思った。
「ロキ。あんな形で初めてを奪って悪かった」
今思えば雰囲気も何もあったものじゃない。
ロキが感じなくてもしょうがないシチュエーションで、最初から満足させてやれるはずがなかったのだ。
でもそれを口にするとロキは単に向き不向きの問題だと思うと返してきた。
ロキなりに自分の性癖がおかしいと言う自覚はあるらしく、何かしらのプレイでなければ早々乱れなかったのではないかと言ってくる。
言われてみれば前日の監禁プレイの方が感じていたような気がしないでもない。
「わかった。じゃあ帰ったら仕切り直させてほしい」
「え?」
「もう処女じゃないのにみたいな顔だが、そうだな、お前の価値観に合わせて言い直そう。お前が満足した時が俺達の『初めて』だ」
これでどうだと言ってやったら何故か物凄く笑われてしまった。
俺でもそんなこと言うんだと言われたけど、別にいいじゃないか。
「ロキは普通の枠に収まるのが好きじゃないし、いいだろう?」
ロキの好きなプレイでやろうと言ってやったら凄く嬉しそうにしながら抱きついてきて、俺が大好きと言わんばかりに沢山キスしてきて、もう一度いいですかと言ってきて、頷いたらそのまま滅茶苦茶愛された。
そこにはちゃんと前と変わらぬ姿があって、安堵から涙が出そうになった。
蟠りはちゃんと解けたし、これからはこうしてちゃんと自分でロキに向き合おう。
ロキの伴侶は俺なんだから、俺がしっかりしておくべきだった。
どこか恋人感覚の延長線上に考えていたのがきっとダメだったんだろう。
リヒターに頼ればなんとかなると言う甘い考えはもう捨てよう。
俺の信頼度が下がってリヒターの信頼度が上がるだけだし、どうしてそこに気づかなかったのか…。
(せめてセドリック王子には負けないぞ!)
そう心を奮い立たせたところで、いつの間にか俺の中でセドリック王子への怯えが消えたような気がする。
こうして何だかんだと俺にとっては成長の小旅行になったのだった。
****************
※ロキ的にカリンが不器用ながら一生懸命自分に向き合おうとしてくれているのが凄く伝わってきて、かなり心揺さぶられた感じです。
いつも何かあったらリヒター任せだったのに…と実は凄く感動していました。
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