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【アルフレッドの家出】
45.アルフレッドの家出③ Side.セドリック
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「アルフレッドがいなくなっただと?!」
その報告を聞き、俺はギリッと奥歯を鳴らした。
正直逃げることはもうないと思っていたのに……。
アルフレッドは自分に惚れている────そんな驕りがどこかにあったのは確かだ。
アルフレッドが自分のものになったのだという油断は確かにあって、カリン王子の一件以来ふとした瞬間に良い雰囲気になる事だってあったし、自分と居ても楽しそうにしてくれていたことからもすっかり安心しきっていた。
それに嫌だと言っていようと結局は身体を許し、こちらが譲らなければどこででも好きにさせてくれたし、それは外でだろうと同じだった。
まあ……この間はそれで失敗したわけだが。
正直失敗したなと反省はしたし、悪かったとは思う。
それでもアルフレッドが熱を出し寝込んでもちゃんと看病はしたし(自分に非がある場合はちゃんと誠意を見せた方がよいのではと侍女達から色々アドバイスを貰った)、アルフレッドもまんざらでもない感じで自分に甘えてくれていた。
これで外で抱いたせいで熱を出したのはチャラになると思ったし、すぐにまた元通りの生活に戻れるとも思った。
けれど医師の薬を飲んでもアルフレッドはなかなか元気にならない。
どうなってるんだと殺気を巻き散らすのも仕方がないだろう。
処方が悪いに違いないと思って、俺は俺なりに手を尽くしたつもりだ。
甲斐甲斐しく看病し、汗も拭いてやり、消化の良い食事も摂らせた。
それでだいぶ熱も下がったし、ここで汗をかけば元気になるはずと思い付き、弱々しく抵抗するアルフレッドを優しく抱いた。
その際はちゃんと事後に綺麗に身体を拭いてやったから、汗が冷えて熱が上がるということはないはずだったのに…。
(何故悪化する?!)
イラッとしてお前の薬が悪いのではと言ってやったら、医師が震えながらすぐに別な薬を処方しますと言ったので取り敢えず様子を見ることにした。
なのによくなってきたと安堵したのも束の間、アルフレッドの熱がまた上がってしまった。
抱く度に潤んだ瞳で苦しそうにしているのが可哀想で、早く治せと言ってやるが一向に回復してくれない。
このままではストレスは溜まる一方だ。
早く元気になったアルフレッドを思い切り抱きたいというのに……!
正直毎日アルフレッドと戯れて、剣を合わせ、抱くというルーティンが確立されていたのができなくなって、この上なくストレスが溜まっていた。
優しく抱くだけじゃとても足りない。
そう思いながら医師に対してイラつきを覚えていたら、父から「病人の体力を奪ってどうする!治るものも治らないぞ?!」と叱られた。
どうやら優しくだろうとなんだろうと病人を抱くのはダメだったらしい。
熱がまた上がるのは医師が適切な薬を用意しないせいだと思っていたのに、それは違うと言われて驚いた。
生まれてこの方病気知らずな上、寝込んだ者の世話もしたことがないから、本で読んだ「高熱時は額を冷やし身体を温かくして発汗を促し介抱する」を参考にしたというのに…。
それならそれで全快を待つしかないかと諦め、アルフレッドを揶揄う方向にシフトした。
殺気立って睨んでくる姿も可愛いものだ。
元気も出るし、この方がきっと早く治るだろう。
そうやって我慢して、やっとアルフレッドが元気になってくれたので、さあ抱こうと思ったのにその間剣を振れなかったからか『剣が恋人』状態になってしまった。
(何故だ?!)
ベッドの中にまで剣を持ち込んで愛おし気に抱きしめて寝ている姿を見て、正直へし折ってやろうかと思う程に嫉妬してしまったのだが、剣に何かしたらぶっ殺すと言わんばかりに殺気立ったアルフレッドの姿を見て、今はそっとしておいてやろうと思った。
ここで機嫌を損ねたらきっといつまでも抱かせてもらえない。
無理強いしてもよかったが、これまでとは違い『本気』を感じさせる姿だったので、嫌われたくなかったら絶対にやめた方がいいと暗部にまで説得され渋々諦めた。
そうやって珍しく譲歩して落ち着くまで無理強いはしないようにと気を遣ってやったというのに────。
(アルフレッド……!!)
俺の優しさを踏みにじるとは良い度胸だと殺気が迸った。
姫を庇うように壁になり蒼白となった護衛騎士達は兎も角、近くにいた侍女や侍従が気絶していたが知るものか。
文句があるなら逃げたアルフレッドに言えばいい。
「すぐに状況を確認して後を追え!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「姫!」
「は、はいっ!」
「協力者は?」
「お、おりません!」
そして姫は震えながらアルフレッドがいなくなった時の話をし始めた。
それによるとアルフレッドは同僚の護衛騎士と一緒に姫のために菓子を買いに行ったのだという。
それは暗部からも報告が来たし、まず間違いのない事実だ。
そしてその菓子を城に届けさせるようその同伴していた騎士が手続きをしている間にトイレと言って場を離れたらしい。
そうなるとこの護衛騎士には何も非はなく、罪に問うことはできない。
敢えて罪を問うのなら自分がつけていた暗部の方だろう。
(相変わらず完璧な対策だな…)
しかも姫に迷惑がかからないようにとの配慮からなのだろうか。気づけば同僚のポケットに有給申請の用紙が突っ込まれていたらしい。
「…………その紙は?」
「こちらです!」
差し出され受け取った紙を手にするとそれは確かに有給申請の書類で、裏面を見ると────。
『俺は愛剣と一緒に家出するから文句があるなら姫じゃなく俺に直接言いに来い!今回の件は周りに八つ当たりする前に何が悪かったのか自分の胸に聞くんだな!納得がいく答えが聞けるまでは絶対に帰らないから!』
怒り心頭と言った感じの大きな字にアルフレッドの怒りの程が伝わってくる。
けれどそれを見て俺は自分の中の殺気が消えていくのを感じた。
「…………可愛いな」
「えぇえっ?!」
何故かこっちが怒らないことに対して驚いているようだが、ここに書いてあるのを訳すと迎えに来いということだろう。
もう帰らないとは全く匂わせていないし、寧ろ納得したら俺と一緒に帰るとちゃんと書かれてある。
直接言いに来いと書かれているのと有給を申請していることから、そもそも休みを使って俺と出掛けたかったのかと邪推したくなるほどだ。
ただ逃げただけなら怒りもするが、追ってきて欲しい、俺と話したい、納得したら一緒に帰る、そんな言葉の数々を残されれば少しは落ち着くというもの。
可愛い以外に言えることがあるなら、直接はっきり言ってくれればよかったのにということくらいか?
こんな風に逃げられたら時間の無駄ではないか。さっさと仲直りして一刻も早く抱きたいというのに…。
「「「王子が…怒らない、だと?!」」」
「アルフレッド…凄いわね。殺気がなくなったわ。私、夢でも見ているのかしら?」
「いや、焦らされ過ぎてちょっとおかしくなってしまわれたのでは?」
「……!!そうね!アルフレッドったらここひと月絶対に王子と寝るもんかって言って避けてたものね…」
「間違いないですよ。あの王子がひと月も禁欲してたんですから…」
姫や周辺の騎士達が小声でごちゃごちゃ煩いが、今はそんなことはどうでもいい。
アルフレッドを追いかける方が先だ。
(だが、どこへ……)
そう思っていたところで暗部が戻ってきて、どうやら船でゴッドハルトに行ったらしいことが分かった。
実にアルフレッドらしい行先だ。
「すぐに向かう!」
だからそう声を上げたのに、ここでまた父の邪魔が入った。
「セドリック!側妃と新婚旅行に行くのなら先にある程度仕事を片付けてから行ってくれ!」
「…………ちっ!」
正直そんなものは自分で片付けてほしいが、近場なら兎も角他国に行くなら時間もかかる。
引き留める気持ちもわからないではないし、最低限の仕事は確かに片付けてから行くべきだろう。
「……新婚旅行と言ってくださるのなら、急いで帰る必要はありませんね?」
「…………い、一か月は無理だぞ?」
「ゴッドハルトまでは片道4日ほどです。往復を考えて滞在日数を考えるにひと月は欲しかったのですが?」
「二週間だ。それで妥協してくれ」
「…………わかりました」
そうして仕方なく仕事に取り掛かったが、ふざけたことに時間のかかるものばかり回してこられて苛立ちは最高潮へと達してしまった。
ただでさえ情報が入らず、アルフレッドが誰かに愛想を振りまいて目をつけられていないか心配だというのにとまた殺気立ってしまったのは仕方がない。
でもそのせいで恐怖に竦んで周囲の動きが鈍ったのは誤算だった。
「セドリック!頼むから殺気を巻き散らさないでくれ!」
「知りません。気のせいでは?」
「……息子が横暴だ。アルフレッド…頼むから帰ってきてくれ」
「…………」
確かにアルフレッドの方から帰ってきてくれた方がいいに決まっているが、それは絶対にないだろう。
アルフレッドは怒って出ていったのだからこちらから迎えに行かなければ帰ってくるはずがない。
そんな中自分へと届けられたのはゴッドハルトからのワイバーン便だった。
送信相手はゴッドハルトの英雄トルセンだ。
暗部は先に送り出したが、まだあちらに着いてはいないし報告には暫し時間がかかる。
だからこそこの手紙はアルフレッドの現状を知る唯一の手段だった。
ご無沙汰していますという社交辞令はすっ飛ばしザッと目を通すと、そこには流石の一言と言わんばかりの言葉の数々が並んでいてホッと安堵の息を吐く。
『アルフレッドはこちらで虫がつかないようお預かりしていますのでご安心を』
『喧嘩をしての家出と聞きましたのでストレス発散に手合わせをさせたり新しい剣を見せたりする予定です。ちょうどオリハルコンの剣が手に入ったところだったので、もう一点伝手を使って用意しておきます。セドリック殿下とアルフレッドの二人で打ち合えばきっと楽しいだろうとでも言っておけば本人も乗り気になってすぐに帰る気になる事でしょう。剣の試し斬りも大好きなので、好きなだけ技を試してこいとでも言えばすぐに乗ってくるはずです。仲直りのきっかけにでもして頂ければ幸いです』
『今後のことを考えもし家出先に我が国をご利用されるなら別荘を用意することも可能です。広い庭園のある別荘ならワイバーンを乗りつけることもできますので、セドリック殿下に置かれましては、ワイバーンに騎乗できるようになって頂ければすぐに追いかけることが可能になるのではと愚考いたします』
『今回は一週間以上剣を振れなかったせいでアルフレッドは過剰な禁断症状が出たようですが、木剣を用意しベッドで軽く振らせておけば少しはマシだったのではと思います。今後のご参考まで』
「…………なるほど。流石はトルセンだな」
こちらを刺激しない非常に友好的な文面。且つアルフレッドに対する助言までふんだんに盛り込まれている。
恐らくこちらが怒って戦争を仕掛けてこないようにとの配慮からなのだろうが、やはりできた人物だなと笑みがこぼれた。
アルフレッドが頼りにするのもよくわかる。
しかもそこに嫉妬を抱かせない配慮がまた上手いと言えた。
アルフレッドの幸せは俺の傍にあるんだと文章の端々にちゃんと散りばめられているのが素晴らしい。
(トルセンとは親しくしておく方が得策だな)
今後のことを考えるとそちらの方が有効だ。
そして最後に書かれていた文章を見てその考えは間違っていないことを確信する。
『行き違いにならずこの文を読まれているのでしたらまだ国におられることでしょう。この文をお届けした者には特使制度を利用したいと伝えておりますので、アルフレッドを迎えに来るのでしたらどうぞそのままワイバーンの背にお乗りください。最速でゴッドハルトまで来られるのでお勧め致します』
王子自らが特使として国を訪問することなど普通はないのだが、確かにその制度を使えば最速でアルフレッドの元に行くことができる。
「考えたな」
互いに了承してのことなら建前でどうとでもなるものだ。
「すぐに行く!準備を整えろ!」
幸い仕事も目途がついたところだ。
このまま出ても何ら問題はないだろう。
なんなら向こうでワイバーンに乗る練習をしてアルフレッドとワイバーンで帰ってきてもいい。
アルフレッドなら空の旅も喜びそうだし、そうだそうしよう。
こうして俺は上向いた気持ちで手元にあった残りの書類を片付け、侍従にまとめさせた荷物を手にワイバーンへと騎乗した。
もちろんワイバーンを操るのはワイバーン便の騎手だ。
折角なので操縦法をしっかりと見学しておくとしよう。
(アルフレッド待っていろ。すぐに迎えに行くからな)
そうしてワイバーンに乗って俺はゴッドハルトへと向かったのだった。
その報告を聞き、俺はギリッと奥歯を鳴らした。
正直逃げることはもうないと思っていたのに……。
アルフレッドは自分に惚れている────そんな驕りがどこかにあったのは確かだ。
アルフレッドが自分のものになったのだという油断は確かにあって、カリン王子の一件以来ふとした瞬間に良い雰囲気になる事だってあったし、自分と居ても楽しそうにしてくれていたことからもすっかり安心しきっていた。
それに嫌だと言っていようと結局は身体を許し、こちらが譲らなければどこででも好きにさせてくれたし、それは外でだろうと同じだった。
まあ……この間はそれで失敗したわけだが。
正直失敗したなと反省はしたし、悪かったとは思う。
それでもアルフレッドが熱を出し寝込んでもちゃんと看病はしたし(自分に非がある場合はちゃんと誠意を見せた方がよいのではと侍女達から色々アドバイスを貰った)、アルフレッドもまんざらでもない感じで自分に甘えてくれていた。
これで外で抱いたせいで熱を出したのはチャラになると思ったし、すぐにまた元通りの生活に戻れるとも思った。
けれど医師の薬を飲んでもアルフレッドはなかなか元気にならない。
どうなってるんだと殺気を巻き散らすのも仕方がないだろう。
処方が悪いに違いないと思って、俺は俺なりに手を尽くしたつもりだ。
甲斐甲斐しく看病し、汗も拭いてやり、消化の良い食事も摂らせた。
それでだいぶ熱も下がったし、ここで汗をかけば元気になるはずと思い付き、弱々しく抵抗するアルフレッドを優しく抱いた。
その際はちゃんと事後に綺麗に身体を拭いてやったから、汗が冷えて熱が上がるということはないはずだったのに…。
(何故悪化する?!)
イラッとしてお前の薬が悪いのではと言ってやったら、医師が震えながらすぐに別な薬を処方しますと言ったので取り敢えず様子を見ることにした。
なのによくなってきたと安堵したのも束の間、アルフレッドの熱がまた上がってしまった。
抱く度に潤んだ瞳で苦しそうにしているのが可哀想で、早く治せと言ってやるが一向に回復してくれない。
このままではストレスは溜まる一方だ。
早く元気になったアルフレッドを思い切り抱きたいというのに……!
正直毎日アルフレッドと戯れて、剣を合わせ、抱くというルーティンが確立されていたのができなくなって、この上なくストレスが溜まっていた。
優しく抱くだけじゃとても足りない。
そう思いながら医師に対してイラつきを覚えていたら、父から「病人の体力を奪ってどうする!治るものも治らないぞ?!」と叱られた。
どうやら優しくだろうとなんだろうと病人を抱くのはダメだったらしい。
熱がまた上がるのは医師が適切な薬を用意しないせいだと思っていたのに、それは違うと言われて驚いた。
生まれてこの方病気知らずな上、寝込んだ者の世話もしたことがないから、本で読んだ「高熱時は額を冷やし身体を温かくして発汗を促し介抱する」を参考にしたというのに…。
それならそれで全快を待つしかないかと諦め、アルフレッドを揶揄う方向にシフトした。
殺気立って睨んでくる姿も可愛いものだ。
元気も出るし、この方がきっと早く治るだろう。
そうやって我慢して、やっとアルフレッドが元気になってくれたので、さあ抱こうと思ったのにその間剣を振れなかったからか『剣が恋人』状態になってしまった。
(何故だ?!)
ベッドの中にまで剣を持ち込んで愛おし気に抱きしめて寝ている姿を見て、正直へし折ってやろうかと思う程に嫉妬してしまったのだが、剣に何かしたらぶっ殺すと言わんばかりに殺気立ったアルフレッドの姿を見て、今はそっとしておいてやろうと思った。
ここで機嫌を損ねたらきっといつまでも抱かせてもらえない。
無理強いしてもよかったが、これまでとは違い『本気』を感じさせる姿だったので、嫌われたくなかったら絶対にやめた方がいいと暗部にまで説得され渋々諦めた。
そうやって珍しく譲歩して落ち着くまで無理強いはしないようにと気を遣ってやったというのに────。
(アルフレッド……!!)
俺の優しさを踏みにじるとは良い度胸だと殺気が迸った。
姫を庇うように壁になり蒼白となった護衛騎士達は兎も角、近くにいた侍女や侍従が気絶していたが知るものか。
文句があるなら逃げたアルフレッドに言えばいい。
「すぐに状況を確認して後を追え!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「姫!」
「は、はいっ!」
「協力者は?」
「お、おりません!」
そして姫は震えながらアルフレッドがいなくなった時の話をし始めた。
それによるとアルフレッドは同僚の護衛騎士と一緒に姫のために菓子を買いに行ったのだという。
それは暗部からも報告が来たし、まず間違いのない事実だ。
そしてその菓子を城に届けさせるようその同伴していた騎士が手続きをしている間にトイレと言って場を離れたらしい。
そうなるとこの護衛騎士には何も非はなく、罪に問うことはできない。
敢えて罪を問うのなら自分がつけていた暗部の方だろう。
(相変わらず完璧な対策だな…)
しかも姫に迷惑がかからないようにとの配慮からなのだろうか。気づけば同僚のポケットに有給申請の用紙が突っ込まれていたらしい。
「…………その紙は?」
「こちらです!」
差し出され受け取った紙を手にするとそれは確かに有給申請の書類で、裏面を見ると────。
『俺は愛剣と一緒に家出するから文句があるなら姫じゃなく俺に直接言いに来い!今回の件は周りに八つ当たりする前に何が悪かったのか自分の胸に聞くんだな!納得がいく答えが聞けるまでは絶対に帰らないから!』
怒り心頭と言った感じの大きな字にアルフレッドの怒りの程が伝わってくる。
けれどそれを見て俺は自分の中の殺気が消えていくのを感じた。
「…………可愛いな」
「えぇえっ?!」
何故かこっちが怒らないことに対して驚いているようだが、ここに書いてあるのを訳すと迎えに来いということだろう。
もう帰らないとは全く匂わせていないし、寧ろ納得したら俺と一緒に帰るとちゃんと書かれてある。
直接言いに来いと書かれているのと有給を申請していることから、そもそも休みを使って俺と出掛けたかったのかと邪推したくなるほどだ。
ただ逃げただけなら怒りもするが、追ってきて欲しい、俺と話したい、納得したら一緒に帰る、そんな言葉の数々を残されれば少しは落ち着くというもの。
可愛い以外に言えることがあるなら、直接はっきり言ってくれればよかったのにということくらいか?
こんな風に逃げられたら時間の無駄ではないか。さっさと仲直りして一刻も早く抱きたいというのに…。
「「「王子が…怒らない、だと?!」」」
「アルフレッド…凄いわね。殺気がなくなったわ。私、夢でも見ているのかしら?」
「いや、焦らされ過ぎてちょっとおかしくなってしまわれたのでは?」
「……!!そうね!アルフレッドったらここひと月絶対に王子と寝るもんかって言って避けてたものね…」
「間違いないですよ。あの王子がひと月も禁欲してたんですから…」
姫や周辺の騎士達が小声でごちゃごちゃ煩いが、今はそんなことはどうでもいい。
アルフレッドを追いかける方が先だ。
(だが、どこへ……)
そう思っていたところで暗部が戻ってきて、どうやら船でゴッドハルトに行ったらしいことが分かった。
実にアルフレッドらしい行先だ。
「すぐに向かう!」
だからそう声を上げたのに、ここでまた父の邪魔が入った。
「セドリック!側妃と新婚旅行に行くのなら先にある程度仕事を片付けてから行ってくれ!」
「…………ちっ!」
正直そんなものは自分で片付けてほしいが、近場なら兎も角他国に行くなら時間もかかる。
引き留める気持ちもわからないではないし、最低限の仕事は確かに片付けてから行くべきだろう。
「……新婚旅行と言ってくださるのなら、急いで帰る必要はありませんね?」
「…………い、一か月は無理だぞ?」
「ゴッドハルトまでは片道4日ほどです。往復を考えて滞在日数を考えるにひと月は欲しかったのですが?」
「二週間だ。それで妥協してくれ」
「…………わかりました」
そうして仕方なく仕事に取り掛かったが、ふざけたことに時間のかかるものばかり回してこられて苛立ちは最高潮へと達してしまった。
ただでさえ情報が入らず、アルフレッドが誰かに愛想を振りまいて目をつけられていないか心配だというのにとまた殺気立ってしまったのは仕方がない。
でもそのせいで恐怖に竦んで周囲の動きが鈍ったのは誤算だった。
「セドリック!頼むから殺気を巻き散らさないでくれ!」
「知りません。気のせいでは?」
「……息子が横暴だ。アルフレッド…頼むから帰ってきてくれ」
「…………」
確かにアルフレッドの方から帰ってきてくれた方がいいに決まっているが、それは絶対にないだろう。
アルフレッドは怒って出ていったのだからこちらから迎えに行かなければ帰ってくるはずがない。
そんな中自分へと届けられたのはゴッドハルトからのワイバーン便だった。
送信相手はゴッドハルトの英雄トルセンだ。
暗部は先に送り出したが、まだあちらに着いてはいないし報告には暫し時間がかかる。
だからこそこの手紙はアルフレッドの現状を知る唯一の手段だった。
ご無沙汰していますという社交辞令はすっ飛ばしザッと目を通すと、そこには流石の一言と言わんばかりの言葉の数々が並んでいてホッと安堵の息を吐く。
『アルフレッドはこちらで虫がつかないようお預かりしていますのでご安心を』
『喧嘩をしての家出と聞きましたのでストレス発散に手合わせをさせたり新しい剣を見せたりする予定です。ちょうどオリハルコンの剣が手に入ったところだったので、もう一点伝手を使って用意しておきます。セドリック殿下とアルフレッドの二人で打ち合えばきっと楽しいだろうとでも言っておけば本人も乗り気になってすぐに帰る気になる事でしょう。剣の試し斬りも大好きなので、好きなだけ技を試してこいとでも言えばすぐに乗ってくるはずです。仲直りのきっかけにでもして頂ければ幸いです』
『今後のことを考えもし家出先に我が国をご利用されるなら別荘を用意することも可能です。広い庭園のある別荘ならワイバーンを乗りつけることもできますので、セドリック殿下に置かれましては、ワイバーンに騎乗できるようになって頂ければすぐに追いかけることが可能になるのではと愚考いたします』
『今回は一週間以上剣を振れなかったせいでアルフレッドは過剰な禁断症状が出たようですが、木剣を用意しベッドで軽く振らせておけば少しはマシだったのではと思います。今後のご参考まで』
「…………なるほど。流石はトルセンだな」
こちらを刺激しない非常に友好的な文面。且つアルフレッドに対する助言までふんだんに盛り込まれている。
恐らくこちらが怒って戦争を仕掛けてこないようにとの配慮からなのだろうが、やはりできた人物だなと笑みがこぼれた。
アルフレッドが頼りにするのもよくわかる。
しかもそこに嫉妬を抱かせない配慮がまた上手いと言えた。
アルフレッドの幸せは俺の傍にあるんだと文章の端々にちゃんと散りばめられているのが素晴らしい。
(トルセンとは親しくしておく方が得策だな)
今後のことを考えるとそちらの方が有効だ。
そして最後に書かれていた文章を見てその考えは間違っていないことを確信する。
『行き違いにならずこの文を読まれているのでしたらまだ国におられることでしょう。この文をお届けした者には特使制度を利用したいと伝えておりますので、アルフレッドを迎えに来るのでしたらどうぞそのままワイバーンの背にお乗りください。最速でゴッドハルトまで来られるのでお勧め致します』
王子自らが特使として国を訪問することなど普通はないのだが、確かにその制度を使えば最速でアルフレッドの元に行くことができる。
「考えたな」
互いに了承してのことなら建前でどうとでもなるものだ。
「すぐに行く!準備を整えろ!」
幸い仕事も目途がついたところだ。
このまま出ても何ら問題はないだろう。
なんなら向こうでワイバーンに乗る練習をしてアルフレッドとワイバーンで帰ってきてもいい。
アルフレッドなら空の旅も喜びそうだし、そうだそうしよう。
こうして俺は上向いた気持ちで手元にあった残りの書類を片付け、侍従にまとめさせた荷物を手にワイバーンへと騎乗した。
もちろんワイバーンを操るのはワイバーン便の騎手だ。
折角なので操縦法をしっかりと見学しておくとしよう。
(アルフレッド待っていろ。すぐに迎えに行くからな)
そうしてワイバーンに乗って俺はゴッドハルトへと向かったのだった。
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※皆様いつもありがとうございます♪この度スピンオフ作品をアップしましたので、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いしますm(_ _)m『王子の本命~ガヴァム王国の王子達~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/91408108/52430498
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