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60.国際会議㊺

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皆から祝い酒を受け取り、それなりに飲んでから城へと帰る。
戻る場所は行った時とは別の場所だ。

「基本的に行きと帰りはこうして別な場所から出入りしているから、自分なりに安全対策はしているつもりだ」

待ち伏せなんかに合い難いように一応自分なりに気をつけていると言えばリヒターもそれはその通りだからこれからもそうしてほしいと言ってきた。
今回の地下道の件は最初は驚いたようだったけど、これなら安全だと思ってもらえたらしく、絶対に使うよう逆にお願いされたほどだった。
理解があって非常に助かる。

そうして無事に部屋へと戻ってくると、兄が不安そうな顔で待っていて、帰ってきてくれてよかったと抱き着かれた。
ちゃんとリヒターと出掛けてくると言っておいたんだけど、騎士達が俺達が門を出ていくのを見ていないと言ったことで不安になってしまったらしい。

「兄上、大丈夫ですよ。大体兄上を残して俺がどこかへ行ってしまう訳がないじゃありませんか」
「でも…」
「俺達は公にも認められた正式な夫婦です。俺は兄上だけのものだと…わかっているはずでしょう?」

そう言いながら兄を抱き寄せ、小さく目配せしてリヒターとカーライルを下がらせる。

「さあ兄上。不安なんて忘れるほど俺に溺れてくださいね?」

そう言いながら俺は兄をそっと押し倒した。


***


【Side.カリン王子】

ロキが城に帰ってきたのに不安な気持ちはいつまで経ってもなくならない。
それはきっとアンシャンテのシャイナー王がいつ戻ってきてロキを奪おうとしてくるかわからない不安感と、頼りにならない騎士達のせいだとわかってはいる。

国賓の面々を見送り、残った僅かな賓客をもてなしながら合間を見て会議も開く。
ロキが王としてとどまってくれるようにするにはどうすればいいかという、傍から聞いたら酷くくだらない議題だ。
本来話し合う必要のないこんな議題に、国の重鎮が顔を突き合わせて真剣な顔で話し合うなど前代未聞だろう。
けれど今の自分達にはこれ以上ないほど必要なことだった。

「やはりここはロキ陛下が何より重きを置いているカリン陛下の安全確保が第一でしょうな」
「それはその通りでしょう。ですが騎士の方があれでは…」
「本当に。皆が皆頼りなさすぎでしょう。我々、ロキ陛下の犬の方がずっとお役に立てているのでは?」
「そうですよ。全く。役立たずは今すぐ全員クビにしては如何です?守るべき王をああも簡単に攫われるなどあってはならないことですよ」
「本当に。その後の動きも遅いし、使えない者ばかりではありませんか」

当然だが情報局長や大臣達からの批判は騎士に集中し、騎士団長始め近衛隊長や分隊長なども槍玉に挙げられている。
けれど事実なので反論のしようもない。
自主的に職務を退くことはロキ自らが禁止しているので、この場で責任を取ることさえできないありさまだ。
そんな彼らに俺は一塊の紙束をばさりと投げる。

「これを見ろ。国際会議後少しでも騎士の質を良くしようと思い、俺が独自で調べた近隣諸国の騎士団の訓練法を綴ってあるものだ。以前お前達が必要ないと言い切り目を通しすらしなかった物だが、今なら見る気になれるだろう」

騎士団長が顔を上げ、ゆっくりとそれへと手を伸ばし目を通し始める。

「加えてこっちは有難いことにミラルカのレオナルド皇子からの差し入れだ。どんな腑抜けもこれさえやればまともになると言って先程渡された。俺がどれだけ情けない思いをしたか、お前たちにわかるか?!」

そう言って激高しながら今度はもう一つの紙束を分隊長らへと投げつけてやる。

「王を攫われてまともに動くことさえできない騎士達。数多の国賓を迎えている中でのこの腑抜けた体たらくに、各国の者達が軒並み呆れを通り越した眼差しを向けていたのをお前達はどう考えている?!」

その鋭い声に近衛達長も分隊長達も蒼白になりながらビクッと身を震わせた。
落ち着いているのは全ての批判を受け止め飲み込んだ騎士団長くらいのものだ。
この事からもわかるように、現状を把握し反省しているのは騎士団長だけで、騎士達の上官である他の者達が揃いも揃って事ここに至っても自分達はちゃんと動いていたと思っていること自体が信じられない。
彼らは罰せられるなど恐らく夢にも思っていなかったのではないだろうか?
そんな彼らに騎士団長がポツリと言葉を溢す。

「取り敢えずロキ陛下が仰っていたように、腑抜けは順次強制労働行きですかな…」
「当然だ。その腑抜けた精神を全員鍛え直してこい!」
「ええっ?!」
「わ、私はここにいる分隊長達とは違い、栄えある近衛騎士の隊長ですよ?!強制労働なんて…っあり得ません!」
「黙れ!俺がやる気のなさそうにうろうろしているだけだったお前を見過ごしていたとでも思うか?!リヒターやマーシャル他、迅速に動けていた者は半数もいなかったぞ!残りは強制労働で鍛え直した後、一騎士から全てやり直せ!」
「そ、そんなっ!カリン王子!いえ、陛下!どうぞ我々にチャンスを下さい!必ず!必ず心を入れ替えお守りしてみせますので!」

ぎゃあぎゃあと煩く騒がれるが心は冷めていく一方だ。
反省という言葉すら知らないのかと嘆きたくなる。

「…………そこまで言うなら一週間時間をやろう。一週間後に騎士団に視察に入る。そこで何も変わっていなかった場合、即強制労働行きになると思え!」
「ははっ!」

そう言いはしたものの、一週間で何かが変わるなんて思ってもいない。
どうせ口先ばかりの連中なのだから。




会議後、ロキが街に出たという報告が来たので追い掛けるべきかとすぐさま支度をしようとしたのだが、セドリック王子とアルフレッドと一緒に観光中だと聞いて固まってしまった。
何故、どうして、そんな言葉が頭の中をグルグルと回る。
あの二人が間違ってもロキをどうこうするとは思えないが、気が気でないのは確かだった。
だから暗部に見張るよう指示を出し、逐一報告を受けた。
リヒターが同行してフォローしてくれているらしいが、正直仕事なんて全く手につかない。
その後無事に帰ってきたと報告を受けホッとしたのも束の間、今度は闇医者に礼を言ってくると言ってまた外へと出掛けてしまった。
けれどその背を見送って確かにロキは城の外へと出たはずなのに、その姿はどの出入り口からも一切確認されず、報告は上がって来なかった。
騎士の怠慢ではないと信じたいが、不安で不安でたまらない。
このままここが嫌になって帰ってこなかったら?
そんな不安に襲われる。

(ついていけばよかった…)

リヒターとカーライルが一緒なら大丈夫だとは思うが、それでも心配の種が尽きない。
だから暗部を闇医者の元へと向かわせた。
ロキの使うルートは知らないが、闇医者の居場所は把握している。
だからそちらに行かせたのだ。
結果的に闇医者達と共に酒場で祝い酒を飲んでいると報告は受けたが、気持ちは落ち込んでいくばかり。

(ロキ…)

そうして不安な気持ちを抱えながら夫婦の部屋でひたすら帰りを待ち続けた。

静かな部屋で考えるのはロキのことばかり。
王の命令は絶対だ。
たとえ王配となった自分でもそれを覆すのは難しい。
だからこそシャイナーの制裁についてロキがあれで良しとしたのならそれを受け入れなければならなかった。
勝手に刺客を放てばロキが望んでいるアンシャンテとレールを繋ぐという事業が叶わなくなる。
だからいくらシャイナーが憎くても俺はそれを実行に移すことはできない。

騎士達についても同様だ。
騎士団長にロキが言った『退任は許さない』という言葉は、ある意味彼らに逃げを許さないという厳罰ではあった。
けれど俺からすれば全員やめさせてやるくらいでちょうどよかったのではないかと思えてならないのだ。
強制労働なんて言ってもどうせあの腑抜けた騎士達は本気で労働に従事することなどないだろう。
適当に手を抜き、へらへら笑って同じことを繰り返すのだ。
それなのに王の決定に、俺を始め誰も逆らうことはできない。
ロキは俺を優先してはくれるが、それでもこうして命令が出されてしまうと結局俺の方が立場が弱くて、どうしてもできることは限られてしまう。
それが今の自分には苦しくて仕方がなかった。

はっきり言ってしまえば俺が王であればよかった。
そうしたら証拠を盾にシャイナーを牢に放り込み、拷問にでも掛けて二度とロキに近づくなと言ってやれたのに。
シャイナーのその身と引き換えにアンシャンテに賠償金を支払わせ、牽制だってかけられた筈だ。

騎士達も管理職の者達は総辞職させて、見せしめにサボっている者達を鞭打ちにしてこうなりたくなければ本気を出せと発破をかけてやることができた。
それなのに────そのどれもを俺は実行に移すことができないのだ。
苦しくて苦しくて、無力な自分が嫌になる。

そんな自分に打ちひしがれていると、カチャリと音がしてゆっくりと部屋の扉が開いた。
そこに立っていたのは待ち続けていたロキその人で……。

「ロキ!」

思わず飛びつくように抱き着いて、帰ってきてくれてよかったと口にしてしまっていた。

もう戻ってきてくれないのではないか、こんな場所にいたくないとどこか遠くに行ってしまうのではないかと嫌な考えばかりが浮かんでは消えていき、どうして一緒に行かなかったのかとずっとずっと後悔していた。
そんな俺をロキは宥めるように抱きしめて激しく愛してくれたけど、結局俺は泣きながらロキに縋って喘ぐばかりで、何度も『離れていかないで』と言い続けていた気がする。




いつものように気絶して、目を覚ましたらジッとこちらを見つめるロキと目が合った。
そんなロキにスリッと身を寄せると、優しく甘やかすかのように頭を撫でられて心地よい声で尋ねられる。

「兄上。不安がなくならないようですが、また何かありましたか?ちゃんと話は聞くので、話してください」
「……ロキが…俺から離れていきそうで怖いんだ」
「離れませんよ。知っているでしょう?」
「でもまた…お前が攫われそうで怖いんだ。俺の手の届かない場所へ行ってしまうんじゃないかと…」
「それは…騎士達が不甲斐ないせいでそう思うんですか?」

その言葉に俺は素直にコクリと頷いた。

「あのレオナルド皇子にまで同情されて訓練法を纏めたから絶対に実行させてくれと強く言われるし…他国の者にまでダメ出しされる騎士しかいなくて、俺は自分が情けなくて仕方がなかった」
「…………そうですか。許せませんね」
「…え?」
「俺は別に兄上さえしっかり守ってもらえればそれで良かったんですが、レオナルド皇子が兄上を守れない騎士達ばかりだと判断してそんなものを渡してくるほど腑抜けているのなら話は別です。兄上をこんなに追い詰め、プライドを傷つけた騎士達は俺がしっかり躾けておきますから安心してくださいね?」

そんな言葉に俺は驚いて思わず目を瞠ってしまう。
その目は妖しいほどに昏く燃え、まるで何かのスイッチが入ったかのように病んだ色を浮かべていた。
どうやら俺は知らぬ間にロキの何かに触れてしまったらしい────。

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