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57.友情が嬉しい

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「それで逃げ出した…と」

俺の部屋に連れ込んだヒロに話を聞いてもらって、やっと一心地ついたところで俺は頭を抱えながらこっくりと頷いた。
それなのにヒロはどこか楽しげに笑うばかりだ。
「サトルは本当に鈍いな~。結構宰相、わかりやすいと思うんだけどな?」
「…………だってノーマルだろ?」
「馬鹿だな~。好きになったらそんなの関係ないし」
「…………俺モテないし」
「そうか?普通に彼女とかいそうじゃん」
「……執着親のせいで彼女とかできたことないし」
「マジか?じゃあこっちにきてある意味ラッキーだったな!」
そんな風に簡単にヒロは言うが、そんなに軽く言われても俺としてはどうしていいのかわからない。
そうしてただ溜息を吐きまくる俺に、仕方がないなとばかりに声を掛けてくれる。
「じゃあさ、宰相とキスした時って、吐きそうなほど嫌だったりしたか?」
「え?」
宰相とのキスは別に嫌ではなかった。
でも比較対象が他にないから誰にでもそう思うのかもしれないし、言ってみれば『全然平気だったがそれがどうした』と言うだけの話だ。
それなのに、その気持ちを見透かしたかのようにヒロが意地悪気に笑ってこっちへと顔を寄せてきた。
「サトル~?素直に認めないとこのままキスするぞ?」
「は?冗談…!」
誰が好き好んでヒロとキスなんてするかと気づけば思いきり押し戻している自分がいたのだが、そんな俺にヒロは益々楽しげに笑った。
「ほらな?嫌なもんはそうやって考える前に身体が勝手に拒否するんだよ」
最初ここに来たばかりの頃のヒロはまだまだ子供だなと思っていたのに、なんだか一気に自分よりも成長してしまった気がする。
あの頃はこんな風に相談に乗ってくれるような男には思えなかったのに…。
十代にとっての一日は二十をとっくに超えた自分以上に大きなものなんだなと改めて感じてしまった。
そして日本に居れば一緒にカラオケに行っていっぱい恋愛ソングを歌ってやったのにとぼやきながら、ヒロはとある一曲をアカペラで歌ってくれた。
正直言って滅茶苦茶上手い。
素人の俺が聞いても文句なしに上手いことがわかる。
これはカラオケで満点とってもおかしくないレベルではないだろうか?
そして歌ってくれたのは某顔の濃い男性アーティストのもので、片思いのバラード曲だ。
宰相の魔力の歌の歌詞程ダイレクトではなかったがその歌詞はピンポイントで俺の心を掴んでくれて、本当に選曲が巧みだなと腹が立つほどだった。
「なんだよ……お前上手すぎだろ?」
「当然!俺、友達とバンド組もうって話してたくらいなんだぞ?」
ふふんと笑いながらそんなことを言うヒロが頼もしくて、何か恩返しがしたいなと思った。

「そう言えば、俺の前にいた聖女って、なんて言ってたんだっけ?聖女のレベルが幾つだかになったら帰れるとか何とか言ってなかったか?」

だから、ふと…そんなことを思い出したのだろうと思う。
「あ?ああ、言ってたぞ?確か聖女レベルが70を超えたらそんな魔法が使えるようになるとか何とか言ってたような…」
突然全く思いもしなかった話を振られて戸惑うヒロに、俺はそうかと頷きちょいちょいっと使える魔法のリストを確認してみた。
「あった」
そして見つけたのは恐らく聖女が使ったと思われる『帰還魔法』─────。
何故かLv.2と書かれてあるが今はそれはいい。
そこに書かれた説明書きによると、転移先の時間と場所を指定して元いた世界に帰るための魔法のようだ。
ちなみにこれは過去に戻れるという訳ではなく、本来そこにあるはずの時間軸に於いて無くなってしまった時間を改めてくっつけ直すという類の魔法のようで、これを使えばヒロはこちらで時間が経過していようと、あちらで消えた時間に戻って元通り生活を送ることが出来るというような感じの魔法だった。

「ヒロ。俺その魔法、現時点で使えるみたいだからいつでもお前を日本に返してやれるぞ?」

その言葉にヒロは茫然としながらこちらを見て固まった。
「…………え?」
どうやらそれはあまりに予想外の言葉だったようで、完全に信じられないというような顔をしている。
「だから俺、帰還魔法を使えるんだって」
「……だって、それ…聖女の魔法で……」
「聖女も聖者も一緒ってことだろう?最初に俺は【聖者】だって言ったよな?」
「え…?せいじゃ?でも…確かレベルも70超えないとダメだって……」
確かに彼女は半年で70越えだったしヒロが信じられないのもよくわかる。
俺がここに来てからまだそれほど時間は経っていないのだから。
けれど─────。

「あのな?俺は聖女と違って毎日お前や宰相、ハイジにミルフィスさん、皆に防御魔法をMAXで掛け続けてたんだぞ?他にも部屋には結界魔法だって各所掛けてるし、王太子達の食事にも毎回回復魔法、解毒魔法、最近は防御魔法を掛けてる。体術や魔法の特訓だってそれなりにやってるし、どう考えても聖女より魔法は沢山使っているはずだ」
思うに聖女が半年でレベル70を超えたのは、環境に負けるかと毎日毎日自分自身に回復魔法をひたすら掛け続けていたせいではないだろうか?
俺は実にそれの数倍魔法を使っていたことになるわけで…現時点で聖女のレベルを超えていても何もおかしなことはないと思う。
こう考えると俺も大抵チートとかいうやつだな。

「だから、俺はお前をちゃんと日本に返してやれる。礼になるかはわからないけど、王太子を助け出して全部丸く収まったらお前は大手を振ってあっちに帰ったらいい」

そう言ってやるとヒロは泣きそうに顔を歪めながら俺に抱きついてきて、震える声で礼を言った。
「俺…その言葉、本気にするぞ?…お前がここに来てくれてよかった。俺…俺、な?これまで以上に全力でお前を守ってやるから…だから……」
「ああ」
「絶対に、誰にも傷つけられないように俺が全部片づけてやるから…だからお前はそれまでずっと俺の隣に居ろ!そしたら俺が絶対に守り切ってみせるから!」
そして顔を上げた時には少し涙は滲んでいたものの、ヒロは実に頼りがいのある男の顔でそう宣言していた。
まあ俺が殺されたら帰れなくなるし、気合も入るよな。うんうん。
そう思わないとちょっともらい泣きしそうだからそういうことにしておかないと…やばい。
ここまで言ってくれる相手というのは本当に希少だ。
最早友達というより親友だな。
けれどここでヒロらしいと言うかなんと言うか、感動に水を差す余計な一言を加えてきた。
「でもって、お前と宰相が上手くいかなかったら一緒に帰ろう!それまでは俺もここにいる。心配するな!合コンでいい女探してやるし、転職したいなら俺のバンドのマネージャーにしてやるから!もちろん永久就職だぞ!安心だろ!」

「それは断る!」

あまりの即答っぷりにヒロは驚いた顔をするが、そんな不吉なことを言われたら即断るに決まっている。
それにどうせ言うなら永久就職じゃなくて終身雇用だ。それだとプロポーズになるだろう?
そもそも俺はあっちに帰る気なんて更々ない。
あっちに帰ったらまた自殺コースまっしぐらだ。俺の親の執着心を舐めるな。
あの親なら戸籍をブロックしてもあの手この手で追いかけてきそうなんだから。マジ怖い。
俺が失職した時早々に人生を諦めたのもそのせいだ。
執着も、束縛も、管理も全部自分にとっては枷でしかなかった。
学校に通っている時は学校に逃げ場はあったが、失職した今はそんな場所すらない。
連れ戻されてあんな息を殺すような日々に戻るのはもう御免だし、そうなるくらいならこっちで職を探してのんびり楽しく生きていきたい。
折角自由な第二の人生を手に入れたのに、どうしてまたそれを手放さなければならないのか…。
宰相とのことはまだどうなるかはわからないけれど、まあ自分一人生きていくだけなら何とでもなるだろうと思った。
それにしても……。
「ヒロは自信家だな」
バンドのマネージャーって…もうデビューした気でいるのかと少々呆れてしまった。
まあ十代ゆえの眩しさというやつだなと少し羨ましくなった。
ヒロには幸せになってほしいものだ。

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