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51.国際会議㊱

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※今日は二話更新です。宜しくお願いします。

****************

気がつけば俺は手足を拘束された状態で馬車に揺られていた。
正直何が起こったのかさっぱりわからない。
記憶を辿ると手洗いをしている時に気絶させられたらしいということはわかったので、恐らく何者かに攫われたのだろう。
命を狙われたわけではなさそうだが、一体何が目的なのだろう?
普通に考えて一国の王を攫うメリットがわからない。

(まあ別にいいけど)

言っては何だが、自分は幼い頃から裏稼業の連中と付き合ってきたのでこれでも色々仕込まれている。
親に森に捨てられたらこうしろ、娼館に売られたらこうしろ、奴隷商に売られたらこうしろ、無一文で国外に放り出されたらこうしろ等々、あれこれ心配した男達がこれでもかと色々教えてくれたものだ。
そのお陰で多分城に帰るだけならどうとでもなる。
ただ、誰がどう言った目的で自分を攫ったかがわからないうちは動かない方がいいかもしれない。
兄に迷惑がかかっても問題だし、暫く様子は見ておいた方がいいだろう。

「はぁ~…兄上は大丈夫かな」

ただ一つ気掛かりなのは兄の事だ。
パーティーには兄が苦手とするセドリック王子がいる。
わざわざ自分から近寄ったりはしないだろうし、なんだったら既にセドリック王子はアルフレッドと部屋でよろしくやっているかもしれない。
そうであれば何の心配もないのだが、万が一にでも何かがあって怯える羽目になっていたら可哀想だ。
できれば早く戻って側にいてあげたい。

「やっぱり出来るだけ早く抜け出すか」

様子を見たい気持ちとさっさと帰りたい気持ちがせめぎ合う。

「それで…どっちがいいと思う?カーク」

そう呼びかけると、自分付きの暗部であるカーライルがどこか呆れたように答えを返した。

「ちょっと落ち着きすぎじゃあないですか?」
「そうかな?」
「そうですよ!」

小声でそう言われて首を傾げるが、自分ではよくわからない。

「まあいい。状況は?」

そう言って教えてもらったところによると、攫った相手はアンシャンテの者らしいことがわかった。
ちなみにこの件に新王シャイナーが絡んでいるかは不明とのこと。
カーライルは俺が手洗いに入ってすぐのタイミングでアンシャンテの顔見知りの暗部から裏切り者と言われ、攻撃されたらしい。
そこで追い返すのに手間取り暫く目を離した隙に俺が攫われてしまったらしく、慌てて城門へと向かい記憶にない者が出て行かないか必死に目を凝らして探してくれたのだという。
そうして暫く張っていたらアンシャンテの者に抱えられた記憶にない者がいるのを発見し追い掛けてみたところ、変装させられた俺だったという事だった。

「と言うか、招待客だけじゃなくお付きの顔まで全部覚えているのか?」
「勿論ですよ。これくらい暗部の常識です」
「へぇ…」

それは凄い。
人に興味のない俺には絶対に無理だ。

「まあそういうわけなので、シャイナー陛下が怪しいのは怪しいんですが、本人も側近も王宮から動いてはいなさそうなので正直目的がわかりません。ここはやはり様子を見てはと…」
「そうか。ちなみにこの事は誰かに伝えてから追ってきたのか?」
「え?ええ。ロキ陛下の姿がなくなってすぐ近くにいた騎士に陛下の姿が消えたと伝えておいたので、きっとすぐに捜索してもらえるかと」
「…それはあの手洗い場の近くにいた騎士の誰かか?それとも城門付近の兵か?」
「…?手洗い付近の騎士でしたが?」
「それなら期待するだけ無駄だな。さっさと離脱するぞ」
「え?」

カーライルは不思議そうだが、あそこにいた騎士は期待するだけ無駄だ。

「今日あのあたりにいた騎士は第五分隊の騎士達だ」
「はあ」
「第五分隊は他の騎士達と違って昔から俺を見下したり陰で罵ったりはしない連中だ」
「…?いい事なんじゃないですか?」
「ああ。だが彼らは俺にはとことん無関心で、俺の行動をわざわざ記憶にとどめようとしない。俺はそれを利用してよく城の外に抜け出していたんだ」
「え?!」
「つまり、俺がいなくなったと聞いても好んで捜索したりはしない。まあ気が向いたら騎士団長に報告くらいはしてくれるかもしれないが、『どうせ城下に出たんでしょう』くらいの軽い報告が精々だろう。期待するだけ無駄だ」
「どうしてそんな奴らを放ったらかしにしてるんです?!」
「…?害はないし、抜け出すのに便利だったから?」
「害はありまくりじゃないですか!」

王を守らずして何を守るのだと憤っているが、あの城での俺の扱いなど昔からその程度だ。
何も驚くようなことではない。
そう言うと『頭が痛い』と言われたが、今回の件は想定外だったのだから許してほしいものだ。
困ったと蒼白になるカーライルには申し訳ないが、取り敢えず縄を切ってもらい動けるようにしてもらった。
王宮から助けが来るのなら様子を見ていてもよかったが、事ここに至っては逃げ出した方がいいだろう。

「さあ、行くか」

ここがどの辺りかはわからないが、山がすぐ近くに見える。
もしアンシャンテに行くのなら山裾を通って二カ国ほど抜けて馬車で行くか、麓の街でワイバーンを借り、高々と聳える山を越えていくかのどちらかになる。
いずれにせよあちらに連れて行かれると面倒だ。
自国を抜ける前にさっさと離脱した方がいい。

そう思ってそっと外を窺い、木々が生い茂ったほどほどに身を隠しやすい場所へと受け身を取りつつ転がり出た。
結構な勢いで走っていた馬車はその音に気づく事なくそのままあっという間に遠ざかっていく。

「なんとかなったな」
「無茶しすぎですよ!下手したら大怪我ですよ?!」
「大丈夫だ。馬車からの脱出法も教えてもらってたし、少々怪我をしても子供の頃の事を思えばかすり傷みたいなものだ」
「ええ……?」
「取り敢えずまずは資金だな」
「ちなみにどうやって用意を?」
「まず獣避けの薬草を探しつつ高額で買い取ってもらえる薬草を手に入れるのが無難だな。後はそれと並行して水と食べ物の確保だ」

幸い今日は満月が空へと浮かび、周囲を明るく照らしてくれている。
これなら薬草などを探すのに然程苦労はしないだろう。
闇医者からこういった時に食べられる物や薬草の知識も少しだが教えてもらっていることだし、今回はそれを上手く利用しよう。
サバイバル知識も旅人兼偵察を得意とする裏稼業の男に昔教えてもらったし、一人でも生きていけるようにとお節介な別の男から裏で生きていくのに必要な動き方や考え方も一通り教わった。
だからやろうと思えば多分なんとでもなる。

「ああ、ラッキーだな。夜にしか咲かない月華を見つけた。しかも群生している」
「え?!」
「これの根に薬効があるからいくつか掘り返して薬師ギルドに売りに行こう」

きっと高値で買い取ってもらえるはずだ。
その後は裏カジノに行こう。
そこで交渉すれば資金は容易く手に入る。

「わかりました。どこまでもお供しますよ」
「心配なら一足先に帰って誰か連れてきてくれてもいいが?」
「普通ならそうしますけど、貴方はどうせ宿屋でおとなしくなんて待っててくれないでしょう?!」
「まあそうだな」

そもそも宿に泊まる金を持っていないし、持っていたとしても自分を攫った連中が捕まえに来る可能性が大だ。
表にある宿など再度攫ってくれと言っているようなものだ。
そんなリスクの高い事をわざわざする気はない。

「行動が全く読めないので同行して御身を守らせて頂きます」
「そうか」

それならさっさと行くぞと言って行動を開始する。
幸いにも街はそれほど遠くはなく、小一時間で辿り着くことができた。
山裾に広がるそこそこ大きな街だ。
月華の根を薬師ギルドに売りに行くと少々値切られはしたが無事に売ることができ、そこそこの値がついた。
今度はその金を手に酒場へ足を運び店のマスターから裏カジノ情報を得る。
そして聞いた場所へと向かっていかさま師のいるテーブルへと足を向けた。
新規のカモに彼らは優しいと聞くし、二、三回は確実に勝たせてくれると教わった。
だから二度参加し確実に資金を増やす。
けれどそこで別のテーブルに移り、今度は冷やかすように少額で遊んでやる。
俺に裏事情を教えてくれた男の話では、こうする事で簡単に上との連絡がつくらしい。
案の定そっと後ろから声を掛けられ、別室へと連れて行かれた。

「おう、兄ちゃん。見かけない顔だな?」
「騒がせてすまなかった。ちょっと仕事から戻る途中に資金がアクシデントでなくなったから、小銭を増やさせてもらおうと思って寄らせてもらったんだ」
「ほぉ?ちなみにどこへ帰るんだ?」
「王都のロンギスのところへ」
「ああ、あの腕の立つ闇医者か。あいつの子飼いなら協力してやるよ。俺のところの奴もあの人には何人も世話になってるしな」
「助かるよ。ついでに宿もいいところを知らないか?ここは初めてだから勝手がわからなくて」
「ああ、裏稼業の者しか泊まれない宿は現地で聞くしかないもんなぁ。後で案内するよう言っておいてやるよ。取り敢えず下で儲けられるよう手を回しておくから、適当に楽しんでくれ」
「助かる」
「いいってことよ。同業のよしみだ。気にすんな」

そう言って豪快に笑ってここの主人は気持ちよく送り出してくれた。
後は合法を装って資金を増やすだけだ。
金を借りるわけではないので返す必要もなく、非常に勝手が良い。

「行くぞ」

カーライルにそう声を掛けカジノの場所へと戻る。
そして今度は目立たないテーブルへと案内されて、そこで適当に楽しませてもらいながら資金を増やした。

そして頃合いを見計らったタイミングで声が掛けられたので、今度は案内されるがままに宿へと向かい、そのまま宿泊手続きを行う。
見た目は普通の集合住宅のような建屋なので、外からは絶対に宿屋には見えないし、まず見つからないだろう。
ここなら間違いなく追っ手はやってこないだろうと思えたので、俺は安心してシャワーを浴びぐっすりと眠ることができた。




「ん~」

よく寝たと伸びをして適当に宿の物を借りて身支度を整える。
こういった場所は暗殺者や訳ありの者達など色んな事情を抱えた者が利用するので、宿の者に言えば新しい下着や服も用意してもらえると裏稼業の知り合いから聞いていた。
だから金を払いそれを用意してもらってさっさと着替え、元々着せられていた服は処分してもらった。
証拠になるのではとカーライルは渋っていたがあっても邪魔なだけだ。
今は帰るのを優先したい。

「今日のご予定は?」
「王都行きの商人の馬車に乗る」
「乗合馬車じゃないんですか?」
「そんな足のつきやすいものに乗って楽しいか?」
「いえ。愚問でした」

俺を攫った馬車の連中はこの街にいるはずだ。
乗合馬車などきっと朝一で押さえられているだろう。
下手をすればあっという間にまた捕まってしまうではないか。

それから宿の主人に紹介してもらい王都行きの商人の馬車に乗せてもらって密やかに元来た道を戻っていく。
恐らくとっくに自分がいなくなった事は攫うよう指示を出した相手へと伝わっている事だろう。
だからこそ普通なら取らない裏のルートを利用して帰るのがベストなのだ。
今回紹介してもらった商人は裏取引の商品を扱っているらしいので、行動はとても慎重だし、誤魔化すのを得意としているので追っ手が来てもバレるリスクは低いだろう。
まさに理想的な移動手段を持った相手だ。

「今頃兄上は心配してくれているかな?」
「そりゃあ兄君を筆頭に王宮中大騒ぎになってるでしょうね」
「俺がいないところで泣いてないといいんだけど……」
「そこですか?!愛しの兄君の泣き顔が見れなくて残念って言ってるようにしか聞こえませんよ?!」

本当に兄のことしか頭にないんですねって驚かれたけど、それ以外に何かあるだろうか?
ぶっちゃけあそこは兄以外に気に掛ける価値のない場所なんだが。

「ああ、リヒターにも心配は掛けてるかな。帰ったら謝らないと」

彼もきっと俺を探してくれているはずだ。
あの城で俺を本気で心配してくれる者なんて所詮それくらいしかいないだろう。
後は皆『俺』ではなく『王』がいなくなったと騒いでいるだけに過ぎない。
そんな事を考えていたら、何故かカーライルに自分もいるから頼って欲しいと訴えられた。

「俺は確かに元はアンシャンテの暗部です。でも貴方に忠誠を誓ってからは誠心誠意お仕えしてきたつもりですし、ずっと貴方を見守ってきました。これでも貴方自身に惚れ込んでガヴァムに来たんですよ?だから……味方が二人だけだなんて寂しいこと、言わないでください」

そんなカーライルの真剣な眼差しに目を瞠り、次いで俺は破顔した。

「そうか…。そう言えばそうだったな」

なんだかんだと全く気にかけることのない俺だったのに、カーライルはそんな事を全く気にする事なくこの半年の間黙って俺の側で控えてくれていた。
しかも攫われたと知ってこうして必死に追い掛けて来てくれたのだ。
流石にここまでしてもらってその忠誠心を疑う気はない。

「カーク。これからも宜しく」

だから俺だけが呼ぶ名で、笑顔でそう言ったのだった。
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