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15.心の拠り所は、あるとないでは大違いー宰相視点ー
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「嘘だ…誰か嘘だと言ってくれ……」
とてもではないが信じられなくて、縋る様にそう言葉にするも応えてくれるものは誰もいない。
「誰か…」
そうして絶望感でいっぱいになっているところで、そう言えばここには自分の味方になってくれるような者はいないのだったと思い出す。
ここに居る皆は自分が『公爵家の嫡男』だから、『指示を出すものが必要』だから従ってくれているに過ぎない。
ヴェルガー個人に対して味方になってくれるものなど一人としていない事実に改めてヒヤリと心が冷えるのを感じ、思わず腕をさすってしまう。
まるで一足早く冬がやってきたのかと思えるほどに酷く寒く感じられた。
そんな中、ふと、マナの笑顔を思い出した。
すると不思議なことに、少しずつ心が落ち着いていくような気がした。
仕方がないなと少し困ったように自分を手伝ってくれる異世界からやってきた一人の青年。
まだ若いにもかかわらずしっかりしていて、頭もかなりいい。
本人は謙遜しているが、正直あれほど頼りになる者はそうそういないと思っている。
あの召喚の日に図書室で再会し、字が読めると聞いた時も驚いたものだが(ちなみに勇者は読めなかった)、その後教えて貰ったそろばんの正しい使い方もかなり衝撃的だった。
あれなら仕事はかなりはかどるし、密かに自領の特産品として生産販売させてもらって、正しい使い方を早期に教育に取り入れていきたいと思ったほどだ。
実を言うとこれまで『そろばん』と呼ばれるコレは代々の宰相のマッサージ器で、仕事で疲れた時にこれで肩やら背中をコロコロしたり、ストレスがたまった時に振ってシャカシャカ慣らしてその音に癒される一石二鳥のアイテムとして使われていたもので、これを計算に使おうと思い立ったのはきっと自分が初めてだったのではないだろうか?
紙に書くと紙代の無駄になるなと思い立ち、いっそのことこれで足し算していけばよいではないかと始めたことだった。
それがまさか本来の使い方に近しい使い方で、更には計算するのにこれ以上ないほど素晴らしいアイテムだったとは思いもよらなかった。
まさに目から鱗だ。
ちなみに試しに勇者にもそろばんの使い方を知っているかと聞いてみたら『昔学校で習った気がするけど覚えてない』と返事が返ってきた。
やはり賢者は偉大だ。
話は逸れたが、マナは本当にできた男で仕事だけではなく料理もできる。
特にあの七草がゆと言う食べ物は賢者の知恵が詰まった逸品のはずだ。
薬草を効果的に使い即効性の疲労回復効果を持たせるなど並の者にできるものではない。
しかも味付けは塩しか使っていないと言うではないか。
実に素晴らしいと思う。
けれどそうやって褒め称えると何故かマナは困った顔でこう言うのだ。
『宰相…騙されやすいって言われませんか?心配になるんですけど…』
だから調味料を他にも使っているのかと尋ねると、使っていないと言うではないか。
未だにあの時何故あれほどマナが心配そうにしていたのかよくわかっていない。
けれど今回婚約者に騙されたと聞いたらきっとマナは嘲笑うでもなく少し困ったようにこういうのだろうと言うのはわかった。
『…やっぱり思った通りですね』
そして自分が泣いても嫌な顔一つせずにきっと慰めてくれるのだろう。
優しい手で撫でながら、落ち着いた声で辛かったですねと言ってくれるのだ。
マナはそういう男なのだと自分はもう知っている。
満足に食事を与えてもらえなかった時も、食事に毒が盛られていた時も、マナはいつでもそれらを怒りもせずに許していた。
マナはそんな優しい男だ。
だから────自分は今、凹んでいる場合ではないのだと思う。
もしも泣くならマナが帰ってきた時でいい。
アーデルハイトの裏切りは予想外過ぎて辛いものではあったが、ここでそれに囚われ仕事を疎かにするわけにはいかない。
今は公私をしっかり分けて考えなければいけないのだ。
マナはいつだって先を見つめている。
現状の問題点を示し、どう解決すべきかを考えている。
だから、自分も仕事をただこなすのではなく、視点をもっと先へと持っていくべきなのだと気持ちを新たに入れ替えることにした。
これは大きな意識改革だ。
少しでも呆れられないように、彼が支えてくれた分だけ自分も成長したい。
そんな出会いに感謝して、詰めていた息をそっと吐きだし大きく深呼吸をして手元の書類へと手を伸ばす。
「……暫く仕事に邁進しよう」
聖女の件と言い、婚約者の件と言い、きっとここ暫く女難の相でも出ているのだともう割り切って考えることにした。
こうして『こういう時は仕事だ仕事!』と気持ちを切り替え、マナの笑顔を思い出しながらそっと仕事に取り組むことにしたのだった。
とてもではないが信じられなくて、縋る様にそう言葉にするも応えてくれるものは誰もいない。
「誰か…」
そうして絶望感でいっぱいになっているところで、そう言えばここには自分の味方になってくれるような者はいないのだったと思い出す。
ここに居る皆は自分が『公爵家の嫡男』だから、『指示を出すものが必要』だから従ってくれているに過ぎない。
ヴェルガー個人に対して味方になってくれるものなど一人としていない事実に改めてヒヤリと心が冷えるのを感じ、思わず腕をさすってしまう。
まるで一足早く冬がやってきたのかと思えるほどに酷く寒く感じられた。
そんな中、ふと、マナの笑顔を思い出した。
すると不思議なことに、少しずつ心が落ち着いていくような気がした。
仕方がないなと少し困ったように自分を手伝ってくれる異世界からやってきた一人の青年。
まだ若いにもかかわらずしっかりしていて、頭もかなりいい。
本人は謙遜しているが、正直あれほど頼りになる者はそうそういないと思っている。
あの召喚の日に図書室で再会し、字が読めると聞いた時も驚いたものだが(ちなみに勇者は読めなかった)、その後教えて貰ったそろばんの正しい使い方もかなり衝撃的だった。
あれなら仕事はかなりはかどるし、密かに自領の特産品として生産販売させてもらって、正しい使い方を早期に教育に取り入れていきたいと思ったほどだ。
実を言うとこれまで『そろばん』と呼ばれるコレは代々の宰相のマッサージ器で、仕事で疲れた時にこれで肩やら背中をコロコロしたり、ストレスがたまった時に振ってシャカシャカ慣らしてその音に癒される一石二鳥のアイテムとして使われていたもので、これを計算に使おうと思い立ったのはきっと自分が初めてだったのではないだろうか?
紙に書くと紙代の無駄になるなと思い立ち、いっそのことこれで足し算していけばよいではないかと始めたことだった。
それがまさか本来の使い方に近しい使い方で、更には計算するのにこれ以上ないほど素晴らしいアイテムだったとは思いもよらなかった。
まさに目から鱗だ。
ちなみに試しに勇者にもそろばんの使い方を知っているかと聞いてみたら『昔学校で習った気がするけど覚えてない』と返事が返ってきた。
やはり賢者は偉大だ。
話は逸れたが、マナは本当にできた男で仕事だけではなく料理もできる。
特にあの七草がゆと言う食べ物は賢者の知恵が詰まった逸品のはずだ。
薬草を効果的に使い即効性の疲労回復効果を持たせるなど並の者にできるものではない。
しかも味付けは塩しか使っていないと言うではないか。
実に素晴らしいと思う。
けれどそうやって褒め称えると何故かマナは困った顔でこう言うのだ。
『宰相…騙されやすいって言われませんか?心配になるんですけど…』
だから調味料を他にも使っているのかと尋ねると、使っていないと言うではないか。
未だにあの時何故あれほどマナが心配そうにしていたのかよくわかっていない。
けれど今回婚約者に騙されたと聞いたらきっとマナは嘲笑うでもなく少し困ったようにこういうのだろうと言うのはわかった。
『…やっぱり思った通りですね』
そして自分が泣いても嫌な顔一つせずにきっと慰めてくれるのだろう。
優しい手で撫でながら、落ち着いた声で辛かったですねと言ってくれるのだ。
マナはそういう男なのだと自分はもう知っている。
満足に食事を与えてもらえなかった時も、食事に毒が盛られていた時も、マナはいつでもそれらを怒りもせずに許していた。
マナはそんな優しい男だ。
だから────自分は今、凹んでいる場合ではないのだと思う。
もしも泣くならマナが帰ってきた時でいい。
アーデルハイトの裏切りは予想外過ぎて辛いものではあったが、ここでそれに囚われ仕事を疎かにするわけにはいかない。
今は公私をしっかり分けて考えなければいけないのだ。
マナはいつだって先を見つめている。
現状の問題点を示し、どう解決すべきかを考えている。
だから、自分も仕事をただこなすのではなく、視点をもっと先へと持っていくべきなのだと気持ちを新たに入れ替えることにした。
これは大きな意識改革だ。
少しでも呆れられないように、彼が支えてくれた分だけ自分も成長したい。
そんな出会いに感謝して、詰めていた息をそっと吐きだし大きく深呼吸をして手元の書類へと手を伸ばす。
「……暫く仕事に邁進しよう」
聖女の件と言い、婚約者の件と言い、きっとここ暫く女難の相でも出ているのだともう割り切って考えることにした。
こうして『こういう時は仕事だ仕事!』と気持ちを切り替え、マナの笑顔を思い出しながらそっと仕事に取り組むことにしたのだった。
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