王子の本命~無自覚王太子を捕まえたい〜

オレンジペコ

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第三章 戴冠式は波乱含み

52.波乱の日② Side.ディア王女

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「う…」

ガタゴト、ガタゴト、馬車が揺れるような振動に促され、ゆっくりと目を開ける。
けれど目隠しをされているらしく、状況がさっぱり掴めない。

(あのクソ皇子!!やったわね?!)

どう考えても状況的に拉致の犯人はブラン皇子しかいない。
そう思いながらモゴモゴと口を動かす。
どうせ近くにいるんだろうから、文句の一つでも言ってやろうと思ったのだ。
だから緩めに咬まされていた猿轡をなんとか口から外し、怒鳴りつけた。

「ブラン皇子!いい加減にしてちょうだい!フラれた腹いせに拉致するなんてあり得ないわ!ふざけるのも大概にして!貴方には皇族としてのプライドがないの?!みっともない!そう言うところが嫌われる一因なんだってちょっとは理解しなさいよ!だから何度も何度もフラれるのよ!そんな情けない男に惚れる女がいるとでも思っているのかしら?!あり得ないわ!クソ皇子!この事はロキお父様にも言いつけて厳しくお仕置きしてもらうから覚悟してちょうだい!いっそのこと快楽堕ちさせてもらった方が多少は小マシになるんじゃないかしら?性根を叩き直して一から出直してくるべきだわ!さあわかったらさっさとこの拘束を外しなさい!今なら踏みつけるだけで許してあげてもいいわよ?這いつくばって許しを乞うならね!ちょっと、聞いてるの?!」

怒り心頭に思いつく限りの悪態を吐いたものの、何故か返事がない。
もしかして彼はここにはいなくて、彼の暗部が見張りについているだけなんだろうか?
そう思ったところで、聞いた事のない野太い男の笑い声がその場に響いた。

「ハハハハハッ!威勢がいいな、お姫様。残念ながらここにはあんたが文句を言いたい相手はどこにもいないぜ?」
「え?」
「今頃お城で地団駄踏んで悔しがってるか、真っ青になって探し回ってるかのどっちかだろうさ」

その言葉に嫌な予感が込み上げてくる。

「え…ええと、貴方は?」
「俺か?俺はとある国の暗部だよ。できればゴッドハルトの弱味に繋がりそうな情報を持って来いって送り出されたんだが、都合のいい事に何処かの王子様が悪さをしてるところに偶々出会してな?こりゃあ隠れ蓑にももってこいだと思って、アンタの身柄を横取りさせてもらった。ご丁寧に武器も何もかも剥ぎ取って拘束までしといてくれたから、なんの心配もなく攫えてラッキーだったぜ?ハハハハハッ!」

最悪だ。
どうやらブラン皇子は私の武装を完全に排除した上でどこかに放置して、この男にまんまとしてやられたらしい。

(何してくれちゃってるのよ?!あのお間抜け皇子!!)

これは困った。
本当にどうしたらいいのかわからない。
助けを期待できない可能性が非常に高いではないか。
しかも武器の類を何一つ所持できていないのなら、自力でなんとかするのも難しい。
敵から武器を奪う以外に方法はなく、拘束されている状態でそれは至難の業と言えた。

「取り敢えず、アンタのことは上に相談だな。王太子の嫁を陵辱して殺した後、ゴッドハルトに送りつけるのもアリかもなぁ?ハハハッ!」
「……そこまで恨んでると言うことは、貴方はニッヒガングの暗部なのかしら?」
「さあ。どうだろうな?」

余裕たっぷりに言うこの男の口調で私は『違う』と判断した。
ならばどこかと言うと、それはバロン国しかない。

(まさかバロン国の暗部まで来ていたなんて)

でもそれならまだ助けは期待できるかもしれない。
不穏な国には裏の者が必ず配置されている。
ディオに情報が行けば即指示が出されて救出してもらえるだろう。
そう希望を抱いたのも束の間、男は愉しげに嗤った。

「助けがすぐ来ると思ってないか?無駄だぜ?今向かってるのは誰も予想できねぇ場所だろうからな」
「誰も予想できない場所?」
「ああ。ニッヒガングでもガヴァム国内でもない、予想外の場所だ」
「……まさかミラルカじゃないでしょうね?」
「ハハハッ!それはそれで面白ぇかもしれねぇが、あの王子様がアンタを攫った情報が入ったら真っ先に調査が入るだろう?そんなリスクは侵さねぇよ」

つまりはそこ以外の場所。

(どこに連れて行く気?)

全く予想できない。

隣国?
山向こうのアンシャンテは意外と遠いし、陸路は商人の往来が多くて目撃者が多数出そうだし、空路は目立つ。
まずないだろう。
レトロン国は治安も良くて平和な国だし、潜伏するには不向きなはず。
逆にメルケ国は治安が悪いからあり得なくはない。
行くとしたらここではないだろうか?

(でも予想外の場所となると違いそうよね?)

もしかして途中でワイバーンで全く関係のない国にでも連れて行かれるんだろうか?
もしくは奴隷市場にでも売り払われる?

(いいえ。それなら寧ろ安全だわ)

裏稼業の者達には顔が売れているから、余程でない限り最悪な展開にはならないだろう。
一番最悪なのは誰も知らない廃墟にでも連れて行かれて、陵辱され放置されること。
そんな死に方だけは嫌だ。

(怖い…)

こんな気持ちになるのは生まれて初めてだ。
いつも誰かが側にいた。
ディオや家族達、裏稼業の皆に暗部の皆。
城の者達だって変態は多いけど、ただそれだけだ。
命を脅かされることはない。
平和な世界で色んな事を教わりながら生きてきた。
わざわざ危険に飛び込むディオに、どうしてと首を傾げる事だって多々あった。
そんな私にディオは言っていたっけ。

『うーん。だって王になるなら危険な場面に遭遇しないとも限らないだろう?その時に判断ミスして呆気なく死ぬのも嫌だし、ちゃんと備えておこうかなって思って』

その時はふーんと軽く流したけど、今ならその言葉の重みを実感できる。
こんな時に冷静に動くために必要なことだったのだ。

(私だってディオほどじゃないけど、色々経験は積んでいるわ。大丈夫。落ち着いて考えましょう)

必死にそう考えようとするけれど、丸腰の自分を思い出して泣きたくなった。
今の自分の無力さに、不安しかない。

(助けて…ディオ)

いつだって誰よりも長い時間一緒に過ごしてきた自分達。
助けてくれるとしたらそれはディオ以外に思いつかなかった。

そんな中、ふと父の言葉が思い出された。

『ディア。裏稼業の皆が教えてくれたことは役立つものばかりだから、忘れちゃダメだよ?いいね?』

(ロキお父様…)

裏稼業の皆に教わったこと。
それは多岐に渡るけれど、確かに役立つ知識は満載だった。

きっと助けは来ると信じよう。
取り敢えず今は体力温存のために大人しくしておいて、裏の皆に教わった事を一つ一つ思い出そう。
きっとその方が気も紛れるだろうし、いいはずだ。

「精々震えながら、僅かなりとも生き残る可能性を模索するんだな」

私は男のその言葉を聞き流しながら、ギュッと身を縮めてひたすら思考に耽ったのだった。


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