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【ロロイア国訪問】
164.ロロイア国へ⑧ Side.他視点
しおりを挟む※シェイラ王女&ニーナ王太子妃&ユーツヴァルト視点の話です。
前二つはスピンオフにあるものと内容は同じなので、既読の方は読み飛ばしてください。
よろしくお願いします。
****************
【Side.シェイラ王女】
ずっとずっと我慢していたの。
いつだって事なかれ主義のロロイア王。
息子以外どうでも良いとばかりに嫁や娘に辛くあたるロロイア王妃。
両親に甘やかされて自分は何をやっても許されるとばかりに浮気を繰り返す王太子。
そんな三人はこの国では誰も逆らえない存在だった。
だからね?
自ら破滅してくれて嬉しい限りなのよ?
「そうよね?ニーナお義姉様」
「そうね。シェイラ王女」
私達は揃って苦渋を味わってきた仲間だ。
だから…この復讐の機会を逃す気なんてなかった。
相変わらず下衆なお兄様。
自ら破滅に向かってくださってありがとうございます。
怒らせたのは狂王ロキ陛下。
伴侶であるカリン陛下を溺愛なさっているという噂は本当でしたわ。
お兄様を溺愛しているお母様。
貴女も思った通りの行動に出ましたわね。
ロキ陛下の食事に錯乱系の毒を盛るなんて。
申し訳ないですが、こちらは私の方でセドリック王子のものと交換しておきましたわ。
だって狂人を更に錯乱なんてさせてしまったら恐ろしいでしょう?
そしていつだって見たくないものは見ないお父様。
大国ブルーグレイのセドリック王子の追及から逃れられるかしら?
妻と息子と…ついでに娘の私の分の罪まで全部責任を取って下さいましね。
問題から逃げ続けてきた貴方への最大限の嫌がらせですわ。
狂ってる?
ええ。私もとっくに狂っております。
だからロキ陛下のお気持ちはまだわかりますのよ?
ただ一人を心の支えになさって生きているそのお気持ちは痛い程に。
私もかつてはそうでした。
あの兄に想い人を犯され、彼が絶望から自死してしまうまでは。
私も後を追う覚悟をしたけれど、そこをニーナお義姉様に止められてしまいました。
私の気持ちはよくわかるから、いつかきっと復讐しようとその時言われましたの。
「これでやっと…終われますのね」
「そうね。これで王も王妃もキュリアス王子も、皆いなくなるのよ」
優しく抱き締められて、うっとりと束の間の安寧に浸る。
(これでやっと仇が取れて、今度こそあの世であの人に会えるのね。良かった…)
そう思いながら、私はそっと目を閉じた。
***
【Side.ニーナ王太子妃】
(可哀想なシェイラ王女…)
私は同情の眼差しで彼女を見ながら、そっとその身を抱きしめる。
全てはキュリアス王子の弟、トーマス王子の策略なのに、彼女は一連の黒幕としてセドリック王子に差し出されてしまう憐れな生贄だった。
毒入りの食事を出されればセドリック王子はあっさりと父王を殺すだろうと、トーマス王子は笑いながら言っていた。
『国際会議でガヴァムの王がセドリック王子に刺客を放って結果的に殺されたのは知っているか?』
私は知らなかったけれど、彼は確信を持っているかのように話してくる。
『ロキ陛下は元々優秀な兄の陰で虐げられていた王子だったが、兄が愚行を犯したお陰で王になれたんだ』
まるで自分も同じようにやれば王になれると言わんばかりに熱く語ってくるトーマス王子。
『俺も必ず王になってみせる。協力してくれるな?ニーナ』
私はそんな彼の言葉を拒絶することなんてできなかった。
何故なら産まれた我が子はキュリアス王子の子ではなく彼の子だったから。
これは慰めてやるという甘い言葉に乗ってしまった私の罪────。
だから全部終わったら全て自白しよう。
セドリック王子とてまさか赤子の命までは奪ったりはしないはずだ。
もう疲れた。何もかもが。
心の支えだったシェイラ王女が生贄となって死ぬのなら、私も一緒に死んでしまいたい。
母親失格?
ええ、そうね。
でも息子は乳母がいるから大丈夫よ。
私が育てるよりもきっと真面に育つわ。
有害な者達は全部道連れにして死んであげるから、綺麗になったこの国で健やかに育って欲しい。
それが私にできる精一杯の親心。
(幸せになってね。ルイージ)
そう思いながら、私は再度ギュッとシェイラ王女の身体を抱きしめた。
***
【Side.ユーツヴァルト】
俺は昔から人とは正しい姿であるべきだと思っていた。
生に固着し、死にたくないと泣く。それが正しい姿だと思う。
ゴッドハルトで戦場に身を置いて、生と死の狭間で足掻く者達を見て、より一層強くそう感じるようになった。
生きることに希望を見出す者達は皆瞳が輝いていて、生命力に満ち溢れている。
アルフレッドはその最たる人物だった。
そして俺はその対極にいる者が嫌いだ。
辛い苦しいと現状を嘆き、逃げに走る者達。
そういった者は大抵が自らの死を願っている。
死ぬ勇気はないけれど、誰か自分を殺してくれないだろうかと。そう乞い願っている。
だったら死ねばいいじゃないか。
そんな輩、生きているだけ無駄だ。
だから親切な仮面をかぶりながら、笑顔で『これで苦しみは終わるぞ』と毒を手渡してやる。
皆、幸せそうにそれを煽って死んでいった。
俺も嫌いな人種が死んで万々歳だ。
そんなことをやっていたらいつしか誰かが俺に死神の名を付けた。
実に言い得て妙だと思う。
そんな俺にも本当の親切心というものもあったりする。
それが『治る見込みのない者に対する慈悲』だ。
そういう者に限って無駄な努力をして、自分をどんどん追い詰めてしまう。
どうせやるだけ無駄なのだから、そんなに頑張らなくてもいいのにとどうしても思ってしまうのだ。
だからそちらの者達には優しくこう言ってやるのだ。
そろそろ疲れたでしょう?ゆっくり休むといいですよ────と。
ストップをかけてあげないと、自分で自分が限界なことに気づけない可哀想な人種というのは確かに存在する。
そう。ロキ陛下のように壊れた人はそれに気づかせて早く楽にしてあげないといけないのに……。
「まさかあんな風に拒絶されるなんてな」
何が幸せ一色だ。
そんなものは一時の見せかけに過ぎない。
王として居てもらわなければ困るから、周囲の者達は口先で彼を騙し、生かし続ける。
壊れた彼には王の座は負担でしかない。
そんな彼には『死』にこそ比類なき幸せがあるというのに。
「ユーツヴァルト」
アルフレッドの診察を終え、その身をセドリック王子に任せた後、俺は街に戻るため城門へと向かって歩いていた。
そんな中、人けのない場所で唐突に声を掛けられる。
その人物は自分がよく知る者だった。
それはここロロイア国の第二王子、トーマス王子。
彼とはここ数年来の付き合いで、それなりに親しくしていた。
今回ガヴァムから来客があるというのを知らせてくれたのもこの王子だ。
俺が機会があればロキ陛下を楽にしてあげたいという話をしたことを覚えていて、わざわざ連絡をくれた。
だから会うことがあればでいいから毒を盛って、楽にしてやってほしいと頼んだ。
ロンギスから手紙で伝え聞いた限りではだいぶ壊れていた。
壊れているのに必死に足掻いているから放って置けないのだとあいつは言っていたが、そう思うのなら殺してやればいいのにと何度も思った。
下手に情をかけ、生かしてやるなんてそれこそ生殺しだ。
そう言った俺にあいつは『大事な友人だから生かしてやりたい』などと手紙に書いてきたけれど、それこそ偽善だと思う。
本当に大事な友人なら安らかにしてやれと返事を返したら、お前とは平行線だなと返ってきて、それ以降ロキ陛下(当時はまだ王子だったが)については教えてくれなくなった。
近況のやり取りをする度に気に掛けてやってるのに失礼な奴だ。
実際に今日自分の目で彼を診て、やっぱり自分は正しかったと確信した。
彼は壊れ切っていて、治る見込みはない。
(ロンの押しつけの友情にも困ったものだな。だから言ったのに)
まあそれはいい。
今はこのトーマス王子に聞きたいことがある。
「トーマス王子。アルフレッドに毒を盛るなんて聞いていないが?」
そう。毒を盛る相手がどうしてアルフレッドになったのかを俺は聞きたかった。
アルフレッドは死ぬべき者ではない。
今回は大丈夫だったからよかったものの、相手を間違うなと憤りを感じていた。
俺が楽にしてやりたかった相手はあくまでもロキ陛下その人なのだから。
最初俺がロキ陛下に毒を盛るよう頼んだ際、トーマス王子はロキ陛下も王族だし、毒には慣れているんじゃないかと言ってきた。
けれど俺はロンギスとのやり取りで、彼が慣らし毒を飲んでいないことを知っていたから、それを伝えたのだ。
きっとあっという間に毒は回るだろうから、苦しまずすぐに楽にしてやれる。
そう思ったのに、実際に毒を摂取したのはアルフレッドで、しかも錯乱系の毒だったからいただけない。
ロキ陛下に盛るならもっと一息に、確実に楽にしてやれる毒を盛ってくれなければ困る。
苦しんだら可哀想じゃないか。
まあ今回はアルフレッドの方にそれが行ったことを考えると、致死毒でなかったのは幸いだったが…。
それでも言わずにはいられなかった。
どうしてこんなことになったのかと。
その抗議の声にトーマス王子は『あれは不可抗力だったのだ』と言ってきた。
なんでも王妃が勝手に指示を出してあんな毒を盛ったらしい。
酷い話だ。
「せめてもう一日滞在してくれれば良かったのに」
そうすれば俺が一番苦しまずに死ねる毒をトーマス王子に預け、ロキ陛下を安らかに眠らせてあげられたのに。
「それにしても、本当に慣らし毒を飲んでいないのか?本人は危機感をあまり感じてなさそうだったが」
「それはあの人が自分の生死に頓着してないからだ。壊れているから仕方がない。それよりも周囲の反応の方が大事だ。あの警戒っぷりはどう見ても確実に毒耐性を持っていない相手を守っている者達の反応だ。本当に毒に慣らしているならあそこまで過剰な反応はしないだろう」
だからこそのチャンスだった。
それが無駄に終わって残念でならない。
(自分で飲む気がないのなら仕方がないな)
騙されている上、壊れすぎて判断力が低下しているのだろう。
「まあいい」
また別の機会にでもチャンスを狙ってさりげなく毒を盛ってあげよう。
今はわからなくとも、きっと死の間際には最高の幸福感を感じてもらえるはずだ。
ガヴァムに居る間はロンギスや近衛達が守っているだろうが、外に出れば話は別だ。
アルフレッドに頼んでブルーグレイに呼び寄せてもらってもいいし、近隣のミラルカの皇太子やアンシャンテの王とも親しいと聞いた。
そちらと顔繋ぎをしておいて偶然を装って会うことは可能だし、チャンスはいくらでもある。
気長に行こう。
そう考えをまとめたところでトーマス王子にクスリと笑われた。
「セドリック王子もだいぶヤバそうな相手だが、そっちはいいのか?」
「…何を勘違いしているのかは知らないが、病んでるロキ陛下と性格が悪いセドリック王子を一緒にしないでほしい。俺は医者だ。病んでる者にしか興味はない」
「そうか」
そしてふと思い出し、懐から先程ロキ陛下に渡した物と同じ物をトーマス王子へと差し出した。
「これをお前の病んでる妹に」
「これは?」
「確か想い人がキュリアス王子のせいで自死してからおかしくなったと言っていただろう?これを飲めば気持ちが楽になってきっと安らかに眠れるはずだ」
「…なるほど。安らかに…ね。ククッ。さて、渡すタイミングはどうしようか…」
「間違うな。それはあくまでも救いの薬だ。この後すぐに渡してやれ」
「…そうだな。望み通りこの後すぐに渡してやろう。あいつの仕事はもう終わりだしな」
そう言ってトーマス王子はそれを懐へとしまい、笑顔で見送ってくれる。
きっと彼とはこれで永遠の別れとなるだろう。
(セドリック王子に、せめて一太刀で殺して貰えるといいな?)
そう思いながら俺はその場を後にした。
前二つはスピンオフにあるものと内容は同じなので、既読の方は読み飛ばしてください。
よろしくお願いします。
****************
【Side.シェイラ王女】
ずっとずっと我慢していたの。
いつだって事なかれ主義のロロイア王。
息子以外どうでも良いとばかりに嫁や娘に辛くあたるロロイア王妃。
両親に甘やかされて自分は何をやっても許されるとばかりに浮気を繰り返す王太子。
そんな三人はこの国では誰も逆らえない存在だった。
だからね?
自ら破滅してくれて嬉しい限りなのよ?
「そうよね?ニーナお義姉様」
「そうね。シェイラ王女」
私達は揃って苦渋を味わってきた仲間だ。
だから…この復讐の機会を逃す気なんてなかった。
相変わらず下衆なお兄様。
自ら破滅に向かってくださってありがとうございます。
怒らせたのは狂王ロキ陛下。
伴侶であるカリン陛下を溺愛なさっているという噂は本当でしたわ。
お兄様を溺愛しているお母様。
貴女も思った通りの行動に出ましたわね。
ロキ陛下の食事に錯乱系の毒を盛るなんて。
申し訳ないですが、こちらは私の方でセドリック王子のものと交換しておきましたわ。
だって狂人を更に錯乱なんてさせてしまったら恐ろしいでしょう?
そしていつだって見たくないものは見ないお父様。
大国ブルーグレイのセドリック王子の追及から逃れられるかしら?
妻と息子と…ついでに娘の私の分の罪まで全部責任を取って下さいましね。
問題から逃げ続けてきた貴方への最大限の嫌がらせですわ。
狂ってる?
ええ。私もとっくに狂っております。
だからロキ陛下のお気持ちはまだわかりますのよ?
ただ一人を心の支えになさって生きているそのお気持ちは痛い程に。
私もかつてはそうでした。
あの兄に想い人を犯され、彼が絶望から自死してしまうまでは。
私も後を追う覚悟をしたけれど、そこをニーナお義姉様に止められてしまいました。
私の気持ちはよくわかるから、いつかきっと復讐しようとその時言われましたの。
「これでやっと…終われますのね」
「そうね。これで王も王妃もキュリアス王子も、皆いなくなるのよ」
優しく抱き締められて、うっとりと束の間の安寧に浸る。
(これでやっと仇が取れて、今度こそあの世であの人に会えるのね。良かった…)
そう思いながら、私はそっと目を閉じた。
***
【Side.ニーナ王太子妃】
(可哀想なシェイラ王女…)
私は同情の眼差しで彼女を見ながら、そっとその身を抱きしめる。
全てはキュリアス王子の弟、トーマス王子の策略なのに、彼女は一連の黒幕としてセドリック王子に差し出されてしまう憐れな生贄だった。
毒入りの食事を出されればセドリック王子はあっさりと父王を殺すだろうと、トーマス王子は笑いながら言っていた。
『国際会議でガヴァムの王がセドリック王子に刺客を放って結果的に殺されたのは知っているか?』
私は知らなかったけれど、彼は確信を持っているかのように話してくる。
『ロキ陛下は元々優秀な兄の陰で虐げられていた王子だったが、兄が愚行を犯したお陰で王になれたんだ』
まるで自分も同じようにやれば王になれると言わんばかりに熱く語ってくるトーマス王子。
『俺も必ず王になってみせる。協力してくれるな?ニーナ』
私はそんな彼の言葉を拒絶することなんてできなかった。
何故なら産まれた我が子はキュリアス王子の子ではなく彼の子だったから。
これは慰めてやるという甘い言葉に乗ってしまった私の罪────。
だから全部終わったら全て自白しよう。
セドリック王子とてまさか赤子の命までは奪ったりはしないはずだ。
もう疲れた。何もかもが。
心の支えだったシェイラ王女が生贄となって死ぬのなら、私も一緒に死んでしまいたい。
母親失格?
ええ、そうね。
でも息子は乳母がいるから大丈夫よ。
私が育てるよりもきっと真面に育つわ。
有害な者達は全部道連れにして死んであげるから、綺麗になったこの国で健やかに育って欲しい。
それが私にできる精一杯の親心。
(幸せになってね。ルイージ)
そう思いながら、私は再度ギュッとシェイラ王女の身体を抱きしめた。
***
【Side.ユーツヴァルト】
俺は昔から人とは正しい姿であるべきだと思っていた。
生に固着し、死にたくないと泣く。それが正しい姿だと思う。
ゴッドハルトで戦場に身を置いて、生と死の狭間で足掻く者達を見て、より一層強くそう感じるようになった。
生きることに希望を見出す者達は皆瞳が輝いていて、生命力に満ち溢れている。
アルフレッドはその最たる人物だった。
そして俺はその対極にいる者が嫌いだ。
辛い苦しいと現状を嘆き、逃げに走る者達。
そういった者は大抵が自らの死を願っている。
死ぬ勇気はないけれど、誰か自分を殺してくれないだろうかと。そう乞い願っている。
だったら死ねばいいじゃないか。
そんな輩、生きているだけ無駄だ。
だから親切な仮面をかぶりながら、笑顔で『これで苦しみは終わるぞ』と毒を手渡してやる。
皆、幸せそうにそれを煽って死んでいった。
俺も嫌いな人種が死んで万々歳だ。
そんなことをやっていたらいつしか誰かが俺に死神の名を付けた。
実に言い得て妙だと思う。
そんな俺にも本当の親切心というものもあったりする。
それが『治る見込みのない者に対する慈悲』だ。
そういう者に限って無駄な努力をして、自分をどんどん追い詰めてしまう。
どうせやるだけ無駄なのだから、そんなに頑張らなくてもいいのにとどうしても思ってしまうのだ。
だからそちらの者達には優しくこう言ってやるのだ。
そろそろ疲れたでしょう?ゆっくり休むといいですよ────と。
ストップをかけてあげないと、自分で自分が限界なことに気づけない可哀想な人種というのは確かに存在する。
そう。ロキ陛下のように壊れた人はそれに気づかせて早く楽にしてあげないといけないのに……。
「まさかあんな風に拒絶されるなんてな」
何が幸せ一色だ。
そんなものは一時の見せかけに過ぎない。
王として居てもらわなければ困るから、周囲の者達は口先で彼を騙し、生かし続ける。
壊れた彼には王の座は負担でしかない。
そんな彼には『死』にこそ比類なき幸せがあるというのに。
「ユーツヴァルト」
アルフレッドの診察を終え、その身をセドリック王子に任せた後、俺は街に戻るため城門へと向かって歩いていた。
そんな中、人けのない場所で唐突に声を掛けられる。
その人物は自分がよく知る者だった。
それはここロロイア国の第二王子、トーマス王子。
彼とはここ数年来の付き合いで、それなりに親しくしていた。
今回ガヴァムから来客があるというのを知らせてくれたのもこの王子だ。
俺が機会があればロキ陛下を楽にしてあげたいという話をしたことを覚えていて、わざわざ連絡をくれた。
だから会うことがあればでいいから毒を盛って、楽にしてやってほしいと頼んだ。
ロンギスから手紙で伝え聞いた限りではだいぶ壊れていた。
壊れているのに必死に足掻いているから放って置けないのだとあいつは言っていたが、そう思うのなら殺してやればいいのにと何度も思った。
下手に情をかけ、生かしてやるなんてそれこそ生殺しだ。
そう言った俺にあいつは『大事な友人だから生かしてやりたい』などと手紙に書いてきたけれど、それこそ偽善だと思う。
本当に大事な友人なら安らかにしてやれと返事を返したら、お前とは平行線だなと返ってきて、それ以降ロキ陛下(当時はまだ王子だったが)については教えてくれなくなった。
近況のやり取りをする度に気に掛けてやってるのに失礼な奴だ。
実際に今日自分の目で彼を診て、やっぱり自分は正しかったと確信した。
彼は壊れ切っていて、治る見込みはない。
(ロンの押しつけの友情にも困ったものだな。だから言ったのに)
まあそれはいい。
今はこのトーマス王子に聞きたいことがある。
「トーマス王子。アルフレッドに毒を盛るなんて聞いていないが?」
そう。毒を盛る相手がどうしてアルフレッドになったのかを俺は聞きたかった。
アルフレッドは死ぬべき者ではない。
今回は大丈夫だったからよかったものの、相手を間違うなと憤りを感じていた。
俺が楽にしてやりたかった相手はあくまでもロキ陛下その人なのだから。
最初俺がロキ陛下に毒を盛るよう頼んだ際、トーマス王子はロキ陛下も王族だし、毒には慣れているんじゃないかと言ってきた。
けれど俺はロンギスとのやり取りで、彼が慣らし毒を飲んでいないことを知っていたから、それを伝えたのだ。
きっとあっという間に毒は回るだろうから、苦しまずすぐに楽にしてやれる。
そう思ったのに、実際に毒を摂取したのはアルフレッドで、しかも錯乱系の毒だったからいただけない。
ロキ陛下に盛るならもっと一息に、確実に楽にしてやれる毒を盛ってくれなければ困る。
苦しんだら可哀想じゃないか。
まあ今回はアルフレッドの方にそれが行ったことを考えると、致死毒でなかったのは幸いだったが…。
それでも言わずにはいられなかった。
どうしてこんなことになったのかと。
その抗議の声にトーマス王子は『あれは不可抗力だったのだ』と言ってきた。
なんでも王妃が勝手に指示を出してあんな毒を盛ったらしい。
酷い話だ。
「せめてもう一日滞在してくれれば良かったのに」
そうすれば俺が一番苦しまずに死ねる毒をトーマス王子に預け、ロキ陛下を安らかに眠らせてあげられたのに。
「それにしても、本当に慣らし毒を飲んでいないのか?本人は危機感をあまり感じてなさそうだったが」
「それはあの人が自分の生死に頓着してないからだ。壊れているから仕方がない。それよりも周囲の反応の方が大事だ。あの警戒っぷりはどう見ても確実に毒耐性を持っていない相手を守っている者達の反応だ。本当に毒に慣らしているならあそこまで過剰な反応はしないだろう」
だからこそのチャンスだった。
それが無駄に終わって残念でならない。
(自分で飲む気がないのなら仕方がないな)
騙されている上、壊れすぎて判断力が低下しているのだろう。
「まあいい」
また別の機会にでもチャンスを狙ってさりげなく毒を盛ってあげよう。
今はわからなくとも、きっと死の間際には最高の幸福感を感じてもらえるはずだ。
ガヴァムに居る間はロンギスや近衛達が守っているだろうが、外に出れば話は別だ。
アルフレッドに頼んでブルーグレイに呼び寄せてもらってもいいし、近隣のミラルカの皇太子やアンシャンテの王とも親しいと聞いた。
そちらと顔繋ぎをしておいて偶然を装って会うことは可能だし、チャンスはいくらでもある。
気長に行こう。
そう考えをまとめたところでトーマス王子にクスリと笑われた。
「セドリック王子もだいぶヤバそうな相手だが、そっちはいいのか?」
「…何を勘違いしているのかは知らないが、病んでるロキ陛下と性格が悪いセドリック王子を一緒にしないでほしい。俺は医者だ。病んでる者にしか興味はない」
「そうか」
そしてふと思い出し、懐から先程ロキ陛下に渡した物と同じ物をトーマス王子へと差し出した。
「これをお前の病んでる妹に」
「これは?」
「確か想い人がキュリアス王子のせいで自死してからおかしくなったと言っていただろう?これを飲めば気持ちが楽になってきっと安らかに眠れるはずだ」
「…なるほど。安らかに…ね。ククッ。さて、渡すタイミングはどうしようか…」
「間違うな。それはあくまでも救いの薬だ。この後すぐに渡してやれ」
「…そうだな。望み通りこの後すぐに渡してやろう。あいつの仕事はもう終わりだしな」
そう言ってトーマス王子はそれを懐へとしまい、笑顔で見送ってくれる。
きっと彼とはこれで永遠の別れとなるだろう。
(セドリック王子に、せめて一太刀で殺して貰えるといいな?)
そう思いながら俺はその場を後にした。
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※皆様いつもありがとうございます♪この度スピンオフ作品をアップしましたので、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いしますm(_ _)m『王子の本命~ガヴァム王国の王子達~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/91408108/52430498
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