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38.どう考えても駆け落ちじゃないだろう

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予想外の迷子から無事に戻ったところ、宰相達から心配したと言われてしまった。
とは言え森に食材を取りに行ったということは伝わっていたらしく、不思議そうな顔をされた。
どうやらあの森の畑周辺は特段怪しいことが起こったことはないらしく、迷ったのは正直意外とのことだった。
そう考えるとやはり自分は妖精の悪戯にでもあってしまったのかもしれない。
有難いことに食材の方はヒロが手に入れてくれていたらしいのでそのままハンバーグ作りに取り掛かることはできた。
本当に感謝だ。
とは言え時間のロスがあったことは否めない。
「ヒロ、悪いけど少し手伝ってくれないか?」
便利な道具でもあればよかったのだが生憎それはないので、ここは魔法を使って手早くできないかと思い立ったのだ。
「俺がこれくらいのミキサーサイズで結界を張るから、その中で風魔法を小規模で使ってほしいんだ」
肉をミンチにするのに必要なんだと言えばヒロは張り切って言われた通りに魔法を使ってくれる。
そして続いて野菜なども全部細かくしてあっという間に下準備を終えることができた。
ここまでできれば後は簡単だ。
炒めた野菜、牛乳に浸したパン粉、卵を加えてよく混ぜる。
形を整え空気を抜いて小麦粉をまぶして焼いていく。
ご飯に具沢山の野菜スープ、ハンバーグにはキノコを加えたホワイトソースを掛けて温野菜をそっと添えた。
「はい、完成」
本当はデザートなんかがあればもっとよかったのだろうが、如何せん時間がなさ過ぎたのでこれだけだ。
というよりヒロがまだかまだかとそわそわして待ちきれなさそうだったので、諦めたともいう。
出来上がったハンバーグは外はカリッと中はふわっという感じの俺好みのものなのだが、皆の口には合うだろうか?
そう思って見遣ると、ヒロは嬉しそうに頂きますと言って頬張り美味いと言ってガツガツと食べていたのだが、何故か宰相とハイジは食べようとせず目を瞠っていた。
「えっと…?」
どうかしたのだろうか?
特におかしな料理ではないと思うのだが……。
そうして戸惑うように視線を向けていると、先に動いたのは宰相だった。
恐る恐るナイフとフォークを使い、そっとハンバーグを一口大に切りソースを絡めて口へと運ぶ。
けれどモグモグと咀嚼し飲み込んだところで驚愕の表情で固まってしまった。
「……どうですか?」
もしや口に合わなかっただろうか?
不安な気持ちになりながらそっと尋ねてみると、たちまち宰相の顔が目に見えて輝いた。
「マナ!こ、この料理は何と言ったか?」
「え?ハンバーグですが?」
「ハンバーグ!ハンバーグか!」
そして先程までの戸惑いなどなかったかのように物凄く嬉しそうに食べ始めた。
どうやらお気に召してもらえたようだ。
そんな宰相を見たからかハイジの方も恐る恐る手を進め、そっとそれを咀嚼し目を見開いた。
「お…美味しいですわ!」
「そうか。口にあって良かった」
そうしてホッとしたのも束の間、ここから三人はモリモリ食べてあっという間に完食してしまい、おかわりはないのかとまで言われてしまった。
さすがにそこまでの量の肉は用意していなかったのでもうないと正直に答えたのだが、三人揃って肩を落としていたのでなんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「その…また作るから────」
「絶対!絶対だぞ?!」
「約束よ!」
「マナ…明日も食べたいッ!」
「…………」
いや、どれだけ気に入ってるんだ?
ちゃんとバランスよく食べよう?
「宰相。せめて月一にしてください」
ハンバーグに目を輝かせる宰相は可愛いが、毎日ハンバーグは絶対にやめた方がいい。
そうしてキッパリと言い切ると何故か宰相以外の二人にまでショックを受けられた。
しかもヒロは余程ハンバーグに飢えていたらしく、煮込みハンバーグだってあるし、ソースを変えたら週一でもいけるだろうとまで言われてしまい、他の二人からも食べたいと勢いよく強請られてそのままなし崩し的に週一でハンバーグの献立を作る羽目になってしまった。
どれだけ好きなんだ?
まあいいけど。
ミンチが気に入ったならつくねを作って焼いて食べても美味しいし、スープに入れてもいいかもしれない。
ロールキャベツにメンチカツ。できる料理は色々ある。
それとなくハンバーグ以外にもひき肉料理はあるんだと教えていけば、きっとハンバーグばかりにはならないだろう。



そして翌日、今日は何を作ろうかと考えているとミルフィスが執務室へとやってきた。
どうやら体調の方はだいぶ良くなったらしい。
こうしてすぐさま仕事へとやってくるということは、もしかしたら宰相並みに仕事人間なのかもしれなかった。
それから暫く宰相や周辺の者達と一緒に打ち合わせをするということだったので俺は邪魔にならないように出て行こうとしたのだが、是非ご一緒にと言われ何故か同席することになってしまった。
そこで話し合われたのは今後の国の事や政策、仕事の割り振りなど細々としたことから今回の氷漬けの事件のことにまで話は及んだ。
事件で亡くなった者達の遺体はそれぞれ家族へと連絡がいきあるべき場所へと返されたが、犯人はまだ捕まってはいない。
それに加えて魔王の存在も確認できない今、犯人は国内にいる誰かである可能性が高いという結論もこの場で出された。
このあたりは俺達の調査結果を聞いた宰相から説明があり周知された形だ。
そして各領地から派遣されてきた者達からの情報も数多く出されたのだが、その中で行方不明者が出ていることが明らかとなった。
中でも一番問題となったのがこの国の王太子の存在だ。
彼は当初留学のため国を出たと言うことだったのだが、半年経った今、留学先であるはずの国からいつ来るのかと問い合わせの手紙が届いたらしい。
「それは本当なのか?!」
それは宰相には寝耳に水の話だったらしく、ひどく驚いて思わず手紙を受け取ったという部下に食い気味で尋ねていたほどだ。
「は…はい。届いたのは昨日の朝だったのですが、何分例の件で皆走り回っておりましたので、すぐにご報告できず申し訳ありませんでした」
外務を担当する部署の者が申し訳なさそうにそう口にするが、宰相は蒼白になりながら頭を抱え込んでしまった。
そんな宰相に追い打ちをかけるように今度は別の者が口を開く。
「あの…」
それは大臣の一人であるリーバー家の者だったのだが、彼の話によるとその家の娘であり王太子の婚約者でもあるノーラ=リーバーの所在が不明になっているとのことだった。
当初は父親に忘れ物を届けに行くと言って王宮に出向いていたことから父親と時を同じくして氷漬けにされたのだろうと思われていたのだが、氷が解けて確認したところその姿がなかったことからこれはおかしいとなったのだという。
「もしや駆け落ちか…?」
思わずそんな言葉が誰かの口から飛び出すが、そもそも婚約している間柄であればわざわざ駆け落ちなどしなくとも結ばれる運命なのだから消息を絶つ必要などない。
となるとここはやはり犯人に捕まったとみるのが一般的な考えだろうと思うのだが……。
「駆け落ち…」
「まさか駆け落ちをするために陛下達を…?」
そんな言葉がちらほらと出始めて俺は焦った。
「いやいやいやいや?!落ち着きましょう?!」
どうしてそんな考えで落ち着くのだろう?
この国の中枢は本当に大丈夫なのだろうか?
思わずツッコミを入れたくなってしまうほどに危なっかしい。
何故国王を失ったというのにそんな短絡的な考えに落ち着いてしまうのかが不思議で仕方がなかった。
あまり部外者が国のことに口を出すべきではないとは思うのだが、このままでは絶対に真実にたどり着けないような気がしてならなかった。
ここは少しでも方向を修正するべきだろう。
「他にも行方不明者がいるんですよね?」
「あ…ああ」

今のところ判明している行方不明者の数は全部で5名。
王太子 マリウス=ブロンシュ。
王太子の婚約者 ノーラ=リーバー。
彼女の侍女で子爵家の令嬢でもある イザベラ=ミュラー。
ノーラの親友でもあった伯爵家の令嬢 ガブリエラ=シャイン。
そしてジフリートの兄に仕えていた伯爵家の三男 カール=ホイットだ。

これを見るにノーラの周辺人物の不明者が目立つ。
これにはきっと意味があるはずだと主張するとなるほどと皆に頷かれた。
けれど何故かそのまま駆け落ち説が濃厚になり、二人の駆け落ちを残りの三名が手伝ったのではないかという話の方向へと向かい出した。
これには正直驚きを隠せない。
「ええ?!あり得ないですよね?」
一応そう言ってはみるが皆は何故か不思議そうな顔をこちらへと向けてくる。
「あり得ない…とは?」
「だって普通にいけばそのまま結婚する二人ですよ?!駆け落ちすること自体がおかしくないですか?」
「そこは若い二人だし、結婚まで待ちきれなくてという可能性は大きいだろう」
「そうだな。きっと陛下や重鎮達からまだ早いと反対されて────」
そんな風に結論を出そうとする者達が多くて正直眩暈を感じてしまった。
(ダメだこの人たち……!)
まさかここまで自分の発言が軽視されるとは思ってもみなかった。
そうして茫然自失になりそうになったところで宰相が徐に声を上げてくれる。
「まあ待て。まだ結論を出すには早いだろう。賢者であるマナが疑問を抱くということは事は単純な駆け落ちとは限らないのではないか?」
その言葉に皆が渋々意見を聞き始めた。
どうやら宰相の発言力は絶大らしい。
「マナ。良かったら考えをもう少し聞かせてくれないだろうか?」
有難いことにそんな風に宰相が話を振ってくれたので、俺は正直に氷漬けの犯人が王宮に居て王太子達を殺害または監禁しているのではないかと答えた。
「犯人の目的は正直よくわかりませんが、この国を混乱させようとしているのだけは確かだと思います」
とは言え周辺国に比べればこの国は小国。
魔王ではなく別の悪意ある者が犯人の可能性が高いということも付け加えておく。
つまりは内部抗争────。
「現状この国で最も王位に近いのはどなたです?」
それが犯人の可能性が高いのではと口にすると、その場がシンと静まり返り皆の目が一斉に宰相へと向けられた。
「わ、私ではないぞ?!」
慌てたようにそう言われ、実は宰相が王位に最も近い人物だったということを初めて知る。
折角加勢してくれたのに背後から撃ってしまった形になってしまい、なんだか物凄く申し訳ない気持ちになった。
ここは自分が責任をもってフォローすべきだろう。
「あ~…それならこの筋はないですね。宰相が犯人だったとしたらこの間のような目には合ってないはずですから」
例のトイレの事件は別として、宰相が犯人だったとするならこの間の魔物があの場で襲ってくるはずがないからだ。
「氷漬けの犯人である魔物は勇者や宰相が揃っている場で襲ってきました。あの魔物の主が宰相であるとしたらもっとタイミングを見計らって手駒を失くさないようにしたはずです」
自作自演はないというその言葉に皆の疑惑の眼差しはなくなり、代わりにこちらへと続きを促すような目を向けられた。
「そもそもが宰相が犯人であるのなら勇者召喚や聖女召喚など行わなかったでしょう」
だからこそ犯人は別にいるのだと静かに自分の考えを口にすると、なるほどと皆の口から感心するような声が漏れた。
「では犯人は別にいる…と?」
「ええ。王達を氷漬けにし宰相をあわよくば犯人に仕立て上げ、王太子達をどうにかした犯人が必ずいるはずです」
その言葉に場がざわざわと騒めいていく。

「どうか早急に調査を」

ダメ押しとばかりにそう告げるとすぐさま宰相が動いて騎士団に連絡をと口にした。
これには正直ホッと安堵したほどだ。
ここまで言っても動いてもらえなければどうしようかと思った。

(さて……と)

取り敢えずこちらの方はこれで何かしらの進展があるだろうし、後は宰相が疲れをため込まないよう何か美味しいものでも作っておこうかなとその場を後にした。


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