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【王妃の帰還】
108.王妃の帰還⑦ Side.セドリック
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アルフレッドが王妃に連れていかれたという報告を聞き、足早にそちらへと向かっていると、あの女の悲鳴が聞こえてきた。
急いで向かった先では心底腹立たしいことに、アルフレッドに縋るように抱き着いているバカ女の姿があって、見た瞬間頭に血が上ってしまった。
怒りがふつふつ沸き立って、即斬り捨てなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
なのにあの女は相変わらずどこまでもふざけた女で、忠告したにも関わらずいつまで経ってもアルフレッドから離れなかった。
(────殺すぞ)
忠告は二度したぞと思いながら剣を抜き放ち、そのまま刃を喉元へと突きつけてやる。
本気の威圧と殺気などきっと初めて向けられたのだろう。
何が起こったのかわからないという顔で呆然とへたり込む様はいっそ滑稽だった。
「覚悟はできているだろうな?」
「……え?」
「俺の寵姫に手を出して、ただで済むと思ってはいまい」
「ちょ、寵姫?」
疑問形で投げかけられたその言葉に、わかっていなかったのかと舌打ちをしたくなる。
てっきりアルフレッドに抱き着く形で悲鳴を上げ、アルフレッドに襲われそうになったとでも言うつもりだったのかと思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
俺の寵姫とわかっていて陥れようとしたのならわかるが、そうでないのなら一体何のためにアルフレッドを部屋に連れ込んだのか。
(…………まあどう言った理由であろうと、許せないものは許せないがな)
あんな女が俺のアルフレッドにベタベタ触ったこと自体が腹立たしい。
本気で今すぐ殺してやりたくて仕方がなかった。
「アルフレッドは俺のものだ。手を出そうとするのなら容赦なく殺す。それがたとえ母であろうとも」
ここまで言ってやっと理解することができたのか、目が泳ぎ、段々と顔色を悪くし始めた。
「自戒の時間は終わったか?」
暫く待ち、最終通告を出してやるとあからさまに動揺した目で見られたが、許す気など一切なかった。
それなのに────アルフレッドは言うのだ。
「セド。取り敢えず落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「いいや、落ち着いてない」
「……アルフレッド」
「俺がされたことは抱き着かれたことくらいだろう?それで殺すなんてどう考えてもやりすぎだ」
「…………」
「彼女は陛下の正妃で、ブルーグレイの正式な王妃だ。お前が勝手に殺していいはずがない。だからまず落ち着けと言ってるんだ」
これほど殺気立っている自分に意見してくる奴なんてアルフレッドくらいしかいない。
恐らく父さえ難しかっただろう。
そんな俺にアルフレッドは諭すようにそう言って、俺を落ち着かせにかかったのだ。
本当に────忌々しい。
俺がアルフレッドを想っていなかったなら、耳を貸すことなどなかっただろうに。
アルフレッドといい、父といい、どうしてこうも俺のストッパーになろうとしてくるのか。
愚かな王など世界中どこにでもいる。
なのに二人は俺にそうなるなと言ってくる。
こんな自分勝手なクズの母親から生まれたような俺に無茶を言う。
俺は王になる気なんてないんだから好きにさせてくれればいいのに。
そうは言っても自分を心底思ってくれているからこその言葉だとわかるから、突っぱねる気が削がれ理性が冷静になれと訴えかけてくるのだろう。
一年前の自分なら絶対に問答無用でこの首を刎ねたと思うし、少しは自分も成長したということなのだろうか?
(まあだからすぐに怒りを抑えて落ち着けるかというと、それはまた別の話だがな)
このイライラとした気持ちはそんなにすぐにはおさまりそうにはない。
「アルフレッド。後で覚えていろ」
「ああ、もちろん。お前の怒りはちゃんと受け止めてやる」
「…………そうか」
「ああ。だからちゃんと陛下と三人で話して戻ってこい」
「…………わかった。それならそれまでにその沁みついた香水の匂いをしっかり洗い流しておけ」
「わかったよ。仕方ないな」
そうして俺は渋々剣を引き、母と呼びたくない程大嫌いな女を引き連れ父の元へと向かった。
絶対に罪は償わせてやる────そう思いながら。
***
「お前は…何をやらかしているんだ」
父の元へ行き、突き飛ばす勢いでバカ女をそちらへと放り投げてやると、父は呆れたような目でバカ女を見てそう口にした。
「あ、貴方が悪いんですわ!息子の嫁に手を出してっ!」
「息子の嫁に手を出したのはお前だ。私ではない」
「嘘をつかないでくださいな!私が帰ってきた時に出迎えてくださらなかったし、あんな姫のことばかり褒めて!挙句にはあの姫の方が王妃に相応しいだなんて言っていたではありませんか!そんなことを聞かされれば私だって浮気の一つもしたくなりますわ!」
「…………」
俺は目の前で何を見せられているのだろうか?
痴話喧嘩にしても酷すぎる。
バカ女の言い分では、父はアルメリア姫と浮気していたということになる。
腹いせにじゃあ自分もと思い立ち、たまたまアルフレッドを引っかけたとでもいうのだろうか?
それで息子の本命に手を出そうとしたなんて笑い話にもならないが?
「お前、それで部屋に連れ込んですぐに…!いや、やめておこう。ゴホン。まずは話し合いと行こうか」
そう言って父は気持ちを落ち着かせるように咳払いをし、俺達にテーブルに着くよう促した。
「まあまずは全員落ち着いて話をしようじゃないか」
そして茶を淹れてもらい、一息ついてから父は口火を切ってくる。
「メルティアナ。お前はこれまでの自分を振り返って、反省をしているか?」
「反省?何のことですの?」
「まず、12年もの間王妃としての責務を放棄し、セドリックのことも放置した。これはわかるか?」
「…セドリックのことは申し訳なかったとは思いますわ」
「そうか。ではアンシャンテで甥を追い落とそうとしたことについては?」
「それはシャイナーがお金を自由に使わせてくれなかったせいですわ。お兄様なら文句は言いつつも使わせてくださったもの」
「そうか。だがな、これは国際問題になるのだとわかっているか?」
「どういうことですの?」
「お前はこのブルーグレイの王妃だ。つまり、今回の件は叔母が甥を王の座から引きずり下ろそうとしたと言うよりも、ブルーグレイの王妃がアンシャンテの国王を陥れようとしたとなる。だからこちらから多額の賠償金を支払うことになったのだ」
「……え?」
「やはりわかっていなかったな。考えが浅かったと反省すべきだ」
その言葉にバカ女は少しは反省したのか肩を落としたように俯いた。
「それと、金は勝手に湧いて出るものではない。金銭の管理というものをしないとあっという間に破綻してしまうものだ。それはお前も今回帰ってきてから仕事を通して学んだだろう。今なら少しは冷静に考えられるのではないか?」
「…………確かに無限にあるわけではないということはわかりましたけど、それでも大袈裟だと思いますわ」
「そうか。ではお前が帰って早々仕立て屋を呼んで注文したドレスと宝飾品の費用を見せよう」
そう言って父は請求書を母へと見せながらその隣に別の紙も置いた。
「これがドレスと宝飾品の金額。そしてこちらが使用人として働いてくれている者達の給与、そしてこちらがひと月分当たりの全体の食費、そしてこちらがアルメリア姫が年間通して使用した品格維持費だ。何か意見は?」
「……この品格維持費、一桁間違っていませんか?」
「何も間違ってはいない」
「だっておかしいじゃありませんか!これでは私がまるで使い過ぎのようですわ!」
「その通り。使い過ぎなのだ」
『そんな』とショックを受けているがやっと理解したのかと呆れてしまう。
「それを踏まえた上で問う。これからはきちんと仕事をこなし、適正な範囲で慎ましく王妃としてやっていく意思はあるか?」
「…………」
酷く悩んでいるようだが、ある意味父のこれは最後の温情の言葉だ。
俺にはわかる。
そして馬鹿な女はここでもやはり予想通りの言葉を口にした。
「貴方の言い分がおかしなものではないと、理解はしましたわ。でも……無理です」
「……そうか。残念だ」
「だって、そうじゃありませんか!これまでずっと培ってきた価値観を全部忘れろと仰るの?!不慣れな仕事をし、着るものも身につけるものも貧しいものに変え、慎ましく生きていくだなんて…。そんなの平民と変わらないではありませんか!」
この女は馬鹿を通り越して頭がおかしいのか?
普通に考えて、この条件でも平民よりずっと良い暮らしができるとわからないのだろうか?
どこをどうやったらこんな考えになるのか不思議でならない。
父だって呆れているではないか。
「はぁ…まさかここまでとは。わかった。では其方はもう王妃としての仕事をすることなく別途用意する屋敷で余生を送るがいい。これ、誰か!彼女を用意しておいた屋敷へ連れて行くように」
「はっ…」
その言葉にすぐさま控えていた者が進み出て、王妃でなくなったバカ女の手を取り部屋を連れだしていく。
だがバカ女は言われた内容を正しく理解できなかったのか、去り際にどこか嬉しそうにしながら父にこう言った。
「まあ!やっぱり貴方は私を愛してくださっていたのね!これからはお仕事をせず屋敷で好きに過ごしていいだなんて、とても嬉しいですわ!」
そしてどこか弾んだ足取りで部屋を出て行ったが、その姿が見えなくなったところで父は重い溜息を吐いた。
「セドリック。すまなかったな」
「いえ。それで、いつまで生かしてほしいですか?一年以内なら相談に乗りますが」
それ以上生き長らえさせる気はないぞとばかりにそう提案すると、父はどこか諦めたようにそれではギリギリまで生かしてやってくれと言ってきた。
やはり夫婦としての情からだろうか?
「死因は病死になるように調整しておきます」
「そうか」
「ちなみにこの後アルフレッドに事情を聞くので、隠し事があるのなら今すぐ吐いた方がいいとだけ、忠告しておきます」
「…………待て。アルフレッドからどうやって聞き出す気だ?」
「もちろんベッドで、仕置きをしながら?」
「そ、そうか。だが私の口からは非常に言い難いのだ。わかってほしい。それと、温情を!温情を忘れないでいてやってくれ!」
「……つまりは何かがあったと?」
「…………私の口からは言えん」
「そうですか。ではあのバカ女の寿命がどれほど縮まるかは俺に一任してください。場合によっては死因も変わるかもしれません」
「わかった…仕方あるまい」
父がこう言うからには絶対に抱き着いたという件以外にも何かあるのだろう。
もしや尻でも撫でられたか?
いや、それくらいなら父もすぐに口を割るだろう。
ならば────。
(…………キス、か?)
そもそも浮気云々と話していたのを思い出し、その可能性が高いと思い至る。
そして俺はどす黒い嫉妬を抱えながら、真偽を確かめるべくアルフレッドの元へと向かったのだった。
急いで向かった先では心底腹立たしいことに、アルフレッドに縋るように抱き着いているバカ女の姿があって、見た瞬間頭に血が上ってしまった。
怒りがふつふつ沸き立って、即斬り捨てなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
なのにあの女は相変わらずどこまでもふざけた女で、忠告したにも関わらずいつまで経ってもアルフレッドから離れなかった。
(────殺すぞ)
忠告は二度したぞと思いながら剣を抜き放ち、そのまま刃を喉元へと突きつけてやる。
本気の威圧と殺気などきっと初めて向けられたのだろう。
何が起こったのかわからないという顔で呆然とへたり込む様はいっそ滑稽だった。
「覚悟はできているだろうな?」
「……え?」
「俺の寵姫に手を出して、ただで済むと思ってはいまい」
「ちょ、寵姫?」
疑問形で投げかけられたその言葉に、わかっていなかったのかと舌打ちをしたくなる。
てっきりアルフレッドに抱き着く形で悲鳴を上げ、アルフレッドに襲われそうになったとでも言うつもりだったのかと思ったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
俺の寵姫とわかっていて陥れようとしたのならわかるが、そうでないのなら一体何のためにアルフレッドを部屋に連れ込んだのか。
(…………まあどう言った理由であろうと、許せないものは許せないがな)
あんな女が俺のアルフレッドにベタベタ触ったこと自体が腹立たしい。
本気で今すぐ殺してやりたくて仕方がなかった。
「アルフレッドは俺のものだ。手を出そうとするのなら容赦なく殺す。それがたとえ母であろうとも」
ここまで言ってやっと理解することができたのか、目が泳ぎ、段々と顔色を悪くし始めた。
「自戒の時間は終わったか?」
暫く待ち、最終通告を出してやるとあからさまに動揺した目で見られたが、許す気など一切なかった。
それなのに────アルフレッドは言うのだ。
「セド。取り敢えず落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「いいや、落ち着いてない」
「……アルフレッド」
「俺がされたことは抱き着かれたことくらいだろう?それで殺すなんてどう考えてもやりすぎだ」
「…………」
「彼女は陛下の正妃で、ブルーグレイの正式な王妃だ。お前が勝手に殺していいはずがない。だからまず落ち着けと言ってるんだ」
これほど殺気立っている自分に意見してくる奴なんてアルフレッドくらいしかいない。
恐らく父さえ難しかっただろう。
そんな俺にアルフレッドは諭すようにそう言って、俺を落ち着かせにかかったのだ。
本当に────忌々しい。
俺がアルフレッドを想っていなかったなら、耳を貸すことなどなかっただろうに。
アルフレッドといい、父といい、どうしてこうも俺のストッパーになろうとしてくるのか。
愚かな王など世界中どこにでもいる。
なのに二人は俺にそうなるなと言ってくる。
こんな自分勝手なクズの母親から生まれたような俺に無茶を言う。
俺は王になる気なんてないんだから好きにさせてくれればいいのに。
そうは言っても自分を心底思ってくれているからこその言葉だとわかるから、突っぱねる気が削がれ理性が冷静になれと訴えかけてくるのだろう。
一年前の自分なら絶対に問答無用でこの首を刎ねたと思うし、少しは自分も成長したということなのだろうか?
(まあだからすぐに怒りを抑えて落ち着けるかというと、それはまた別の話だがな)
このイライラとした気持ちはそんなにすぐにはおさまりそうにはない。
「アルフレッド。後で覚えていろ」
「ああ、もちろん。お前の怒りはちゃんと受け止めてやる」
「…………そうか」
「ああ。だからちゃんと陛下と三人で話して戻ってこい」
「…………わかった。それならそれまでにその沁みついた香水の匂いをしっかり洗い流しておけ」
「わかったよ。仕方ないな」
そうして俺は渋々剣を引き、母と呼びたくない程大嫌いな女を引き連れ父の元へと向かった。
絶対に罪は償わせてやる────そう思いながら。
***
「お前は…何をやらかしているんだ」
父の元へ行き、突き飛ばす勢いでバカ女をそちらへと放り投げてやると、父は呆れたような目でバカ女を見てそう口にした。
「あ、貴方が悪いんですわ!息子の嫁に手を出してっ!」
「息子の嫁に手を出したのはお前だ。私ではない」
「嘘をつかないでくださいな!私が帰ってきた時に出迎えてくださらなかったし、あんな姫のことばかり褒めて!挙句にはあの姫の方が王妃に相応しいだなんて言っていたではありませんか!そんなことを聞かされれば私だって浮気の一つもしたくなりますわ!」
「…………」
俺は目の前で何を見せられているのだろうか?
痴話喧嘩にしても酷すぎる。
バカ女の言い分では、父はアルメリア姫と浮気していたということになる。
腹いせにじゃあ自分もと思い立ち、たまたまアルフレッドを引っかけたとでもいうのだろうか?
それで息子の本命に手を出そうとしたなんて笑い話にもならないが?
「お前、それで部屋に連れ込んですぐに…!いや、やめておこう。ゴホン。まずは話し合いと行こうか」
そう言って父は気持ちを落ち着かせるように咳払いをし、俺達にテーブルに着くよう促した。
「まあまずは全員落ち着いて話をしようじゃないか」
そして茶を淹れてもらい、一息ついてから父は口火を切ってくる。
「メルティアナ。お前はこれまでの自分を振り返って、反省をしているか?」
「反省?何のことですの?」
「まず、12年もの間王妃としての責務を放棄し、セドリックのことも放置した。これはわかるか?」
「…セドリックのことは申し訳なかったとは思いますわ」
「そうか。ではアンシャンテで甥を追い落とそうとしたことについては?」
「それはシャイナーがお金を自由に使わせてくれなかったせいですわ。お兄様なら文句は言いつつも使わせてくださったもの」
「そうか。だがな、これは国際問題になるのだとわかっているか?」
「どういうことですの?」
「お前はこのブルーグレイの王妃だ。つまり、今回の件は叔母が甥を王の座から引きずり下ろそうとしたと言うよりも、ブルーグレイの王妃がアンシャンテの国王を陥れようとしたとなる。だからこちらから多額の賠償金を支払うことになったのだ」
「……え?」
「やはりわかっていなかったな。考えが浅かったと反省すべきだ」
その言葉にバカ女は少しは反省したのか肩を落としたように俯いた。
「それと、金は勝手に湧いて出るものではない。金銭の管理というものをしないとあっという間に破綻してしまうものだ。それはお前も今回帰ってきてから仕事を通して学んだだろう。今なら少しは冷静に考えられるのではないか?」
「…………確かに無限にあるわけではないということはわかりましたけど、それでも大袈裟だと思いますわ」
「そうか。ではお前が帰って早々仕立て屋を呼んで注文したドレスと宝飾品の費用を見せよう」
そう言って父は請求書を母へと見せながらその隣に別の紙も置いた。
「これがドレスと宝飾品の金額。そしてこちらが使用人として働いてくれている者達の給与、そしてこちらがひと月分当たりの全体の食費、そしてこちらがアルメリア姫が年間通して使用した品格維持費だ。何か意見は?」
「……この品格維持費、一桁間違っていませんか?」
「何も間違ってはいない」
「だっておかしいじゃありませんか!これでは私がまるで使い過ぎのようですわ!」
「その通り。使い過ぎなのだ」
『そんな』とショックを受けているがやっと理解したのかと呆れてしまう。
「それを踏まえた上で問う。これからはきちんと仕事をこなし、適正な範囲で慎ましく王妃としてやっていく意思はあるか?」
「…………」
酷く悩んでいるようだが、ある意味父のこれは最後の温情の言葉だ。
俺にはわかる。
そして馬鹿な女はここでもやはり予想通りの言葉を口にした。
「貴方の言い分がおかしなものではないと、理解はしましたわ。でも……無理です」
「……そうか。残念だ」
「だって、そうじゃありませんか!これまでずっと培ってきた価値観を全部忘れろと仰るの?!不慣れな仕事をし、着るものも身につけるものも貧しいものに変え、慎ましく生きていくだなんて…。そんなの平民と変わらないではありませんか!」
この女は馬鹿を通り越して頭がおかしいのか?
普通に考えて、この条件でも平民よりずっと良い暮らしができるとわからないのだろうか?
どこをどうやったらこんな考えになるのか不思議でならない。
父だって呆れているではないか。
「はぁ…まさかここまでとは。わかった。では其方はもう王妃としての仕事をすることなく別途用意する屋敷で余生を送るがいい。これ、誰か!彼女を用意しておいた屋敷へ連れて行くように」
「はっ…」
その言葉にすぐさま控えていた者が進み出て、王妃でなくなったバカ女の手を取り部屋を連れだしていく。
だがバカ女は言われた内容を正しく理解できなかったのか、去り際にどこか嬉しそうにしながら父にこう言った。
「まあ!やっぱり貴方は私を愛してくださっていたのね!これからはお仕事をせず屋敷で好きに過ごしていいだなんて、とても嬉しいですわ!」
そしてどこか弾んだ足取りで部屋を出て行ったが、その姿が見えなくなったところで父は重い溜息を吐いた。
「セドリック。すまなかったな」
「いえ。それで、いつまで生かしてほしいですか?一年以内なら相談に乗りますが」
それ以上生き長らえさせる気はないぞとばかりにそう提案すると、父はどこか諦めたようにそれではギリギリまで生かしてやってくれと言ってきた。
やはり夫婦としての情からだろうか?
「死因は病死になるように調整しておきます」
「そうか」
「ちなみにこの後アルフレッドに事情を聞くので、隠し事があるのなら今すぐ吐いた方がいいとだけ、忠告しておきます」
「…………待て。アルフレッドからどうやって聞き出す気だ?」
「もちろんベッドで、仕置きをしながら?」
「そ、そうか。だが私の口からは非常に言い難いのだ。わかってほしい。それと、温情を!温情を忘れないでいてやってくれ!」
「……つまりは何かがあったと?」
「…………私の口からは言えん」
「そうですか。ではあのバカ女の寿命がどれほど縮まるかは俺に一任してください。場合によっては死因も変わるかもしれません」
「わかった…仕方あるまい」
父がこう言うからには絶対に抱き着いたという件以外にも何かあるのだろう。
もしや尻でも撫でられたか?
いや、それくらいなら父もすぐに口を割るだろう。
ならば────。
(…………キス、か?)
そもそも浮気云々と話していたのを思い出し、その可能性が高いと思い至る。
そして俺はどす黒い嫉妬を抱えながら、真偽を確かめるべくアルフレッドの元へと向かったのだった。
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※皆様いつもありがとうございます♪この度スピンオフ作品をアップしましたので、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いしますm(_ _)m『王子の本命~ガヴァム王国の王子達~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/91408108/52430498
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