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61.国際会議㊻

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兄が不安げに俺に縋りつき、必死に『離れていかないで』と泣いていた。
最初は俺が攫われたせいだし仕方がないなと思って何度も大丈夫だと言い、不安が消えるように激しく抱いていたけれど、どうしても不安が消えないようだったのでちゃんと話を聞いてみた。
そうしたらあり得ないことに騎士達に不安を覚えていると言うではないか。
俺が攫われる分には別に構わないが、兄を守れないのなら話は別だ。
腑抜けすぎてあのレオナルド皇子にまで同情され訓練法を差し出されたらしく、兄のプライドはいたく傷つけられたらしい。

(許せないな…)

正直言って心底腹が立った。
レオナルド皇子にではなく、騎士達にだ。
だから俺は調教用の鞭を手に翌朝、何の予告もなく早朝訓練へと顔を出した。

「これは、ロキ陛下!どうしてこちらに?」

慌てたように騎士団長が飛んできて、俺に何かあったのかと聞いてくるが、そんなことはどうでもいい。

「騎士団長。兄上から聞いたが、レオナルド皇子から訓練法を纏めたものをもらったというのは本当か?」
「は?はい。昨日カリン王子の方に渡されたとかで、我々もそれを踏まえて…っ!!」

俺は最後まで言わさず鞭を振るった。
ヒュンッと騎士団長の頬をかすりながら飛んでいった鞭は少し離れた地を打ち、周囲を威嚇すると共に場の空気を一変させる。

「言い訳は聞かない。兄上に不安を抱かせる大罪を犯す者を俺が許すと思うか?」
「へ…陛下……」
「全員鍛え直しだ。訓練に手を抜く者は悉く鞭で打たれると思え!!」
「ひっ!はいっ!」
「それで…今日の内容は?」
「こ、こちらです!」

サッと手渡された資料を手にザッと目を通すが、この字はレオナルド皇子のものではない。

「俺を舐めているのか?レオナルド皇子の物を持ってこい」
「え?で、ですが…」
「持ってこいと言っている」
「はっ!!」

それが手元に届くまでザッと騎士達全てに目を向ける。

(一人…二人…三人………)

目を合わせないようにピタリと動きを止めて俺をやり過ごそうとする輩をチェックする。
そしてその場で俺はフッと笑った。

「凄いな。こんなに俺から目を逸らそうとする調教志願者・・・・・が沢山いるなんて」

その言葉にギョッとしたように沢山の目がこちらへと向けられる。

「知っているか?獲物が逃げようとすればするほど加虐思考の強い者はより一層虐めたくなる。つまり……そこのお前も、そっちのお前も…皆俺に調教されたくて仕方がないと言っているようなものだ」

昏く淀んだ目でひたりと見つめてやると、指摘された者達が蒼白になって震えだす。

「可愛い兄上を守れるよう、俺が直々に調教してやる。合格できるまで逃げられると思うなよ?」
「ひっ…」

その言葉に騎士達の背筋が伸びるのを感じた────。




「陛下…ご、ご慈悲を……」
「ちゃんとできた者には休憩と言う名のご褒美をあげているだろう?ほら、あちらにいる者達を見てみろ」

鞭打たれながらも気合いを入れてやり遂げた一部の者は褒められてとても嬉しかったのか、恍惚とした表情で地面に転がっている。

「つまり、お前はまだまだできるというわけだ。サボりたくて言っているわけではないのだろう?伸びしろがあるというのはいいことだ。期待しているぞ?」
「あ…う……」
「さあ、諦めずに気合いを入れろ。お前にならできるはずだ。俺の期待を裏切るな」
「は…はいぃ…」

別に今日中にメニューを全てこなせるようになれとは言っていない。
できる範囲でサボらず取り組んでくれればそれでいいのだ。
初っ端に反抗的な者を命令もしていないのにカーライルが冷徹に粛清してしまったのもあって、勝手に震えあがって全部やらないとダメなのかと思い込み、ひぃひぃ言っているだけだ。
カーライルには勝手なことはするなと言ったが、俺の手伝いがしたかっただけだとしょんぼりしながら言われ怒る気は失せた。

何はともあれ騎士達の調教は順調だ。
サボれば鞭が飛んできて、頑張れば励ましてもらえる。
きちんとこなせればご褒美だって待っている。
決して悪くはない条件だろう。
これを機にしっかり心を入れ替えて欲しいものだ。

ちなみにサボりが目立っていた輩はそもそもの基礎体力が低すぎて話にならないレベルだったから、実はレオナルド皇子から貰ったという訓練法にまでたどり着けてはいない。
だからグループを分け、その前段階として兄が調べたという方の訓練法で彼らに適したものを俺が選びやらせてみた。
サボった時点で即ふざけるなと言って嬲っていたらちょっとドMが量産されたような気もしないでもないが、もう少しやる気を出して頑張ってもらわなければこちらが困る。
兄のために早く使いものになってほしいものだ。

そんな事を考えながら適度に休憩を挟み訓練を進めていると、セドリック王子がアルフレッドと共にやってきて、剣の鍛錬に場所を貸してくれないかと言ってきた。
別に構わないのでどうぞと言って訓練場の一角を用意する。

丁度休憩時間をと思っていたところだったので見させてもらったが、二人の剣技はそれはもう見事なもので、自分には絶対に到達できない領域だった。

(でも本職ならあれくらいのレベルに到達できるんだよな?)

『騎士』という仕事に好んで就いて国から金銭を受け取っているのだから、きっとここにいる連中なら頑張ればあの領域に達することができるのだろう。

「なるほど。あそこを目標にすればいいのか…」

しっかりとその姿を目に焼き付けながら何となくそう呟いたら、ギョッとしたような目を向けられたり、無理無理と言わんばかりにブンブン首を振る者達がいたが、やる前から諦めることはない。

「大丈夫だ。毎日は無理だが、あのレベルになれるよう俺が抜き打ちでちゃんと様子を見に来てやろう。兄上を死ぬ気で守れるよう、しっかり騎士の本分を全うしてくれ」

にっこりと笑ってやったら全員泣きそうな顔で小さく『頑張ります』と返事を返してきたし、これからに期待だ。




それから暫く打ち合ったところで手合わせは終わったようなので、どうぞと言ってタオルを差し出してみる。

「ああ。ありがとう」
「いえ。お二人の素晴らしい剣技に感服しました」
「そうか。今日はロキ陛下はずっとここに?」
「ええ。兄が騎士達が情けなさ過ぎてレオナルド皇子にまで心配されてしまったと落ち込んでいたので、そんなにレベルが低いなら兄上を守れないんじゃないかと思ってちょっと活を入れに」
「カリン王子のためか…本当に徹底しているな」
「はい。俺は兄のためにしか動く気はありませんから。妃殿下は確か元々ミラルカの騎士でしたよね?兄上を守るためにも、レオナルド皇子の資料を参考にして妃殿下の剣技を目標に騎士達を鍛え直してみせます」
「アルフレッドの剣技を目標に?ハハハッ!なかなかの心意気だ。そうは言ってもものにならない者もいるのではないか?」
「勿論そういう者もいるとは思いますが、ちょうどミスリルがこれから大量に必要になるので、やる気のない者達は全員鉱山に送って労働させようと思ってるんですよ」
「ほぉ?」
「体力もつきますし、規定量を採掘できなければ帰ってこれないのでその分やる気も出るでしょう?」
「…ちなみに規定量とは?」
「そうですね…なにせアンシャンテとゴッドハルトまでレールを敷きたいので沢山あるに越したことはないですし…一人一ティーナ程ですかね」
「…………そうか。それは一度行ったら五年は帰ってこれないかもしれないな」
「死ぬ気でやれば三年ほどで戻ってこれるのでは?兄上の役に立てない騎士なんて暫く戻ってこなくていいですよ。視界に入れたくありませんし、一日2食の粗末な食事で死ぬ気で働いてほしいです」
「そうだな。ロキ陛下は本当にカリン王子が絡むとSっ気が増すな」
「そうですか?そんなことはないと思うんですが」
「いや、いい。それよりも…後ろの騎士達が急に頑張り始めたな」
「え?ああ、休憩時間が終わったせいでは?」
「…そうだろうな。皆やる気が出たようで何よりだ」
「ええ。では俺はまだまだ彼らがサボらないよう見ておきたいので、今日はこの辺で」
「ああ。俺達は明日帰ろうと思っている。また挨拶の時に会おう」
「はい。今回は色々ありがとうございました。何やら俺の捜索も手伝ってくださったとか。この御礼はまたさせていただきますので」
「そうだな。楽しみにしている」

そう言ってセドリック王子はどこか楽しそうに去っていったけど、何故かアルフレッドの頬が引き攣っていたのが不思議だった。


***


【Side.カリン王子】

ロキが騎士達に活を入れたという話を聞いた。
正直急な心変わりに周囲の者達は皆驚いたらしい。
宰相などは何か心境の変化が?と俺にまで聞いてきたが、俺はとてもじゃないがロキに閨で泣き縋ったなんて恥ずかしくて言えなかった。
けれどその行動がロキの琴線に触れたのは確かだ。
ロキはどこまでも俺を思って動いてくれるので、暗部の一人からはもっと早くこうすればよかったですねと言われてしまった。
ロキ本人のためと言うよりも、俺のためにとか、俺が困っているとか、そういう風に言った方がロキが動く確率が上がるらしい。
俺からすれば『ロキのために』騎士達をどうにかしたかったのだが、ロキからすればそちらはどうでもいいとしか思えなかったから動かなかったのだろう。
要するにこちらの対応が悪かったのだ。
ロキを理解し、もっと言い方を変えてやれば良かった。
本人の意識を変えることは難しいのだから、協力させるには俺のためと言うのを前面に出さなければならなかったのだ。

そんなロキは夕刻、とてもいい笑顔で俺の元へと帰ってきた。

「兄上、ちゃんと調教しておきましたよ。適度にこれからも目を光らせながら躾を続けていくので、安心してくださいね」

そして次いで、思いもよらぬことを口にしてくる。

「この後夕餉を食べてからでいいのでちょっと二人で出掛けませんか?」
「え?」
「実は昨日セドリック王子と妃殿下がデートする際にご一緒したんですが、そう言えば俺…兄上とそういうことをしたことがなかったなと思って」

そう言われてみれば確かにそうかもしれない。
ロキとは王宮内でイチャイチャしてばかりでそう言ったデートのようなことはしたことがなかった。

「ついでに俺の秘密のルートを兄上にも教えてあげますね」

リヒターとカーライルにしか教えていないので誰にも内緒ですよと言ってこられたので、一番に教えて欲しかったと少し嫉妬してしまったが、こればかりは仕方がない。
下手につついてベッドに連れていかれ、その流れで教えてもらえなくなったら嫌だ。
我慢しよう。

そうして夕食後、身軽な服装に着替え、ロキに連れられるまま王宮内を歩いていく。

「いつもは第五分隊のいるところから大体抜け出すんですけど…」

(第五分隊?)

「何故だ?」
「ああ、彼らは昔から俺に無関心なので、抜け出しやすいんですよ」

(最悪だな)

「他の騎士達みたいに悪意を向けてこなかった分、気楽ではありましたけどね」
「……そうか」

それはそれで他の騎士達が大問題だ。

「今日は配置替えがあったらしいので、そうですね…第二分隊のあの人か…第八分隊のあの人あたりがいるあたりが狙い目ですね」
「…………ロキ?」
「なんですか?」
「その騎士達の名は?」
「さあ。名前なんて一々覚えてないので」
「……顔を見ればわかるのか?」
「ええ。侍女を口説きに持ち場を離れていることが多い騎士だとか、暇だからと自慢話を同僚に延々語っている騎士とかそんな感じで覚えてるんですよ。彼らの近くは隙だらけなので秘密通路に行くにはうってつけなんです。第五分隊が利用できない場合はそっちに行くか、また別の…苦手な持ち場についている騎士の隙を狙うことが多いですね」
「そうか。それはいいことを聞いた。後で詳しく、俺に教えてくれるか?」
「いいですよ?兄上も抜け出す時に使えますもんね」

ロキはニコニコとそう言うが、『違う!!』と思い切り叫びたかった。
職務怠慢な騎士達をロキがしっかり把握済みで、それを利用して城を抜け出していたこと自体に俺は腹を立てているのだ。
これまでのロキにとっては都合が良かったのだろうが、それイコール騎士達の腐敗そのもの。
到底そんな騎士達を放置などできない。
ロキが表からしか出入りできないくらいしっかりとした騎士達に成長させなければ、これでは暗殺者が入り込み放題ではないか。

(警備がザルにも程がある!!)

これからは自分も騎士達の仕事ぶりを厳しくチェックし、サボっている奴がいないかどうかしっかり目を光らせようと密かに心に決めたのだった。

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