【完結】王子の本命~ガヴァム王国の王子達~

オレンジペコ

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55.国際会議㊵ Side.リヒター

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ロキ陛下が攫われ、信じられない思いで探しに探した。
けれどどこを探してもいない。
焦燥感に駆られる中、他の騎士達はどうせ気まぐれでどこかに行ってるんでしょうとばかりにノロノロとやる気がなさそうに捜索していて、なんだったらロキ陛下の犬と称されている文官達の方がよっぽど動きが良かった程。
これが国を護る騎士達の姿かと気が狂いそうなほどの怒りに襲われそうになった。

思い出すのは第二王子にしか過ぎなかった頃のロキ陛下の姿。
王となり、周囲は好意的に変わってはいたけれど、きっと本質的なものは何一つ変わっていなかったのだとこんなことになって初めて思い知らされた。
ロキ陛下を本気で心配し、帰ってきてくれと願っている者達が果たしてどれだけいるだろうか?
俺はそんな遣る瀬無い気持ちを抱えながら、自分の元に帰ってきてくれたら絶対に二度と離れはしないと強く心に誓った。




それから事態が動いたのは暫く経ってからの事。
ブルーグレイのセドリック王子がカリン王子に情報の共有をと言って声を掛けてくれたことでやっと詳細が明らかになった。
それは全く思いもよらない理不尽なもので、動機はロキ陛下に惚れたから攫ったというあり得ない理由だった。
けれどそれを聞いてどこかでホッとしたのも事実。
その動機ならまず間違いなくロキ陛下が害されるという心配はないからだ。

(良かった…)

そう思うと同時に、不甲斐ない自分に嫌気が差す。
他国の王子に情報をもらわなければロキ陛下の行方も、犯人の目的も何一つ掴めなかった自分達。
情けなくて涙が出る。
それはカリン王子の方も同様で、悔しそうにこぶしを握り締めていた。
けれど何を置いても優先すべきはロキ陛下の身の安全と犯人であるアンシャンテ王の罪をつまびらかにすることだ。
こんなことが許されるはずがないのだから。

そしてセドリック王子から機器を借り受けカリン王子の暗部に撮らせた映像を皆で確認することになったのだが…。

そこに映し出されたのはロキ陛下に惚れこむシャイナー陛下の姿───。
カリン王子は心底殺したいと言わんばかりに激怒していたが、俺は少し違う。
もちろんそんな理由で陛下を攫ったことに対して物凄く腹は立ったし、ロキ陛下を返せと怒鳴り込みに行きたいほどの怒りに襲われもした。
けれど同時に、いっそ彼の元に行った方がロキ陛下は幸せなのではないかとさえ思ってしまう自分がいた。

ロキ陛下はカリン王子さえ居てくれればそれでいいという人だ。
逆に言うと、この国にはなんの執着も持ってはいない。
それは全て、これまでの周囲の者達に問題があるからに他ならない。
今は俺を信頼してくれているが、他の者達のことはいつもどこか一線引いて接している。
こんな場所に引き留めるよりもアンシャンテに行った方が幸せになれるのではないか?
不意に頭をよぎったのはそんなあり得ないことだった。
もしそうなったら当然ついていくが、今回の一件で俺は何が正しいのかがわからなくなっていた。

結局その後騎士団長の判断が尊重されこの件はロキ陛下に判断を仰ごうということになったが、本当に自力で帰ってこれるのか、迎えに行かなくていいのかと早朝からやきもきしながら待ち続けた。

「あ、兄上…」

それから数刻後。その声が耳へと飛び込んで来てその姿を確認した瞬間、俺は勝手に身体が動いてしまっていた。
カリン王子がロキ陛下の名を呼んで駆け付けようとしたのなんて全く視界に入ってすらいなかった。
いつもの自分ならあり得ないことだ。

陛下からは兄との再会を邪魔するなと言われてしまったが、とても離れられるような心境にはなかった。
自分の腕にすっぽりと納まる主人の温かな身体に涙が出そうなほど安堵し、自然と体が震えてしまう。
良かった。生きていた。無事に帰ってきてくれた。
そんな思いでいっぱいになる。

そんな俺の背を、しょうがないなと言わんばかりに優しく宥めるように叩いてくれるその姿にさえ心が震えてしまった。

「お前にも心配をかけたな。すまなかった」
「……いいえ。こちらこそ…お守りできずすみませんでした。この咎は後でいくらでも…」
「ああ。そんなに思い詰めるな」

(陛下……)

そうして暫く抱き着いていたらカリン王子から怨嗟の声が響いた。

「リヒター!今すぐロキから離れろ!」
「兄上…」
「ロキ!お前もそんな役立たずは突き飛ばしてしまえ!」

その言葉がグサッと胸へと突き刺さる。
今の自分はそれを否定できる立場にはない。
けれどこんな自分をロキ陛下は庇ってくれた。

「兄上?リヒターは役立たずなんかじゃないですよ?」
「役立たずじゃないか!肝心な時にお前を守れない近衛騎士など必要ない!」
「全く…。それを言うなら他の近衛騎士に言ってください。リヒター程俺のために動いてくれる騎士も早々いませんよ?それにこうして心底心配してくれる騎士なんて他にはいないんですから、間違ってもクビにはしないでくださいね?」
「~~~~っ!」

そんな言葉に俺はやっといつもの自分を取り戻すことができた気がした。

「リヒター。落ち着いたら離れてくれないか?兄上にも無事を伝えたい」
「はい。申し訳ありません」

ゆっくりと身を離し、その場をカリン王子へと明け渡す。
本来この場所はカリン王子のものだから仕方がない。
そうして感動の再会をする二人をいつものように見ていると、ある程度落ち着いたところで騎士団長がおずおずと言った様子で声を掛けた。

「その…ロキ陛下?一体どこからお戻りで?」

その問い掛けは最もなことだった。
城門から通用門まで出入り口は全て騎士を配備し、乗り越えられそうな壁などにも全て監視を置いていたのに、一体どうやって誰の目にもとまらぬようここまでやってきたのか俺も疑問だった。
報告は特に上がってきてはいないし、アンシャンテ側にも動きはないはずだ。
牽制はしっかりしているし、怪しい者は数名取り押さえ済みだから二国間で睨み合っている状況と言える。
そんな一触即発の中、攫われた本人が姿を見せればすぐにでも報告が上がってくるはずなのだが……。

「普通にいつものルートからだが?」
「いつものルート…とは?」
「……それは秘密だ」

ロキ陛下の答えは簡潔で、絶対に言わないと言わんばかりの返答だった。

(ああ…これは無理だな)

笑顔でこう言い切るからには絶対にロキ陛下は口を割らないだろう。
こういう時のロキ陛下は頑固だ。
いくら問おうと時間の無駄でしかない。
けれどそれをよしとしない騎士団長は思い切り食い下がってしまう。

「陛下!それでは我々城を守る騎士の立場がないではありませんか!」

王を守り切れなかった時点ですでに騎士としての立場など失っているのに、騎士団長がそれを言うのか?
先にすべきは謝罪であって、こんな風に陛下に詰め寄ることではない。

「そうは言ってもこれは俺が独自で知り得たルートだからな。そう簡単に教える気はない」
「ですがそれではいざという時、我々が陛下をお守りすることもできません!」

いざという時と言うのは今回のことではないのか?
自分達は王を守り切れなかった。それがすべてだろう?
こんなことで陛下を責めるのは筋違いだとどうしてわからない?

「騎士団長…いくら言っても無駄だ。そもそも俺はこれまでこの城の中で守ってもらった試しがないし、単独で外に出てもわざわざ捜索されたことは一度もない。今更だし、その件についてとやかく言うつもりは毛頭ないが、あっさり攫われたのも案外そんな普段の騎士達の心持ちが原因じゃないのか?大体今回以上のいざという時なんてそうあるものじゃない。今回は無事だったが俺が殺されていたとしてもお前達はどうせ力及ばずと言って項垂れただけだっただろう。違うか?」
「うっ…!」

ほら反撃を食らった。
そう────ロキ陛下はいつだってこの城の中で守ってもらえたことなんてなかった。
姿が見えなくても、探そうとする者すらいなかったのだ。
第二王子の時ならいざ知らず、王になってもそれは変わらなかった。

恐らくロキ陛下が言うように、王が殺されていたとしても、彼らは力及ばずと言うだけ言ってそれで終わらせただろう。
本当に大事に思い、心から心配していたのならもっと俺やカリン王子のように必死になって探したはずだ。
けれどそうではなかった。
それが答えだ。

「別にお前達が無能だと言っているわけじゃない。俺のことは兎も角、兄上だけはしっかり守ってあげて欲しいし、城の警備はこれまで以上にしっかりやってほしい。俺が望むのはただそれだけだ」

ロキ陛下はこの城の誰にも期待なんてしていない。
全てを見放している。
彼が大事なのはただ一人、愛するカリン王子だけ────。

「…………御身を守る必要はないと?」
「他国に行っている時なら兎も角、ここでは無理だろう?兄上さえ守ってくれればそれでいい」
「貴方はこの国の王なのですよ?」
「ああ。そうだな」
「そんな貴方があっさりと攫われて、我々が何も考えないとお思いか!!」

騎士団長の心の叫びにも似たその言葉は、けれどロキ陛下にも俺の心にも何一つ響いたりはしなかった。
確かに騎士団長は騎士達の中では一番ロキ陛下を心配し手を尽くしてはくれていた。
けれどただそれだけだ。
動かない騎士達を見てもイライラするばかりで、上官としてどうにかやる気を出させようとはしてくれなかった。
それなのにここでそんな風に被害者である陛下に八つ当たりをするのか?
俺はそんな騎士団長には最早何一つとして期待することができなかった。

「気持ちは嬉しいが、実を伴わなければいくら言おうと無意味だとわからないか?」
「…………」
「この国の騎士は考え方も古いし、ここ最近は外敵もいないせいか鍛錬だっておざなりだ。新しい技術も、新しい兵法も、新しい特訓法も何も学ぼうとはしていないだろう?そもそも兄上がアルフレッドを獲得しようとブルーグレイで考えたのはお前達のその怠慢にこそ原因があったのではないか?」

ロキ陛下の容赦ない言葉が騎士団長の心をグサグサと突き刺していく。

「ああ、責任を取って騎士団長自ら辞めるという言葉は一切受け付けないぞ?そんなことをされてもこの城にいる騎士達の中身は何も変わりはしないからな」

俺は辞めて当然だと思ったが、ロキ陛下はどうやら違ったらしい。
確かに言われてみれば騎士団長が責任を取って辞任しようと肝心要の騎士達が変わらなければ何も変わらない。

「…………では私に一体どうしろと?」
「そうだな…どうすれば今以上に兄上を守れるのか考えてみてはどうだ?ついでに他の騎士達からも幅広く意見を募ってみるといい。良い意見があれば採用させてもらうとしよう。連中には機敏に動くことができないなら精々頭を使えと言っておけ。それさえできないなら強制労働行きだと伝えろ」
「は、栄えある騎士が……きょ、強制労働……?」
「これをもって騎士達に今回の責任を取らせることとする。いいな?」

ロキ陛下が口にしたことはある意味途轍もない厳罰だった。
尊い王族を護る騎士職はガヴァムでは非常に栄誉ある職で、国民達にとっても憧れの職業だ。
そんな憧れであるべき騎士達が実際は腐りきっていたのだと、今回の件で国民達は思い知ったのではないだろうか?
強制労働行きなど前代未聞のことだし、誰の目にもその罪は明らかだ。

その後騎士団長はその言葉を素直に受け入れていたが、きっと本質的なことは全く分かっていないに違いない。
ロキ陛下は単純にカリン王子のために騎士達を一から鍛え直せと…そう言っただけに過ぎない。
攫われたのが兄だったらときっと考えたのだろう。
この人はそういう人だ。
城の警備が穴だらけのままならカリン王子の身が危ないとでも思ったのだろう。
この人は自分のことなんてどうでもよくて、ただひたすら愛する兄の為だけに動くのだから。
俺はそんなロキ陛下の姿が居た堪れなくて、悲しくて仕方がなかった。

(俺は…俺だけは貴方の傍に居ます────)

そんな思いで不敬かもしれないが手を伸ばし、その手を握った。
奇しくもカリン王子も同じように逆の手を握っていたから、きっと考えていることは似たような事だったのだろう。

この不器用でどうしようもない人を────もう二度と独りにはしない。

俺は改めてそう誓ったのだった。
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