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32.国際会議⑰
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用事も済んだし、さて帰ろうかと思ったところでレオナルド皇子がこちらに手招きしている姿が目に入り、そちらへと足を向ける。
彼ともここでお別れなので一応挨拶だけはしておくかと思ったからだ。
「レオナルド皇子。滞在中はお世話になりました」
「いや、こちらこそ色々お世話になったし助かった。ロキ王子にはいくらお礼を言っても足りないくらいだよ」
そんな風に満面の笑みで礼を言われる。
「父上にも許可はもらったから、今度ペット連れで遊びに行くから楽しみにしててくれ!」
「別に来なくても……」
構わないのでと口にしようとしたところで後ろから兄に抱きつかれ、思いがけない言葉を告げられてしまった。
「レオナルド皇子。その件は一先ず保留にしてもらえないだろうか?ロキは帰ったら即位の準備で忙しくなる。貴殿に構っている時間は然程ないはずだ」
「え?ロキ王子、こんなに早くガヴァムの王様になるのか?」
「…………非常に不本意ながら?」
「そうか。それならお祝いの準備をしておかないと!あ、ついでに結婚とかもするのかな?」
「いえ…それは────」
ないと言おうとしたらまたしても兄に言葉を奪われる。
「王配は俺になるよう制度も帰ったらすぐに整えるつもりだ。法が整うまで式は挙げられないが、もしそうなったらレオナルド皇子も式には参列してもらえるだろうか?」
「「えぇっ?!」」
これにはレオナルド皇子だけではなく俺も驚き過ぎて思わず声を上げてしまう。
「あ…兄上?」
「なんだ」
「その……初耳なのですが?」
まさか兄が自分と結婚してくれるなんて思ってもみなかったからどうしても戸惑いを隠せない。
「……お前は俺がついていてやらないと勝手に責任を取って死ぬとかまた言い出しそうだから、そうなるくらいなら勝手に死なないよう傍でできるだけ支えてやりたくてな」
「兄上……」
これは夢なんじゃないかと思わず手を抓ってみるがちゃんと痛いのできっと夢ではないのだろう。
「嫌か?」
そんな言葉を不安そうに言わないでほしい。
嫌なはずがないではないか。
「いえ、その……とても嬉しいです」
こんなに幸せな話が他にあるだろうか?
「俺は…お前を幸せにしてやると約束しただろう?二人で幸せになろう」
「はい…」
嬉しくて嬉しくて頬が緩んでいくのが止められない。
そんな俺達にレオナルド皇子が感嘆の声を上げた。
「はぁ…まさかこんな目の前でカリン王子のプロポーズが見られるなんて思ってもみなかったな。でもそういうことなら話は早い!」
そして唐突に帰りの時間を遅らせてほしいと言ってくる。
「ロキ王子、後で話したいことがあるからちょっと出発を後回しにして時間を取ってくれないか?もちろんカリン王子も一緒で構わないから」
「え…でも」
あまり出発が遅くなるのもなと思いそう口にしたら兄がそれを遮って了承してしまう。
「わかった。何時にどこへ行けばいい?」
「助かるよ。昼食後に迎えを寄越すから来てもらえるかな?父上と母上にも声をかけておくから」
「なるほど…了解した。行くぞロキ」
そう言って結局出発は後回しに兄に連れられ部屋へと戻ることに。
「兄上。いいんですか?」
正直まだ刺客が残っているかもしれないのに出発が遅れたら困るのではとそう言葉にするが、兄は穏やかにその質問に答えてくれる。
「ロキ。レオナルド皇子の言葉を聞いていたか?」
「え?」
「レオナルド皇子は『そういうことなら話は早い』と言っていただろう?あれは元々俺達の出発を遅らせるために接触してきていた証拠だ」
「え?」
それは全く気付かなかった。
「恐らくブルーグレイの王太子絡みだろう。おとなしく従っておいた方がいい。それに…そのついでにこちらの戴冠や結婚祝いについて話を聞いて祝いの品を考えようという腹積もりだと思う」
ミラルカはガヴァムと然程離れてはいないし、戴冠式には出席することになるだろう。
だからこそ、これを機に直接話をして好みを聞き出すというのはおかしくはない話ではあった。
そして各国の者達が粗方出発し終えたところで俺達は指定された場所へと足を運んだ。
***
「おお!ロキ王子、カリン王子、よく来てくれた!」
そこには満面の笑みのミラルカ皇王の姿があり、隣には王妃の姿もある。
「ミラルカ皇王、滞在中は大変お世話になりました」
「いやいや。私達の方こそブルーグレイのセドリック王子への対処法を教えてもらえてとても助かった。国滅亡の危機とも言えるところを助けてもらったようなものだ。大変感謝している」
そんな風に言ってもらえたけれど、そんなことをした覚えはまるでないのだが…。
「……お役に立てて光栄です?」
とは言え皇王の言葉を否定するのもどうかと思ったので一応そんな風に口にしておいた。
兄からは横から後で説明するようにというような視線が飛んでくるけど、全く心当たりがないからこればかりは本当に勘弁してもらいたいものだ。
それからレオナルド皇子から聞いたのだろう、戴冠の件と結婚の件を切り出され、それぞれの時期を訊かれたのだけど……。
「戴冠式は準備等もあるので早くてもひと月ほど先になるかと。結婚式に至っては法の整備があるので更に遅くなり早くても半年ほど先を予定しています」
兄は少し考えるようにしながらそんな風に口にした。
でもその話を聞いて俺は少し気持ちが落ち込んでしまう。
「兄上との結婚はすぐではないんですね…」
なんなら帰ってすぐの結婚でも大歓迎だったのだが…。
「そう残念そうにするな。どう考えても戴冠式が先だろう?」
「それはそうですけど…」
でも自分的には王になるよりも兄と結婚する方が嬉しいに決まっているのだからそこは許してほしい。
そんな俺にレオナルド皇子がにまにましながら茶化してくる。
「父上、ロキ王子はカリン王子がとっても大好きなんですよ!俺も親友として是非盛大にお祝いしてあげたいんですが、構いませんよね?」
「それはもちろんだ。兄弟で結婚というのは非常に珍しいが、このあたりの国では一昔前には近親婚はあったものだし、気にする必要もなかろう。後継者は誰か身内の中から養子にとってもよいしな」
正直身内から選ぶつもりもないけれど、ここでそれを言っても仕方がないのでそこはサラッと流しておく。
嫌悪感を抱かれなかっただけで良かったと思おう。
そこからはお祝いの話になったけど、ミラルカは今回の国際会議での出費も手伝い、かなりの財政難に陥っているようだったので、それならと一つの案を出してみた。
「戴冠式にも結婚式にも花はつきものです。それらの準備をお願いできませんか?」
「花?」
「あぁ!それはいいかも!」
今からなら戴冠式用には花をかき集めなければいけないかもしれないが、結婚式用になら今から育てても十分間に合う。
「もちろん用意してもらえるのであればこちらで花は買い取らせて頂きますし」
「いや、それは…!」
「育ててもらうのと配るのと撒くのに人手が大量に必要でしょう?人件費もバカになりませんし、それをお祝いにして頂けたらこちらとしては非常に助かります」
そう言ってにっこりとお願いしたら皇王夫妻に潤む目で感謝されてしまった。
どうしてだろう?
花を用意するのだってタダではないし、人件費は結構嵩むと聞くから、お祝いはそれでって言ってもらえたら十分有難いと思うんだけど…。
するとここでまたレオナルド皇子が声を上げた。
「母上!それなら折角ですし、あの鉱山近くの土地を利用してみてはどうでしょう?土の栄養分も豊富ですし、花を育てるのにはよいのでは?」
「まあ!素晴らしいわ、レオ!早速あのあたりの木を伐採して花畑を作りましょう!」
どうやら鉱山のすぐ傍で花を育てることになったらしい。
「それなら花畑を作る資金はうちで持ちましょう。今からそこを開拓して花を植えるのなら結婚式用になるでしょうし、色々花の種類も相談させて頂きたい」
兄が意外にもそんなことを言ってくれたので俺も嬉しくなって、どうせなら色とりどりの花がいいですと笑顔で提案しておいた。
「フラワーシャワーは確かに色とりどりの花の方が華やかでいいですわね」
「確かに!そういうことならミラルカのワイバーン使いを総動員して空から大量の花びらを撒こう!きっと素晴らしい結婚式になるぞ!」
何やらどんどん話が大きくなっている気がするけど大丈夫なんだろうか?
ワイバーン使いを普通に沢山雇うと大金が必要になると聞いたことがあるけれど…。
少し心配になってそれを尋ねると、皇王は笑顔で笑い飛ばしてくれた。
「そんなもの、気にしなくて大丈夫だ。ロキ王子!彼らは王宮勤めだからな。城の一角で在中しているのも、ガヴァムの上空を飛行しているのも拘束時間は同じ。当然給料も我々が払っているので問題などあるはずがない。寧ろ人出だけで済むならいくらでも声をかけてほしい」
確かに言われてみればその通りだ。
元々王宮勤めならどこに行こうと給与は変わらないというのは納得のいく話だった。
「用意していただくのは空から撒く用の花と教会に飾る花、披露宴で飾る花、国民に配る花…大量に必要ですが、大丈夫そうですか?」
「ああ!任せておいてくれ!親友の為なら張りきって用意しておくから!」
レオナルド皇子の大船に乗ったつもりで任せてほしいという言葉に素直に甘えることにして、帰ったら早速財務大臣に相談だなと考える。
多分言ったらすぐに予算は組んでもらえるだろう。
財務大臣はあれから国庫三倍には満たないまでもかなり本気で国庫を潤しにかかっている。
他の大臣達も何やら協力し合って、俺がポロッと口にしたものを作るついでに利益を多々上げているらしい。
例えば兄用の透け透けガウンを見て思いついた『レースのカーテンのような透かし模様入りの薄衣』。
黒でエロティックに、白で清楚に、王族カラーの青藍色に紫の糸で刺繍を入れてもらったりと色々作ってもらったが、どうやら他にも色んなバリエーションを作ったらしく、密かに貴族の奥方達の愛用品になっているとか。
愛撫用に色々手を入れられるようにしたのもよかったらしく、中には授乳にも便利と喜ぶご婦人もいたとかなんとか。
身体を冷やさないかそちらの方が心配だったので、それについては似たデザインで分厚い布で作った方がいいと口添えしておいた。
ちゃんと用途は考えて使ってほしいものだ。
他にも嘘か本当か俺と兄をモデルにした恋愛本も何故か作られ売られていると聞いたし、何が楽しいのか言葉責め集というマニアックな本まで作られたとか。
きっと犯人はリヒターだろう。
閨での会話を聞ける者など非常に限られるのだから。
初めて聞いた時はそんなものが売れるのかと疑問に思ったが、これが意外にも好評なのだと外務大臣がホクホク顔で笑っていたのは不思議でならなかった。
正直俺には何がいいのかよくわからない。
皆自分で好きに言葉で虐めたらいいと思うのだが?
拘束具の類も色々俺が頼んだものを元に改良が加えられ、牢で使われている物が一新されたと聞くし、捕縛法も兵なら誰でも素早くできるよう訓練に取り入れられたとも聞く。
それにより悪党の制圧に色々役に立っているらしく、少し治安も良くなったと以前裏家業の者達からも話を聞いた。
まあそんなこんなでちょいちょい国庫の収入が増え、治安もよくなっているらしいので、国としては平和そのもの。
嫌われ者の俺にでもお願いしたら花代くらいは用意してくれるはずだ。
ダメなら私財を使おう。
そう思ったところで、そうだと思い出したことを口にしてみる。
「あの……話が変わって申し訳ないんですが、鉱山を取り尽くしてからでいいので一つお願いが…」
「なんだろうか?ロキ王子の頼みならできる限り呑みたいが?」
そんな風に言ってもらえるのは嬉しいが、本当はちょっと申し訳ないお願いだったりする。
内容が内容だったからだ。
危険がないよう鉱山自体に手を入れ、内装を整えて上手い具合に鉱山ホテルとかにできないかという相談で、すぐ傍に花畑を作るのなら景色も良くなるしいいかもと思っての提案だった。
「もちろん言い出した俺の方で資金は出すので、ちょっとこう…マニアックな牢屋風にしつらえた豪華な部屋とかを一室作ってもらえたら兄上と旅行がてら来れるなと思って…」
たまには違う場所で刺激的なシチュエーションを楽しみたいので、ダメ元で少々無理な注文をお願いしてみる。
そうしたらミラルカの皇王が鼻血を噴いてしまって非常に申し訳なかった。
「グハッ…。うぅ…申し訳ない……。年寄りには刺激的過ぎて……」
「いいえ。無理を言ってしまい申し訳なかったです。どうか忘れてください」
「いやっ!いやいやいや!ある意味ありだと思うので、是非参考にさせていただこう」
「そうですか?まあ…もし実際に作って頂けるのであれば是非ご一報ください」
そんな風に話を終えると、何故かレオナルド皇子からニコニコしながら明後日の方向にお礼を言われた。
「ロキ王子。本当にありがとう!ロキ王子の友情に涙が出そうだ。こんなことなら最初からロキ王子に相談したらよかった」
「………?」
正直言われている意味が全くわからない。
そんな俺にレオナルド皇子は丁寧に説明をしてくれる。
「いや、今回の交流会で実感したんだけど、結構マニアックな人達が多いと思わなかったかな?」
「ああ、まあ確かに?」
それは話してみて俺もよく分かったから、同感だ。
「うん。それで今のロキ王子の話を聞いてちょっと思いついたんだ」
「何を?」
「あの鉱山が廃坑になったらホテルに改造して、宿泊兼趣味のレンタルスペース的に貸し出せたらいいなって!」
ホテル仕様のバスルーム完備で、各部屋ごとにコンセプトを変えて部屋作りをし、その日の気分で都度楽しめたらいいんじゃないかとレオナルド皇子はちょっと興奮したように話をし始める。
「もちろん宿泊客達のコミュニケーションが取れるサロンも用意して、情報交換にも使ってもらえるようにしておきたいし、趣味仲間で集まりやすいよう広間も用意して……」
何やら色んなアイデアが思いついたらしくレオナルド皇子はあれこれと構想を練り始めたようだ。
「ちなみにロキ王子は牢屋風以外のシチュエーションだと、どんな部屋がいい?」
城でできないことを参考までに聞かせて欲しいと言われ、ちょっとだけ考えてみる。
「…………。あ、温室はうちにはないからちょっと気になります。外とはちょっと違った感じで植物に囲まれたシチュエーションというのはちょっとやってみたいかも。後やってみたいのはシャンデリアの下での螺旋階段で、とか?」
思いつく限りを口にしてみると早速というようにレオナルド皇子はメモを取り、完全な温室ではなく温室風でもいいのかと聞かれたのでそこは素直に頷いておいた。
ようは雰囲気を楽しめればそれでいいのだ。
「わかった!他にも色んな人の意見を聞いて実際に形にできるかどうか検討してみよう」
そして満面の笑みでレオナルド皇子は自分が手掛ける最初の事業だとやる気を見せていた。
「どうせならロキ王子が忙しくなっても来やすいようにワイバーンの定期便で行き来できるように交通の便も考えたいなぁ」
そんな言葉に正直有難いなとは思う。
「ああ、ワイバーンなら確かに早いからありがたいですね」
「そうそう。馬車で十日なんて遠いし。ワイバーンでひとっ飛びが一番だよ」
「でもそれだと一回に運べる人数が少ないから大変では?」
「それならほら、パーティーで皆で話してたレールの上を馬車で走るっていうのにしてみるとか?あれを上手く利用して間のレトロン国と交渉してガヴァムとミラルカを繋いでしまったらどうかな?」
あの時あまりにも皆で話が盛り上がっていたので、もっと早く国交間を行き来できたらいいのにという話になって、いっそレールの上を馬車で走ったら早くなるのではという話になり、それなら馬で引くよりワイバーンに引かせたらとか、それだと大変だからいっそのこと魔道具で上手く走らせられないか等々皆で色々案を出し合ったのだ。
確かにトロッコのようにブレーキをつければ可能じゃないかとあれこれ皆で楽しく話したけれど、それはあの場だけのノリのつもりだったのだが……。
「ロキ王子。これでも俺、スピードと行動力だけは凄いから任せておいてくれ!」
そんなどこか自信満々なレオナルド皇子に適当に合槌を打って、無理はしないようにとだけ言ってお暇することにした。
気づけば結構な時間が経っていたし、そろそろ帰らないとマズいだろう。
「では皇王陛下、王妃陛下、レオナルド皇太子、お世話になりました」
「ああ。ロキ王子。この恩返しは必ず。気を付けて帰られよ」
「お気をつけて」
「またすぐに会いに行くから!」
そんな言葉に見送られ、俺達はミラルカを後にしたのだった。
彼ともここでお別れなので一応挨拶だけはしておくかと思ったからだ。
「レオナルド皇子。滞在中はお世話になりました」
「いや、こちらこそ色々お世話になったし助かった。ロキ王子にはいくらお礼を言っても足りないくらいだよ」
そんな風に満面の笑みで礼を言われる。
「父上にも許可はもらったから、今度ペット連れで遊びに行くから楽しみにしててくれ!」
「別に来なくても……」
構わないのでと口にしようとしたところで後ろから兄に抱きつかれ、思いがけない言葉を告げられてしまった。
「レオナルド皇子。その件は一先ず保留にしてもらえないだろうか?ロキは帰ったら即位の準備で忙しくなる。貴殿に構っている時間は然程ないはずだ」
「え?ロキ王子、こんなに早くガヴァムの王様になるのか?」
「…………非常に不本意ながら?」
「そうか。それならお祝いの準備をしておかないと!あ、ついでに結婚とかもするのかな?」
「いえ…それは────」
ないと言おうとしたらまたしても兄に言葉を奪われる。
「王配は俺になるよう制度も帰ったらすぐに整えるつもりだ。法が整うまで式は挙げられないが、もしそうなったらレオナルド皇子も式には参列してもらえるだろうか?」
「「えぇっ?!」」
これにはレオナルド皇子だけではなく俺も驚き過ぎて思わず声を上げてしまう。
「あ…兄上?」
「なんだ」
「その……初耳なのですが?」
まさか兄が自分と結婚してくれるなんて思ってもみなかったからどうしても戸惑いを隠せない。
「……お前は俺がついていてやらないと勝手に責任を取って死ぬとかまた言い出しそうだから、そうなるくらいなら勝手に死なないよう傍でできるだけ支えてやりたくてな」
「兄上……」
これは夢なんじゃないかと思わず手を抓ってみるがちゃんと痛いのできっと夢ではないのだろう。
「嫌か?」
そんな言葉を不安そうに言わないでほしい。
嫌なはずがないではないか。
「いえ、その……とても嬉しいです」
こんなに幸せな話が他にあるだろうか?
「俺は…お前を幸せにしてやると約束しただろう?二人で幸せになろう」
「はい…」
嬉しくて嬉しくて頬が緩んでいくのが止められない。
そんな俺達にレオナルド皇子が感嘆の声を上げた。
「はぁ…まさかこんな目の前でカリン王子のプロポーズが見られるなんて思ってもみなかったな。でもそういうことなら話は早い!」
そして唐突に帰りの時間を遅らせてほしいと言ってくる。
「ロキ王子、後で話したいことがあるからちょっと出発を後回しにして時間を取ってくれないか?もちろんカリン王子も一緒で構わないから」
「え…でも」
あまり出発が遅くなるのもなと思いそう口にしたら兄がそれを遮って了承してしまう。
「わかった。何時にどこへ行けばいい?」
「助かるよ。昼食後に迎えを寄越すから来てもらえるかな?父上と母上にも声をかけておくから」
「なるほど…了解した。行くぞロキ」
そう言って結局出発は後回しに兄に連れられ部屋へと戻ることに。
「兄上。いいんですか?」
正直まだ刺客が残っているかもしれないのに出発が遅れたら困るのではとそう言葉にするが、兄は穏やかにその質問に答えてくれる。
「ロキ。レオナルド皇子の言葉を聞いていたか?」
「え?」
「レオナルド皇子は『そういうことなら話は早い』と言っていただろう?あれは元々俺達の出発を遅らせるために接触してきていた証拠だ」
「え?」
それは全く気付かなかった。
「恐らくブルーグレイの王太子絡みだろう。おとなしく従っておいた方がいい。それに…そのついでにこちらの戴冠や結婚祝いについて話を聞いて祝いの品を考えようという腹積もりだと思う」
ミラルカはガヴァムと然程離れてはいないし、戴冠式には出席することになるだろう。
だからこそ、これを機に直接話をして好みを聞き出すというのはおかしくはない話ではあった。
そして各国の者達が粗方出発し終えたところで俺達は指定された場所へと足を運んだ。
***
「おお!ロキ王子、カリン王子、よく来てくれた!」
そこには満面の笑みのミラルカ皇王の姿があり、隣には王妃の姿もある。
「ミラルカ皇王、滞在中は大変お世話になりました」
「いやいや。私達の方こそブルーグレイのセドリック王子への対処法を教えてもらえてとても助かった。国滅亡の危機とも言えるところを助けてもらったようなものだ。大変感謝している」
そんな風に言ってもらえたけれど、そんなことをした覚えはまるでないのだが…。
「……お役に立てて光栄です?」
とは言え皇王の言葉を否定するのもどうかと思ったので一応そんな風に口にしておいた。
兄からは横から後で説明するようにというような視線が飛んでくるけど、全く心当たりがないからこればかりは本当に勘弁してもらいたいものだ。
それからレオナルド皇子から聞いたのだろう、戴冠の件と結婚の件を切り出され、それぞれの時期を訊かれたのだけど……。
「戴冠式は準備等もあるので早くてもひと月ほど先になるかと。結婚式に至っては法の整備があるので更に遅くなり早くても半年ほど先を予定しています」
兄は少し考えるようにしながらそんな風に口にした。
でもその話を聞いて俺は少し気持ちが落ち込んでしまう。
「兄上との結婚はすぐではないんですね…」
なんなら帰ってすぐの結婚でも大歓迎だったのだが…。
「そう残念そうにするな。どう考えても戴冠式が先だろう?」
「それはそうですけど…」
でも自分的には王になるよりも兄と結婚する方が嬉しいに決まっているのだからそこは許してほしい。
そんな俺にレオナルド皇子がにまにましながら茶化してくる。
「父上、ロキ王子はカリン王子がとっても大好きなんですよ!俺も親友として是非盛大にお祝いしてあげたいんですが、構いませんよね?」
「それはもちろんだ。兄弟で結婚というのは非常に珍しいが、このあたりの国では一昔前には近親婚はあったものだし、気にする必要もなかろう。後継者は誰か身内の中から養子にとってもよいしな」
正直身内から選ぶつもりもないけれど、ここでそれを言っても仕方がないのでそこはサラッと流しておく。
嫌悪感を抱かれなかっただけで良かったと思おう。
そこからはお祝いの話になったけど、ミラルカは今回の国際会議での出費も手伝い、かなりの財政難に陥っているようだったので、それならと一つの案を出してみた。
「戴冠式にも結婚式にも花はつきものです。それらの準備をお願いできませんか?」
「花?」
「あぁ!それはいいかも!」
今からなら戴冠式用には花をかき集めなければいけないかもしれないが、結婚式用になら今から育てても十分間に合う。
「もちろん用意してもらえるのであればこちらで花は買い取らせて頂きますし」
「いや、それは…!」
「育ててもらうのと配るのと撒くのに人手が大量に必要でしょう?人件費もバカになりませんし、それをお祝いにして頂けたらこちらとしては非常に助かります」
そう言ってにっこりとお願いしたら皇王夫妻に潤む目で感謝されてしまった。
どうしてだろう?
花を用意するのだってタダではないし、人件費は結構嵩むと聞くから、お祝いはそれでって言ってもらえたら十分有難いと思うんだけど…。
するとここでまたレオナルド皇子が声を上げた。
「母上!それなら折角ですし、あの鉱山近くの土地を利用してみてはどうでしょう?土の栄養分も豊富ですし、花を育てるのにはよいのでは?」
「まあ!素晴らしいわ、レオ!早速あのあたりの木を伐採して花畑を作りましょう!」
どうやら鉱山のすぐ傍で花を育てることになったらしい。
「それなら花畑を作る資金はうちで持ちましょう。今からそこを開拓して花を植えるのなら結婚式用になるでしょうし、色々花の種類も相談させて頂きたい」
兄が意外にもそんなことを言ってくれたので俺も嬉しくなって、どうせなら色とりどりの花がいいですと笑顔で提案しておいた。
「フラワーシャワーは確かに色とりどりの花の方が華やかでいいですわね」
「確かに!そういうことならミラルカのワイバーン使いを総動員して空から大量の花びらを撒こう!きっと素晴らしい結婚式になるぞ!」
何やらどんどん話が大きくなっている気がするけど大丈夫なんだろうか?
ワイバーン使いを普通に沢山雇うと大金が必要になると聞いたことがあるけれど…。
少し心配になってそれを尋ねると、皇王は笑顔で笑い飛ばしてくれた。
「そんなもの、気にしなくて大丈夫だ。ロキ王子!彼らは王宮勤めだからな。城の一角で在中しているのも、ガヴァムの上空を飛行しているのも拘束時間は同じ。当然給料も我々が払っているので問題などあるはずがない。寧ろ人出だけで済むならいくらでも声をかけてほしい」
確かに言われてみればその通りだ。
元々王宮勤めならどこに行こうと給与は変わらないというのは納得のいく話だった。
「用意していただくのは空から撒く用の花と教会に飾る花、披露宴で飾る花、国民に配る花…大量に必要ですが、大丈夫そうですか?」
「ああ!任せておいてくれ!親友の為なら張りきって用意しておくから!」
レオナルド皇子の大船に乗ったつもりで任せてほしいという言葉に素直に甘えることにして、帰ったら早速財務大臣に相談だなと考える。
多分言ったらすぐに予算は組んでもらえるだろう。
財務大臣はあれから国庫三倍には満たないまでもかなり本気で国庫を潤しにかかっている。
他の大臣達も何やら協力し合って、俺がポロッと口にしたものを作るついでに利益を多々上げているらしい。
例えば兄用の透け透けガウンを見て思いついた『レースのカーテンのような透かし模様入りの薄衣』。
黒でエロティックに、白で清楚に、王族カラーの青藍色に紫の糸で刺繍を入れてもらったりと色々作ってもらったが、どうやら他にも色んなバリエーションを作ったらしく、密かに貴族の奥方達の愛用品になっているとか。
愛撫用に色々手を入れられるようにしたのもよかったらしく、中には授乳にも便利と喜ぶご婦人もいたとかなんとか。
身体を冷やさないかそちらの方が心配だったので、それについては似たデザインで分厚い布で作った方がいいと口添えしておいた。
ちゃんと用途は考えて使ってほしいものだ。
他にも嘘か本当か俺と兄をモデルにした恋愛本も何故か作られ売られていると聞いたし、何が楽しいのか言葉責め集というマニアックな本まで作られたとか。
きっと犯人はリヒターだろう。
閨での会話を聞ける者など非常に限られるのだから。
初めて聞いた時はそんなものが売れるのかと疑問に思ったが、これが意外にも好評なのだと外務大臣がホクホク顔で笑っていたのは不思議でならなかった。
正直俺には何がいいのかよくわからない。
皆自分で好きに言葉で虐めたらいいと思うのだが?
拘束具の類も色々俺が頼んだものを元に改良が加えられ、牢で使われている物が一新されたと聞くし、捕縛法も兵なら誰でも素早くできるよう訓練に取り入れられたとも聞く。
それにより悪党の制圧に色々役に立っているらしく、少し治安も良くなったと以前裏家業の者達からも話を聞いた。
まあそんなこんなでちょいちょい国庫の収入が増え、治安もよくなっているらしいので、国としては平和そのもの。
嫌われ者の俺にでもお願いしたら花代くらいは用意してくれるはずだ。
ダメなら私財を使おう。
そう思ったところで、そうだと思い出したことを口にしてみる。
「あの……話が変わって申し訳ないんですが、鉱山を取り尽くしてからでいいので一つお願いが…」
「なんだろうか?ロキ王子の頼みならできる限り呑みたいが?」
そんな風に言ってもらえるのは嬉しいが、本当はちょっと申し訳ないお願いだったりする。
内容が内容だったからだ。
危険がないよう鉱山自体に手を入れ、内装を整えて上手い具合に鉱山ホテルとかにできないかという相談で、すぐ傍に花畑を作るのなら景色も良くなるしいいかもと思っての提案だった。
「もちろん言い出した俺の方で資金は出すので、ちょっとこう…マニアックな牢屋風にしつらえた豪華な部屋とかを一室作ってもらえたら兄上と旅行がてら来れるなと思って…」
たまには違う場所で刺激的なシチュエーションを楽しみたいので、ダメ元で少々無理な注文をお願いしてみる。
そうしたらミラルカの皇王が鼻血を噴いてしまって非常に申し訳なかった。
「グハッ…。うぅ…申し訳ない……。年寄りには刺激的過ぎて……」
「いいえ。無理を言ってしまい申し訳なかったです。どうか忘れてください」
「いやっ!いやいやいや!ある意味ありだと思うので、是非参考にさせていただこう」
「そうですか?まあ…もし実際に作って頂けるのであれば是非ご一報ください」
そんな風に話を終えると、何故かレオナルド皇子からニコニコしながら明後日の方向にお礼を言われた。
「ロキ王子。本当にありがとう!ロキ王子の友情に涙が出そうだ。こんなことなら最初からロキ王子に相談したらよかった」
「………?」
正直言われている意味が全くわからない。
そんな俺にレオナルド皇子は丁寧に説明をしてくれる。
「いや、今回の交流会で実感したんだけど、結構マニアックな人達が多いと思わなかったかな?」
「ああ、まあ確かに?」
それは話してみて俺もよく分かったから、同感だ。
「うん。それで今のロキ王子の話を聞いてちょっと思いついたんだ」
「何を?」
「あの鉱山が廃坑になったらホテルに改造して、宿泊兼趣味のレンタルスペース的に貸し出せたらいいなって!」
ホテル仕様のバスルーム完備で、各部屋ごとにコンセプトを変えて部屋作りをし、その日の気分で都度楽しめたらいいんじゃないかとレオナルド皇子はちょっと興奮したように話をし始める。
「もちろん宿泊客達のコミュニケーションが取れるサロンも用意して、情報交換にも使ってもらえるようにしておきたいし、趣味仲間で集まりやすいよう広間も用意して……」
何やら色んなアイデアが思いついたらしくレオナルド皇子はあれこれと構想を練り始めたようだ。
「ちなみにロキ王子は牢屋風以外のシチュエーションだと、どんな部屋がいい?」
城でできないことを参考までに聞かせて欲しいと言われ、ちょっとだけ考えてみる。
「…………。あ、温室はうちにはないからちょっと気になります。外とはちょっと違った感じで植物に囲まれたシチュエーションというのはちょっとやってみたいかも。後やってみたいのはシャンデリアの下での螺旋階段で、とか?」
思いつく限りを口にしてみると早速というようにレオナルド皇子はメモを取り、完全な温室ではなく温室風でもいいのかと聞かれたのでそこは素直に頷いておいた。
ようは雰囲気を楽しめればそれでいいのだ。
「わかった!他にも色んな人の意見を聞いて実際に形にできるかどうか検討してみよう」
そして満面の笑みでレオナルド皇子は自分が手掛ける最初の事業だとやる気を見せていた。
「どうせならロキ王子が忙しくなっても来やすいようにワイバーンの定期便で行き来できるように交通の便も考えたいなぁ」
そんな言葉に正直有難いなとは思う。
「ああ、ワイバーンなら確かに早いからありがたいですね」
「そうそう。馬車で十日なんて遠いし。ワイバーンでひとっ飛びが一番だよ」
「でもそれだと一回に運べる人数が少ないから大変では?」
「それならほら、パーティーで皆で話してたレールの上を馬車で走るっていうのにしてみるとか?あれを上手く利用して間のレトロン国と交渉してガヴァムとミラルカを繋いでしまったらどうかな?」
あの時あまりにも皆で話が盛り上がっていたので、もっと早く国交間を行き来できたらいいのにという話になって、いっそレールの上を馬車で走ったら早くなるのではという話になり、それなら馬で引くよりワイバーンに引かせたらとか、それだと大変だからいっそのこと魔道具で上手く走らせられないか等々皆で色々案を出し合ったのだ。
確かにトロッコのようにブレーキをつければ可能じゃないかとあれこれ皆で楽しく話したけれど、それはあの場だけのノリのつもりだったのだが……。
「ロキ王子。これでも俺、スピードと行動力だけは凄いから任せておいてくれ!」
そんなどこか自信満々なレオナルド皇子に適当に合槌を打って、無理はしないようにとだけ言ってお暇することにした。
気づけば結構な時間が経っていたし、そろそろ帰らないとマズいだろう。
「では皇王陛下、王妃陛下、レオナルド皇太子、お世話になりました」
「ああ。ロキ王子。この恩返しは必ず。気を付けて帰られよ」
「お気をつけて」
「またすぐに会いに行くから!」
そんな言葉に見送られ、俺達はミラルカを後にしたのだった。
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