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閑話4.ガヴァム王国にて
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※今回後半の国王視点は国王の死ネタなので、苦手な方はそこから下はスルーでお願いします。
****************
【Side.財務大臣】
ロキ様が国際会議へと出掛けて行った。
非常に寂しい限りだ。
そう考えているのは何も財務大臣の自分だけではない。
連れて行ってもらえた宰相や外務大臣達が羨ましくて仕方がない。
だが私にはここでやらねばならないことがあるのだ。
ここ最近王宮には密かに『ロキ様の犬』という言葉が飛び交っている。
正確には『ロキ様』というキーワードに対し『犬』と返ってきたら仲間というだけの話なのだが。
ロキ様に対してよくない印象を持っている者にロキ様の話を振ると大抵『色狂い』『狂人』『出来損ないの王子』など蔑むような言葉が返ってくるのだが、ロキ様の信者はロキ様の話を振ると目がどこか恍惚としているのですぐにわかる。
そういう相手に「もしや貴方はロキ様の?」と振ると「犬です」とか「ファンです」などと返ってくるからわかりやすくそう言った者達を『ロキ様の犬』と陰で呼ぶようになった。
それで把握したこの『ロキ様の犬』達を纏めたのが私の友人でもあり、ロキ様信者でもある情報局トップ、カスターニュ侯爵だ。
趣味はロキ様とカリン王子の行為の盗み見らしいのでかなりの変態だが、その情報網はすさまじいものがある。
そしてカリン王子の暗部にもそれなりに連携して情報を流してくれるという徹底ぶり。
完全にロキ様の犬だ。
「夜にこっそりロキ様達の青姦を見るのが好きな者は多いですよ?」
どうやら我々のように直接ロキ様に新しい世界を教えてもらった者だけではなく、そこから信者になった者もいたらしい。
躍起になって二人にやめさせようとしていた王だったが、きっとこれを知ったらまた寝込んでしまうことだろう。
そんなロキ様の犬はあちらこちらに散らばっていて、その情報網はすさまじいものがあるのだとか。
それらを統括し取り纏めているカスターニュ侯爵によると、今回の国際会議に向けて王に不穏な動きがあるとのことで、こちらにも一早く情報を回してくれた。
それによると王はどうやら秘密裏にロキ様暗殺計画を立てているらしい。
これは由々しき事態だ。
随分周到に準備をしているらしいのだが、カスターニュ侯爵の手にかかれば全て筒抜けらしく、既にカリン王子の暗部にも情報を回してくれたらしい。
カリン王子はそれを聞くや否や王の引退を指示したのだとか。
そういうことならと私も密やかにロキ様の犬達に情報を回していく。
不思議なことにロキ様の犬達は優秀な者の方が多かった。
普段抑圧されている気持ちを解放してくれるロキ様の存在は大きいとでも言わんばかりの根っからの信者っぷりなので、情報を回しても裏切りはない。
それにより王は気づかぬうちにじわりじわりとロキ様の犬達に囲まれ、ついに追い詰められることとなったのだった。
【Side.国王】
(何故だ…何故だ、何故だ、何故だ?!)
ロキ達が予定通り国際会議へと旅立ったので予定通り暗殺するよう指示を出した。
道中で下手に手を出すと警戒されるだろうと、ミラルカ皇国に入ってからの暗殺がメインだ。
毎日パーティーが開かれるのは情報として得ているので、パーティーの帰りを狙うよう厳命する。
武器を持たない丸腰の状態ならきっとすぐにでも殺せるだろう。
間違ってカリンを殺さないようしっかりと伝えておいたし、カリンが横にいる時は矢を射かけるような真似はしないはず。
確実に息の根を止められるよう剣で喉笛をかき切ってやれとも言っておいた。
だがそれだけでは少々不安が残る。
連れて行った者は少ないがそれでも騎士団長自らが同行しているのだ。
一度の襲撃では恐らく失敗に終わる可能性が高い。
(ふむ。少々リスクが高いがカリンの件を利用するか)
カリンを快楽堕ちにさせた報復として暗殺者を国際会議中ブルーグレイ側に送り込んだら、向こうの方からロキを殺してはくれないだろうか?
現時点でロキは王太子という地位を持っている。
だからブルーグレイ側からしたら暗殺指示を出したのはロキだと考えが行くはず。
あとでブルーグレイから何か文句を言われてもその時点でロキは既に死んでいるだろうから、全て罪を押し付けてやればいい。
兄を嬉々として犯す様な狂った王子だからそんな無礼を働いてしまったのだろうと言って謝罪し、賠償金さえ払えば済むはず。
あとは真面になったカリンを王太子に戻せばいい。
万が一の時はロキよりカリンを優先して守れと近衛騎士達には伝えておいたし、きっと大丈夫だろう。
計画は完璧で、漏れ一つないはずだった。
それなのに────気づけばカリンから暗部を放たれ立場を脅かされて、追い詰められていたのは自分の方だった。
(カリンは王になりたくはないのか?!)
自分を捕らえようとしてくるカリンの暗部達を自分の暗部で返り討ちにしながらなんとか逃げて逃げて逃げ切ったと思ったのに……。
「陛下」
ロキの手にも落ちず、私の絶対的な味方だったはずのフランシス公爵が笑顔で兵を引き連れ私の前に立つ。
「……フランシス公爵。後ろの兵達は?もしや…私の味方に?」
「ご期待に添えられず申し訳ありません。悪事を見逃してもらえる機会を与えられると言われてしまいまして…」
「なっ?!誰にだ?!ざ、財務大臣か?!」
「いいえ。カスターニュ侯爵に…」
「カ、カスターニュ侯爵だと?!あやつはロキと何の関わりもなかったはずだぞ?!」
思いがけない相手の名に動揺が走る。
どうしてここで情報局のトップの名が出てくるのか…。
「そうですね。所謂ロキ様の隠れファン…といったやつなのでしょうか」
「何?!そ、それなら気にする必要はない!私を見逃してくれたら特別に便宜を図ってやるぞっ!どうだ!今からでも私の味方にならないか?!」
「残念ですが私一人が見逃しても逃げられないと思いますよ?」
困ったように公爵は笑い、他にもロキの味方はあちらこちらに網を張っているのだと言い出した。
「斯くいう私の息子もいつの間にか…。なので諦めて隠居なさってください」
『カスターニュ候爵は命まで取るつもりはないとのことです』との言葉に安堵するが、それでもこんな風に退位を迫られて黙って従ういわれはない。
けれど悔しいことに逃げる手立てが咄嗟に思い浮かばなかった。
私を守ろうとして暗部達が王妃と自分の周りにいてくれるが、公爵の私兵達の練度は高いと評判だ。
ここで下手に抵抗をしても殺されるだけだろう。
「ロ、ロキは出来損ないだぞ?!現時点で私の代わりに王にしようとも国はすぐに滅びを迎えるぞ?!」
「そうかもしれませんね」
「ではっ!」
「ですが、カリン王子を筆頭にこれだけの協力者が集まるのならすぐには潰れないと思いますが?」
確かにロキに王としての資質はないかもしれないが、いつの間にか増えていた信者達が率先して支えるだろうと公爵は重々しく吐き出した。
「私もまさかロキ王子にこれほどのカリスマ性があるとは夢にも思わなかったのですがね」
それはそうだろう。
自分だってそんなことを思ったことは一度もなかった。
「あれはただの狂った変態だ!あれの信者達も皆その色に染まっただけだ!」
そんな者達は後継であるカリン以外皆殺しにしてやればいいと叫ぶと、どこか鼻白んだように公爵は告げてくる。
「ほぅ?宰相、外務大臣、財務大臣、騎士団長、情報局長それだけでも大きいのに、更に三公家の嫡男達、内務大臣の息子と次世代も多々網羅しているのですよ?それに辺境の防衛の要である辺境伯ダルソン卿、商売で大きな富を築き上げたハイランド子爵、他にも数えきれないほどの支持者がいるようですし、それらを全て処分する方がずっと混乱に陥るのでは?」
「なっ?!」
(いつの間に?!どうしてそんな大物達がロキに傾倒したのだ?!)
そうやって驚きを露にしたのだが、皆が皆、変態に染まったというわけではないのだと公爵は言う。
ハイランド子爵はロキが考案したものを元に色々商品化し更なる利を得たとかで恩義に感じているらしく、他の者達もそれにあやかって利を得たり、人によっては外務大臣が作らせた『ロキ様言葉責め集』という何やら怪しげな本で夫婦仲が改善したとかで恩義を感じているとかなんとか。
けれど利益を得た者達は兎も角として、貴族がそんないかがわし気な本を手に取ること自体がそもそもおかしいのだ。
流石にふざけすぎだろう。
作ったのは外務大臣らしいがきっとロキが焚きつけたに違いない。
どこまで変態を量産する気だと怒りで目の前が真っ赤になった。
直接的であろうと間接的であろうと、この歴史あるガヴァム王国で変態をこれ以上増殖させていくわけにはいかない。
(絶対に殺してやる…!)
そう思ったところで空から鳥が舞い降りてきて、ミラルカからの報告が届けられた。
『ロキ王子はブルーグレイの王太子と懇意にしており、計画は頓挫いたしました。次の指示を早急に願います』
「し…失敗…だと?!」
しかもブルーグレイの王太子とロキが懇意にしていると聞き、何かの間違いではないのかと頭が真っ白になってしまう。
万が一にでもロキがあの恐ろしいブルーグレイの王太子と手を組んだとしたら────?
(こ、殺される……)
今この時点でなんとか回避に成功したとしてもこうなっては最早自分の命はないだろう。
「い、隠居する…」
今からいくら味方を増やそうとブルーグレイの王太子に睨まれればそれまでだ。
王の座にしがみ付いて命を失うくらいならおとなしく王の座を降り、息をひそめるようにどこかに隠れ住んだ方がいいに決まっている。
ロキと懇意にしているという情報が確かならこの国が亡ぶということはないだろうし、生き残る術はいくらでもあるはずだ。
非常に悔しいが、暗殺者はいつだってロキの元へ送り込もうと思えば送り込める。
ロキが王位に就いて間もない内なら王宮内も混乱しているし、頃合いを見計らって手の者を送り込み毒でも盛ってやればいいのだ。
どうせ自分やカリンとは違いあやつは慣らし毒など飲んでこなかったのだから、一発であの世に送ってやれるだろう。
(そうだ。そうしよう)
退位するのならついでに王妃も捨てて若い嫁でも貰い、新たに子を作っておくのもいいかもしれない。
そうしたらその子を正当な後継者として据え、ロキ亡き後、カリンを中継ぎに将来的に王にすることだってできる。
そうやって一頻り考えを纏め、公爵に隠居後の住まいを用意してもらいそちらへと移り住むことにした。
***
(今頃はカリンとロキが王宮に着いて、私が玉座にいないことを喜んでいる頃だろうか?)
そう思いながらゆっくりと用意された屋敷で茶杯を傾ける。
こうしてのんびり過ごしてみると意外と隠居も悪くはない。
若い嫁はまだ迎えてはいないが、公爵には娘がいたことを思い出しそちらに打診はしている。
気位は高いがスカーレット嬢は元カリンの婚約者候補だっただけあり血筋も確かだし、王の子を産むには最適な相手だろう。
早くその瑞々しい肌を味わいたいものだと思っていたところで急に込み上げてくるものを感じ、ゴホッとそれを吐き出した。
「……血?」
それを認識すると共に相次ぎ口から血が吹きこぼれてくる。
(私は…死ぬのか?)
愕然としながら死を身近に感じ、いつの間にか床へと崩れ落ちた身を起こそうと必死にもがくが段々と目も霞んできた。
「……ぐっ…誰、か……」
まだ死ねないと思い助けを呼ぼうと試みるが、そんな自分の元へ何者かの足音が近づいてくる。
「貴方が悪いんですよ?陛下」
「こぅ…しゃく?」
「我が家の天使を貴方のような老いぼれにおとなしく差し出すとでも思いましたか?」
「ぐっ…」
正直国母になれるというのにどうしてという思いしか浮かんでこない。
一体公爵は何が不服と言うのだろう?
「不思議そうですね?でも…娘に幸せになってほしいと願うのは別におかしなことではないでしょう?」
そうしてスカーレット嬢にはすでに公爵が吟味した婚約者がいるのだと告げられた。
「今回ブルーグレイの王太子から毒に慣らした貴方にも一発で効く毒薬が綺麗にラッピングされて届けられましてね。こうして茶に混ぜてみた次第です」
どうやら自分は結局はブルーグレイの王太子に殺される運命にあったらしい。
「ロキ王子は情報通りブルーグレイの王太子と懇意にしているそうで、先方からは戴冠の儀には是非参列させてほしいと連絡が入りました」
そして公爵の声が最後の最後に耳へと届けられた。
「他の国からも礼状等が多々送られてきました。これでもうロキ王子の立場が揺らぐことはない。もう貴方の役割は完全に終わったのですよ。お疲れさまでした」
それと共に私は真っ暗な闇へと堕ちていった。
────二度と目覚めることのない冷たい、冷たい闇へ……。
****************
【Side.財務大臣】
ロキ様が国際会議へと出掛けて行った。
非常に寂しい限りだ。
そう考えているのは何も財務大臣の自分だけではない。
連れて行ってもらえた宰相や外務大臣達が羨ましくて仕方がない。
だが私にはここでやらねばならないことがあるのだ。
ここ最近王宮には密かに『ロキ様の犬』という言葉が飛び交っている。
正確には『ロキ様』というキーワードに対し『犬』と返ってきたら仲間というだけの話なのだが。
ロキ様に対してよくない印象を持っている者にロキ様の話を振ると大抵『色狂い』『狂人』『出来損ないの王子』など蔑むような言葉が返ってくるのだが、ロキ様の信者はロキ様の話を振ると目がどこか恍惚としているのですぐにわかる。
そういう相手に「もしや貴方はロキ様の?」と振ると「犬です」とか「ファンです」などと返ってくるからわかりやすくそう言った者達を『ロキ様の犬』と陰で呼ぶようになった。
それで把握したこの『ロキ様の犬』達を纏めたのが私の友人でもあり、ロキ様信者でもある情報局トップ、カスターニュ侯爵だ。
趣味はロキ様とカリン王子の行為の盗み見らしいのでかなりの変態だが、その情報網はすさまじいものがある。
そしてカリン王子の暗部にもそれなりに連携して情報を流してくれるという徹底ぶり。
完全にロキ様の犬だ。
「夜にこっそりロキ様達の青姦を見るのが好きな者は多いですよ?」
どうやら我々のように直接ロキ様に新しい世界を教えてもらった者だけではなく、そこから信者になった者もいたらしい。
躍起になって二人にやめさせようとしていた王だったが、きっとこれを知ったらまた寝込んでしまうことだろう。
そんなロキ様の犬はあちらこちらに散らばっていて、その情報網はすさまじいものがあるのだとか。
それらを統括し取り纏めているカスターニュ侯爵によると、今回の国際会議に向けて王に不穏な動きがあるとのことで、こちらにも一早く情報を回してくれた。
それによると王はどうやら秘密裏にロキ様暗殺計画を立てているらしい。
これは由々しき事態だ。
随分周到に準備をしているらしいのだが、カスターニュ侯爵の手にかかれば全て筒抜けらしく、既にカリン王子の暗部にも情報を回してくれたらしい。
カリン王子はそれを聞くや否や王の引退を指示したのだとか。
そういうことならと私も密やかにロキ様の犬達に情報を回していく。
不思議なことにロキ様の犬達は優秀な者の方が多かった。
普段抑圧されている気持ちを解放してくれるロキ様の存在は大きいとでも言わんばかりの根っからの信者っぷりなので、情報を回しても裏切りはない。
それにより王は気づかぬうちにじわりじわりとロキ様の犬達に囲まれ、ついに追い詰められることとなったのだった。
【Side.国王】
(何故だ…何故だ、何故だ、何故だ?!)
ロキ達が予定通り国際会議へと旅立ったので予定通り暗殺するよう指示を出した。
道中で下手に手を出すと警戒されるだろうと、ミラルカ皇国に入ってからの暗殺がメインだ。
毎日パーティーが開かれるのは情報として得ているので、パーティーの帰りを狙うよう厳命する。
武器を持たない丸腰の状態ならきっとすぐにでも殺せるだろう。
間違ってカリンを殺さないようしっかりと伝えておいたし、カリンが横にいる時は矢を射かけるような真似はしないはず。
確実に息の根を止められるよう剣で喉笛をかき切ってやれとも言っておいた。
だがそれだけでは少々不安が残る。
連れて行った者は少ないがそれでも騎士団長自らが同行しているのだ。
一度の襲撃では恐らく失敗に終わる可能性が高い。
(ふむ。少々リスクが高いがカリンの件を利用するか)
カリンを快楽堕ちにさせた報復として暗殺者を国際会議中ブルーグレイ側に送り込んだら、向こうの方からロキを殺してはくれないだろうか?
現時点でロキは王太子という地位を持っている。
だからブルーグレイ側からしたら暗殺指示を出したのはロキだと考えが行くはず。
あとでブルーグレイから何か文句を言われてもその時点でロキは既に死んでいるだろうから、全て罪を押し付けてやればいい。
兄を嬉々として犯す様な狂った王子だからそんな無礼を働いてしまったのだろうと言って謝罪し、賠償金さえ払えば済むはず。
あとは真面になったカリンを王太子に戻せばいい。
万が一の時はロキよりカリンを優先して守れと近衛騎士達には伝えておいたし、きっと大丈夫だろう。
計画は完璧で、漏れ一つないはずだった。
それなのに────気づけばカリンから暗部を放たれ立場を脅かされて、追い詰められていたのは自分の方だった。
(カリンは王になりたくはないのか?!)
自分を捕らえようとしてくるカリンの暗部達を自分の暗部で返り討ちにしながらなんとか逃げて逃げて逃げ切ったと思ったのに……。
「陛下」
ロキの手にも落ちず、私の絶対的な味方だったはずのフランシス公爵が笑顔で兵を引き連れ私の前に立つ。
「……フランシス公爵。後ろの兵達は?もしや…私の味方に?」
「ご期待に添えられず申し訳ありません。悪事を見逃してもらえる機会を与えられると言われてしまいまして…」
「なっ?!誰にだ?!ざ、財務大臣か?!」
「いいえ。カスターニュ侯爵に…」
「カ、カスターニュ侯爵だと?!あやつはロキと何の関わりもなかったはずだぞ?!」
思いがけない相手の名に動揺が走る。
どうしてここで情報局のトップの名が出てくるのか…。
「そうですね。所謂ロキ様の隠れファン…といったやつなのでしょうか」
「何?!そ、それなら気にする必要はない!私を見逃してくれたら特別に便宜を図ってやるぞっ!どうだ!今からでも私の味方にならないか?!」
「残念ですが私一人が見逃しても逃げられないと思いますよ?」
困ったように公爵は笑い、他にもロキの味方はあちらこちらに網を張っているのだと言い出した。
「斯くいう私の息子もいつの間にか…。なので諦めて隠居なさってください」
『カスターニュ候爵は命まで取るつもりはないとのことです』との言葉に安堵するが、それでもこんな風に退位を迫られて黙って従ういわれはない。
けれど悔しいことに逃げる手立てが咄嗟に思い浮かばなかった。
私を守ろうとして暗部達が王妃と自分の周りにいてくれるが、公爵の私兵達の練度は高いと評判だ。
ここで下手に抵抗をしても殺されるだけだろう。
「ロ、ロキは出来損ないだぞ?!現時点で私の代わりに王にしようとも国はすぐに滅びを迎えるぞ?!」
「そうかもしれませんね」
「ではっ!」
「ですが、カリン王子を筆頭にこれだけの協力者が集まるのならすぐには潰れないと思いますが?」
確かにロキに王としての資質はないかもしれないが、いつの間にか増えていた信者達が率先して支えるだろうと公爵は重々しく吐き出した。
「私もまさかロキ王子にこれほどのカリスマ性があるとは夢にも思わなかったのですがね」
それはそうだろう。
自分だってそんなことを思ったことは一度もなかった。
「あれはただの狂った変態だ!あれの信者達も皆その色に染まっただけだ!」
そんな者達は後継であるカリン以外皆殺しにしてやればいいと叫ぶと、どこか鼻白んだように公爵は告げてくる。
「ほぅ?宰相、外務大臣、財務大臣、騎士団長、情報局長それだけでも大きいのに、更に三公家の嫡男達、内務大臣の息子と次世代も多々網羅しているのですよ?それに辺境の防衛の要である辺境伯ダルソン卿、商売で大きな富を築き上げたハイランド子爵、他にも数えきれないほどの支持者がいるようですし、それらを全て処分する方がずっと混乱に陥るのでは?」
「なっ?!」
(いつの間に?!どうしてそんな大物達がロキに傾倒したのだ?!)
そうやって驚きを露にしたのだが、皆が皆、変態に染まったというわけではないのだと公爵は言う。
ハイランド子爵はロキが考案したものを元に色々商品化し更なる利を得たとかで恩義に感じているらしく、他の者達もそれにあやかって利を得たり、人によっては外務大臣が作らせた『ロキ様言葉責め集』という何やら怪しげな本で夫婦仲が改善したとかで恩義を感じているとかなんとか。
けれど利益を得た者達は兎も角として、貴族がそんないかがわし気な本を手に取ること自体がそもそもおかしいのだ。
流石にふざけすぎだろう。
作ったのは外務大臣らしいがきっとロキが焚きつけたに違いない。
どこまで変態を量産する気だと怒りで目の前が真っ赤になった。
直接的であろうと間接的であろうと、この歴史あるガヴァム王国で変態をこれ以上増殖させていくわけにはいかない。
(絶対に殺してやる…!)
そう思ったところで空から鳥が舞い降りてきて、ミラルカからの報告が届けられた。
『ロキ王子はブルーグレイの王太子と懇意にしており、計画は頓挫いたしました。次の指示を早急に願います』
「し…失敗…だと?!」
しかもブルーグレイの王太子とロキが懇意にしていると聞き、何かの間違いではないのかと頭が真っ白になってしまう。
万が一にでもロキがあの恐ろしいブルーグレイの王太子と手を組んだとしたら────?
(こ、殺される……)
今この時点でなんとか回避に成功したとしてもこうなっては最早自分の命はないだろう。
「い、隠居する…」
今からいくら味方を増やそうとブルーグレイの王太子に睨まれればそれまでだ。
王の座にしがみ付いて命を失うくらいならおとなしく王の座を降り、息をひそめるようにどこかに隠れ住んだ方がいいに決まっている。
ロキと懇意にしているという情報が確かならこの国が亡ぶということはないだろうし、生き残る術はいくらでもあるはずだ。
非常に悔しいが、暗殺者はいつだってロキの元へ送り込もうと思えば送り込める。
ロキが王位に就いて間もない内なら王宮内も混乱しているし、頃合いを見計らって手の者を送り込み毒でも盛ってやればいいのだ。
どうせ自分やカリンとは違いあやつは慣らし毒など飲んでこなかったのだから、一発であの世に送ってやれるだろう。
(そうだ。そうしよう)
退位するのならついでに王妃も捨てて若い嫁でも貰い、新たに子を作っておくのもいいかもしれない。
そうしたらその子を正当な後継者として据え、ロキ亡き後、カリンを中継ぎに将来的に王にすることだってできる。
そうやって一頻り考えを纏め、公爵に隠居後の住まいを用意してもらいそちらへと移り住むことにした。
***
(今頃はカリンとロキが王宮に着いて、私が玉座にいないことを喜んでいる頃だろうか?)
そう思いながらゆっくりと用意された屋敷で茶杯を傾ける。
こうしてのんびり過ごしてみると意外と隠居も悪くはない。
若い嫁はまだ迎えてはいないが、公爵には娘がいたことを思い出しそちらに打診はしている。
気位は高いがスカーレット嬢は元カリンの婚約者候補だっただけあり血筋も確かだし、王の子を産むには最適な相手だろう。
早くその瑞々しい肌を味わいたいものだと思っていたところで急に込み上げてくるものを感じ、ゴホッとそれを吐き出した。
「……血?」
それを認識すると共に相次ぎ口から血が吹きこぼれてくる。
(私は…死ぬのか?)
愕然としながら死を身近に感じ、いつの間にか床へと崩れ落ちた身を起こそうと必死にもがくが段々と目も霞んできた。
「……ぐっ…誰、か……」
まだ死ねないと思い助けを呼ぼうと試みるが、そんな自分の元へ何者かの足音が近づいてくる。
「貴方が悪いんですよ?陛下」
「こぅ…しゃく?」
「我が家の天使を貴方のような老いぼれにおとなしく差し出すとでも思いましたか?」
「ぐっ…」
正直国母になれるというのにどうしてという思いしか浮かんでこない。
一体公爵は何が不服と言うのだろう?
「不思議そうですね?でも…娘に幸せになってほしいと願うのは別におかしなことではないでしょう?」
そうしてスカーレット嬢にはすでに公爵が吟味した婚約者がいるのだと告げられた。
「今回ブルーグレイの王太子から毒に慣らした貴方にも一発で効く毒薬が綺麗にラッピングされて届けられましてね。こうして茶に混ぜてみた次第です」
どうやら自分は結局はブルーグレイの王太子に殺される運命にあったらしい。
「ロキ王子は情報通りブルーグレイの王太子と懇意にしているそうで、先方からは戴冠の儀には是非参列させてほしいと連絡が入りました」
そして公爵の声が最後の最後に耳へと届けられた。
「他の国からも礼状等が多々送られてきました。これでもうロキ王子の立場が揺らぐことはない。もう貴方の役割は完全に終わったのですよ。お疲れさまでした」
それと共に私は真っ暗な闇へと堕ちていった。
────二度と目覚めることのない冷たい、冷たい闇へ……。
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