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【ロロイア国訪問】

165.ロロイア国へ⑨ Side.セドリック

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ユーツヴァルトを見送り、アルフレッドを安全な場所へと移動させるべくワイバーンの元へと向かう。
今から飛べば朝には隣国フォルティエンヌの街に着くだろう。
アルフレッドには取り敢えずそちらで待っていてもらって、俺は俺でこちらの片づけを済ませてしまおうと思う。

抱き上げた際に珍しく自分に甘えてくれたアルフレッド。
俺を待っていたともとれることも言っていた。
本当に愛おしくて仕方がなかった。
できればこのまま抱き潰してしまいたい。

「早く元気になれ」

そう言ったらまた眠ってしまったが、きっと気持ちは伝わったことだろう。
ワイバーンに信頼のおける暗部を数名同乗させ、アルフレッドを何としてでも守れと厳命し、隣国へと送り出す。
後から自分も向かうからと。

「さて…やるか」

アルフレッドを襲撃した者達から話は聞いた。
命令を出したのはキュリアス王子の妃である、ニーナ王太子妃。
そこにどんな意図があるのかは知らないが、殺してやる気満々だった。

そうして彼女がいる場へと足を向ける最中、シェイラ王女がフラフラと回廊を歩く姿が目に入った。
なんとなくその姿に目をやっていると、月明かりに照らすかのように小瓶を持ち上げゆらりと振った。

(あれは…?)

なんとなくロキがユーツヴァルトに渡された物と酷似している気がする。
薄緑色をした『よく眠れる薬』。
王女も不眠症だったのかと思いつつ、見遣っていると、王女はポツリとこう呟いた。

「これで…やっとあの人のところへいけるわ」

そうして幸せそうに微笑むと、その小瓶の中身を一気に煽った。

ここに来てまさかと言う思いが込み上げ、慌てて駆け寄るが、その時には既に事切れていた。
その表情は酷く穏やかだが、結果的に自死した事に変わりはない。

(何故…?)

そんな疑問に襲われながらも、俺は一先ず彼女の身をその場へ横たえ、王太子妃の元へと向かう。

意外な事に俺を出迎えた王太子妃の顔は穏やかだった。
もっと恐怖に震えて泣き喚くと思っていたのに、どう言う事だ?
そう思ったから話をしようという気になったのかもしれない。

「俺がここに何をしに来たか、知らぬわけでもあるまい」
「はい。もちろん存じ上げておりますわ」

それから王太子妃は『全てを告白してから死にたい』と口にしてきた。

「すべては第二王子、トーマス王子の策略によるものなのです」

そして王太子妃は、王や王妃によるキュリアス王子への甘やかしに業を煮やしたトーマス王子が今回の計画を立てたのだと詳細に語ってきた。
それとなく妹のシェイラ王女を使い、毒の皿をこちらのものと取り替えさせたのもトーマス王子らしい。
理由としては単純で、確実にキュリアス王子をロキの手で失脚させてもらうため、その前にロキに死なれては困るからということだった。

「トーマス王子は知り合いの医者からロキ陛下に毒耐性がないと聞かされていたらしく、計画が狂うことをよしとしなかったのですわ」

そのため迷惑をかけて申し訳なかったと謝罪されたが、こちらとしてはとんだとばっちりだ。
アルフレッドもロキ同様毒に対しては耐性などないというのに。

「今回の件で毒を盛るよう指示したのは紛れもなく王妃によるものですし、皿を取り替えたのはシェイラ王女。トーマス王子は己の手を汚すことなくキュリアス王子を排除し、貴方を怒らせることで確実に王を退位させようと目論んだのです」
「なるほど。筋は通っているな」

誤算があるとするなら俺が王族を皆殺しにしてやりたいと思うほど激怒したことくらいだろうか?
それこそ本末転倒な気がする。

「いずれにせよ、他国の王と大国の王子を巻き込んだ時点でこの計画は破綻していたのです」
「……そこまでわかっていて、何故お前はこの計画を止めようとしなかった?」
「……それは、我が子のためですわ」
「子供?」
「ええ。思いがけずできた子ですが…あの子にはこんな最低な者達が蔓延るところではなく、真っ当なところで真っ直ぐに育ってほしかった。そんな私のエゴがあっただけの話です」
「そうか」

確かにそういった事情なら分からない話でもなかった。
けれどそうなってくると一つだけ腑に落ちない点がある。
彼女が何故、アルフレッドを攫おうとしたのかだ。

キュリアス王子から指示されたわけではないのは確実だが、今の話から考えるとトーマス王子が黒幕という可能性もないような気がする。
そう思ったから、俺は彼女に訊いてみた。
すると彼女はあっさりと、それをしたのは紛れもなく自分の意思だと白状してきた。

「シェイラ王女が皿を取り替えたと聞いた際、すぐにセドリック殿下が動くだろうと思いました。その際部屋に具合の悪いアルフレッド妃殿下を置いていくことは容易に予想できましたし、そこを王か王妃の手の者が狙えばアルフレッド妃殿下の身が危ないと考えたのです。ですから先手を打ち、安全の確保をするためあのような手段に…」
「……その言葉を俺が信じるとでも?」
「信じる信じないは私にとってはどうでもよいのです。私は私の意思でそうしたいと思っただけですので」

ニーナ王太子妃は真っ直ぐに俺を見つめて、仄かに微笑を浮かべながら言葉を続ける。

「キュリアス王子がカリン陛下に使った香はほぼ100%の確率で暗部を昏倒させる効果がございます。それと共にアルフレッド妃殿下の動きを抑制することもできます。そこを暗殺でもされればひとたまりもありませんでしょう?」

確かにそれを使ったのが王や王妃の手の者であれば危なかったかもしれない。

「それなら先手を打って、先に同じ手を使いつつ安全なこちらの離宮に運び込んでしまって、彼らの目から逃そうと考えたのです。説明する時間も、信用してもらえる保証もなかったので強硬な手を使ったことだけは申し訳なかったと思います」

確かにただでさえ毒を盛られた直後だ。
そんなことを言われても絶対に信じたりはしなかっただろう。

「この離宮は内部が入り組んでいるため暗部も二の足を踏みますし、匿うには適した場所です。ご迷惑をかけてしまった分、せめてそれくらいはと思ったのですが…」

どうやら彼女的には自分にできる範囲でのせめてもの罪滅ぼしといったところだったらしい。

「私からは以上ですわ」
「そうか」

正直言って紛らわしいにもほどがある。
いずれにせよ、罪は罪だ。罰は下さねばならない。

「思い残すことはないか?」

しかもここで命乞いでもすればまだ可愛げがあったものを、彼女は一貫して態度を変えず、潔く命を差し出す気なのが嫌というほど伝わってきた。
その証拠に命乞いの相手は子供だった。

「もし…僅かにでも慈悲を施していただけるのであれば、私の息子…まだ赤子なのですが、ルイージの命だけは助けていただきとうございます」
「……そうか」

恐らく先程口にしていた子のことだろう。
俺も鬼ではないから、それくらいなら見逃してやろうと思う。

「はい。あと…シェイラ王女は可哀想な方なのです。どうか彼女の命を奪う際は一思いに…」

その言葉に、そういえばこの二人は仲良く夕餉を摂る仲だったと思い出す。
けれど彼女はもう────既にこの世にはいない。

「安心しろ。あれは勝手に毒を飲んで死んだ。何の毒かは知らんが幸せそうに事切れていたぞ」

その言葉に彼女は目を瞠り、どこか泣き笑いのような顔をした後ポツリと呟いた。

「そう…そうなのですね」

そして最早思い残すことはないとばかりに笑顔で手を組み、その場に膝をついて、どうぞと首を差し出してくる。
本当に潔い女だ。
他の者もこれくらい潔ければ処遇を考えてやるのにと思いながら、俺は彼女の髪をグイッと引っ張りこちらへと乱暴に引き寄せると、手に握りこんだ剣を真っ直ぐに振り下ろした。


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