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103.ブルーグレイ再訪⑭ Side.カリン

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ロキがまたマイナス方向に暴走した。
国を捨てるとかあまりにあっさり言い出したからそっちに気を取られて気づくのが遅れた。
もしかして昨日の浮気云々の話もちょっと引きずっていたのかもしれない。
不安定な時に俺があれこれ言い過ぎたからいっぱいいっぱいになったんだと思う。

ロキは別に強いわけじゃない。
傷つかないように隠してるだけだ。
普段は穏やかにしているから傍に居ないと気づかないし、基準が色々ズレているせいでたまにおかしなことをしでかすからよく知らない相手からはトータルでただ壊れているだけに見えるかもしれないけど、すごく繊細な面があるんだ。

今回リヒターが引き止めていなかったら俺はまた知らずにロキとの間に溝を作ってしまうところだった。
しかも強めに俺の方に引き寄せていなかったらふらふらリヒターに行きそうだったし、油断も隙もあったものではない。
弱っている時のロキは要注意だ。
俺が沢山甘やかしてやらないと。

「ロキ…」

一昨日の俺と同じくらい沢山甘えてくれるロキが可愛い。
もうずっとイチャイチャしていたい。そんな気分。

ちなみに裏稼業の三人からは全く笑ってない目で、昔のツケはきっちり払えと言われた。
人払いしていたはずだが、きっと盗み聞きでもしていたのだろう。
職業柄大人しくしていたとは思えない。
彼らはどこまでもロキの味方のようだし、まあこれは言われても仕方がないなと思えた。
意図せず追い詰めた俺が悪い。

「ほらロキ。昨日の監禁プレイの時は食べさせてやってないだろう?替わりに今食べさせてやる」
「え?」
「して欲しいって言ってただろう?」

そう言ってやると凄く嬉しそうに頷いて口を開けてくる。可愛い。

「兄上もどうぞ」

そんな言葉に俺も甘えて菓子を食べさせてもらう。
リヒターが俺達は似た者兄弟だと微笑ましげに言ってきたが、確かにと思った。
俺もロキも好きな相手に甘えたいところは似ているかもしれない。

そうして暫くのんびり過ごしていると昼になったので食堂へと向かうことにした。
なんだかんだとセドリック王子は毎日ロキに時間を取ってくれているらしい。
いくら国賓とは言えあの冷酷王子がと驚きを隠せない。
それこそ俺の時のように姫に任せて放置してきてもおかしくはないと思ったのに。

「何故か皆俺とセドリック王子を友人扱いしているので、そのせいじゃないですか?」

ロキはそう言うけど、本当かと首を傾げたくなる。
あの王子がおとなしくそれを受け入れるとは思えないんだが────。




「ロキ陛下は今日もカリン陛下と仲睦まじいな」

昼食の席でヴィンセント陛下が俺達を見て微笑ましげに言ってくる。

「ありがとうございます、陛下。今回の滞在では色々お騒がせして申し訳ありません。明日朝には帰国しようと思いますので、もう暫くお目溢しください」
「気にすることはない。セドリックもロキ陛下が来てから随分楽しそうだ。あれ程楽しげな顔で日々過ごしてくれて私も嬉しく思っている。これからも是非末永く仲良くしてやって欲しい」
「過分なお言葉ありがとうございます」

なんだかブルーグレイの国王からも随分気に入られたようだ。

「ロキ。今日はレオナルド皇子が鍛錬場に行くらしいがカリン陛下と一緒に来るか?」
「ロキ、カリン陛下!是非!」
「え?……兄上、どうします?」

今日はゆっくりしようと言っていたのにセドリック王子とレオナルド皇子からそう言われ、ロキは困ったように俺に聞いてきた。
どうもまだいつものロキらしくない気がする。
でもレオナルド皇子と一緒に鍛錬場に行くのは別に悪くはない提案だ。
身体を動かせばスッキリするし、ストレスだって解消できるだろう。
ロキだって前向きになれるかもしれない。
加えてあのセドリック王子からの提案を断る勇気は今の俺には流石になかった。
ロキが断らないならここは受ける一択だろうと考えて『折角の誘いだし、有り難く受けよう』とロキに言った。

「そう…ですか……」

けれどいつもと違うどこか寂し気な笑みにチラリと不安がよぎる。
失敗したかもと思ったが、最早後の祭りだ。

(取り敢えず様子を見つつ、後でリヒターに相談だな)

また暴走されては敵わないのでここは慎重に様子見だと思いながら俺は食事を終えた。


***


「カリン陛下!」

動きやすい服に着替えて鍛錬場に行くと、既にそこにはレオナルド皇子とアルフレッドの姿があって、にこやかに迎えられる。

「カリン陛下は剣は得意だったっけ?」
「まあそれなりに」
「そっか。じゃあ少し見てからちょっと打ち合いとかもしたいな」

アルフレッドからそう言われて俺は俄然やる気が出てきた。

準備運動をして割と本気で鍛錬に身を入れる。
セドリック王子は先に急ぎの仕事を片付けてから来るらしいので今ここには居ない。
だからこそ怯えることなくアルフレッドから直接剣を教えてもらえるという絶好のチャンス。
こんな機会に恵まれたこと自体が奇跡的なことだし、俺はレオナルド皇子と共にコツを教えてもらいながら剣を振っていた。

因みにロキはついていけないからと言って早々にこの輪からは抜けてしまっている。

言い訳をするならその後のロキのことはリヒターがいつものように見てくれていると思ってたんだ。
リヒターはフォローも上手いし任せても安心だと思い込んでいた。
まさかロキがリヒターをオーガストという騎士のところに行ってこいと言って送り出していたなんて気づいていなかったんだ。

だからこそ、休憩時に姿が見えない事に気づいて焦る羽目になった。

「ロキ!」

慌てて探すが剣を振っている者達の中には姿が見当たらない。
もしかしてどこかにフラッと一人で出掛けたんじゃないだろうか?
そんな考えが頭をよぎったところで────。

「あ────っ!」

一緒に探してくれていたレオナルド皇子がとある場所を指差して驚愕の声を上げ、一気にそちらへと駆け出した。
俺とアルフレッドは遅れてその光景を目にしたのだが…。

タオルに顔を埋めるロキ。
そんなロキに珍しく優しげに接して、まるで慰めるように抱き寄せたセドリック王子に俺は心臓が凍りつくかと思った。

(ロキ…泣いてる?)

それだけならセドリック王子に泣かされたんだろうと思えた。
でもあれは違う。
あれはどう見ても慰めてもらっているようにしか見えない。

「や、嫌だ!」

泣いているロキを他の男が慰める────それは俺にとっては大問題だった。
普段は天然を発揮して周囲を勝手に魅了しつつ誰も見ようとしないロキだが、弱っている時は別だ。
午前中のロキを思い返すだけで十分に不安は煽られていた。
きっと優しい言葉の一つでも掛けられればふらふらとその相手に好意を持ってしまうに違いない。

(どうしてリヒターがついてないんだ?!)

百歩譲ってリヒターがそれをしていたならまだいつものことだと思うことができた。
でも今日に限っては違っていて、それを周囲にいる裏稼業の奴らも温かく見守っているのが特にショックだった。
あり得ないほど好意的に見守られているその光景を目にして、ロキが俺から離れていきそうで、このまま取られてしまいそうで、嘗てないほどの危機感に襲われてしまったのかもしれない。
この時ばかりはセドリック王子への恐怖心なんて吹き飛ぶほど、それこそ必死になって取り返しに走っていた。

「ロキ!」

先に二人を引き剥がしてくれていたレオナルド皇子には感謝するが、俺は勢いよくロキの腕を引いて腕の中へと閉じ込め二人を睨みつける。
レオナルド皇子は驚いているが、同じく駆けつけたらしいアルフレッドに抱きつかれながらセドリック王子は不敵に笑っていた。

「ロキ。良かったな?」
「セドリック王子こそ」

二人はよくわからないやり取りをしているが、ロキの目は赤くなっているし、嘘泣きでなかったことは明らかだ。

「ロキ、何があった?セドリック王子に泣かされたのか?」

思わずそう聞いたら心外だと言うような目をセドリック王子から向けられたが、俺はロキに聞いているのだ。
邪魔はしないでほしい。

「……いえ。セドリック王子は俺の心を軽くしてくれただけなので」

そんな言葉にますます焦りを感じる。

「じゃあどうして泣いている?!」

誤魔化されないぞと強く問い質すけど、ロキの目はすっかり元通りの落ち着いたものへと変わっていて、それが余計に俺の中の焦りを煽った。
ロキの中でセドリック王子の存在が大きくなったようで、凄くそれが怖くてたまらない。
そんな俺達の横で同じくアルフレッドがセドリック王子を問い詰めている。

「お前、ロキ陛下を泣かしたのか?!」
「まあ泣かしたと言えば泣かしたな」
「何言ったんだ?!」
「別に?不甲斐ないそこの甲斐性なしの代わりに安心させてやっただけの話だが?」

そう言いながらセドリック王子が俺を馬鹿にしたように見てきて、鼻で笑われた。
情けない頼りにならない奴と言われプライドを激しく傷つけられる。
それ即ち俺の代わりにロキの憂いを晴らしてやったと言われたも同然だった。

「ロキ……」

悔しい、悔しい…!
そんな気持ちでいっぱいになる。
いつも側にいるリヒターだけじゃなく、たかが数日側にいただけのセドリック王子が俺よりもロキを理解していることが凄く悔しかった。
ロキがこれで俺以外の誰かを好きになったら目も当てられない。
もしロキが俺を必要としなくなってしまったら────。

(どうして俺はロキを放っておいたんだ…!)

離れるんじゃなかったと後悔が込み上げる。
きっとロキの中でセドリック王子の存在はかなり大きなものになってしまったはず。
元々好印象を抱いていたようだから猶更だろう。
これは早急になんとかしなければと心が激しく突き動かされる。

「ロキ、行くぞ」
「え?」
「いいから!」

誰にもやらない。
隙なんて与えたくない。
そんな思いに突き動かされるようにロキを部屋へと連れ帰って、俺はそのままロキを押し倒した。

「ロキ、もらうぞ?」
「何をですか?」
「お前の処女に決まってる!」

勢いでそう言った俺にロキはただ首を傾げていた。
その姿はまるでどうして襲われているのかわかりませんと言わんばかり。
普通に考えればロキがそうなるのも尤もだとわかったはずだが、この時の俺は頭に血が上っていてそんなことにさえ気づけなかった。
わからないならわからないで何か理由でも聞いてくれればいいのにとさえ思ってしまう程追い詰められた状態になっていて、はっきり言って自分のことでいっぱいいっぱいだったのだ。

そんな俺にロキが返した答えは酷くつれないもので────。

「はあ。どうぞ?」

その答えがまるでもう俺なんてどうでもいいように思われてしまったように思えて泣きたくなってしまった。
セドリック王子やリヒターのように察してやれない俺なんて、やっぱりもういらなくなってしまったんだろうか?

先程のセドリック王子の俺を馬鹿にするような顔がチラついて涙が込み上げてくる。

「ウッウッ…」
「兄上?」
「ロキ…ロキ……」

どう言えば伝わるんだろう?
泣くなら俺の傍で泣けと言ってやれば伝わるだろうか?
それとも気持ちが離れそうで怖いとまた縋ればいいのだろうか?
お前を誰にも取られたくない。
そう言ったらちゃんと大丈夫だと言ってくれるだろうか?
なんだかすれ違ってばかりのようで不安になる。
しかもそんな俺に紡がれる言葉はどこまでも俺を不安にさせるようなものばかり。

「兄上、無理しなくていいんですよ?誰かに何か言われたんですか?俺の処女が負担ならさっさと捨ててきますけど」
「……っ!誰にやる気だ?!」
「え?リヒターとか…?」
「とか?」

それ以外にいるのかと尋ねると、案の定聞きたくなかった相手の名がその口から飛び出してきた。

「う~ん…頼めばセドリック王子ならもらってくれそうですかね?」

そんなことを聞かされて、はいそうですかと譲れるはずがない。

(ロキ…嫌だ…!)

絶対に渡さない。
今俺がもらう!
そんな強い気持ちで俺は勢いよくロキの服を剥ぎ取った。


****************

※ツッコミどころ満載なカリンのダメ行動オンパレードでした。
次回はロキ視点になります。

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