103 / 105
第五章 油断大敵
100.騎士達 Side.シェリル公爵令嬢
しおりを挟む
幼い頃からずっとずっと願っていた。
ディオ様を手に入れる日を。
でもディオ様は私を見てはくれなかった。
ずっと一途にただ一人だけを見つめていた。
そんな彼を見ながら、ミラルカの姫は妹ポジションに収まり、アンシャンテの姫は友人のポジションで落ち着いた。
私?私は妹の立ち位置も友人の立ち位置もゴメンだわ。
邪魔者を蹴落として、その地位に成り代わりたかった。
だからそのためにロクサーヌ嬢を蹴落としたのよ。
後はその座へと自分が収まるだけ。
なのにいつの間にかその座へと他国の王子が座っていた。
しかも既に結婚済み?
あり得ないわ。
側妃として迎えるのもヴィオレッタ王女。
でもここまでくれば嫌でもわかる。
(ディオ様はロクサーヌ嬢を忘れられないから、友人達にお願いしたのだわ)
絶対にそうだ。
そうでなければ誰が自分よりも体格の良い他国の王子なんかを王配の座へと据えるだろうか?
だから忘れさせてあげると口にした。
まずは身体からでいい。
ディオ様だって男だから女の身体に興味はあるだろう。
心は後からいくらでもついてくる。
だから夜伽に呼んでほしいと請うた。
なのにディオ様は素直に頷いてはくれなくて、これでは埒があかないと、思い切ってその唇を奪ってみた。
ディオ様との念願のキス。
驚いて目をまん丸にしていてとてもお可愛らしい。
普段は隙なく堂々とされているのに、こんな一面もあるのだと新鮮に思った。
もっと色んな表情を見せてほしい。
そう思って更に深く口づけようと思ったところで引き離されて、目の前でヴィオレッタ王女に唇を奪われてしまう。
(私のディオ様なのに…っ!)
ギッと睨みつけ、ヴィオレッタ王女へと言い放つ。
「ヴィオレッタ王女!何故私達の愛の口づけを邪魔するのです?!」
やっと私達二人の愛を交わし合う時間が訪れたというのに、邪魔をするなんて許せない。
なのに彼女は高慢にも言い返してきた。
「貴女が勝手にしただけでしょう?!そこに愛はありませんわ!」
「なっ?!では貴女との口づけに愛はあるとでも?!」
「少なくとも友愛くらいはありますわ」
友愛?
なら私達の真実の愛を切り裂く権利などない。
友人の立場と王女という地位を利用して愛しのディオ様の婚約者の座を奪った憎い彼女に、憎しみが込み上げてくる。
「大した胸でもないくせに、ディオ様を満足させられるとでも?」
「あら。ディオ様は胸の大きさなんて気にしない方ですわ。ルーセウス王子のように包容力のある方が理想なのだと思いますわよ?」
「包容力なら私にだってありますわ!お疲れ気味なディオ様を癒して差し上げられるのは私の方です!」
「うふふ。貴女にディオ様を癒すことなんてできるはずがありませんわ。だってディオ様は貴女だけは絶対にないと昔から仰っておりましたもの」
「昔はまだ胸が小さかったからですわ。昔と一緒にしないでくださいませ。今の私ならお慰めするための知識も十分に持っておりますわ」
「勘違いしないでくださいね?ディオ様をお慰めできるのは王配であるルーセウス王子であり、彼が不在の間その役割を担えるのは婚約者であるこの私、ヴィオレッタですわ。貴女の出番など一切ございません」
バチバチと二人の間に火花が散る。
なんて高慢な王女なのだろう?
こんな王女がディオ様の婚約者に収まっているなんて、どう考えても認め難い。
そう思いながら睨んでいると、ディオ様がツンナガール片手にやってきて、ヴィオレッタ王女を引っ込めてくれた。
「ディオ様…」
(やっぱり私と話したいと思ってくださったのね)
邪魔者を遠ざけてくれたのがその証拠だ。
そう思ったのに、またしても別の邪魔者が間に割り込んでくる。
恐らく先程騎士が口にしていたバロン国のパーシバル陛下だろう。
そんな彼はとんでもないことを口にしてきた。
「ディオの唇を何度も味わってしまったしな。せめてもの詫びに守ってやろう」
(ディオ様の唇を何度も味わった、ですって?)
一体いつの間にそんな行為に及んだのか。
立場を利用してディオ様の唇を何度も奪うなんて不届千万だ。
ディオ様も呆れたように彼へと告げる。
「ただの言い訳だろう?」
(そうよ!ただの言い訳だわ!)
「お前の唇をタダでもらう気はないぞ?どこかの女とは違って、俺は誠実な男だからな」
なのに憎たらしい事に、彼は私を嘲笑うかのように挑発してきた。
でもそんな挑発に乗る私ではない。
どうせ彼は立場上ディオ様にこれ以上手を出すことなんてできないのだから、こんな挑発なんて無視をするに限る。
「ディオ様!私が先程言ったこと、どうかお忘れにならないでくださいませ!今夜、お声がけいただけるのをずっとお待ちしておりますから!」
なのにパーシバル陛下は空気を読まず、またしても割り込んできた。
「悪いが今夜はこちらが先約だ。残念だがディオとの逢瀬は諦めてもらおうか」
忌々しいにも程がある。
(邪魔者は引っ込んでてちょうだい!)
「バロン国のパーシバル陛下とお見受けいたしますが、ディオ様の夜のプライベートにまで口出しする権利はお持ちでないはず。ディオ様。私が誠心誠意お慰め致しますので、どうぞお心のままお召しくださいませ」
なんとか笑顔を取り繕い、サラリと流して本命であるディオ様へと精一杯のアピールを行った。
それなのにディオ様はツレない返事をするばかり。
「いや。絶対に呼ばないから、潔く諦めてくれないか?」
「お恥ずかしいのですね。では後でコッソリお声掛けください」
「本当に呼ばない。先約があるのは本当だし、帰ってほしい」
なんて照れ屋なディオ様。
でもここでしっかりと返事をいただかないと夜に部屋へと向かえない。
なんとか言質を取れないだろうか?
諦めずにもうちょっと積極的に押せばいけそうな気もするし、頑張ってみよう。
そう思ったところでヴィオレッタ王女が戻ってきてしまった。
しかもディオ様を私から遠ざけて、騎士に私を引き渡してきたからたまらない。
「レン。彼女を追い返しておいてくれる?」
「はっ!お任せください、ヴィオレッタ王女!」
「宜しくね?」
レンと呼ばれた騎士は私の腕を掴んで馬車止めの方向へと歩き出してしまう。
まさに問答無用といった感じだ。
「離して!離しなさいと言っているでしょう?!私は公爵令嬢なのよ?!無礼にも程がありますわ!」
「ヴィオレッタ王女のご命令です」
「他国の王女の命令なんて聞く必要はないわ!お離しなさい!」
そうして暫くギャアギャアと言い合っていると、見回りの騎士達が何事かとやってきてしまった。
「どうした?レン」
そうやって話しかけてきた男に、私は見覚えがあった。
以前ハアハアと息を荒げながらディア王女に指導してくれと言っていた変態だったからだ。
「どうしたも何も、いつものだよ。シェリル公爵令嬢がディオ陛下に迫ってたから、ヴィオレッタ王女が帰すようにってさ」
「ああ。なるほどな」
「今日は一段と酷かった。よりにもよってディオ陛下の唇を奪ってたからな」
「セクハラか?!」
「誰がセクハラよ!貴方のような変態騎士にセクハラ呼ばわりされる筋合いはないわ!あれは私とディオ様の愛の口づけだったのよ?!」
そう言った途端、場がシンと静まり返ったが、その静寂は一瞬であっという間に否定的な意見が怒涛のように響き渡った。
「……いや。ルーセウス陛下を差し置いてそりゃあないだろう」
「そうだそうだ!ルーセウス陛下がお留守だからって、何言ってんだ?」
「あの二人はそりゃあもう、いっつも甘過ぎるくらいハートが飛び交ってるんだぞ?他の誰かとなんて絶対にない」
ザワザワと騒ぎ出す騎士達に腹が立つ。
「そんなこと、あるはずがないでしょう?!」
ディオ様はストレートだった。
ずっと一途にロクサーヌ嬢に恋をしていたし、この変態騎士達のせいで男には辟易していた。
だからルーセウス王子に本気で惚れているなんて絶対にあり得ないのに…。
「ディオ様は男に興味はありませんわ」
「いや。ルーセウス陛下は普通にカッコいいからな?」
「あれは惚れてもおかしくないだろう」
「わかる。あの背中はついて行きたくなる」
「何よりどこまでも真っ当な人だ」
皆がうんうんと頷くが、それは恋愛対象としてではなく尊敬しているという感じだった。
「それならディオ様だって、友人として一目置いているだけでしょう?」
「「「「それはない」」」」
全員に断言されて思わず怯んでしまう。
「兎に角!私は本気でディオ様のことが好きなのです!邪魔はしないでくださいませ!」
ここですんなり帰りたくはない。
そう思って言い切った。
すると彼らは顔を見合わせあい、小さく頷きあうと予想外のことを言い出した。
「これはルーセウス陛下への恩返しができるチャンスだな」
「そうだ。不敬にもディオ陛下の唇を奪ったというし、帰りたくないと言うならその通りにしてやろう」
「ひっ?!」
私はその言葉を聞いて、この男達に犯されるのではと怯えたが、実際は違った。
何故か鍛錬場へと連れて行かれ、自分にとって一番大事な人や物はなんだと聞かれたから、素直にディオ様だと答えたのだけれど────。
「いいか!お前ら!明日明後日にはルーセウス陛下がお戻りだ!弛んだ姿を見せるんじゃねーぞ!」
「おぅ!」
やたらと気合の入った騎士達の姿に驚きながら文官らしき者達がスクワットをしている場所へと連れて行かれ、何故か並ばされる。
「いいか?ここにいる連中はみんな心を入れ替えた文官達だ。みんな自分にとって一番大事なもののために特訓している。ここでは身分は関係ない。皆、ただの仲間だ。あんたも今日からここで一緒に特訓するんだ」
「……は?」
「よし!始めるぞ!位置につけ!」
「はい!」
「新人!お前は自分の番になったら『ディオ様の』って腹から声を出せ!」
「え?え?」
「返事!」
「は、はい!」
鋭く言われて思わず返事をしてしまったけれど、どうして私はこんなことに巻き込まれているのかしら?
「さっさと腰を落とせ!両手は頭の後ろだ!グズグズするな!」
「は、はいっ?!」
「行くぞ!よし!」
「『ミリーの!』」
(ミリー?誰ですの?!)
「「「「ために!」」」」
「『母さんの!』」
「「「「ために!」」」」
「『弟の!』」
「「「「ために!」」」」
「新人!次は、お前だ!リズムを、崩すな!」
「え?えとっ、『ディオ様の!』」
「「「「ために!」」」」
「声が、小さい!もう一度!」
「『ディオ様の!』」
「まだまだっ!」
「『ディオ様の!』」
「お前のディオ様への思いはそんなにちっぽけなのか?!」
そんな風に言われて思わずカッとなって思い切り声を出す。
「『ディオ様の!!』」
「「「「ために!」」」」
「俺達は!」
「「「「やる!」」」」
「死力を!」
「「「「尽くして!」」」」
「気合いで!」
「「「「やる!」」」」
「迷惑は!」
「「「「かけない!」」」」
「俺達なら!」
「「「「できる!」」」」
「まだまだ!」
「「「「できる!」」」」
(何?何?何なの?!)
みんながやるから途中でやめられない。
つられるように声を出すから、ついついスクワットをやり続けてしまう。
(た、た、た、助けてぇええっ?!)
気づけばスクワットだけじゃなく、走り込みや素振りまでさせられていて散々だ。
走り込みは短距離を50往復。
素振りなんて50回を6セットもさせられるし、ちゃんと真面目にやらないと私のディオ様への思いはそんなものかと言われるし、半泣きで頑張った。
やっと終わった時には当然ヘトヘトで、お腹は減っているのに食べる気力すら湧かないレベルで疲れ果てていた。
なのに明日から毎日来い?
宿舎の空き部屋に泊まればいい?
無理無理無理!
(ディオ様…私、流石に今夜の夜伽は無理ですわ)
いや。この分だと明日は確実に筋肉痛で動けなくなっている気がする。
ディオ様にお会いしたい。
でも無理を押して会いに来ても彼らに見つかったら『ディオ様のためならできるな?』と訓練に強制参加させられるのは必至。
飴と鞭の加減が絶妙だから、一度始めたら絶対に途中でやめられないし、どんなに辛くとも最後までやり通す羽目になる。
途中脱落=大事なものはその程度という烙印が押されるも同じだから、絶対にあり得ない。
(私は一体どうすれば?愛のために訓練に参加すべきなの?!)
こうして私は城へ行くのに二の足を踏む事になり、一目でいいからディオ様に会いたいと城へ行くと、必ずと言っていいほど騎士達に捕まって特訓を受ける羽目に陥り、それを繰り返すうちに『ディオ様の迷惑になることはしてはいけない』『ディオ様のために身の程を弁えるべし』と脳と身体に刷り込まれ、以前の自分の行動を恥じるようになってしまった。
どうして私は大事なディオ様にあんなに押し付けがましい行動ができたのかしら?
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい気分だ。
どんな顔で顔を合わせればいいのかわからなくなって、精神を鍛えるために鍛錬場へと行く日が増えた。
三ヶ月後────。
「シェリル嬢!すっかり健全になったな!」
「…お世辞は結構ですわ」
騎士達ともすっかり親しく話せるようになり、彼らがすっかり変態ではなくなっているのも実感した。
それもこれも全部ルーセウス王子の指導の賜物らしい。
ここに来て私にもやっとルーセウス王子の魅力がわかるようになっていた。
間近で指導する姿を何度も目にしたのも大きい。
ディオ様が惚れてしまう気持ちも納得がいった。
あれは尊敬に値する方だ。
悔しいけれど、私には絶対に敵わない。
素直に二人を応援しようと思う。
(申し訳ありませんでした!!)
ディオ様を手に入れる日を。
でもディオ様は私を見てはくれなかった。
ずっと一途にただ一人だけを見つめていた。
そんな彼を見ながら、ミラルカの姫は妹ポジションに収まり、アンシャンテの姫は友人のポジションで落ち着いた。
私?私は妹の立ち位置も友人の立ち位置もゴメンだわ。
邪魔者を蹴落として、その地位に成り代わりたかった。
だからそのためにロクサーヌ嬢を蹴落としたのよ。
後はその座へと自分が収まるだけ。
なのにいつの間にかその座へと他国の王子が座っていた。
しかも既に結婚済み?
あり得ないわ。
側妃として迎えるのもヴィオレッタ王女。
でもここまでくれば嫌でもわかる。
(ディオ様はロクサーヌ嬢を忘れられないから、友人達にお願いしたのだわ)
絶対にそうだ。
そうでなければ誰が自分よりも体格の良い他国の王子なんかを王配の座へと据えるだろうか?
だから忘れさせてあげると口にした。
まずは身体からでいい。
ディオ様だって男だから女の身体に興味はあるだろう。
心は後からいくらでもついてくる。
だから夜伽に呼んでほしいと請うた。
なのにディオ様は素直に頷いてはくれなくて、これでは埒があかないと、思い切ってその唇を奪ってみた。
ディオ様との念願のキス。
驚いて目をまん丸にしていてとてもお可愛らしい。
普段は隙なく堂々とされているのに、こんな一面もあるのだと新鮮に思った。
もっと色んな表情を見せてほしい。
そう思って更に深く口づけようと思ったところで引き離されて、目の前でヴィオレッタ王女に唇を奪われてしまう。
(私のディオ様なのに…っ!)
ギッと睨みつけ、ヴィオレッタ王女へと言い放つ。
「ヴィオレッタ王女!何故私達の愛の口づけを邪魔するのです?!」
やっと私達二人の愛を交わし合う時間が訪れたというのに、邪魔をするなんて許せない。
なのに彼女は高慢にも言い返してきた。
「貴女が勝手にしただけでしょう?!そこに愛はありませんわ!」
「なっ?!では貴女との口づけに愛はあるとでも?!」
「少なくとも友愛くらいはありますわ」
友愛?
なら私達の真実の愛を切り裂く権利などない。
友人の立場と王女という地位を利用して愛しのディオ様の婚約者の座を奪った憎い彼女に、憎しみが込み上げてくる。
「大した胸でもないくせに、ディオ様を満足させられるとでも?」
「あら。ディオ様は胸の大きさなんて気にしない方ですわ。ルーセウス王子のように包容力のある方が理想なのだと思いますわよ?」
「包容力なら私にだってありますわ!お疲れ気味なディオ様を癒して差し上げられるのは私の方です!」
「うふふ。貴女にディオ様を癒すことなんてできるはずがありませんわ。だってディオ様は貴女だけは絶対にないと昔から仰っておりましたもの」
「昔はまだ胸が小さかったからですわ。昔と一緒にしないでくださいませ。今の私ならお慰めするための知識も十分に持っておりますわ」
「勘違いしないでくださいね?ディオ様をお慰めできるのは王配であるルーセウス王子であり、彼が不在の間その役割を担えるのは婚約者であるこの私、ヴィオレッタですわ。貴女の出番など一切ございません」
バチバチと二人の間に火花が散る。
なんて高慢な王女なのだろう?
こんな王女がディオ様の婚約者に収まっているなんて、どう考えても認め難い。
そう思いながら睨んでいると、ディオ様がツンナガール片手にやってきて、ヴィオレッタ王女を引っ込めてくれた。
「ディオ様…」
(やっぱり私と話したいと思ってくださったのね)
邪魔者を遠ざけてくれたのがその証拠だ。
そう思ったのに、またしても別の邪魔者が間に割り込んでくる。
恐らく先程騎士が口にしていたバロン国のパーシバル陛下だろう。
そんな彼はとんでもないことを口にしてきた。
「ディオの唇を何度も味わってしまったしな。せめてもの詫びに守ってやろう」
(ディオ様の唇を何度も味わった、ですって?)
一体いつの間にそんな行為に及んだのか。
立場を利用してディオ様の唇を何度も奪うなんて不届千万だ。
ディオ様も呆れたように彼へと告げる。
「ただの言い訳だろう?」
(そうよ!ただの言い訳だわ!)
「お前の唇をタダでもらう気はないぞ?どこかの女とは違って、俺は誠実な男だからな」
なのに憎たらしい事に、彼は私を嘲笑うかのように挑発してきた。
でもそんな挑発に乗る私ではない。
どうせ彼は立場上ディオ様にこれ以上手を出すことなんてできないのだから、こんな挑発なんて無視をするに限る。
「ディオ様!私が先程言ったこと、どうかお忘れにならないでくださいませ!今夜、お声がけいただけるのをずっとお待ちしておりますから!」
なのにパーシバル陛下は空気を読まず、またしても割り込んできた。
「悪いが今夜はこちらが先約だ。残念だがディオとの逢瀬は諦めてもらおうか」
忌々しいにも程がある。
(邪魔者は引っ込んでてちょうだい!)
「バロン国のパーシバル陛下とお見受けいたしますが、ディオ様の夜のプライベートにまで口出しする権利はお持ちでないはず。ディオ様。私が誠心誠意お慰め致しますので、どうぞお心のままお召しくださいませ」
なんとか笑顔を取り繕い、サラリと流して本命であるディオ様へと精一杯のアピールを行った。
それなのにディオ様はツレない返事をするばかり。
「いや。絶対に呼ばないから、潔く諦めてくれないか?」
「お恥ずかしいのですね。では後でコッソリお声掛けください」
「本当に呼ばない。先約があるのは本当だし、帰ってほしい」
なんて照れ屋なディオ様。
でもここでしっかりと返事をいただかないと夜に部屋へと向かえない。
なんとか言質を取れないだろうか?
諦めずにもうちょっと積極的に押せばいけそうな気もするし、頑張ってみよう。
そう思ったところでヴィオレッタ王女が戻ってきてしまった。
しかもディオ様を私から遠ざけて、騎士に私を引き渡してきたからたまらない。
「レン。彼女を追い返しておいてくれる?」
「はっ!お任せください、ヴィオレッタ王女!」
「宜しくね?」
レンと呼ばれた騎士は私の腕を掴んで馬車止めの方向へと歩き出してしまう。
まさに問答無用といった感じだ。
「離して!離しなさいと言っているでしょう?!私は公爵令嬢なのよ?!無礼にも程がありますわ!」
「ヴィオレッタ王女のご命令です」
「他国の王女の命令なんて聞く必要はないわ!お離しなさい!」
そうして暫くギャアギャアと言い合っていると、見回りの騎士達が何事かとやってきてしまった。
「どうした?レン」
そうやって話しかけてきた男に、私は見覚えがあった。
以前ハアハアと息を荒げながらディア王女に指導してくれと言っていた変態だったからだ。
「どうしたも何も、いつものだよ。シェリル公爵令嬢がディオ陛下に迫ってたから、ヴィオレッタ王女が帰すようにってさ」
「ああ。なるほどな」
「今日は一段と酷かった。よりにもよってディオ陛下の唇を奪ってたからな」
「セクハラか?!」
「誰がセクハラよ!貴方のような変態騎士にセクハラ呼ばわりされる筋合いはないわ!あれは私とディオ様の愛の口づけだったのよ?!」
そう言った途端、場がシンと静まり返ったが、その静寂は一瞬であっという間に否定的な意見が怒涛のように響き渡った。
「……いや。ルーセウス陛下を差し置いてそりゃあないだろう」
「そうだそうだ!ルーセウス陛下がお留守だからって、何言ってんだ?」
「あの二人はそりゃあもう、いっつも甘過ぎるくらいハートが飛び交ってるんだぞ?他の誰かとなんて絶対にない」
ザワザワと騒ぎ出す騎士達に腹が立つ。
「そんなこと、あるはずがないでしょう?!」
ディオ様はストレートだった。
ずっと一途にロクサーヌ嬢に恋をしていたし、この変態騎士達のせいで男には辟易していた。
だからルーセウス王子に本気で惚れているなんて絶対にあり得ないのに…。
「ディオ様は男に興味はありませんわ」
「いや。ルーセウス陛下は普通にカッコいいからな?」
「あれは惚れてもおかしくないだろう」
「わかる。あの背中はついて行きたくなる」
「何よりどこまでも真っ当な人だ」
皆がうんうんと頷くが、それは恋愛対象としてではなく尊敬しているという感じだった。
「それならディオ様だって、友人として一目置いているだけでしょう?」
「「「「それはない」」」」
全員に断言されて思わず怯んでしまう。
「兎に角!私は本気でディオ様のことが好きなのです!邪魔はしないでくださいませ!」
ここですんなり帰りたくはない。
そう思って言い切った。
すると彼らは顔を見合わせあい、小さく頷きあうと予想外のことを言い出した。
「これはルーセウス陛下への恩返しができるチャンスだな」
「そうだ。不敬にもディオ陛下の唇を奪ったというし、帰りたくないと言うならその通りにしてやろう」
「ひっ?!」
私はその言葉を聞いて、この男達に犯されるのではと怯えたが、実際は違った。
何故か鍛錬場へと連れて行かれ、自分にとって一番大事な人や物はなんだと聞かれたから、素直にディオ様だと答えたのだけれど────。
「いいか!お前ら!明日明後日にはルーセウス陛下がお戻りだ!弛んだ姿を見せるんじゃねーぞ!」
「おぅ!」
やたらと気合の入った騎士達の姿に驚きながら文官らしき者達がスクワットをしている場所へと連れて行かれ、何故か並ばされる。
「いいか?ここにいる連中はみんな心を入れ替えた文官達だ。みんな自分にとって一番大事なもののために特訓している。ここでは身分は関係ない。皆、ただの仲間だ。あんたも今日からここで一緒に特訓するんだ」
「……は?」
「よし!始めるぞ!位置につけ!」
「はい!」
「新人!お前は自分の番になったら『ディオ様の』って腹から声を出せ!」
「え?え?」
「返事!」
「は、はい!」
鋭く言われて思わず返事をしてしまったけれど、どうして私はこんなことに巻き込まれているのかしら?
「さっさと腰を落とせ!両手は頭の後ろだ!グズグズするな!」
「は、はいっ?!」
「行くぞ!よし!」
「『ミリーの!』」
(ミリー?誰ですの?!)
「「「「ために!」」」」
「『母さんの!』」
「「「「ために!」」」」
「『弟の!』」
「「「「ために!」」」」
「新人!次は、お前だ!リズムを、崩すな!」
「え?えとっ、『ディオ様の!』」
「「「「ために!」」」」
「声が、小さい!もう一度!」
「『ディオ様の!』」
「まだまだっ!」
「『ディオ様の!』」
「お前のディオ様への思いはそんなにちっぽけなのか?!」
そんな風に言われて思わずカッとなって思い切り声を出す。
「『ディオ様の!!』」
「「「「ために!」」」」
「俺達は!」
「「「「やる!」」」」
「死力を!」
「「「「尽くして!」」」」
「気合いで!」
「「「「やる!」」」」
「迷惑は!」
「「「「かけない!」」」」
「俺達なら!」
「「「「できる!」」」」
「まだまだ!」
「「「「できる!」」」」
(何?何?何なの?!)
みんながやるから途中でやめられない。
つられるように声を出すから、ついついスクワットをやり続けてしまう。
(た、た、た、助けてぇええっ?!)
気づけばスクワットだけじゃなく、走り込みや素振りまでさせられていて散々だ。
走り込みは短距離を50往復。
素振りなんて50回を6セットもさせられるし、ちゃんと真面目にやらないと私のディオ様への思いはそんなものかと言われるし、半泣きで頑張った。
やっと終わった時には当然ヘトヘトで、お腹は減っているのに食べる気力すら湧かないレベルで疲れ果てていた。
なのに明日から毎日来い?
宿舎の空き部屋に泊まればいい?
無理無理無理!
(ディオ様…私、流石に今夜の夜伽は無理ですわ)
いや。この分だと明日は確実に筋肉痛で動けなくなっている気がする。
ディオ様にお会いしたい。
でも無理を押して会いに来ても彼らに見つかったら『ディオ様のためならできるな?』と訓練に強制参加させられるのは必至。
飴と鞭の加減が絶妙だから、一度始めたら絶対に途中でやめられないし、どんなに辛くとも最後までやり通す羽目になる。
途中脱落=大事なものはその程度という烙印が押されるも同じだから、絶対にあり得ない。
(私は一体どうすれば?愛のために訓練に参加すべきなの?!)
こうして私は城へ行くのに二の足を踏む事になり、一目でいいからディオ様に会いたいと城へ行くと、必ずと言っていいほど騎士達に捕まって特訓を受ける羽目に陥り、それを繰り返すうちに『ディオ様の迷惑になることはしてはいけない』『ディオ様のために身の程を弁えるべし』と脳と身体に刷り込まれ、以前の自分の行動を恥じるようになってしまった。
どうして私は大事なディオ様にあんなに押し付けがましい行動ができたのかしら?
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい気分だ。
どんな顔で顔を合わせればいいのかわからなくなって、精神を鍛えるために鍛錬場へと行く日が増えた。
三ヶ月後────。
「シェリル嬢!すっかり健全になったな!」
「…お世辞は結構ですわ」
騎士達ともすっかり親しく話せるようになり、彼らがすっかり変態ではなくなっているのも実感した。
それもこれも全部ルーセウス王子の指導の賜物らしい。
ここに来て私にもやっとルーセウス王子の魅力がわかるようになっていた。
間近で指導する姿を何度も目にしたのも大きい。
ディオ様が惚れてしまう気持ちも納得がいった。
あれは尊敬に値する方だ。
悔しいけれど、私には絶対に敵わない。
素直に二人を応援しようと思う。
(申し訳ありませんでした!!)
16
お気に入りに追加
396
あなたにおすすめの小説



別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)


愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる