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49.不可抗力です

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なんだかどんよりとした空気の中、黙々と食事を進めているが、俺はどうしたらいいんだろう?

「宰相?ヒロが言ったこと、気にしてます?」

様子を窺いながらそっと尋ねてみるが、宰相はヒロが言っていたことはその通りなので全く気にしていないと口にした。
それならそれでいいのだが、この気まずさは何とか払拭したい気持ちでいっぱいだった。
ここはやはり先程のことは引きずらず、さっさと世間話に切り替えた方がいいかもしれない。

「そう言えば、今日はミルフィスさんが話があるって言ってたんですよ」

これはいい切っ掛けになったようで、宰相も顔を上げてこちらを向いてくれる。
「ミルフィス殿がマナに話?」
「ええ。なんか最近ヒロと一緒に色々調査していたみたいで、多分その報告じゃないですかね?」
詳細は何も教えて貰っていないが、あの二人が色々指示を出して何かを調査しているのは知っていた。
ミルフィスの方から防御魔法を掛け直してほしいと言ってきたこともあるし、ここに来てからのことで何か気づいたことはないかと尋ねられたこともある。
先入観なしになんでもいいから情報を集めたいと言われたので、ジフリートが宰相に執着していることや森での精霊の悪戯っぽい出来事、塔に行った時に音楽が聞こえてきたことなどを一応話しておいた。
割と突飛なことだから笑い話にされてもおかしくはないと思ったが、意外にもミルフィスは真面目に話を聞いてくれて、細かいところまで尋ねてきたので素直に答えておいた。
ちなみに塔の管理人の話もその際にきちんと話してある。
管理人夫妻が年老いて塔の管理が行き届かないようだということや、副管理人とジフリートが二人でフォローしているようだということも報告には入れておいた。
これで塔の方の問題も少しは解決につながるといいのだが……。

「そう言えばミルフィスさんは宰相の幼馴染なんですよね?昔から仲が良かったんですか?」
「あ、ああ。そうだな。彼はいつも父に叱られて落ち込む私を励ましたり、困った時はさり気なく助けてくれたりしていたな」

その話を聞いて、ああ元々のポジションはそんな感じだったんだと妙に納得がいく自分がいた。
宰相はどこか頼りない人だから、誰かしら支えが必要な性格だと思うし、それは領地にいた時は側近の人達の役目で、王宮にいる時なんかはミルフィスが助けに入っていたのだろう。
そう考えるとジフリートよりもずっとしっくりくる。

「ちなみにジフリートとも付き合いは長いんですか?」

ここで話題にするのはどうかとも思ったが、どれくらい親しい仲なのかをそういえば知らないなと思いながら尋ねてみることにした。
それによってキスのショック度合いもわかるかもしれない。

「ジフリート…は、成人の時からの付き合いだろうか。初めは確か夜会で紹介されて知り合ったな」

それによると優秀な侯爵家の次男として顔合わせで連れてこられたとのことだった。
「ジフリートには兄もいたんだが、彼との方が元々は親しかったんだ。そう言えば兄の方から会う度に何故かジフリートが迷惑を掛けていないかと心配されていたな」
別に何も迷惑を掛けられたことはないから毎回大丈夫だと返していたが、今思い返しても不思議だなと宰相は苦笑する。
(それ、最初から狙われてたってことじゃないのか?)
兄の方はそれに気づいていたからこそそれを気遣ってくれていたのだと思う。
そして続く言葉にやっぱり宰相のショックは大きかったのだと実感した。

「国王陛下達があんなことになってショックを受けたが、その時に私だけが頼りなのだとジフリートが言ってくれてな、それからは流されるままに頑張ってきたんだが……。そこからずっと信頼していたはずなのに、さっきのことで恐怖心が湧いてしまって…ジフリートが私の知らない男のように思えてしまったんだ」

憔悴するように暗く沈んだ表情を浮かべる宰相の姿に胸がズキッと痛むのを感じた。
やっぱりこんな話題は振るべきじゃなかった。

「宰相…無理にジフリートの話を振ってしまってすみません。信頼していた部下が豹変したら誰だって傷つきますよね。そんなこと、少し考えればわかることだったのに…」

けれど宰相はそんな俺を責めるでもなく、少し困ったように笑みを浮かべた。

「いや。マナが来てくれて嬉しかったし、こうして傍に居てくれるだけで我を忘れずにいられるから大丈夫だ」

そしてありがとうと笑みを浮かべてくれるものだから、また『眩しい!』と思い切り目を逸らす羽目になった。
本当に美形の眩しさは直視できそうにない威力だと思う。
でも……。
あんな美形とさっきキスをしたんだなと思い出し、芋づる式に図書室での抱擁まで思い出してしまって益々宰相の方を見ることが出来なくなってしまった。
こんな気恥ずかしい気持ちのままこれ以上この空間にいること自体に耐えられそうにない。

「宰相!もうここは飲んで忘れましょう!怖かったことも悲しかったことも全部酒の勢いで流しましょう!」

ついでに俺の恥ずかしい記憶も流れてしまえばいいのだ。
そうだそうしよう。
そう思い立ち、さっさと酒とつまみの用意を整えてテーブルに並べてしまう。
「さ、宰相。イノアールをどうぞ」
ワインと似た酒であるイノアールという酒をそっとグラスに注ぎ、自分のグラスにも入れて乾杯と言うと、宰相はまたどこか困ったように苦笑しながらチンッとグラスをぶつけてくれた。




そこからどうなったか……?
え~っと…確か、世間話をして、ちょっと恋愛話を挟んで、元々住んでた場所の話をして……?
それでどうなったんだっけ?

取り敢えず鳥の囀りが聞こえて目が覚めたところで、ソファではどこか疲れた顔をする宰相が座りながら寝ていて、俺はその膝を枕にしながら宰相の腰に腕を回して抱き枕宜しく寝ていたみたいだ。
そう言えばウトウトしだしたところで宰相が頭を優しく撫でながら何度か呼び掛けてくれていた気がする。
若干焦ったような声だった気がするから、もしかしたら動くに動けなくて困っていたのかもしれない。
俺なんか押しのけてソファの下に落としてくれてよかったのに、優しすぎるのも善し悪しだなと思った。

(まあそんな宰相だから好きなんだけど)

ヒロ達が言うような恋愛的意味合いとは違うと思うが(そもそも恋愛がよくわからない)、宰相のことは好きだしできるだけ傍にいたいなと思っている。
ただそれ故に眩しすぎるのが困ると言うだけで────。

(本当に、なんなんだろうな……)

妙にそわそわして、胸がドキドキして、眩しすぎて直視できなくなるこの気持ちが本気で理解できなかった。
美形だからだと思っていたけど、最初から宰相は美形だし、最初の頃はこんな気持ちにならなかったはずなのに…と結局は同じ考えがまたぐるぐる回る。

「ん~…こうしている分には落ち着くし、全然大丈夫なのにな……」

いっそのこと心理学的な本でも読んでみた方がいいんだろうか?
似たような気持ちがピンポイントで書いてある本もあの図書室でなら見つけられる気がしないでもない。
そして『宰相からのアクションでだけ、おかしな気持ちにさせられるんだよな』と思いつつ、キュッと抱きつきながらそっとその温もりに頬を摺り寄せる。

すると宰相がビクッとしながら目を覚ました。
「マ、マナ?」
「あ、宰相。おはようございます」
「…………」
何故かは知らないが笑顔で朝の挨拶をしたところで宰相が真っ赤になりながら手で口を隠し、そっぽを向いてしまう。
「宰相?」
「……すまない。取り敢えずそこで動かれるとマズいから、起きてくれないか?」
言われて初めて言われている意味が分かったので、半ば申し訳ない気持ちで身を起こした。
(朝だしな…。これはちょっと俺が悪かったな)
あの体勢でスリスリは確かにある意味マズかっただろう。
朝の生理現象は誰にでもあることだ。
まあここは気を取り直して、朝シャワーでも浴びたらすっきり気分も変わるだろう。
「宰相、昨日シャワー浴び損ねましたし先に行ってきてください。俺は後でいいんで。あ、時間短縮したいなら別に一緒でもいいですよ?」
そんな風に気軽に提案してみたんだが、宰相は朝立ちの件で余程恥ずかしかったのか、一人で先に行ってくるからと真っ赤になりながら急いで去っていった。
俺はそれを見送りながら申し訳なさにポリポリと頬を掻く。
(真面目な宰相に今の言葉はもしかしてまずかったのかな?)
こちらの世界のことはまだよくわかっていない部分が多いが、恐らく銭湯や温泉文化なんてものはないだろうし、恋人同士ならいざ知らず一緒にシャワーを浴びるというのは恥ずかしいことなのかもしれないとここで思い至った。
(しまったな…)
冗談でしたで軽く流してもらえないだろうか?
とりあえず後で謝ろうと思いながらタオルと着替えの用意をして、朝食のことを考えながらカーテンを開け、気を取り直しながら今日もいい天気だと思い切り伸びをする。

(ドン引きされて嫌われてないといいけど……)

そんなことを考えながら─────。

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