王子の本命~無自覚王太子を捕まえたい〜

オレンジペコ

文字の大きさ
上 下
102 / 105
第五章 油断大敵

99.憤り

しおりを挟む
無事に一仕事を終え、後の指示を出してからゴッドハルトを発った。
パーシバルも来ていることだし、一刻も早くディオの元へ戻りたい。
だからワイバーンを飛ばしに飛ばす。
休憩は最低限でいい。
兎に角急いだ。
そんな中、午後になって急に嫌な予感に襲われた。

普段ならディオが午後の執務に取り組み、休憩時間も惜しんで執務机に座っている時間だ。
でもパーシバルとチェスで勝負をしている可能性は十分にあった。
ヴィオレッタ王女がいるとはいえ、ちゃんと接待をしろとでも迫られて受けた可能性もゼロではない。
あの男は口だけは達者だから、ゴリ押ししてでもディオとの時間を確保しそうだし。

(また迂闊なことを口走ったりしてないだろうな?)

そんな不安に襲われて、一応ツンナガールで連絡してみることにしたのだが────。

『…………はい』

数度のコール音の後、どこか緊張したようなディオの声に嫌な予感が的中したのではないかと鼓動がはねた。

「ディオ?なんとなくさっき嫌な予感がしたんだけど、何もなかったか?特になかったならいいけど」

ディオが隠し事をしても察せられるようにしっかりと通話口の向こうへと意識を向けつつ、できる限り普段通りを装い尋ねてみる。
そんな俺に返ってきた声は、何故か酷く動揺しているようなものだった。

『…ルーセウス。俺は一体どうしたら?』

いつも冷静なディオがこんなことを俺に言ってくるのは非常に珍しい。
きっと予期せぬ出来事に襲われたに違いない。
一体何があったんだろう?

「何かあったのか?」
『シェリル嬢と…』

シェリル公爵令嬢?
最近聞かなかった名だ。
彼女が来て何かトラブルでも起こしたんだろうか?

「シェリル嬢?最近見かけなかったのに、来たのか?」
『ヴィオレッタ王女と…』
「ああ、彼女が間に入ってくれたのか?」

もしかして二人がディオを争って何かやらかしたんだろうか?
それなら────。

『パーシバルの三人に…』
「パーシバル?何かされたのか?」

女同士の争いじゃなかった。
パーシバルまで絡んできたとなるとなんだか大事な気がする。
本当に何があったんだと続く言葉に耳を澄ませる。

『立て続けに口づけされたんだけど、これは浮気になるのかな?』
「……は?」

立て続けに口づけ?
それはつまり、俺以外の相手に立て続けに唇を奪われた、と?

(何やってんだ?!)

油断するにも程がある。
しかも続けて通話口から聞こえてきたのはどこか楽しげなパーシバルの声だ。

『ディオ。逃げたいならルーセウスが来る前に俺とワイバーンで逃亡するか?ちょうどブルーグレイに呼び出されたところだしな。あそこなら、逃げ込むには最高じゃないか?』

(ブルーグレイに呼び出された?)

どう言うことだ?
それよりももっと気になるのは、パーシバルの声がやたらと近くで聞こえること。

(近過ぎないか?)

まさかとは思うが、パーシバルに抱きつかれてるとか言わないよな?
そう思いながら通話口の向こうをそっと窺う。

『乗り気じゃなかったくせに』
『ディオと二人で行けるならアリだと思ってな?』
『取り敢えず離れようか?』
『もう少しくらいこうして守らせてくれないか?』
『いや。シェリル嬢と戦ってくれてるのはヴィオレッタ王女だから』

(これ、絶対に抱き締められてるやつだろう?!)

そう察して、思わず怒気も露わに冷たい声が口から転がり落ちた。

「ディオ?取り敢えず、まずはパーシバルから今すぐ離れろ」

幸いディオへとその怒りは真っ直ぐに伝わって、すぐさま離れてくれたようだが、とても怒りは収まりそうにない。
ワンクッション置かないと嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。

(ここは先にヴィオレッタ王女から事情を聞いておくか)

冷静になるためにもきっとその方がいいはず。
そう思って通話を代わってもらう事にする。

「話はこの後聞くから、一旦ヴィオレッタ王女に代わってくれないか?」
『わかった。ヴィオレッタ王女!ルーセウスが代わって欲しいそうなんだけど、大丈夫かな?』
『構いませんわ』

そう言って通話口に出てくれたヴィオレッタ王女からどう言った状況なのかを確認してみた。

彼女曰く、ディオからパーシバルの接待を任されたため、ディオの仕事の邪魔をしに行かないよう庭園の散策に連れ出そうと案内していたところ、トイレか何かで執務室から出ていたディオを遠目に発見したらしい。
当然のようにパーシバルがそちらへと足を向けてしまったため、慌てて引き留めようとしていたところでディオがシェリル嬢と接触しているのを目撃。
俺は知らなかったが、ここ最近シェリル嬢を見なかったのはヴィオレッタ王女がディオに近づけさせないよう手を打ってくれていたかららしい。
そんなシェリル嬢がちょっと目を離した隙にディオと接触してしまったのを見て、物凄く焦ってしまったんだとか。

パーシバルが足を止めてくれず、そのお陰で近くまでやってきたからこそわかったらしいが、シェリル嬢はディオの腕に胸を押し付けるようにして抱きつき、夜伽を強請っていたらしく、ディオはそれを断っている真っ只中だったらしい。
しかも彼女は突然の暴挙に出た。
ツレなくあしらうディオに業を煮やして、無理矢理唇を重ねたらしい。

驚いて目を見開き固まるディオ。
それを見てヴィオレッタ王女はどうやら俺に怒られると思ったらしく、取り敢えずなかった事にしてあげないととディオを引き剥がして自分のキスで上書きしたんだとか。

『私も動揺しておりまして、咄嗟にディオ様の唇を奪ってしまい申し訳ありませんでした』

珍しく落ち込んだ口調で言ってくるヴィオレッタ王女。
でもまあ彼女はディオの婚約者でもある事だし、それはまだいい。

でも何故その後、パーシバルにまでディオは唇を奪われてるんだ?
それだけ立て続けに唇を女性達に奪われて驚いたと言う事だろうか?

『私はシェリル嬢に抗議していたため、パーシバル陛下からその間目を離してしまいましたの。本当になんとお詫びすればいいのか…』

なるほど。
つまりパーシバルは状況を上手く利用してどさくさ紛れにディオの唇を奪った、と。

(最悪じゃないか!)

ディオが動揺する気持ちもわからなくはないが、せめてパーシバルからは距離を取れと言ってやりたい。

しかもこれまでヴィオレッタ王女との会話中に聞こえてきていたディオ達のやり取りも、とても不穏なものだった。

『ディオの唇を何度も味わってしまったしな。せめてもの詫びに守ってやろう』

(何度もってなんだ?!一回じゃないのか?!)

これは絶対にディオに問い質さないと。

『ただの言い訳だろう?』
『お前の唇をタダでもらう気はないぞ?どこかの女とは違って、俺は誠実な男だからな』

尤もらしく言い放つパーシバルに舌打ちをしたくなる。

(お前のどこが誠実だ!)

しかもまた二人の距離が近そうでイライラする。
ディオはどうして離れないんだ?
冗談じゃないぞ!

『ディオ様!私が先程言ったこと、どうかお忘れにならないでくださいませ!今夜、お声がけいただけるのをずっとお待ちしておりますから!』
『悪いが今夜はこちらが先約だ。残念だがディオとの逢瀬は諦めてもらおうか』
『バロン国のパーシバル陛下とお見受けいたしますが、ディオ様の夜のプライベートにまで口出しする権利はお持ちでないはず。ディオ様。私が誠心誠意お慰め致しますので、どうぞお心のままお召しくださいませ』

(今夜はパーシバルが先約?どう言う意味だ?)

そもそも自分が居ない隙を狙ってディオに夜伽をねだるなんて、シェリル嬢も何を考えてるんだ?
あり得ないだろう。

『いや。絶対に呼ばないから、潔く諦めてくれないか?』
『お恥ずかしいのですね。では後でコッソリお声掛けください』
『本当に呼ばない。先約があるのは本当だし、帰ってほしい』

ディオがキッパリ断ってくれてる点では安心だが、パーシバルは油断できない男だ。
これ以上放っておくのは危険な気がする。

「ヴィオレッタ王女。パーシバルがこの状況を利用してディオに恩着せがましく何かを言ってくる可能性が高い。至急二人を引き離してもらいたい。後の話はディオから直接聞く。すぐに代わってもらえないか?」
『わかりましたわ』

彼女はすぐさま動いてディオと通話を代わってくれた。

『ディオ様!後は私が片付けますので、どうぞ執務室へお戻りを。ルーセウス王子が二人きりでゆっくり話を聞きたいとのことですわ。パーシバル陛下。ディオ様をお守りいただきありがとうございました。内輪の話にこれ以上巻き込むわけには参りませんので、どうぞお部屋でゆっくりとお寛ぎ下さいませ』

そしてそのまま彼女はテキパキと指示を出してディオから二人を引き離してくれる。
ここは彼女に感謝だ。

「ディオ。聞こえるか?」
『…うん』
「取り敢えずゆっくり話が聞きたい。執務室に戻って、人払いをしてくれ」
『わかった』

素直に答えるディオにホッとしながら、この後どうすべきかを考える。
どれだけ急ごうとワイバーンがガヴァムに到着するのは明日の夜だ。

『ルーセウス』

そう考えていたら人払いを終えた様子のディオが、しょんぼりしながら謝ってきた。

『ルーセウスから注意しろって言われてたのに、油断してゴメン。言い訳はしない。ちゃんと反省するから、どこかで合流できないかな?』
「…え?」

思いがけないディオの言葉に、思わず目を丸くしてしまう。

『本当はルーセウスに二日間丸々可愛がってもらいたくて、パーシバルの接待をヴィオレッタ王女に丸投げして仕事をサクサク終わらせるつもりだったんだ。でもこんな事になってしまったし…それならその浮いた分の時間を移動時間に使って、ルーセウスのところに行った方がいい気がしてきて…』

(ディオぉおおっ!)

可愛い!
俺に可愛いがってほしくて二日間丸々スケジュールを空けようとしてたって本当か?
パーシバルじゃなく俺のために?
単純かもしれないけど、それが本当なら嬉し過ぎる。

これじゃあ怒りたくても怒れないじゃないか。
しかもその浮いた時間を使って移動中の俺と合流したい?
どっちを取っても俺にとっては嬉しいこと尽くしだと思う。

とは言えここで喜びを露わにしたらダメだ。
ディオにはしっかり反省してもらいたいから、気を緩めずいこう。

「そう言えば、ブルーグレイに行くとかなんとか聞こえたけど、あれはなんだったんだ?」
『ああ、あれはセドリック王子がルカ王子に交渉の経験をさせたいって言って────』

どうやらパーシバルの交渉にディオも一緒に来いと言われたらしい。
なんて迷惑なんだ。
でもその後の話でパーシバルとは別行動で城入りするという話になったらしいから、そこは良かったと思う。

「でも非公式で入城ってそう簡単には無理だろう?」
『忍び込むんじゃなくて普通に入るだけなら簡単だけど?』

ディオ曰く、警備の隙を突いて忍び込むのは最高難易度らしいが、入るだけならいくらでもやりようがあるらしい。
俺にはさっぱりその二つの違いがわからないが。

「まあいい。じゃあそれを理由にパーシバルはブルーグレイに送り出せるな」
『まあできると思う。今夜はヴィオレッタ王女も含めて三人で飲む予定だったから、その時にでも言っておくよ』
「飲む?」

そう言えばこれも気になってたんだ。
どうやら二人きりではなさそうだが、飲む気満々だったらしい。

「ディオ。本来なら中止にしろと言ってやりたいところだが、短時間且つ酒じゃなく水にするなら許可する。その代わりパーシバルにはちゃんとブルーグレイに一人で行くよう説得するように」
『え?』
「それが今日のキスに対する俺の罰だ」
『…わかった』
「約束を破って飲んだり、いつもの時間にツンナガールが繋がらなかったら、一ヶ月抱かないからな?」
『えっ?!』

これはある種俺にとっても忍耐が必要な罰だが、背に腹はかえられない。
ここは我慢だ。
ここで甘い顔を見せたら絶対にズルズルいかれる気がするから。

『うぅ…。絶対守る。だからそれはやめてほしい』
「期待してる」

本当に、切実に頼みたいところだ。
俺だってディオを抱きたいんだから。

「明日は朝から飛べばリスターン国くらいまでは来られるか?」
『リスターン?うん。大丈夫だと思う』
「じゃあ王都で待ち合わせよう。ヴァレトミュラの乗り場前広場なら近くにワイバーン停留場があるからな」
『わかった』

取り敢えずこれでなんとかなるか?
ヴィオレッタ王女もいるし、大丈夫だと信じたい。
ついでに後でシグにも連絡して、飲み会は万全の体制で挑ませよう。

「疲れた…」

通話を切り、つくづく思う。
モテる嫁を持つと大変だ、と。



しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

王と宰相は妻達黙認の秘密の関係

ミクリ21 (新)
BL
王と宰相は、妻も子もいるけど秘密の関係。 でも妻達は黙認している。 だって妻達は………。

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...