【完結】王子の本命~姫の護衛騎士は逃げ出したい~

オレンジペコ

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【王妃の帰還】

107.王妃の帰還⑥ Side.メルティアナ

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イライラしながら夫の元へと行って抗議の声を上げる。
けれど夫から返ってくる言葉は冷たいものばかり。

『アルメリア姫はそれくらい普通にこなしていたぞ』
『若くて聡明でお前とは大違いな姫だ』
『それに比べてお前はいい年をして書類一つ満足に書けないとは情けない。差し戻される書類ばかりだそうではないか』

そんな風に散々こき下ろされてしまう。

「おかしいですわ!絶対に私がすべき仕事の範疇を超えたものが紛れ込んでいます!もしくは嫌がらせで提出した書類を戻してきているに決まっています!」
「おかしな言い掛かりをつけるな。あれは全て元々王妃としての仕事なんだぞ?」
「そうは言ってもこんなに頑張っているのに全然書類は減りませんわ!しかも頑張ってもご褒美一つ貰えないんですのよ?!」
「真面に仕事一つできもしないのによくも言えたものだ。姫など妊娠中も産後も文句ひとつ言うことなく仕事をこなし、何か入り用の物はないかと聞いても『仕事が捗るような美味しいものを頂けたら嬉しいです』と笑顔で言っておったぞ。強欲なお前とは大違いだな」
「まあ!なんて女なの?!そうやって媚を売っていたのね?!」
「そんな訳があるか!あんなにできた姫は他に知らん。本当に将来ブルーグレイの王妃として立っても立派にやり遂げてくれるであろうできた女人だぞ?まだ若いのに気遣いも完璧で、素晴らしくできた嫁だ」
「な…なんて事?早々に追い出して正解でしたわ。まさか息子に相手にされないからと言って父親である国王の方を籠絡するなんて……!とんだアバズレですわ!」

まさか夫が息子の嫁に誑かされていたなんてとショックを隠せない。
けれどこれで少し謎は解けた。
きっとそのせいで自分は窮地に追い込まれていたのだ。
仕事をしないなんて言い掛かりをつけて私から王妃の座を剥奪し、セドリックと離縁した姫をこれ幸いと王妃に据えようとしたのだろう。

「絶対にそんな事はさせませんわ!」

離縁には応じないと言い放ち、仕事なんてもうしないからと心に決めて夫の前から立ち去る。

「なによ!」

ちょっと里帰りしていただけなのに、その間に浮気をするなんて許せない。
若くて仕事ができるのがそんなに偉いのか?
そもそも息子の嫁に手を出すなんてどうかしている。

「あっちがその気なら、私だって見目のいい若い男と遊んでやるわ!」

そう思い、まず最初にやってきたのは騎士達の鍛錬場だ。
文官に手を出したら夫にすぐにバレそうだし、手っ取り早く若い男を探すにはやはりここだろう。
そうして暫く眺めては見たものの、これと言って好みの相手は見つからない。
そもそも自分の好みは夫のようにオーラが出ている男なのだ。
有無を言わさぬ目を惹く麗しさ。そんなものを持った男が早々いるとは思えない。
まあだからこそこれまで一度たりとて浮気などはしてこなかったのだが…。

「はぁ…ここでは無理かしらね」

そう思ったところで踵を返し自室へと向かって歩き出したのだが、その道すがら思いもよらぬ出会いがあった。

(まあ…!)

どこかで見たことがあるような気がする黒髪の騎士がちょうどこちらへと歩いてきているのが目に入り、思わず目を奪われた。
その姿は堂々としていて自信に溢れ、如何にも只者ではないオーラに満ち溢れている。
きっと騎士団長クラスの腕を持った人物なのだろう。
しかも若いし顔も良い。

(あれだわ!)

そう思ってすぐに私はその騎士に声を掛けた。

「そこの貴方」

王妃から声を掛けられ驚いたのだろう。
騎士は驚いたように足を止めこちらを見遣った。
けれどすぐさま礼をとってくれ、なかなか礼儀正しい男だと好感を抱く。

「王妃様にはご機嫌麗しく」
「挨拶は結構よ。それより貴方、これからちょっと私の部屋まで付いてきてくれないかしら?」
「え?」
「貴方に頼みたいことがあるのよ。さあついてきてちょうだい」

そうして有無を言わさぬよう言い置いて歩き出すと、戸惑うようにはしたもののそのままその騎士は私についてきた。

(うふふ。こんな美女から誘われて断る男なんていないわよね)

さっさと既成事実でも作って愛人にしてしまおう。
夫にバレなければそれでいいし、バレたらバレたで貴方だって浮気していたでしょうと言ってやればいい。

(なんて名案なのかしら)

これで少しは復讐に繋がるだろうか?
そんな事を思いながら騎士を部屋へと連れ込み、ドアを閉めると同時にその胸に飛び込むように抱き着き、その唇を塞いでやった。

「んんんっ?!」

けれど驚いたことに騎士はすぐさま私の両肩を掴み、引き寄せるどころか勢いよく身を離してしまう。

「な…なななっ?!」

その顔は真っ赤で、慌てふためく様はまるで童貞そのもの。

(あら。可愛い反応ね)

そんな反応に気を良くして私は艶やかな笑みを浮かべた。

「そんなに狼狽することはないわ。こう言ったことが初めてなら私が貴方に教えてあげる」

家出してからこっち、自分だって誰とも寝ていないのだ。
久しぶりだし相手が童貞の方が都合がいいかもしれない。
ゆっくり教えながら雰囲気を盛り上げて、そのまま可愛い愛人にしてしまおう。
そう思ったのに────。

「王妃様。それ以上の暴挙は許されません」

どこから現れたのか、気づけば暗部らしき男に背後から短刀を首元へとあてられていた。

「ひっ?!」
「お静かに」

どういうことだと思うけれど、きっと夫が自分に監視をつけていたのだろうと思い至る。
けれどそういうことなら作戦変更だ。
ゴクリと息を呑み、速やかにその暗部へと言葉を紡ぐ。

「お、夫をここに呼んできてちょうだい!」
「…………」
「ふ、不用意に動いたりしないし、ちゃんとおとなしくしているわ」

それでこの男が離れてくれた時がチャンスだ。

男がスッと刃物を首筋から引いたタイミングで私は目の前の騎士の胸へと飛び込んで、その男を指さし狼藉者だと大きな声で叫んだ。
これなら万が一でも騎士が男から自分を守ってくれるだろうし、外にも自分の声は聞こえただろうから確実に人が駆けつけてくる。
身の安全は保障されたようなものだ。
現にその暗部の男は唖然とした顔でこちらを見てきたし、これなら殺しに来ることもないだろう。

外から聞こえるのはバタバタとした騎士達の足音。

「王妃様!何事です?!」

バァンッ!と勢いよく扉が開かれ、救援が駆けつけたのを見遣り、私はほくそ笑んだ。

「狼藉者よ!いきなり背後から刃物を突き付けてきたわ!すぐに捕まえてちょうだい!」

そう言いながらも騎士の胸に縋りついて身を震わせる演技は忘れない。
今日は失敗したけど、また機会を狙えばいい。
そう思っていたのに────。

「その香水臭い身体を今すぐどけろ」

低く響くような怒りの声に、思わずハッと顔を上げる。

「セドリック」

そこに立っていたのは愛息であるセドリックで、きっと母の悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのだろうと思った。

「セドリック。心配をかけたわね。大丈夫よ」

だからそう言ったのに、セドリックは怒ったような顔で再度同じ言葉を繰り返した。

「聞こえなかったか?その香水臭い身体を今すぐどけろと言っている!!」
「ひぃいっ!!」

その声に周辺にいた騎士達が軒並み腰を抜かし悲鳴を上げるが、私は何が起こったのか全く分からなかった。
怖いと思ったわけではないはずなのに、気づけば呆然としながら床へとへたり込んでいたのだから。

その場で立っていたのは自分が縋りついていた騎士だけだろうか?
その騎士は片手を額に当て、ただただ困ったような顔をしている。

「セド…」

そして何を思ったのかセドリックは腰に佩いた剣をスラリと抜いて私の首筋へと当ててきた。

「覚悟はできているだろうな?」
「……え?」
「俺の寵姫に手を出して、ただで済むと思ってはいまい」
「ちょ、寵姫?」

セドリックの目は本気だった。
本気で母親である自分を殺そうとしているようにしか見えなかった。

「え…?」
「アルフレッドは俺のものだ。手を出そうとするのなら容赦なく殺す。それがたとえ母であろうとも」

冷たい底冷えするような声に、初めて私は息子の逆鱗に触れたのだと悟った。
これまで自分は息子の何を見てきたのだろう?
いつまでもセドリックは小さな自分の我が子だと思い込んでいた。
けれどセドリックはもうすっかり大人になっていて、守られる立場から守る立場へととっくに変わっていたのだ。
そんな当たり前とも言うべきことに今更ながら気づいてしまった。

「あ……」

そして自分の知るセドリックは酷く表面的なものでしかなかったことにも気づいてしまう。
乳母に任せて幼少期を過ごさせたセドリック。
その後もセドリックの養育には深くは関わってはいなかった。
自由奔放に過ごし、お茶会を開き、夜会に出掛け、ドレスを新調し、宝石を買う。
そんな自分本位な暮らしの中で片手間に息子の元を訪れ、その成長を確認する。
貴族にはよくある暮らしだとは思う。
問題なく育ってくれればそれでいい。
気になったところだけ指摘して言い聞かせ、後は教育係に丸投げだ。
けれど自分なりに『王子』というイメージが先行していたこともあって、その『気になったところ』が顕著だった。
だからロマンス小説を持ち込んで見たり、強く教育に口出しすることがあった。
でもそれも言われてみればただの一時的な押し付けだったように思う。
ずっとセドリックを見守っていたわけではなく、言ってみれば気紛れに構うような接し方だった。
夫に言われたのも今思えば確かにその通りだったのかもしれない。
私は我が子にひたすら理想を押し付けていただけで、セドリック自身を何一つ見てはいなかったのだろう。

「自戒の時間は終わったか?」

そう言って剣を突きつけてくるセドリックの目はどこまでも冷たくて、まるで虫けらでも見ているかのようだ。
そこに母への愛など微塵もない。

(こ…殺される……)

冗談ではなくそう思った。
どうしてこれまでセドリックは自分を殺さないなんて思えたのだろう?
自分の思考が本気でよくわからない。

けれどそんな震える私を助けてくれたのは、他でもないセドリックの寵姫その人だった。

「セド。取り敢えず落ち着け」
「俺は落ち着いている」
「いいや、落ち着いてない」
「……アルフレッド」
「俺がされたことは抱き着かれたことくらいだろう?それで殺すなんてどう考えてもやりすぎだ」
「…………」
「彼女は陛下の正妃で、ブルーグレイの正式な王妃だ。お前が勝手に殺していいはずがない。だからまず落ち着けと言ってるんだ」

その言葉にセドリックが『はぁ…』と息を吐き、スッと剣を引いてくれる。

「アルフレッド。後で覚えていろ」
「ああ、もちろん。お前の怒りはちゃんと受け止めてやる」
「…………そうか」
「ああ。だからちゃんと陛下と三人で話して戻ってこい」
「…………わかった。それならそれまでにその沁みついた香水の匂いをしっかり洗い流しておけ」
「わかったよ。仕方ないな」

そんなやり取りの後、セドリックは他の騎士に指示を出し私を引っ張り起こさせると、そのまま夫の元へと連行していったのだった。


****************

※アルフレッドは当然意図的にキスの件は隠しました。
あとセドはアルフレッドから言われて父から言われた言葉も思い出して剣を引きました。
この辺りは次回のセド目線で。
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