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34.食材探してまさかの迷子

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※前半ジフリート視点、後半主人公視点です。




予定通り氷は解けた。
けれど────予想外の人物が生き残ってしまっていた。
ミルフィス=ラキシス。
彼はラキシス侯爵家の嫡男で、ヴェルガーの次に次期宰相の座に最も近いと評された男だ。
将来的にヴェルガーを国王に据えるのなら宰相に据えるに最も相応しい男でもある。
けれどこの男はヴェルガーとは幼馴染で、ヴェルガーがそもそも宰相になどなりたくないと言うこともよく知っている上になんでも言い合える間柄でもあった。
氷漬けになった時は邪魔者として排除できたと喜んだものだが、まさか生き残るとは思ってもみなかった。
あのマナという男が余計なことをしなければ確実に死んでいたのにと苦々しい気持ちになってしまう。
けれどここで下手に目立つのは得策ではない。
幸いミルフィスは自分が国王達を氷漬けにしたなど全く気づいてはいないだろう。
あの場には多くの重鎮達がいて国王の周囲に集まっていた。
ミルフィスは一番奥まった場所にいたようだから、最前列の様子など全く見えぬままに氷漬けになったはずだ。
今牢に入れているノーラとは違う。
暫く放っておいても大丈夫だろう。
そんなことよりも召喚獣と契約するための生贄の確保だ。
生贄と言いつつも決して生きている必要はない。
新鮮で高貴な遺体であればそれでいいのだ。
幸いここには国王や重鎮達の遺体がひしめき合っている。
全てを埋葬するには時間を要するだろうから、人のいない間を見計らってさっさと召喚の儀を行ってしまえばいい。
その為にも積極的に采配をとらねばならない。

「ヴェルガー様。ここは私に任せてどうぞミルフィス様についていて差し上げてください」
ご心配でしょうと気遣うとヴェルガーは有難いと言う顔でこちらを見遣り、全てを自分に任せてくれる。
これまでの実績からそれくらいの信用はあるのだから当然と言えるだろう。
「ジフリート。お前になら任せても大丈夫だな」
力強く頷き頼ってもらえた満足感とこれで召喚獣を手に入れられるという安堵感に満たされ、自然と笑みが浮かんでしまう。
「はい。すべて卆なくこなさせていただきますのでどうぞご安心を」
「よろしく頼む」
ヴェルガーがそのまま勇者達と共にミルフィスへと付き添いながらこの場を後にしたのも実に都合がよかった。
後は兵や官僚達に指示を出し、適切な場所へそれぞれ割り振って上手くやればいいだけだ。

こうして予定通り首尾よくこれまでよりも強大な力を持つ召喚獣を難なく手に入れることができたのだった。


***


宰相と仲のいいミルフィスという青年が助かり良かったと安堵したものの、どうもジフリートの先程の態度が気にかかって仕方がなかった。
いつもであればそれとなく邪魔をしてきそうなものなのに、今回に限り全くそれがなかったからかもしれない。
これは何か意図があるのだろうか?

ベッドに運び込まれたミルフィスに声を掛けていた宰相を見遣りながらそんなことを考えていると、宰相が徐にこちらへと振り返り彼に俺達のことを紹介してくれる。
「ミルフィス殿。二人とも異世界からの召喚者なのだが、彼が貴方の命を救った賢者マナ=カサトル殿。それとあちらにいるのが勇者様であるトモ=ヤヒロ殿だ」
「初めまして。命を助けていただき感謝する。私はミルフィス=ラキシス。侯爵家の者だ」
「初めまして。『聖者』のサトルです」
一応初対面ではあるしここは賢者ではなく聖者だと一応きちんと言っておく。
侯爵家ということは偉い人のはずだから嘘はいけないかなと思ったので念のためだ。
けれど彼もまた宰相同様勘違いを発動してしまった。

「生者?ああ、賢者のことをあちらではそう言うのですね。生きとし生ける者の全てを知る者…なるほど。奥が深い」

違う!しかもセイジャの方もなんか漢字が違う気がする!何故だ?!
仮死状態から助けたからそんな勘違いをしたのか?!
けれど今のこの弱った状態の人にあまり強く主張するのも大人げないし、話は短めにした方がいいだろうと割り切ってサクッと諦めることにした。

「…………まあいいです。それより体調の方は大丈夫ですか?どこか動きにくい箇所などがあれば治療しますので言ってくださいね」

この後は少し眠ってもらった方がいいだろうが、もしどこか気になるところがあれば今治しておきたいと言うと、彼の方からは大丈夫だと言う答えが返ってきた。
受け答えも普通にできているし、脳などにも問題はなさそうで安堵する。
あとは温かくしてゆっくりしてもらうのが一番だろう。
「では後でお食事をお持ちしますのでゆっくり休んでくださいね」
恐らく今の状態なら固形物よりは流動食の方が胃におさまりやすいだろう。
(いきなりお粥でも大丈夫かな?それとも重湯くらいから徐々に慣らしていくべきか…)
ついでに聖水で作ったらどうなるか検証してみようと思いながらそんなことを口にすると、断られることなく礼を言われた。
「ああ、ありがとう」
そして彼がゆっくり休めるようにと部屋に結界を張り皆で外に出る。
これで静かに休めることだろう。

そう思ってホッと息を吐いていると、何故か宰相がちらりとこちらを見て言い難そうに口を開いた。
「マナ…」
「なんでしょう?」
「その…私にもこの間の薬草粥をまた作ってはもらえないだろうか?」
「え?」
どうやらミルフィスに作るついでに作ってほしいということのようだ。
「いや!無理にとは言わないんだが、その…これから色々忙しくなりそうだし、あれを食べれば疲れもとれるからと…」
そんな宰相の様子が微笑ましくてつい頬が緩んでしまった。
「いいですよ。遠慮なんてしないで何でも言ってください。どうせ一つ作るのも二つ作るのも変わりませんから」
「そうか」
そしてホッとしたように笑顔になった宰相を見つめていると、何故かヒロが口をはさんできた。
「サトル、俺はお粥よりハンバーグが食べたいぞ!」
「は?」
「だから、ハンバーグ!」
「料理長に頼めばいいんじゃないか?」
嫌われ者の俺なら兎も角、仮にも『勇者』が食べたいと言えば普通に作ってもらえるだろうと思ってそう言ったのに、何故かわかってないなとばかりに大きな溜息を吐かれた。
「こっちにはハンバーグがないんだよ!」
「え?」
「ステーキがあるから肉はあるんだけど、俺が大好きなハンバーグがないんだ!」
パン粉も卵も牛乳もどきもあるのにハンバーグがないと何故かヒロが訴えてくる。
「…うん?後はひき肉があったらできるだろう?」
作ればいいじゃないかと言ったら作り方がわからないと言われてしまった。
どうやらヒロは俺に作ってほしいらしい。
失敗してもいいから自分で作ればいいのに─────。
そうやって乗り気じゃない俺の姿を見て、ヒロは贔屓だ贔屓だと言い出した。
そんなに食べたいのか、ハンバーグ……。
一体どれだけ好物なんだろう?
作り方は分かるし別に作ってもいいのだが、食材も一から用意しないといけないし少し手間だ。
けれどヒロには昨日も頑張って魔物と戦ってもらったことだし、たまにはいいかもしれないなと思った。
「わかった。じゃあ今日の夕飯にハンバーグを作ってやるから、食材を集めるのは協力してくれよ?」
そう言ってやるとヒロは物凄く嬉しそうに見えない尻尾をぶんぶん振っていた。
そうと決まれば善は急げだ。
早速必要な食材を頭の中に思い浮かべる。
上に掛けるソースはどうしようか?
ケチャップはないだろうからトマトソース系か、ホワイトソース系にするのが無難かなとそちらも併せて考える。

そして粥を作り終わったら早速食材を探しに行こうと考えを纏め、ヒロに頼む分だけ頼んでじゃあまた後でと皆から離れた。




それから二時間後────。
「……もしかして騙された?」
料理長から聞かされた場所へとやってきたのだが、そこに欲しかった野菜の姿はなく、ただただ鬱蒼とした森が広がっていた。
確かこの森に入って15分くらいの目立つ場所で野菜を育てていると聞いたはずなのだが…どこにもそれらしい場所が見つからない。
暫くウロウロしてみたが全くその畑を見つけることはできず、しかも方向感覚までおかしくなって来た道がわからなくなってしまった。
もしやここは樹海のように磁場が狂っている場所なのだろうか?
だとしたら非常に危険だ。
これはもう『森の土は栄養豊富だから野菜がよく育つんだ』なんて言われてうっかり信じた俺が馬鹿だったと言うことなのだろうか?
とは言えこのまま森をさ迷い続けるのはさすがに御免被りたいところだ。
なんとかこの森から抜け出したい。
どうしたものかと思ってそっとまだ明るい空を見上げると、遠くの方に塔のような建物が見えた。
道を知らなくともあそこまで行けば誰かいるかもしれない。
それにあそこに向かう道すがら森から出られる可能性も高い。
そんな楽観的な考えが頭に浮かぶ。
そしてなるようになれとばかりに俺はその塔に向かって歩き始めた。


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