王子の本命~無自覚王太子を捕まえたい〜

オレンジペコ

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第三章 戴冠式は波乱含み

55.波乱の日③ Side.ディア王女

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暫くそのまま馬車に揺られ、やっと止まったと思ったら降りるぞと言われた。
とは言え足枷もつけられ目隠しもされているのに自力で降りるのは不可能だ。
男に抱え上げられ、そのままどこかへと連れて行かれる。
一体どこへと思っていたら、ドサッと下へ降ろされた。
感じるのは────水の揺れ?

(まさか…?!)

そしてギコッギコッという軋んだ音と共に風が頬を撫でていく。
これはどう考えても小舟の上だろう。
滑るように川を下っていく中、私は一気に蒼白になった。
これは完全に予想外だ。

恐らく今自分の行方を探してくれているなら、調べているのは街を出入りする馬車、そして空を飛ぶワイバーン、単独で疾走する馬。万が一を考えてヴァレトミュラがいいところではないだろうか?
ガヴァムには港がないから、そちらのルートはない。
だから敢えて裏稼業の者達はブルーグレイの帰りに船に乗って海を知り、ゴッドハルト経由で帰ってくることが多いのだが、だからこそ盲点とも言えた。

ガヴァムにある川はどこも然程大きくはないし、魚も少ない。
趣味の釣り人くらいはいるはずだが、釣りスポットがあるからそこを外しさえすれば人はほぼいないと聞いたことがある。

そして恐らく今下っている川は途中森を経由してレトロンまで続いていく川だろうが、レトロンに入ってすぐの森の辺りならまさに犯罪者にとっては穴場と言えるだろう。
レトロンは友好国だし、不穏な話も聞かないから警戒対象には一切入っていない。
裏稼業の者も定期調査の際以外の出入りはしないため、助けは絶望的と言えた。

「どうした?やけに震えてるじゃねぇか。状況がわかって怖くなったか?ハハハッ!」

小舟をおろされ、木々の香りを嗅ぎながら男に担ぎ上げられてまた馬車へと乗せられる。
けれど助けが望めないのを悟って、怖くて仕方がなかった。

(逃げた後の行動なら沢山思い出したけど…そこに至るまでが問題だわ)

このまま拘束された状態で逃げ出すのは難しい。
なんとか足枷と目隠しを外してもらえないと、逃げるに逃げられない。

「ほらよ。着いたぜ?目的地によ」

そう言って男はどこかの建物へと入っていく。

「ゼロイド様。ディア王女を攫ってきました!」

ゼロイドとは誰のことだろう?
バロン国にそんな名前の王族はいただろうか?

「見せろ」

そしてその言葉と共に床へと降ろされ、目隠しがやっと外された。
そこにいたのは見知らぬ男。
本当に誰なのかさっぱりわからない。
さっきの男の上司。暗部のトップとかだろうか?

「……私をどうするつもり?」
「さて。どうするかな?お前が本当にディア王女だと言うなら、孕ませて子を産ませるのも一興だな。そのままディオ王子…いや、今日即位したんだったか?あの王を殺して、生まれた子を王位につけさせるのも楽しそうだ」
「随分気の長い計画ね。その前に見つかって、殺されるのがオチだと思うわよ?」
「ふん。随分気の強い王女だな?これはしっかり躾けないといけなさそうだ」

そう言うや否や髪を鷲掴みにされ、思い切り腹を殴られた。

「ぐぅっ…!」
「咄嗟に腹に力を込めたか。流石だな?」

けれど男は嗜虐的に笑うとそのまま私の頬を思い切り張り飛ばしてくる。
舌は噛まずに済んだが、かなりの力で頬を張られたせいで頭がくらくらしてしまった。

「さてと。どこまでその強気が持つか試してやろうか」

そう言って男は私の足の拘束を解き、ニヤリと嗤ってくる。
犯される────そんな確信が頭を過った。

(どうして…私がこんな男に犯されなきゃいけないのよ?)

沸々と込み上げてくるのは恐怖ではなく怒り。

ずっと、初夜を楽しみにしていた。
テクニシャンなルーセウス王子に抱いてもらって、いっぱい気持ちよくなって、素敵な夜を過ごすのだと夢見ていた。
別にルーセウス王子が好きなわけではない。
ただ初夜に対する私なりの夢や憧れがそこに沢山詰まっていたのだ。
だから下着だって夜着だってこだわって用意してみたし、どんな体位で楽しませてもらおうかなと夢想したりもしていた。
それなのにそれが全部全部無駄になるとなれば、怒らずにいられるはずもない。

(陵辱されるのは趣味じゃないし、貴方なんてお呼びじゃないのよ!乙女の夢を踏み躙ろうなんて、絶対に許さないわ!!)

だから私は張り飛ばされた衝撃で朦朧とする頭を抱えながらも、思い切り目の前の男を睨みつけたのだった。


***


【Side.ルーセウス】

ブラン皇子から聞き出した情報を元に、ディア王女の行方を追う。
ブラン皇子が用意していた馬車がそのままになっていたことから、恐らくどこかの暗部が密偵として入り込んだところで偶然ブラン皇子がディア王女を拉致している現場に居合わせ、これ幸いと攫ったのだろうと結論付けた。
不審な馬車の出入りは見つからなかったし、抱えて見つからないよう脱出し、そこから馬車かワイバーンで城から離れたと考えられる。

既に時刻は夕方に差し掛かる頃合いだ。
このまま夜になればより一層闇に紛れやすくなってしまう。

「ブラン皇子の話ではガウン一枚ということだったな。靴も履かせてもらえてないみたいだし、一人で逃げ出すのはまず無理だ。早く見つけないと」

ディオは裏ルートにも手早く連絡を取り、奴隷市場に万が一にでも連れてこられたら身柄を確保するよう通達を入れる。
それと共に不穏な動きのある国に潜入させている裏の者達へも連絡。
こんな時、ツンナガールの有効性の高さをヒシヒシと感じた。

「これである程度手は打った。後は賊の足取りを追わせた者からの報告待ちだけど…」
「犯人の行き先の予想は?」
「…そうだな。例えば賊がニッヒガングの者だとして、ディアを攫ったならまずはメルケ国に行く。今はメルケに吸収合併されたとは言え、旧ネブリス国の辺りは未だ不法地帯。他国の後ろ暗い連中が潜り込むにはもってこいだろう」

なるほど。一理ある。
でも────本当にそうだろうか?

「ルーセウス?」

眉間に皺を寄せ考え込む俺に、ディオが何かあるのかと聞いてくる。

「いや。ちょっと気になってな」

普通ならそんな言葉は聞き流されるだろう。
ディオはもう正式に即位したガヴァムの王なのだから。
なのにディオは真っ直ぐ俺を見てこう言ってくれた。

「ルーセウス。俺に王配としての意見も聞かせてほしい」
「ディオ…」
「俺はルーセウスの直感が馬鹿にできないことをちゃんとわかってるから。聞かせてくれないか?」

(ディオぉおおっ!)

こんな事を言われたら誰だって惚れ直すだろう。
好きだ!
いや。落ち着け、俺。
今はディア王女の救出が優先だ。

「ゴホッ。んんっ。じゃあその…言わせてくれ」
「うん」

そして俺はディア王女を攫った相手がガヴァムの事情を知らないはずがない事をまず指摘した。
ガヴァムの裏稼業連中が優秀で、暗部以上の働きをするのは有名だ。
当然ディア王女を攫うなら彼らの裏をかかねばならない。
ならば、逆に彼らが配置されていなさそうな場所へ連れ去ろうとするのではないかと思ったのだ。

「なるほど。確かに」
「でだ。ワイバーンだが、それは明るいうちは目立つし、ガウン姿の女連れとなったら目立ってしょうがない。馬も同様だ。だから移動は馬車だと思う。中が見えないからだ」
「うん」
「ブラン皇子がディア王女の側を離れた時間は極僅か。それとここまでの時間を考えて考えられる移動範囲は限られる」
「うん」
「だから…俺の予想だと、ここじゃないかと思うんだが、どうだ?」

地図を指差し、ディオに告げると驚いたように瞠目される。

「……レトロン?」
「ああ。ここ。馬車でここまで行ければ船で川をこう下って…途中からまた馬車に切り替えれば目立つ事なくかなり遠くまで行ける。ほぼ人けのない場所を移動できるから目撃情報も得られにくい。可能性はあると思うんだ」

ただの予想だ。
確信はない。
でもディオはすぐに動いてくれた。

比較的近くにいる裏稼業の者達へと指示を出し、空からも捜索するよう手筈を整える。

「ルーセウス。ありがとう。俺だとこのルートは思いつかなかった」
「いや。でも空振りに終わる可能性もある。他も油断なく探した方がいい」
「もちろんそっちもちゃんと動いてもらってる。でもこのルートが一番可能性が高い気がするんだ。勘だけど」
「そうか」

少しでも役に立てたならこれほど嬉しいことはない。

そうこうしている間にツンナガールが鳴った。

『ディオ様。使われた形跡のある小舟が見つかりましたが、調べますか?』
「ああ。頼む」

それが犯行に使われたかどうかはまだわからないが、どうやら小舟自体は見つかったらしい。

「近くに馬の足跡や馬車の轍の跡は?」
『あります!』
「ならそれの追跡を。急げ!」

どうか無事に見つかってほしい。
そう願いながら俺達も動きやすい服へと着替え、急ぎ現場へと向かったのだった。



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