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7.部下からの悪意

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「マナ!」

一夜明け、宰相は昨日仕事を手伝ったせいか随分とこちらに好意的になった。
しかも今日から常時執務室に居て仕事を手伝ってほしいと言われている。
最初の時点で俺が仕事を求めていたのを知っているから、旅には出なくていい、それよりもここで働いてほしいと言われてある意味ラッキーだと思い引き受けることにした。
けれどこれに異を唱えたのがヒロだった。
ヒロとしては自分が勇者として旅立つなら俺も一緒に連れていく、そうでなければ旅には出ない、魔王も倒さないとご立腹だった。
まあそれはそうだろう。
危ない旅に一人では出たくないだろうし、魔王を倒しても日本に帰れるかどうかもわからない。
そんな心細さを同郷の俺と分かち合いたいと思う気持ちもわからないでもない。
けれどどちらかと言えば俺は宰相の側で働く方がいいなと思ってしまうのだ。すまん。
そうして申し訳ない気持ちを抱いたところで、ふと昨日思ったことを口にしてみることにした。

「そもそも魔王って本当にいるのか?」

「え?」
当然いるだろう。その為に呼ばれたはずだとヒロの方は目を瞠るが、対する宰相の方は十中八九いるはずだくらいの反応。
「これだけ魔物が各地で暴れているんだ。そうでなければおかしい」と言うのが宰相の見解だった。
けれどそれには是非こう問いたい。
「魔王の存在を確認はしたんですか?」
「してないが、いるはずだ!」
「確認してないんですね?」
「していない」
「目撃者は?」
「…いないが」
「では根拠は魔物の行動のみと言うことでいいんですよね?」
「そうだ」
「わかりました」
はい、決定!やっぱり宰相様達の早とちりの可能性大!
勇者可哀想!大迷惑!
「では早急に調査隊を向かわせて、国境線やこれまで近隣国に何か変わったことがなかったかと言うのを調べてください」
いるかどうかわからない魔王なんかよりもそちらの現地調査の方がずっと大事だと言い放つと、何故かヒロも宰相も驚いていた。
なんでこんな普通なことに驚かれなければならないのか。
けれど次の宰相の言葉で今度はこちらが固まる羽目になった。
「さすが賢者!なんて有意義な意見なんだ!これだ!これなんだ!欲しかったのは!」
WHAT?
しかも勇者まで一緒になって声を上げる始末。
「サトル、お前賢者だったのか。じゃあ昨日言ってたのって間違いだったんだな。そっかそっか!凄いな。大人って感じ!」
何やら一人で勘違いして意味不明に納得しているが、俺は『賢者』じゃない!『聖者』だ!
けれど何故か俺はその場で賢者認定されてしまい、またしても修正の機会は与えられなかった。
決めつけられると勢いに逆らえなくてなかなか自分の意見って言えないものなんだなとしみじみ実感してしまった。
……もういっか。
どうせこのまま宰相の手伝いで一生を終えられそうだし。
再就職万歳!って開き直ればいいよなと思って思わず諦めモードになってしまう。
そんな自分に徐に横から口を挟んでくる者があった。
誰かと思えば顔見知りの宰相の部下だった。

名前は知らない。
茶髪で灰色の瞳をした二十代半ばくらいの育ちの良さそうな細身の文官だ。
昨日宰相の手伝いが終わった後、どこに行けばいいのか分からず尋ねたら彼に訊けと言われたので素直に尋ねた。
たまたま通りすがっただけだったのに、彼は丁寧に案内してくれた。

そう。元『聖女』の部屋だと言う部屋に。

そこは一言で言えば使用人部屋と言う感じの部屋だった。
多分鍵がかかっていて開かない奥のドアがメインの部屋へとつながっていて、そこが主人の部屋でこっちが控えの間のような感じなのだろうと推測。
簡単に言うと狭めのワンルームの家みたいなものだろうか?
一応シャワーはあるが、いわゆるユニットバスっぽいものが通常の半分くらいのサイズで据え付けられているので、お風呂というよりもシャワールームといった感じだ。
はっきり言って窮屈だが背に腹は代えられないだろう。
ないよりはあるだけ良かったと考えるべきだ。
トイレと洗面がもちろん一緒になっているコンパクト仕様で、トータルで見ると当然のことながら狭い。
部屋には少しの私物が入れられるクローゼットと小さな文机。そして簡素なシングルベッドが一つ。
まさに最低限という感じの狭い部屋だった。
言いたくはないが、勇者の部屋の6分の1程度かもっと狭い、その程度の広さしかなかった。
これははっきり言って年若い女の子には不満爆発物件だなと思った。
けれど自分は男だしこれだけ揃っていれば特に文句はない。
会社にあった宿直室のようなものだと思えばいいのだ。
まあさすがにずっとここに何年も長居したいとは思わないが…。
それに悪いばかりではない。
勇者の部屋になくてこの部屋にあるものもあるのだ。
それはミニキッチンだ。
恐らく主人にお茶を淹れるために湯を沸かしたりする場所なのだろう。
しかもよく見るとミニ冷蔵庫らしきものまで据え付けられているではないか!
氷も常備できるようだ。
これはポイントが高い。
これならもしこの国の料理の味が口に合わなくても自分で料理を作る事も可能だ。
だから、必要なものは宰相にでも言って用意してもらえないか交渉しようと考えていたのだった。

さて話は逸れたが、この件でわかるようにこの文官は俺のことを優遇する気は一切ないというのが明らかだった。
それは別にいい。
待遇が悪いならその都度自分に都合のいいように手を打っていけばいいだけの話だからだ。

そう結論付けた自分に、その文官は笑顔でさも名案が思い付いたとばかりに言い放った。
「賢者様。そこまで深いお考えをお持ちなら、どうです?勇者様と一緒に国境に向かい、自らお調べになりに行かれては」

うん?つまりさっさと王宮から出て行けってことか?
随分あからさまだな。
ニコニコしていても悪意だけはバシバシ伝わってくるぞ?

きっと俺が宰相に気に入られたのが気に食わないんだろうなと思った。
現に昨日の夕食と今朝の朝食は用意されていなかった。
普通なら何かしら用意されてもおかしくはないだろうに、全くないというのもおかしすぎるではないか。
あれだけの大がかりな人数の中召喚されて、料理長がそれを知りませんでしたと言うのもあり得ない話だ。
え?どうしたかって?
夕食は宰相の夜食を半分分けてもらって、朝は勇者の部屋に突撃して無理やりゲットしたんだ。
ついでにその時果物も籠ごともらってきたから、昼はそれでも食べようと思っている。
まあこの件で思ったのは、もしかして宰相は聖女の件は部下に丸投げで、自分は自分の仕事でいっぱいいっぱいだったのではないかということ。
その証拠に宰相は昨夜、こっちに来てからまだ何も食べていないと言った自分に、それはすまなかったと言って好意的に夜食を分けてくれていた。
それと、実は密かに気になっている点がもう一つある。
それは王様達の姿が全く見当たらないということ。
いくらなんでもこれはおかしくないだろうか?
異世界からの召喚が何故か宰相権限になっているようなのだ。
普通は異世界からの召喚ともなれば国のトップ主導で行うものなのではないだろうか?
なのに王だけではなく大臣達の姿すらない。
これまで会ったのは宰相とその部下と魔道士達とちらほら巡回している騎士達くらいのものなのだ。
これは明らかに不自然だと思う。
絶対に裏に何かあると思っていいだろう。
けれどこの宰相が好き好んで権力を握って国を好きに動かしているようには思えない。
どちらかというと貧乏クジ引いちゃってますという感じなので、疲労感が半端ない様子。
まあそこが手助けしたくなるポイントではあるんだが……。
これはあれか?
王様はじめ大臣達が揃いも揃って仕事をボイコットしてこの宰相に押し付けた感じなのだろうか?
それは流石にないかと思いつつ、残念な図書室等も見ているから完全にないとも言い切れないのが辛いところだ。

何はともあれ今はわからないことだらけでモヤモヤしてしまう。
こうなったら暫く様子を見ながら世間話的に情報を聞き出すほかない。
なので申し訳ないがこの文官の話は今受けるわけにはいかないなと判断した。

「悪いが昨日来たばかりでこの世界のことが何もわかっていないんだ。少し時間をくれないか?」
さっさとそんな感じで自分なりにまとめにかかり少し困ったようにその言葉を口にしたのだが、それに対して勇者ヒロが余計なことを言ってくれた。
「大丈夫だ!そういうことなら俺に任せろ!」
半年いたからこっちのことはもうよくわかっていると自信満々に言い放ち、任せろと言わんばかりに胸を叩いたのだ。
やってくれる。
(空気を読め!この馬鹿!)
仕方がないのでチラッと宰相の方を見遣ると、こちらはあわてんぼうではあるが察することはちゃんとできたようで、深く頷いてくれた。
「ジフリート、マナは昨日こちらに来たばかりなんだ。そう焦って外に出さなくてもいい。それよりも仕事だ!仕事を回す方が大事だ!どうしてもと言うならお前と勇者様で調査に行ってきてくれ。マナは私が責任をもって預かる」
それなら問題ないだろうと事も無げに言い放った宰相に、ジフリートと呼ばれたその文官は一瞬ギリッと歯噛みしたが、顔を上げた時には笑顔で宰相の言葉をやんわりと受け止めサラリと躱していた。
「いえ、私も焦りすぎたようです。そうですね…。私が出るよりも一週間後あたりを目途に勇者様と賢者様で行かれる方がきっと成果も出ることでしょう」
『頼りになるお二人にお任せします』と笑顔で締めくくって綺麗にまとめたジフリートに笑顔で頷いた宰相には悪いが、こんな性悪を傍に置いておいて大丈夫なのかと益々心配になってきてしまった。
宰相は騙されやすいのか?
それとも人材不足で猫の手も借りたいだけ?
何はともあれ、一週間の猶予はもらえたようだし、一先ず情報収集しつつこの可哀想な宰相を少しでも手伝ってあげたいなと溜息を吐いた。


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