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27.国際会議⑫

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次々と飛んでくる矢を騎士団長が剣で叩き落とし俺を守ってはくれるのだが、このままでは埒が明かないので俺も鞭で参戦する。
剣で襲われたら多分ダメだっただろうが矢ならまだ対応が可能だったからだ。
何故なら矢は番う時間がいる。
そこを狙って鞭で武器を奪うことができるからだ。
次々と武器を奪い、二人で場を制圧していく。
そして全てを拘束し終えたところで騎士団長が彼らに問うた。

「どこの手の者だ?」
「ブ…ブルーグレイの……王太子に命令されて…」

それを聞いて俺は確信した。
絶対に父の手の者だと────。

ドスッ!

その答えを口にしたものを思い切り踏みつけ再度冷たく問いかける。

「誰の手の者だと?」
「ブ、ブルーグレイ…の…」
「ハハッ!ありもしないことをよくも言う」

あのブルーグレイの王太子が俺を殺しに来る理由など、ありはしないだろうに。
やるとしたら皇太子を押し付けてきたように、精々揶揄うような嫌がらせの類だろう。
刺客達はそのあたりを全くわかってはいない。

だから懐から出した尻叩き用の鞭で頬を思い切りぶってやった。
この鞭自体は攻撃力は高くはないが、それなりに痛いし、音が大きいから精神的にダメージも受けるという代物だ。
何故か尻を打てば悦ぶ者は多いのだが、思い切り頬を打てば話は変わってくる。
きっと刺客の心はすぐに折れることだろう。

パァンッ!

「グッ…!」
「さあ、何回ぶったら父の指図だと白状するかな?」
「ひっ…!」

怯えたような目でこちらを見てくるが、そんなものでこちらがやめるとでも思うのだろうか?

そして結果として五回ぶったら泣きながら白状してきた。
意外と打たれ弱い刺客だ。

「ふみまひぇん!王にめいりぇい、しゃれまひたっ!」
「最初からそう言っておけばいいものを…」

そうして手にした鞭でクイッと顎を持ち上げ目を合わせて笑みを浮かべながらいい子だと言ってやったら許されたと安堵したような顔で泣き始めた。

「う…うぅうっ……」
「……連れていけ」
「はっ…!」

騎士団長に後を任せそっと鞭を仕舞いふと視線を感じて振り向くと、そこにはブルーグレイの王太子の姿があり驚いた。

「……騒がしくして申し訳ありません」

服装を見るにパーティーの帰りだったのだろう。
煩くてやってきてしまったのかとそう口にしたのだが、彼の方は無言でこちらを見つめてくるばかりだ。
とは言えいつまでもここに居ても仕方がないのでそのまま去ろうとしたところで呼び止められる。

「ロキ王子」
「はい」

何か用だろうか?
そう思って彼の方を見ると、ヒュッという軽い音と共に剣が喉元へと突きつけられた。

「……先程俺達は襲撃を受けた」

その言葉に何となく嫌な予感を覚える。

「制圧後、矢を射かけてきた者達に聞くとガヴァム王国からの刺客だったと判明した」

ブルーグレイの王太子が怒っている。
剣を突きつけてきたことからもそれは確かだ。
それはそうだろう。襲ってきた相手がこちらの国の人間だったのだから。
正当な怒りだと俺も思う。

(さて困ったな…)

まさか父が他国まで巻き込んでくるとは……完全に予想外だった。
どうやら父は余程確実に俺を殺したかったらしい。
絶対に生きては返さんという意気込みを感じる手だ。
けれど────こんな手を打ってブルーグレイに国を滅ぼされるとかは考えなかったのだろうか?

(ああ、でもそうか…)

きっと父からすれば『全ては出来損ないの狂った王子がやったこと』で済ませられると思ったんだろうなと何となく思った。
万が一無事に帰ってきても俺の首を差し出せばすべて片が付くと────そう考えたのかもしれない。

「……そうですか。それは申し訳なかったです」

もうここまで来たら諦めて殺されるべきなのだろうか?
こうして剣を突きつけてきていることから考えるに、きっとどう言い訳をしても無駄だろう。
そう思って最後にさっきまでの可愛い兄の姿を思い浮かべる。
存外それだけで幸せな気持ちで死ねそうな気がした。

「では、責任を取って俺が代表して死にましょう」

淡々と落ち着いてセドリック王子を見つめ続けていた俺だが、ここで吹っ切れたように最高の笑みを浮かべてみせる。
別に虚勢でも何でもない。
この王子ならきっと一瞬で殺してくれるだろう。
父から国のために死ねと言われたら嫌だが、この場で責任を取って死ぬなら少しは兄に立派な最期だったと褒めてもらえるような気がしたのだ。
そんな俺に、真っ直ぐな視線がひたと据えられる。

「死ぬのが怖くはないのか?」
「別に。笑って死ねたらそれでいいので」

一息に殺さず、こうして対話を持とうとしてくれるところはこの王子らしい。
兄とはまた違ったタイプではあるが、誰にも文句を言わせない為政者向けの王太子。それがこの人だ。
俺とは器が全然違う。

「この後お前の死を知ったカリン王子が悲しむとは思わないのか?」

それは確かに悲しんではくれると思う。

「それに…カリン王子がお前の死後無事でいられるとでも?」
「そうですね…。俺の死を悲しんでくれた兄上が間を置かず後を追ってくれるのならそれはそれで嬉しい提案ですね」

優しいことにこの王子は兄も一緒に殺してくれるという。
こんな死に際に俺を喜ばせてどうするつもりなんだろう?

我ながら利己的だとは思う。
でも兄が自分の後すぐに死んでくれたらそれはそれで幸せだなと思ってしまうのだ。
だってあの可愛い兄を誰にも取られずに済むのだから。

「……ガヴァム王国も滅びていいのか?」
「お好きにどうぞ。あんな国、何一つ執着する気はありませんし」

逆に国自体には全く思い入れがないから別にどうなったって構わなかった。
寧ろ清々すると笑ってやったら王子の眉間に皺が寄った。

「王位にも未練はないのか?権力を使ってでもやってみたいことは?」
「ええ、特にないですね。別に王位には然程魅力は感じてないですから。それにやってみたいことは全て兄上に関連付けられているので王位は関係ないんですよ」

俺は本当に王位にはこれっぽっちも興味はない。
まあ折角ロッシュ卿から有用なアドバイスがもらえたからそれを無碍にするのは気が引けたが、この状況ではどうしようもないだろう。
人間諦めが肝心だ。
それこそ笑って死ねるなら本望だ。

「……本当に脅し甲斐も殺し甲斐もない男だ」

けれど意外にもセドリック王子はそっと剣を降ろし、兄の元へ案内しろと言ってきた。

「お前に何をしても喜ばせるだけだな。ここはひとつ、カリン王子に交渉を持ち掛けるとしよう」
「はあ。別に構いませんが…。今日はもう寝ているので起こすのに手間取ってしまったらすみません」

結局この場では俺を殺さないということなのだろうか?
何故そんな心境になったのかはわからないが、取り敢えず案内を頼まれたのでおとなしくその言葉に従うことにする。
折角気持ち良く寝てるところを起こすのは気が引けるが、ここは流石に起こさないと後で叱られるだろうなと思いながら部屋へと戻った。




「兄上。起きてください」

リヒターに訳を話して急遽茶を用意してもらい、俺は俺で兄を起こしにかかる。

「ん……ロキ?」
「兄上。早く起きないと虐めてしまいますよ?」
「ん、好きに虐めて…。ロキに可愛がって欲しいのぉ…」

寝ぼけながらもうっとりしながら甘い声で甘えてくる兄はとっても可愛いけれど、早く起きないと戸口に立って待ってる王子が怒るんじゃないかな?

「兄上?お客様が来ているので、ちゃんと起きてください」
「あ…複数プレイはいやぁ…。ご主人様、お願い。ご主人様が可愛がってぇ…」

そんなことを言いながら俺にそっと抱きついてきて、俺だけを見つめながら懇願するように強請られてまた抱きたくなってしまうけど、このままではいつまでも話ができないので仕方なく冷たい声で囁きを落とした。

「兄上。きちんとしたお客様です。さっさと起きないと後で酷いですよ?」

そう言ってやるとやっと目が覚めたのかしっかりこちらを見てくれたので、ホッと息を吐く。

「目が覚めましたか?兄上」

にっこりと笑ってやると兄もホッとしたようにこちらを見て、次いで空気が違うことに気づいたのか周囲へと意識が向いた。

「ひぃっ…!」

それと共にセドリック王子と目が合って悲鳴を上げてこちらに思い切り抱きついてくる。

「やっ…やだっ…!ロキッ!」

どうやら寝起きにこれは少々精神的にキツかったらしい。
助けてと言わんばかりに縋りつかれたのでそのまま宥めてグスグス泣かれるのをなんとか落ち着かせた。

「兄上。大丈夫。大丈夫ですよ」
「うぅ…ひっく……」
「セドリック王子。すみませんがあちらで座って待っていていただけますか?」

兄があまりにも怖がるので王子にそう促すと嘆息しつつもあっさりと席を外してくれた。
本当に話の通じる人だ。

「兄上。できるだけ落ち着いて聞いてください。父の手の者がセドリック王子を襲撃しました」

そしてポツリと言葉を落とすとハッとしたように兄の目に理性が戻ってくる。

「セドリック王子は俺と話しても埒が明かないと思ったらしく、兄上との対話を望んでいます。どうされますか?」

怖いなら別にこのまま夜は対話能力がないと思わせて辞退の方向でもいいですよと言ってみたけれど、兄は意外にも気合いを入れるかのように頬を叩いてベッドから降りた。

「……ちゃんと話し合う」
「そうですか」

それなら同席しますと言うと、兄はガウンだけ羽織ってセドリック王子の元へと向かった。




「…目は覚めたか?カリン王子」
「……見苦しい姿を見せて申し訳ない」
「いや?快楽堕ちさせたのは無駄ではなかったとわかってよかったが?」

どこか意地悪気にそう言って笑ってくるセドリック王子。
何となくそれが嫌でそっと兄の腰を引き寄せてしまう。

「セドリック王子。お話の方を進めて頂きたいのですが?」
「そうだな」

そう言って襲撃についての詳しい話をした後、こちら側の事情を余さず話せと言ってきた。
それに対し兄は俺の手をギュッと握りながらも真っ直ぐにセドリック王子を見つめて言葉を紡ぐ。

「国を出る前に父に不穏なものを感じて調べさせたらロキの暗殺を企んでいることが発覚した」
「…………」
「今回の国際会議でロキを殺し、俺を王太子に復権させようとしたものだ」
「…………それで?」
「当然ロキを殺させるわけにはいかないから、暗部に帰るまでに父を引退させておけと命令してこちらに来た」
「なるほど?」
「後はこちらに送り込まれる暗殺者達さえ何とかすれば問題ないと……そう、思っていた」
「つまり、そちらからすればこちらに飛び火するとは一切考えていなかったと…そういうことか?」
「…………申し訳ない」

兄が苦渋に満ちた顔で謝罪する。
なんだか色々任せっぱなしだったようで申し訳ない。

「そうか。では先程ロキ王子が騎士と外にいたのは?」
「あ、それはまだ暗殺者がいるのか調べようとちょっと囮になっただけで……」

兄は知らなかったことなのだと、そこまで言ったら兄に思い切り驚愕の眼差しを向けられてしまった。

「ロキ?!」
「何か?」

きょとんと首を傾げると泣きそうな顔で見られた後、思い切り抱きしめられた。

「勝手に危ないことをするな!……無事でよかった」

そんな兄になんだか擽ったい気持ちになってほんのりと笑みが浮かんでしまう。

「……すみません」

心配をかけたことに素直に謝ったけれど、ここでセドリック王子が余計なことを口にしてきてしまった。

「本当に命を大事にしない弟を持って大変だな?カリン王子」
「…………」
「驚くことにその男はさっき俺が剣を突きつけてやっても簡単に命を捨てようとしたぞ?」
「…………え?」

そっと身を離し、兄が愕然とした目で俺を見つめてくる。

「命乞いさえしない。それどころか笑ってどうぞと命を差し出されたのは初めてだ」
「ロキ?!」
「…それをここで言いますか?」
「お前は少しカリン王子に叱られた方が堪えるのではないかと思ってな?」
「……嫌がらせがお好きですね」
「そうだな」

どうしてククッと笑いながら楽しげに返してくるのだろう?
本当に不思議な人だ。
俺には彼が結局どうしたいのかが全くわからなかった。

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