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31.募る憎しみージフリート&マリウス視点ー
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勇者一行が帰ってきた。
しかもあの憎々しい男があろうことかヴェルガーを連れ執務室へと帰ってきてしまったことで更に腹立たしさが増す。
ただでさえ思っていた展開と違ってしまったことに対し少々の不満が溜まっていたというのに、残された唯一の楽しみまであっさりと奪っていったあの男に殺意が芽生える。
折角ヴェルガーを夜に再度追い詰め、今度こそその恐怖に染まった顔を間近で堪能しようと思っていたというのに…。
(マナ…あの男、本気で殺してやろうか)
毒が効かなくとも方法はいくらでもある。
いっそ裏稼業の者を金で雇って殺してしまいたい。
あるいは召喚獣を差し向けて氷漬けにしてしまおうか?
今なら自分の仕業だとは誰も気がつかないだろうし、いっそそうしてしまった方が傷心のヴェルガーを懐柔しやすくなるかもしれない。
そうと決まればあのマナ=カサトルという男は早々に始末してしまおう。
そして昏い考えに浸りながら今日もマリウスの元へと向かった。
***
カツンカツンと聞きなれた音が響き、いつものようにあの男がここへとやってくる。
ジフリート=クスマン。クスマン侯爵家の次男であり、その才は自分の耳へと届くほど有能な男だった。
長男は平凡なのにこの差は何だろうと思ったものだ。
そして今回の件の黒幕がヴェルガー=カテオンと聞いて、ああなるほどとしっくりきてしまった。
ヴェルガーは宰相の息子で非常に優秀な男だとは聞いていたが、宰相曰くどこか頼りない長男で、補佐には有能な者が必須とのことだった。
それ故に王宮に呼ぶにはまだ早く、カテオロス領のことを一任し現在育てている最中なのだと聞いていた。
恐らく本人はそんな状況に嫌気がさしていたのだろう。
父にわかってもらえないと逆恨みし、優秀だと言われるジフリートを懐柔して邪魔な父親を含め王達共々何らかの方法で氷漬けにして政権を奪い取ったのだ。
とても許せるものではない。
なんとかここから脱出し、政権を奪い返さなければならない。
その為にはジフリートの目を盗んで対策を立てなければ……。
とは言え自分一人ならまだしもここにはノーラもいる。
怒りのままに暴走し、危ない橋を渡ることはできない。
今は何よりも冷静になることの方が大切だ。
(せめて誰か一人でも味方になってくれるような者がいればいいのだが……)
王宮の者達は恐らく二人に騙されている者が大半だろう。
ジフリートは魔王の仕業だと言えば今の王宮の者達はすんなり信じると言っていた。
そのことからわかるように王宮の者は全てジフリートが掌握しており、そう簡単に得られる味方などはいないと考えていい。
味方に引き入れるならジフリートと対立している者でないと意味がない。
そんな者がここへと来るはずもなく、希望はほとんどないと言っても過言ではないだろう。
それでも祈らずにはいられない。
アクアブロンシュタルトに啓示をもたらし、勇者召喚の知恵を与えし偉大なる女神モーラへと希(こいねが)う。
どうか我々をお助けくださいと。
たとえそれが難しくとも、せめて一筋の光をお与えくださいと。
固く閉ざされた地下牢には脱出できるような抜け穴などは存在しない。
僅かに明り取りと空気の入れ替えのためなのか小窓が一つ高所にあるだけで、そこへ上がる術すらない。
そもそもこの牢自体どこにあるのかさえ分からない。
通常の牢などがある場所とは全く違うのだろうことは普段の様子から明らかだ。
見回りの兵の足音が聞こえてくることはなく、ただひたすら静寂が満ちる場所…そんな場所にある牢屋に心当たりなどはなかった。
「マリウス様。お食事ですよ?」
そうして思考の波に呑まれている間にジフリートが食事を手に自分の元へとやってくる。
今日はいつもよりも遅い時間帯だ。
何かあったのだろうか?
「…何かあったのか?」
どうせ望む答えなど帰ってはこないだろうと思いつつもそう話を振ってみると、ジフリートはいつもの柔らかな笑みではなく、どこか冴え冴えとした恐ろしい笑みを浮かべながら口を開いた。
「別に…。害虫が湧いただけですよ」
「害虫…」
それがその言葉通りではないことは一目でわかった。
恐らくジフリート達にとって邪魔な人物が現れたということなのだろう。
「……その者もここに入れるのか?」
もしそうなら何か動きがあるかもしれないと思いながら尋ねると、ジフリートは心底おかしそうに笑った。
「ああ、それもいいかもしれませんね。自分の罪を思い知らせてやるのも一興でしょうか?ですが……」
そこで一度言葉を切り、ジフリートが冷たく言い放つ。
「あの者には死あるのみ。貴方が気にすることなど何一つございませんよ」
どうやらその者は余程のことをしてジフリートの不興を買ったらしい。
これでは殺されるのも時間の問題だろうし、自分の味方に引き入れることなどできはしないだろう。
残念だが仕方がない。
「……そうか」
そして意気消沈しながらそれだけを溢すと、ジフリートは何を勘違いしたのかクスリと笑いこちらを見遣った。
「大丈夫ですよ、マリウス様。貴方様方はまだ殺す気はありませんから」
そして食事を置くだけ置いて行ってしまった。
(私達はまだ利用価値がある…そういうことか)
何に利用する気なのかは知らない。
けれどここから出される日が来るとすれば、きっとそれが自分達が殺される日なのだろうということはわかった。
しかしそれは同時にここから逃げ出す唯一のチャンスだとも言える。
今の自分にできることは、どうやってそのチャンスを生かすかということと、それ以外に脱出路がないかを探ることの二つだけ─────。
(ヴェルガー…いつまでも自分の思惑通りに事が進むと思うなよ?)
亡き父のためにも必ずここから出てヴェルガーを倒し政権を取り戻す。
その強い想いを胸にマリウスはジフリートが去っていったその先を強く睨み据えた。
しかもあの憎々しい男があろうことかヴェルガーを連れ執務室へと帰ってきてしまったことで更に腹立たしさが増す。
ただでさえ思っていた展開と違ってしまったことに対し少々の不満が溜まっていたというのに、残された唯一の楽しみまであっさりと奪っていったあの男に殺意が芽生える。
折角ヴェルガーを夜に再度追い詰め、今度こそその恐怖に染まった顔を間近で堪能しようと思っていたというのに…。
(マナ…あの男、本気で殺してやろうか)
毒が効かなくとも方法はいくらでもある。
いっそ裏稼業の者を金で雇って殺してしまいたい。
あるいは召喚獣を差し向けて氷漬けにしてしまおうか?
今なら自分の仕業だとは誰も気がつかないだろうし、いっそそうしてしまった方が傷心のヴェルガーを懐柔しやすくなるかもしれない。
そうと決まればあのマナ=カサトルという男は早々に始末してしまおう。
そして昏い考えに浸りながら今日もマリウスの元へと向かった。
***
カツンカツンと聞きなれた音が響き、いつものようにあの男がここへとやってくる。
ジフリート=クスマン。クスマン侯爵家の次男であり、その才は自分の耳へと届くほど有能な男だった。
長男は平凡なのにこの差は何だろうと思ったものだ。
そして今回の件の黒幕がヴェルガー=カテオンと聞いて、ああなるほどとしっくりきてしまった。
ヴェルガーは宰相の息子で非常に優秀な男だとは聞いていたが、宰相曰くどこか頼りない長男で、補佐には有能な者が必須とのことだった。
それ故に王宮に呼ぶにはまだ早く、カテオロス領のことを一任し現在育てている最中なのだと聞いていた。
恐らく本人はそんな状況に嫌気がさしていたのだろう。
父にわかってもらえないと逆恨みし、優秀だと言われるジフリートを懐柔して邪魔な父親を含め王達共々何らかの方法で氷漬けにして政権を奪い取ったのだ。
とても許せるものではない。
なんとかここから脱出し、政権を奪い返さなければならない。
その為にはジフリートの目を盗んで対策を立てなければ……。
とは言え自分一人ならまだしもここにはノーラもいる。
怒りのままに暴走し、危ない橋を渡ることはできない。
今は何よりも冷静になることの方が大切だ。
(せめて誰か一人でも味方になってくれるような者がいればいいのだが……)
王宮の者達は恐らく二人に騙されている者が大半だろう。
ジフリートは魔王の仕業だと言えば今の王宮の者達はすんなり信じると言っていた。
そのことからわかるように王宮の者は全てジフリートが掌握しており、そう簡単に得られる味方などはいないと考えていい。
味方に引き入れるならジフリートと対立している者でないと意味がない。
そんな者がここへと来るはずもなく、希望はほとんどないと言っても過言ではないだろう。
それでも祈らずにはいられない。
アクアブロンシュタルトに啓示をもたらし、勇者召喚の知恵を与えし偉大なる女神モーラへと希(こいねが)う。
どうか我々をお助けくださいと。
たとえそれが難しくとも、せめて一筋の光をお与えくださいと。
固く閉ざされた地下牢には脱出できるような抜け穴などは存在しない。
僅かに明り取りと空気の入れ替えのためなのか小窓が一つ高所にあるだけで、そこへ上がる術すらない。
そもそもこの牢自体どこにあるのかさえ分からない。
通常の牢などがある場所とは全く違うのだろうことは普段の様子から明らかだ。
見回りの兵の足音が聞こえてくることはなく、ただひたすら静寂が満ちる場所…そんな場所にある牢屋に心当たりなどはなかった。
「マリウス様。お食事ですよ?」
そうして思考の波に呑まれている間にジフリートが食事を手に自分の元へとやってくる。
今日はいつもよりも遅い時間帯だ。
何かあったのだろうか?
「…何かあったのか?」
どうせ望む答えなど帰ってはこないだろうと思いつつもそう話を振ってみると、ジフリートはいつもの柔らかな笑みではなく、どこか冴え冴えとした恐ろしい笑みを浮かべながら口を開いた。
「別に…。害虫が湧いただけですよ」
「害虫…」
それがその言葉通りではないことは一目でわかった。
恐らくジフリート達にとって邪魔な人物が現れたということなのだろう。
「……その者もここに入れるのか?」
もしそうなら何か動きがあるかもしれないと思いながら尋ねると、ジフリートは心底おかしそうに笑った。
「ああ、それもいいかもしれませんね。自分の罪を思い知らせてやるのも一興でしょうか?ですが……」
そこで一度言葉を切り、ジフリートが冷たく言い放つ。
「あの者には死あるのみ。貴方が気にすることなど何一つございませんよ」
どうやらその者は余程のことをしてジフリートの不興を買ったらしい。
これでは殺されるのも時間の問題だろうし、自分の味方に引き入れることなどできはしないだろう。
残念だが仕方がない。
「……そうか」
そして意気消沈しながらそれだけを溢すと、ジフリートは何を勘違いしたのかクスリと笑いこちらを見遣った。
「大丈夫ですよ、マリウス様。貴方様方はまだ殺す気はありませんから」
そして食事を置くだけ置いて行ってしまった。
(私達はまだ利用価値がある…そういうことか)
何に利用する気なのかは知らない。
けれどここから出される日が来るとすれば、きっとそれが自分達が殺される日なのだろうということはわかった。
しかしそれは同時にここから逃げ出す唯一のチャンスだとも言える。
今の自分にできることは、どうやってそのチャンスを生かすかということと、それ以外に脱出路がないかを探ることの二つだけ─────。
(ヴェルガー…いつまでも自分の思惑通りに事が進むと思うなよ?)
亡き父のためにも必ずここから出てヴェルガーを倒し政権を取り戻す。
その強い想いを胸にマリウスはジフリートが去っていったその先を強く睨み据えた。
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