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51.囚われの王太子に手紙を。

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「……それは…本当のことなのか?」

朝一番でヒロに昨日のことを再度謝って、ミルフィスとジフリートの話の内容を教えて貰った。
ちなみに今朝はミルフィスも朝食に同席している。
内容が内容だけに万が一にでも話が漏れないように結界を張った部屋の中でだ。

そこで改めてジフリートの犯行について話を聞かせてもらったのだが、これは宰相には寝耳に水の話だったようでひどく驚いた様子だった。
まさかと言う感じで愕然としながら完全に固まってしまっている。
けれどミルフィスの調査報告は詳細で、疑う余地もないものだった。
とは言え今すぐ糾弾という訳に行かないのもまた確かだ。
下手をすると王太子の身が危ない。
なのでどう動くのがいいかとミルフィスもヒロも頭を悩ませているようだった。

「まあ塔にいるのが管理人夫妻じゃない可能性が高いってことは分かった。それならそれで王太子の身は今のところ安全ってことだし、今すぐ救出に動く必要はないと思う。作戦を考える時間くらいはあるだろう」

自分が作った食事を食べてくれているのが王太子なのだとすれば健康面はかなりいいと考えていいはずだ。

「ジフリートが毒を混ぜないか心配だったから、毎回回復魔法や解毒魔法なんかを掛けてたんだ。元気になる薬草なんかも使って作ってるし、ちゃんと食べてくれている限りは大丈夫だと思う。それに掛けておこうと思えば例えば食べた瞬間防御魔法を発動させることも可能だと思う」

原理としては回復魔法とそう変わらないだろうからやろうと思えばできるだろう。
発動条件に『この食事を食べた者』というのを加えればいいだけだ。
こうしておけば王太子を害することは難しくなるはず────。
その言葉に一同がホッと息を吐く。
ただ何とかして王太子側と連絡を取りたいのは確かだ。
ずっと幽閉されているのなら希望を捨てて絶望に囚われてしまっているかもしれない。
救出に向けて相手に気力があるのとないのとでは大違いだから、少しでも希望を持って欲しいと思う。

「ん~…今夜の食事のトレイに手紙でも潜ませてみましょうか?」
夕食分だけとは言え食事を作るのは自分だし、皿の下に紙を一枚紛れ込ませることくらいは可能だろう。
だからそう提案したのだが、ジフリートにバレる危険性もあるからと口々に止められてしまった。
けれどそれは何とでもなるように思う。
「まあ…ちょっと賭けですけど、試しにやってみますよ」
要するにトレイの方にジフリートの目がいかないよう、ちょっと手渡す時に挑発してやればいいのだ。
落とさない程度に、イラッとするようなことを口にすればいける気がする。
別に嘘を吐くわけでもないし、少なからず効果はあるはず。

そしてその日はいつも通り宰相とミルフィス、ハイジは仕事に、ヒロは鍛錬に、俺は俺で塔の副管理人について調べにかかった。
こうなってくると以前塔で会ったジフリートの知り合いであるフィーアと言う人物も怪しくなってくるからだ。
あの場に居て何も知らないということは考えにくいだろう。
もしかしたらあの時の音楽は王太子達が自分に『ここにいる』と教えてくれていたのかもしれないとやっと思い至った。
あれからひと月以上────。
食事は提供してきたが、気づいてあげることが出来ず申し訳なかったという気持ちが込み上げてきた。
けれどわかった以上はなんとか救出に向けて手を尽くしたいと思う。

そうして副管理人フィーアについて聞き込みを開始したのだが、本格的に調べると当然怪しまれるので掃除の方ははかどっているか聞きたいのだという態で色々聞いて回った。
ついでに人となりについてもわかればいいと思ったのだが────王宮の者達からは思うように情報を得ることはできなかった。
辛うじて塔の掃除はミルフィス采配の元、掃除の手が入れられたという情報が得られたくらいだろうか?
それならそれで塔の方に直接行ってみた方がいいかもしれない。
もしその時点でジフリートに見咎められても「掃除が終わったと聞いたから鑑賞に来た」とでも言えば食事時を待つまでもなく塔に行く口実になるし、その前にフィーア本人を見つけられたらそこから探りを入れることもできるだろう。

そう思って暫く動いていると、回廊でばったりとフィーア本人に遭遇した。
その顔にはいつだったかと同じような笑みが浮かんでいるが、相変わらず目が笑っていないように感じられた。
何故か纏う空気がズシリと重く、こちらを警戒しているような気がするのは気のせいだろうか?
正直ジフリートよりもずっと厄介な香りがプンプンするのだが……。

「賢者様。こんなところで会うなんて奇遇ですね。お元気そうで何よりです」

けれどそんな空気を一切感じさせない柔らかな物腰で話しかけられ、内心ビビってしまう。
一体どういうスキルを持っているのか……このアンバランスなところが本気で怖いと思うのは俺だけだろうか?
そうは言ってもここでそれを表に出せば相手に隙を与えるだけなので、それを見せることなくこちらも落ち着いて受け答えた。

「フィーア様。お久しぶりです。その後塔の方はいかがですか?掃除が行き届いたと先程小耳に挟んだので、都合が合えば是非見に行ってみたいと思ってるんですが」
「ああ、それならいつでも大丈夫ですよ?賢者様が塔にいらっしゃる時は私がご案内したいと思っているので、いつでもお声掛けください」

その言葉は少々意外だった。
てっきり遠ざけるためになんだかんだと断られると思っていたのに…。
まるで来てもらっても何も問題はないと言わんばかりにこちらを見遣り笑みを浮かべている。
ここまで堂々とされては怪しむことすらできない。
本当に王太子はまだ塔にいるのだろうか?
もしかしたらこのひと月の間に場所を移されたのではないかと、そんな考えがふと頭を過ぎった。
もしもそうなら場所の把握を改めてしなければならない。

とは言えこれはチャンスかもしれない。
中を案内してもらいながら管理人夫妻の件を持ち出せば情報が得られる可能性は高いのだ。
それに王太子達が塔にまだいるかいないかも実際に足を運べばわかるかもしれないではないか。
無理なら無理でまた皆に相談して考えればいいだろう。

「それなら是非これから案内していただけませんか?どんなものがあるのか凄く興味があるんですよ」
「ええ。いいですよ」

そして親切にもそのまま案内を買って出てくれたフィーアと共に塔へと向かった。




「この塔は全部で7フロアありまして、絵画や骨董品など歴代の王族の方々が蒐集したコレクションが1000点以上保管されているんです」
だから見ごたえがあるんですよとフィーアからにこやかに説明される。
そう。当然と言えば当然かもしれないが、連れてこられたのは一番上の階だったのだ。
どうやらそこから順に降りていきながら説明をしてくれるらしい。
そこに展示されているのは大きなものから小さなものまで多種多様。
美術館、博物館並みの素晴らしい品揃えに目を奪われるばかりだ。
けれど自分がここに来たのは純粋な芸術鑑賞ではないので、なんだかこれらの品々に対して申し訳ない気がする。
だから逐一説明してくれるフィーアの言葉にも耳を傾けていたのだが、気がつけば本気でそれらに魅了されてしまっている自分がいた。
呆れないでくれ!
フィーアの説明が本当に上手過ぎたんだ!
なので一階に降りる頃にはすっかり満足感でいっぱいになっていた。

「多少説明が駆け足になってしまったので全てお教えできず申し訳ありませんでした」
そんな言葉も気にならないほど、実に説明が巧みだったと思うのでこれには本気で慌てて手を振った。
「いやいや!本当に凄く勉強になりました!絵の一つをとっても、入手の時の逸話なんかまで細かく話してくださって実に興味深かったです」
「そうですか?そう言っていただけたらご案内した私としても嬉しいのですが」
そうして照れ臭そうに笑う姿は年相応に見えつつも立派な塔の副管理人そのものの姿だった。
けれどここでこのまま帰ってはここまで来た甲斐もないというものだ。
これでは何のためにここまで来たのかわからない。
なのでここで一歩踏み込んで地下について尋ねてみた。
「フィーア様、そう言えばこの塔の地下はどうなっているのでしょうか?」
「地下ですか?」
「ええ。以前来た時に地下で管理人夫妻らしき気配を感じたように思ったので…」
少しでもフィーアの態度から情報を得ようとそうやって尋ねてみたが、やはりフィーアは一切焦ることなく笑顔で返事を返した。
「ああ、そういうことですか。地下はですね、展示していない骨董品等を保管する倉庫があるのですよ。管理人夫妻はそちらにいることが多いので、そのためだと思いますよ?」
お気に入りの骨董品があるのでそれをいつも大事に手入れしているのですと極々自然に口にされて、王太子がここにいるという予備知識がなければ本気で信じてしまいそうになる程だった。
いや。もしかしたらこの男は本気で知らないだけなのかもしれない。
ジフリートからそんな風に聞かされていて、それが真実だと信じているのだとしたら……?
(可能性はあるな…)
けれどそれはあくまでも可能性に過ぎない。
ここで引き下がるよりも更に踏み込むべきだろう。
「そうだ。ジフリートから管理人夫妻の具合が悪いと当初聞いていたのですが、その後いかがです?」
「ええ。賢者様のお陰で最近は体調もよさそうでしたよ」
「そうですか。それは良かった。毎回メニューを考えながら食べられないものはないかと気にしていたので…」
「ああ、なるほど。そちらはお気になさらなくても大丈夫かと。お優しい言葉を頂き、本当に有難いことです」
その表情は心底申し訳ないと言わんばかりだ。
フィーアは確かに油断のならない人物かもしれないが、現時点で嘘は何もないように見える。

けれど────それを完全に信じてしまえるほど自分も無駄に年を重ねてはいない。
笑顔で本音を覆い隠すなんて言うのは、昔から両親を見てきて嫌と言うほど経験済みのことだ。
そんな自分の経験が警戒しろと警報を鳴らしていた。
管理人夫妻の話を振っても自分に会わせる方向へ持っていく気配がない。
これはジフリートと共謀しているからではないのか……?
その可能性は非常に高いと思った。

なのでやはり夕餉の皿には何食わぬ顔で手紙を仕込もうと心に決める。
ここで迂闊にフィーアに情報を与える気はない。

『王太子様、きっと塔まで助けに行きます   聖者マナ』

この一文で十分だろう。
向こうにこちらの意図さえ伝われば…今はそれだけでいいのだから。



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