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66.それぞれの対策

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【Side.カリン】

デビュタントのパーティーも終わり、翌日のシャイナーとの昼食会も無事に終わった。
けれどその場でまたあいつはそれとなく俺を煽ってきた。

「ロキ陛下、即位してから気の休まらないことも多いのでは?お互い新王同士親交を深める中で、今回のように困ったことがあればいくらでも頼ってほしい。それがあの時の償いにもなると思うし、気軽に声を掛けてくれ」

そう言いながらロキを熱っぽく見つめた後、こちらをさり気なくちらりと見てきたんだ。
その目はお前よりもロキに頼られてみせるとでも言わんばかりで、心底腹立たしくなった。

(ここから…ここから変えていく!)

あんな男に易々とロキを奪われてたまるか!

そうやって気合いを入れ、俺は情報局長であるカスターニュ侯爵の元へと足を運んだ。
王宮内にいるロキの犬と呼ばれる者達を実質管理しているのが彼だからだ。

「おお!これはカリン陛下。どうされました?」

そうやって迎え入れてくれた侯爵に促されながらソファへと腰掛け、今日ここに来たその目的を話す。

「カスターニュ侯爵。ロキの犬の忠誠度はどれくらいだ?」
「彼らの忠誠度ですか?それはもうご褒美がもらえるならいくらでもといった感じですが?」
「褒美とは?」
「はい。陛下達の致しているところを見たい者達ばかりなので、外でしてくれるならいくらでも」
「…………そ、そうか」

ちょっとハードルが高いが、まあ何とかなるだろう。

「そういうことなら話は早い。要するに皆、ロキにここに居てもらわなければ困るということだな?」
「ええ。もちろん。ロキ陛下のあの素晴らしい責め立てを見るのが皆大好きですから」
「そうか。では…ロキがアンシャンテに奪われないよう、なんとしてでもこの国に引き留めたい。力を貸してくれないか?」
「と言いますと?」
「実は…デビュタントのパーティーで令嬢達の態度を見たロキが────」

そうしてその時のロキの反応と、シャイナーへの好感度がガヴァムよりも高いということを説明し、このまま行けば上手く丸め込まれて連れ去られるのではないかと相談してみた。

「……それは由々しき事態ですな。あの至高の責め立てをむざむざ隣国に奪われてはなりませんぞ!」
「ああ…まあそうだな」

ちょっと意味合いが違うのだが。
俺が奪われたくないのはロキであって、責め立てでは……いやそれも大事だが、総じて奪われたくないのはロキなんだ。うん。

「それで我々の力を借りたいということですな。いいでしょう。全力でロキ陛下をこの国に居たいと思わせて見せます!」
「そうか。頼りにしているぞ」
「はい!お任せください!」

そうしてその後も何人か権力ある者達のところへ足を向けては相談し、力を貸してもらえるようお願いしていく。
それぞれ意味合いは若干ズレているように思えたが、概ね協力的な答えをもらうことができた。
もちろん一番身近な補佐官達にも通達済みだ。
協力は惜しまないと言ってくれたので、今のところロキが一人になる事もない。
それこそトイレに行く時も息抜きの休憩の時も、常に誰かと一緒だ。
護衛にはリヒターとマーシャルを専属としてつけたし、陰からはカーライルも守ってくれている。
それとロキには内緒にしているが常に俺の暗部も一人カーライルと一緒に行動させるよう手配も掛けた。
これなら万が一の時にでも連絡がすぐに俺に来るだろう。
その上で騎士達の配置も全部見直させて、隙がないよう警備にあたらせている。
最早穴などない完璧な布陣。
ロキを絶対に奪わせないという俺のこの思いが伝わるだろうか?
そうして日々を送っていたのだが……。

「はぁ…」

ある日仕事中にロキが大きな溜息を吐いた。

「どうかしたか?ロキ」
「いえ…」
「具合でも悪いとか?」
「……そうですね。ちょっと頭が痛いので今日は早めに下がってもいいですか?」
「そうか。ちょっと頑張り過ぎたのかもしれないな」

そうしてそっと頭を撫で、ゆっくり休めと言って部屋へと戻してやる。
傍にはリヒターもマーシャルもいるし大丈夫だろう。
そう思っていたのに、見事なまでに簡単に城を抜け出されたと後から知り、愕然としてしまう俺がいた。


***


【Side.リヒター】

「息苦しい…」
「…陛下」

ここ最近、カリン陛下が本気でロキ陛下を囲い始めた。
心配する気持ちはとてもよくわかるし、自分だってできればこの王宮にロキ陛下を閉じ込めてでも安心したい。
でもこの人の場合、そうすることは息苦しい檻の中に閉じ込められるようなものだ。
自分を苦しめ続けてきた王宮内で常に誰かを傍に置かれるこの状況は監視されているようなものだし、言ってみれば逆効果でしかない。

案の定、ここから出ていきたいと言わんばかりに溜息を吐き、小さく俺に声を掛けてきた。
正直声を掛けてくれて良かった。
上手に息抜きをさせてあげなければ潰れてしまう。
ここで俺が反対したらきっと一人で以前のように出掛けてしまうだろう。
それだけは絶対にダメだ。

「リヒター…」
「…ではお部屋で」
「助かる」

これで通じるからマーシャルにはバレないだろう。
そうして一度部屋へと戻り、マーシャルに無事に部屋まで送り届けたとカリン陛下に報告に行かせると共に、その部屋にある秘密通路への入り口を動かし中へと入った。
一口に秘密通路と言っても直接地下道に抜ける場所は少ない。
大体がこの秘密通路内を経由していく形になる。
ロキ陛下の許可を得て内部から調べてみると、王族の利用する部屋には大抵こういう抜け穴があるようだったので、ロキ陛下と改めて共有してみた。
これなら万が一襲撃があってもロキ陛下をしっかり守り、逃げ切ることができる。

「やけ酒でも飲みに行きますか?」

疲れているようだし、愚痴をこぼすなら闇医者の所よりも酒場だろうかと踏んでそう尋ねると、意外なことに公園に行ってみたいと言い出した。

「街歩きの時に思ったが、リヒターは街に詳しかっただろう?どこかゆっくりできそうな公園にでも連れて行ってくれないか?」
「公園ですか?……それなら折角ですし、おすすめの植物園にでも行ってみませんか?温室があって今の時期でもバラが見事に咲いているはずです」
「へぇ…」

それはいいなとロキ陛下が笑ってくれる。
それから地下道を歩きながらどうしてそんな事を言い出したのかを聞くことができた。

「セドリック王子達のデートを見て、俺も兄上を連れて出掛けてみたいなって思ったから、裏ルートの商品を扱ってる場所に一緒に出掛けてみたんだ」
「ロキ陛下らしいですね」
「ああ。その後部屋を借りて買った商品で楽しい時間を過ごしたんだが、酒場でみんなにそれはデートって言わないって言われて…」
「なるほど」
「リヒター。一般的にデートってどんな感じなんだ?」

ロキ陛下はこういう時、素直でとても微笑ましい。
裏稼業の者達が可愛がるのもよくわかる。

「そうですね。一言で言えば人それぞれです。貴族は女性に付き合って買い物を楽しんだり、劇を鑑賞したり、観光地を訪れてみたり、それこそオークションなんかに出掛けてみたり。街の人々は休みの日に公園や広場でのんびりお弁当を食べたり、ちょっとお洒落をしていつもより高い店で食事をしてみたり…そんな感じだと思います。これから行くバラの温室なんかも人気のデートスポットですよ」
「へぇ…」
「人によっては買い物に出掛けていい雰囲気になったからそのまま…という事もあるので、ロキ陛下がカリン陛下と楽しい時間を過ごせたならそれはそれでちゃんとデートになっていたはずです」
「そうか…」

そう言ってロキ陛下はちょっと嬉しそうに笑った。
こうして肯定された時のロキ陛下は年相応の可愛い顔をしてくるので、誰も知らない表情を見せてもらえたようでかなり嬉しい。

そうして大体この辺りかと方向と距離だけで場所を予想し足を止め、近くにあった出口から外に出た。

「陛下。お手をどうぞ」
「ああ、ありがとう」

どこに出ただろうかとキョロキョロと見回すと時計塔が遠くに見えたので、そこから現在位置を把握する。

「ああ、大体合ってましたね」

そして陛下を連れて目的地へと足を向けた。

「ちなみに陛下。もしこの先シャイナー陛下からデートの誘いを受けてもきちんと断ってくださいね?」
「え?」
「息抜きに街を案内してほしいとか、おすすめの場所を一緒に歩きたいとか、一緒に気晴らしに散策しようじゃないかとか、そういったものは全部ですからね?」
「…?それは断っても大丈夫なものなのか?」
「はい。でもどうしても断れない場合のとっておきの方法もお教えしておきます」
「へえ…」

そんなのがあるんだと素直に聞いてくれる陛下に、俺は笑顔でその言葉を口にする。

「カリン陛下も一緒なら行ってもいい。そう仰ってください」
「兄上と?」
「ええ。シャイナー陛下はロキ陛下と二人きりになりたがるはず。そういった場合、近衛は陛下から待機命令が出てしまうと動けなくなることも出てきます。ですが伴侶であるカリン陛下が一緒なら側でロキ陛下をお守りすることができるので、我々も安心です」
「なるほど」
「シャイナー陛下はロキ陛下が本気でお好きなようなので、陛下からすれば好意的に映るでしょうが、我々からすればカリン陛下との仲を裂こうとしているようにしか映らないので、そこをお忘れなく」
「……え?」

どうやらそこには考えが至っていなかったらしい。
それならそれでそこをしっかり強調しておこうか。

「だってそうでしょう?陛下とシャイナー陛下がくっつくということは、陛下がアンシャンテに連れて行かれるという事です。陛下も大好きなカリン陛下と別れることになりますし、二度と会えなくなってしまいますよ?」
「それはダメだ。そんなことになったら生きていけない」
「ええ。なので、気を抜かずご自身でも予防線はしっかり張っていてください」
「わかった」

これで少しは気をつけてくれるようになるはず。

「さて、では俺とのデートをお願いしても?」
「ハハッ。リヒター。お前のデートの誘いなら受けてもいいのか?」
「陛下がきちんと俺の言った言葉を理解してくださったかのテストです」
「なるほど。この場合はこうだな。『リヒター、兄上とのデートの下見に付き合ってくれるか?』」
「ええ。喜んで」

そう。近衛騎士との距離感はこれが正しい。
そして懸想してきている他国の王との距離感も間違えないでほしい。
そういう意図を陛下はちゃんとわかってくれた。
それだけで今日ここに連れてきた甲斐もあったというものだ。
あのまま王宮に閉じ込め続けて鬱屈が溜まったところでシャイナー陛下に付け入られて連れ出されたら大変なことになっていたかもしれない。
そうならないためにもこれは必要な外出だった。

「良い香りだな」
「ええ。この品種は特に香り高く、『高貴なるクイーンローズ』と呼ばれています」
「へぇ…」
「こちらにあるバラもお勧めですよ」
「それは?」
「こちらの白バラは『孤高の王子』と呼ばれています。先程のクイーンローズよりも一回り小振りな花弁ですが、凛として咲き誇り、見る者の目を惹きつける不思議な魅力があるバラで、俺は一番好きですね」
「……うん。俺もクイーンローズよりもこちらの方が好きだな。それにあちらの香りは上品な華やかさが感じられたが、こっちは甘過ぎずどこか控えめな香りで好みだ」
「気に入っていただけて嬉しいです」
「これで香水があればいいのに」
「カリン陛下にですか?」
「いや。兄上が使うならもう少し華やかさが欲しいな。これは自分用に」
「そうですか。では良い調香師を探して注文しておきます」

思いがけず自分用にと言ってもらえてすごく嬉しくなる。
自分の好きな花の香りを纏ってもらえたら、きっと幸せな気持ちになれる気がする。

「陛下。香水は俺から贈らせて頂きますね」
「え?」
「遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。この香りで陛下の疲れた御心が少しでも癒されることを願っています」
「…それは反則だろう、リヒター」

『でもありがとう』と言って俺の大切な主人は嬉しそうに笑った。

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